第五百六十五話 『史実が示す暗雲』
「なぁなぁクロノ、私は切り札だよな」
「あぁ、日々成長を重ねる切り札だな」
「それであれだよな、私はクロノと一緒に悪魔と戦うんだよな、悪い事しようとしてる悪魔と」
「そうだな、良く震える足じゃないか」
「中でもやっばい悪魔、大罪の悪魔をなんやかんや出来るのが私こと切り札だけだからメッチャ頑張らないとって話だったよな」
頑張るというプレッシャーに比例して、セツナの足は振動速度を上げていく。トコトコと後ろを付いてきているセツナだが、そろそろ歩行に支障が出る揺れっぷりだ。だがこれは自覚すると動けなくなりそうなので、あえてスルーして会話を続ける。
「そうだな、封印云々もだけど……強力すぎる大罪の能力対策にはセツナが鍵なのは間違いないよ」
「つまり私達は大罪と戦う関係なんだよな」
「そうだな、さっきからどうしたのさ? 切り札らしく状況分析か?」
「だったらなんでついさっき死に物狂いで勝ちを捥ぎ取った相手の嫉妬悪魔が元気に隣を歩いてんだよぁっ!!!」
「声大きいね、嫉妬しちゃうよ」
「敵だよ! ボスだよ! 滅茶苦茶自由だよどうするんだ封印はどこいったの私がやるの当たる気がもう微塵もしないよ助けてくれルトーーーーっ!!」
「いや、本当にうるさいね……嫉妬もうんざりだよ」
「大丈夫だよセツナ、レヴィちゃんにもう敵意はないからさ……マルスのおかげだ」
「ちゃん付けやめて」
「なんで秒で仲良くなってんだよマルスって誰だよなんで人が罪悪感に潰されそうになった一件である憤怒悪魔と仲良くなってんだよ切り札にも分かる進行しろよこっちはもうハチャメチャが押し寄せてノット切り札だよぉっ!!」
セツナが切り札っぽくないのはいつもの事だが、どうも大罪が隣にいるのが落ち着かないらしい。長い長い廊下の途中、セツナが頭を抱えて転がり始める。放っておけば勝手に壁にでもぶつかって静かになる為、ここでもクロノは放置する事を選択した。
「こんなのが切り札の組織、信じて良いのかレヴィは心配だよ」
「大罪組よりはマシだろう、そう思うからこそ大人しく付いてきたんだろ?」
「……他のみんなを助ける為だよ」
「あぁ、それでいいさ」
「いつから大罪を助ける事になったんだぁっ! 誰か私に説明しふぎゃあっ!」
「あーあ……セツナちゃんが壁に負けちゃったよぉ」
「とりあえず回収しておくぜ」
フェルドが気絶したセツナを回収してくれたので、クロノ達はそのまま長い廊下を進んで行く。レヴィを連れ、クロノ達は一旦流魔水渦のアジトに戻ってきていた。リザ達はカリアの様子を見に行き、レラ達エルフ組とアクア達人魚組はメリュシャンの復興を手伝っている。彼等とは、後程ゲルトで落ち合う予定だ。
「メリュシャンに残った流魔水渦と一緒に、コリエンテに渡る手筈だったな」
「道中被らないルートを通らないとね、コリエンテ各地での情報収集を経てゲルトに行こう」
「その途中で良いから切り札の脳内整理を手伝ってくれぇ……」
「おぉ、目覚めるのが早くなってるじゃねぇか」
「サラマンダーの身体熱いぞー……」
フェルドに担がれながら、セツナがもう諦めたような声で足を左右に振っている。丁度、長い廊下の途中に目当ての扉が現れた。
「本当にここはわけのわかんない造りだなぁ……まだすぐ目的の場所に辿り着けねぇや」
「それとセツナ、割と目的は変わってないんだぜ」
「なんだって……?」
「俺もルトさんも、最初から救える見込みがあるならそうするつもりだったと思うよ」
「ルトさんはそれこそ最初から、事情次第じゃ大罪だって助けようとしてた」
「俺は……悪魔は大嫌いだし良く思えないところもあるけど……今ある情報だけ見るとやっぱ放っておけないし……なんせ中に無断宿泊してる奴が色々思わせぶりだからなぁ」
「男らしくないよね、そのせいで散々面倒臭いルートだし……そういうところ嫉妬だよ」
「でも文句を言っても仕方ないし、こうなったらレヴィも手段を選んでられないからね……絶対にみんなを助けるんだ」
先ほども思ったが、手を合わせて見てレヴィの強さは本物だと身に染みた。彼女が協力的になったのは、正直心強い。強い方次第では、彼女の能力は反則スレスレ無敵の力だ。何とかなるかもしれない、そんな期待を胸にクロノは扉を開ける。
「クールを装ってるけどまだあどけなさが残る超プリチーなちびっ子悪魔来たあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!! 真っ赤な髪の毛超可愛い嗅がせてぇええええええええええええええっ!」
「ひぃっ!?」
ダメかも知れない、そう思ってクロノは扉を閉めた。扉の向こうの混沌がマイラに抑え込まれるまで、暫くの時間を要した。
「改めましてどうも嫉妬ちゃん、あたいが流魔水渦を束ねし者……気軽にルトちゃんって呼んでね」
「気軽に近寄れないよ」
「あのテンションからよくその態度で接する事が出来ますね……」
「好きなモン娘はモン娘です、大罪を引き込めてしかもその娘がこんなかぁいい娘とか……クロノ君、ナイスッ!」
「嬉しくないんで褒めないでくれませんか」
「嫉妬も出来ないよ、ドン引きだよ」
「そぉんなこと言わないで仲良くしようよぉ……ぐへへへ……」
「お姉……お嬢様、お戯れはそこまでに……」
「いやあたいだって真面目に話そうとしてるんだよ、でもクロノ君がこんなかぁいい娘を連れてくるのが悪いっていうか……」
「お嬢様」
「ひーん……マイラが冷たいよぉ……」
「分かってる、こうでもしないとあたいだって焦って変になりそうなの……深呼吸するから、セツナ! ちょっと来なさい!」
「? なんだー?」
「すーはーすーはー……うん、落ち着いた」
素直に近寄るセツナを抱きしめ、胸元に顔を沈めて深呼吸するルト。さっきからレヴィが物凄く不安な顔をしている。多分、自分も同じ顔をしている。
「よし……それじゃあ今後の動き方についてなんだけど」
「その前にルトさんの今後の振舞い方について話し合いません?」
「クロノ様、それはいけません……今は時間を無駄にしている暇はありません」
正常さを求める事を無駄と言われた、流石混沌渦巻く流魔水渦である。
「まずメリュシャン含むクロノチームはルート含めてこっちで引率するね、治療が済み次第順次動き出すから」
「クロノ君達は既にコリエンテで動いてるチームに合流してもらう、ラベネ経由でゲルトに向かって」
「そりゃ良いけどよ、具体的に情報収集ってなんなんだよ」
「僕もそれが聞きたい、何処まで何を掴んでいるんだい?」
「クロノ君の精霊達は優秀だね、会話の進行が楽で助かるよん」
「つい先日までは大罪組と思われる悪魔達の動向の意味が分かってなかった、でも今は違う」
「あいつらはコリエンテ各地に何かを仕込んでる、その何かと思われる情報を掴んだのさ」
「そもそも大罪がやばい、危険……そう言われて封印された話は有名なのにその能力についての記録が抜け落ちたように存在してないのはおかしいでしょ」
(そういえば、悪魔の技能についての本は沢山読んできたけど、どれもどんな能力だったのか書いてなかったな……言われてみればおかしい……)
露骨におかしいが、言われるまで不思議にすら思ってなかった。この違和感は、世界が持つ魔物への敵対心に近い。クロノがおかしいおかしいと思っていた違和感と、似たような歪さがあった。
「……クロノ君のお友達のエルフ君ちゃんさ、カムイの弟子なんだってね」
「カムイ?」
(エルフの英雄で、ルーンの仲間だった子だよ)
(ちょっと待ってレラ達の師匠がルーンの仲間ぁっ!?)
「ありゃ、知らなかった? あいつはクロノ君の事知ってる風な口ぶりだったけど」
「確か三度笠のエルフについて行ったとか、それくらいしか聞いてなかった……」
「あぁそいつそいつ、君に期待してる感じだったよ」
「いや今はカムイの奴は重要じゃなくて……クロノ君の精霊もカムイの奴も、ルーン・リボルトの仲間だったんでしょ? クロノ君は世間一般のルーンのお話と、真実のズレを知ってるわけだ」
「…………逆に言えば、ルトさんも……?」
途中から、クロノは声が出なくなった。視線を上げると、ルトが口の前で指を立てている。意図は分からないが、喋るなということだろうか。
「魔物への価値観、歪められた真実、消された事実、この世界には秘密がある」
「捨てられた記憶の墓場、その名も……」
「――――オウガ、史実の墓場と呼ばれし禁忌の島」
「やぁクロノ君初めまして、僕はストラー、真実を追い求める者だ」
眼鏡をかけたフクロウのような羽の鳥人種が、ルトの言葉を遮るように現れる。本を片手に現れたストラーの後ろには、見知った顔があった。クロノが名前を呼ぶ前に、ラックがクロノに飛びついてくる。
「久しぶりだなクロノオオオオオオオオオオオオオオオ!!」
「うおっと……! ラック! それにラサーシャさんにレフィアンさんも!?」
「友の友よ、我が真名をそう気安く呼んでくれるな、その名は在りし日のカオスをこの地に再び……」
「……どうも」
ラサーシャの様子が露骨におかしい、それに三人ともなんかボロボロだ。特にラサーシャの背負っている槍が前に比べてかなり古いモノになっている。
「やっはろーストラー、間に合ったかね」
「形にはなりましたね、興味深い事も起こりました」
「それと、数回悪魔の襲撃もありました」
「悪魔だけ?」
「今のところは」
「あの、情報が多すぎて何が何やら……」
「そうだね、でも多くを語ると少し不味いんだ、だから踏み入った話はまた今度」
「今はそうね、歪んで伝わった記録がある事と、その真実が残ってる島があるくらいの理解度でオッケーだよ」
「……そこにはルーンの真実も残ってるのか?」
「すぐに見つけられるか、読めるかは保証しないけど、間違いなくね」
「ただそれはきっと君の道の先でも見つけられると思う、オウガに寄り道するかは後々君が決めな?」
「ここで話は戻りますが、真実の記録から得た情報によるとだね……ストラー」
「えぇ、大罪の能力について幾つか……」
「このタイミングで憤怒、嫉妬との協力体制も結べたわけですし……確定なのかはっきりさせておくべきかと」
「ってことでレヴィちゃんに答えてもらいたいんだ、怠惰の能力はクソやべぇな?」
ルトの言葉に、レヴィはすぐ頷いた。ルトは嬉しそうに笑みを浮かべると、信じられないくらい冷たい声を出す。
「クロノ君、今回は後れを取れば世界が終わる」
「君達はラベネルートを通ってゲルトへ、道中見かけた魔方陣は確実に潰せ」
「ストラー、お前は今のチームのままアルルカを通ってゲルトへ、マイラ、各員に陣の発見、破壊を急がせて」
「…………!? ちょ、ルトさん!? 説明不足で……」
「プラチナの、怠惰の能力は『仮身保身』……コピー能力だよ」
「レヴィ以上の反則技、能力範囲内なら何でもコピーする、幾らでも」
「コピー……?」
「能力範囲すらコピーするんだ、だから魔方陣を一個置いてそれをコピー、各地に予め仕込めば実質範囲は無限だよ」
「物体は勿論だけど、オリジナルと同じ能力のコピー体を無限に生み出す、あいつは自分で動きたくないからコピーの軍勢で戦うんだ」
「場が整えば、あいつは一人で国だろうが大陸だろうが潰せるよ、嫉妬どころじゃないよ」
「あー……そりゃあ……うん」
「……やっばいな……」
「はいはいはい! 多分私はコピーされないぞ! だって切り札だから!」
「俺もコピーされても大丈夫だ! 偽物に負けたりしねぇっ!」
「仮に自分がコピーされなくても、無限湧きする自分以外が相手になるよ」
「それに自分に勝ててもあっちは無限に出てくる、正攻法は死だよ、嫉妬死するよ」
「ってことで、レヴィは大人しく保護されてるわけにいかないの」
「今は少しでも手を借りたい状況、レヴィちゃんには本気で惚れちゃいそうだよ……」
「お喋りしてる状況じゃないのが分かったでしょ、マルスの器くん」
「プラチナを奪い返すよ、絶対に」
「……あぁ、行こう!」
場が整えば、世界が終わる。傷つける為じゃない、救う為に手を伸ばせ。コリエンテを舞台に、大きな戦いが幕を開ける。




