第五百六十三話 『強欲邂逅』
広範囲に被害が出ている、前に海で戦った時より力が増している。自由にさせれば被害が広まる、悪魔の技能だって渡すわけにはいかない。
(あれが最後の一冊……! 渡さない……)
「それはもう……お前達の好きにさせねぇっ!」
「ヒヒャハハ……! 許可なんて要らねぇよぉっ!!」
大きく右腕を振るうジュディア、その一瞬で空間が歪んだ。重力が横薙ぎに撃ち出され、目に見えない無数の槌が虚空を駆ける。地面を抉り、後方の木々がへし折れる。周りが怯む中、クロノだけが重力波を潜り抜けジュディアに肉薄した。
「奪った力で、俺に勝てるかっ!」
「じゃあこいつはどうだっ!?」
そう言ってジュディアは掌を向けてくる、精霊の力を剥がす精霊剥離を使う気だ。クロノは全身を捻り、ジュディアの右腕を蹴り上げる。そのまま身体を回転し、蹴った部分を支点に懐に潜り込む。
「二度と俺の精霊に触らせるか……!」
「ヒヒッ! 相も変わらず憎たらしいなぁ!」
回転の勢いをそのまま肘に乗せ、容赦なく顔面を狙う。ジュディアは左腕でそれを受け止め、両者力のままに腕をぶつける形になる。すぐ近くには悪魔の技能が浮かんでいる、手を伸ばせば届く距離だ。
(奪って離れる……!)
「良くないなぁ……! 僕の前で盗むみたいな動きは利口じゃないなぁ……!」
「全ては強欲の手に……全ては僕の手に……ヒャハハハハッ!!」
瞬間、ジュディアの身体から緑色の煙が噴き出す。咄嗟に飛び退いたクロノだが、少しだけ吸い込んでしまった。身体の自由が利かず、半分吹き飛ぶような形で地面に墜落してしまった。すぐにレラとピリカ、リザが傍に駆けつけてくれたが、身体の異常はすぐには消えない。
(なんだこれ……毒か……!?)
「これ……! カリアを襲った毒使いの固有技能……!」
光魔法で解毒してくれるリザが零した一言、その一言に反応したクロノの視線をジュディアは満足そうに受け止める。
「討魔紅蓮の一件で各地を襲った奴等は、まだ各地でとっ捕まえてるって話だったよな」
「まだゴタゴタが続いてるから、大牢・タルタロスに送れないって聞いたね」
「場所によっては処罰をそこでって話も出てたけど……少なくてもカリアが悪魔に襲われたって話は届いてないけど」
「そりゃそうだろうよぉ、この力は取りたてほやほやだからなぁ……!」
「カリアに何をしやがったテメェ……!」
「さぁ……何をしたんだろうなぁ……! 想像してみると楽しくなるよぉ……? ヒヒャハハ!!」
「こんな事も出来るんだ、強欲の悪魔の力は最高だぁっ!」
身体から噴き出した毒霧がジュディアの頭上に集まり、渦を巻いたと思いきや全方位に弾丸のように撃ち出される。複数の固有技能を同時に使用し、複合する事で幅を広げている。
「毒よ! 吸っちゃダメッ!」
「狂さんっ! 解毒出来ますか!」
「うぅ……岳兄ちゃんの力だ……こんなところで身内の力を見る事になるとは……」
「解毒薬を作るので、援護と避難誘導を手伝ってください……!」
「アクア! 水魔法でベールを張るよ!」
「マリアーナ! 離れるんじゃないわよ!」
向こうでは狂を囲うように人魚達が毒を防いでいる。突然の襲撃だったが、迅魔旋風も流魔水渦もなんとか被害を出さずに強欲と距離を取っている。毒の霧が散布される中、クロノは引く様子を見せずジュディアを睨みつける。
「この状況で、お前の目はあの時のままだなぁ……! ヒヒッ」
「精霊だけに留まらず……何人の能力を奪ったんだテメェ……!」
「数えてないなぁ、目に付く良い能力は手当たり次第奪ったからなぁ……」
「生まれながらに、精霊は僕の獲物だった……それが今全ての力がその対象になった、全てが食い物に代わった……たったそれだけなんだよなぁ……!」
「強い者が搾取するのは当然だよなぁ……遠慮する必要がどこにある……? ヒヒャハハ!」
「クロノ、加減する必要も無さそうだぜ」
「するつもりもねぇけど」
「ヒヒャハハハッ! お前等纏めて強欲の糧にしてやるよぉ!」
「まるで自分の力のように語るね、嫉妬が渦巻いちゃうよ」
炎と氷がジュディアを飲み込み、大爆発を引き起こす。クロノの隣に、レヴィが降りてきた。そしてそのレヴィに引っ張られ、セツナが落っこちてきた。
「レヴィちゃん! セツナ!」
「ちゃん付けやめて、子供扱いに嫉妬しちゃうよ」
「どうじで私は危険のど真ん中に連れて来られてんだ!?」
「さっきレヴィにやったみたく能力ズバッとやってよ、嫉妬しちゃうよ」
「毒がモヤモヤしてるんだよ!! この切り札にクロノみたいな接近能力を求めると秒で死ぬぞ!」
「嫉妬できない切り札だなぁ……」
そう言いつつ、レヴィは爆炎を翼で弾くジュディアを睨む。ちゃんと、こっち側に立ってくれた。
「頼もしいな、さっきまでボスだった子が味方ってのは」
「味方になったつもりはないけど、レヴィ気に入らないんだよね」
「強欲の悪魔は人間だった時はドゥムディって名前だった、とても嫉妬出来る奴だったよ」
「なのに、器の我が強すぎて抑え込まれてる……好き勝手に強欲の力が使われてる……不愉快だよ」
「勝手に身体を寄越せとなんやかんやしてきたのはそっちなんだよなぁ……結果僕が力を勝ち取った、その結果に従い好き勝手やって何が悪いのかなぁ……?」
「レヴィも勝手にお魚に詰め込まれたから、そこに関してはどうでもいいの」
「ドゥムディは仲間だった、仲間の力を好き勝手されて不愉快って話」
「お前も大罪かぁ……その力欲しいなぁ……欲しいから寄越せェッ!」
「ドゥムディに負けず劣らずの強欲……嫉妬しちゃうね」
重力波とレヴィの炎氷渦が激突し、衝撃が周囲を吹き飛ばす。その衝撃を掻き分け、植物の根がジュディアを狙う。
「んん?」
「よくも我が居城を抉ってくれたね……このまま魔本を奪われたら僕の沽券に関わるんだよなぁ……!」
「おーさま、ぜんりょく」
「あぁミルメル、あの悪魔を逃がすなっ!」
「ヒヒャハハ、人間風情が何ほざいてる……!」
大きな杖を操り、ミルメルが周囲の木々をジュディアに伸ばす。ジュディアは手を払い、重力波で木々を消し飛ばす。次の瞬間、ジュディアの背に槍が突き刺さった。
「あぁ……?」
「先代達の樹から作られた血吸いの枝槍だ、強欲な君からも血や魔力を奪い取るよ」
「元人間が人間を見下すなんて、いやはや滑稽だなぁ……お前こそアノールド最強を率いる僕を舐め腐るな」
槍を軸にカラヴェラが身体を持ち上げ、そのまま振り下ろした両膝がジュディアを地上に叩き落す。いつ、どうやってカラヴェラがジュディアの背後を取ったのか、クロノですら分からなかった。
「王様!」
「悪いねクロノ君、流石に予想外が続いて滅茶苦茶だ」
「本気で逃がすわけにいかないから、おふざけも出来ねぇわ」
「良いなぁ……悪魔の身体は便利だなぁ……この程度の傷は勝手に治るしなぁ……」
「お前等の力良いなぁ……欲しいなぁ……!」
完全に囲まれたこの状況でも、強欲は留まる事を知らない。だが散布した毒も晴れてきた、このままいけば数的有利は絶対のものになる。その予想は簡単に覆り、絶望の合図は上空から森を薙ぎ払う。頭上から、無数の魔法が降り注いできた。
「今度は何だよ!!」
「強欲様、ここは一度引きましょう」
多数の悪魔が、ジュディアの元に降りてくる。感じる力は、メリュシャンを襲った有象無象と比べ物にならない。
「大罪組の幹部だよ、レヴィにここの情報を流したのもあいつらだよ」
「いつの間にか消えてたけど、強欲を誘導してたのもきっとあいつらだ」
「っ!」
「今良い所なんだよなぁ……引く意味が分からないんだけど」
「どうせ、こいつらは追いかけてくるでしょう」
「計画は順調、どうせなら現地で迎え撃てばいいと思いまして」
「…………精霊使いいいぃぃ……!」
「お前は来いよ、絶対に追いかけて来いよ、僕はお前だけは絶対に殺したいんだよぉ」
「戦火止まぬ国を舞台に、楽しいゲームを始めよう……ヒヒャハハハ!!」
「戦火止まぬ国……!?」
「人と大罪、どっちが勝つかなぁ……最後に笑うのは僕だけで良いけどさぁ、ヒャハハハ!」
「それでは皆様、世を食む絶望をご堪能ください」
「嫉妬様、貴女も逃れる事は出来ませんよ」
影が盛り上がり、ジュディア達は影の中に沈んでいく。周りの悪魔の力か、それともジュディアの奪った力か、判断は出来ないがジュディア達はそのまま消え去ってしまう。悪魔の技能は奪われた、メリュシャンも無意味に傷ついた。売られた喧嘩だ、無視できない。
「追いかけよう、あの野郎ぶっ飛ばしてやる」
嫉妬を交え、新たな縁を紡ぎ、舞台は次へ移り変わる。今も戦火止まぬ国、欲望と野望を糧に炎は更に燃え上がる。奪われるだけで済ますな、欲しい物、守りたい物がある限り綺麗ごとだけじゃ済みはしない。時には、強引な手段も必要だ。取られた物を、奪い返せ。




