第五十七話 『奇跡の5分間』
時間は、ガルアが月狂を発動する辺りまで遡る。
全速力で駆け続けていたセントールは、マークセージの東門へ到着していた。東門の見張り達は、セントールの姿を見て動揺を隠し切れない。
「はぁ……はぁ……」
「おい、ケンタウロスだ!」
「どうするんだ、何か話聞いてたか!?」
「知るかよ!さっきまでここにいた男は南門に行っちまったし……」
その言葉には多少の恐怖も見えるが、ここでグズグズしている時間は無い。セントールは肩で呼吸をしながら、見張りに近づいていく。
「済まないが……通してくれ……人の王に話があるんだ!」
「お、王に!? いや、でも……」
見張りは、その言葉に言葉を濁す。
「頼む! 時間が無いんだ!!」
「そうは言っても……」
「えぇい、面倒くさいぞ貴様!!」
そこに割り込んできたのは、セシルだ。
「貴様は仮にも、他族と同盟を結ぼうとしている国の兵だろうが! 何をマゴマゴしている!」
「同盟を結ぼうとしている他族が話があると言っているんだ、いいから通さんか!!」
「うぇえ!? そんな事言っても……!」
「話にならん、どけい!」
「うおわあああああっ!?」
そう言うと、セシルは見張りの兵を片手で投げ飛ばす。
「い、いいのか……こんな強引に……」
「それにお前……どうして……」
「……色々見てられん、時間も無いしな」
「後の事はなんとかなるだろう、さっさと王に会いに行くぞ」
そう言うと、セシルとセントールは城を目指し、走り出す。町の中を駆け抜けている途中、カルディナと出会った。
「ありゃ? セシルちゃんと……ケンタウロス!?」
「何だ、女勇者か」
「悪いが急いでいる、長話をしてる時間は無いぞ」
「あ、いや……あたしも結構急いでてさ」
「何でも、南門に魔物の2人組が現れたとかで、一応呼ばれてるんだよね」
「魔物の2人組……? ウルフ族か?」
「いやぁ、エルフって聞いてるけど……?」
「この辺にエルフは住んでない筈なんだけどなぁ……」
エルフの2人組と聞いて、セシルは気配を探る。
「……なるほど、丁度良い」
「女勇者、そっちには私が行く、この馬を王のところまで案内しろ」
「へ? いや、でも……」
「クロノが今、命がけで戦っている」
「アイツを助ける為だ、協力しろ」
「クロノ君が……!?」
セシルはそれだけ言うと、南門へ駆け出して行った。どうやら迷ってる暇は無いらしい。
「っ! ケンタウロスさん、こっち!」
「セントールだ、時間が無い、頼む!」
勇者であるカルディナが城門の兵を説得し、王への道が開けた。玉座に座る王の前に、セントールが辿り着く。
「ケンタウロス族の子か、思わぬ来客だな」
「その表情から察するに、只事じゃないな、何の様だ?」
「人の王、無礼を承知で頼む……!」
「今、我等の為に一人の人間が命をかけて戦ってくれている……私はその男を死なせたくない!」
「その男を救う為、貴方の力を……人の力をお借りしたい……!」
「……そうか、アイツはそこまでしてんのか」
「……俺は……どこまで馬鹿なんだ……!」
最初から自分も行けばよかった、立場を理由に結局自分は引き篭もっていただけだ。最も大事な場面で、人の代表者である自分が出向かないで……何が同盟だ。
(これじゃ、親父と同じじゃねぇか……っ!!)
王は思い切り拳を握り締め、立ち上がった。
「大臣、少しの間城を任せるぞ」
「王として、責務を果たしに行く」
覚悟を決めた王の言葉、大臣はただ頷いた。
その瞬間勢いよく扉が開き、紫苑が部屋に飛び込んできた。
「王様、南門に現れたエルフの問題は片付きました!」
「それと、クロノ様のお仲間のセシル様より伝言があります!」
「『東門で待つ、貴様の出番だ、急いで来い』……との事です!」
「主君も既に、東門へ向かっております!」
「よし、東門だな」
「早馬を東門へ、急げ!」
王の言葉を聞き、意を決してカルディナが声を上げた。
「王様! あたしなら、馬より早く皆をケンタウロス族の住処まで連れて行けます!」
「一番大きなそりでも、10人くらいが限界ですけど……」
「それでも馬より、絶対速い筈です!!」
「……頼めるのか?」
今まで呼びかけに応じなかった勇者の言葉、それに対する王の言葉は責めているのではない。これから行く場所は戦場だ、死の危険もある。
勇者云々より、女であるカルディナに対する思いやりからの言葉だった。
だが、カルディナの心は決まっていた。正直怖い、怖いのだが。
あの少年が今、命をかけて戦っているのだ。自分も何かしたい、その気持ちの方が強かった。
「……勿論です」
「あたしは、勇者ですから!」
その目には一切の迷いが無い。王もその覚悟を認めたのか、無言で頷く。
「よし、東門へ向かうぞっ!」
少しずつ集まっていく力、そこには確かに、クロノの影響があった。東門で待つセシルも、それを感じていた。
「セシル、アイツ等は信用できるのか」
門の外を見つめていたセシルに、魁人が声をかけた。
「安心しろ、奴等もお前やあの鬼と同じだ」
「あの馬鹿に救われた他族、何の因果かここで出会うとは思わなかったが……」
「どうせなら強力させた方がいい、貴様は治療の術など使えんだろう?」
「……クロノはやばいのか」
「忠告も聞かず、あの黒狼と戦っているからな、考えられる範囲では最高にやばい」
「正直、間に合うかは微妙だろう」
いや、間に合わない可能性のほうが遥かに高かった。
それでも、セシル自身その可能性を考えたくなかったのだ。認めたくないが、セシルはクロノが心配で、今ここにいるのだから。
(あの、馬鹿タレが……本当に馬鹿タレが……っ!)
思考を巡らせていたセシルだが、気配を感じて振り返る。
「……どうやら、お前の迷いも無いようだな」
前より巨大なそりを引いて現れたカルディナに向かい、そう言った。カルディナはその言葉に、笑顔で返す。
カルディナの用意したそりに、ユリウス王達が乗り込む。乗れる人数に限りがある為、少数精鋭で向かう事になった。
乗り込むのはユリウス王、魁人と紫苑、セシルにセントール、そして……。
「おぉおおおおおおおおっ! この機械も始めて見るのですよぉ!」
「しかもケンタウロス族までお目にかかれるなんて……あぁ……今日は素晴らしい日なのですっ!」
「な、なんだお前は……! 狭いんだから暴れるんじゃないっ!」
「今はそれ抑えとけ! クロノを助けに行くんだぞ!?」
「結構やべぇって話だ! ちょっと我慢しとけって!」
レラとピリカ、嘗てエルフの森で知り合った2人のエルフだ。
大きな体の為、そりの中であまり動けないセントールにジリジリと近づいていくピリカだったが、レラに制される。
「全速力で飛ばせば、徒歩2時間の距離なんて5分もあれば余裕で着く!」
「んじゃ、飛ばすよ!」
【機翔靴】が低く唸るように音を出す。そして一気に衝撃を噴出し、急加速した。
コリエンテ大陸で生み出されたこの靴は、使用者の周囲に薄い膜を貼っている。その膜が進む際に生まれる空気の抵抗などを吸収し、そのまま進むエネルギーに変換してしまうのだ。
出力次第ではその範囲が変わり、どれだけスピードを出しても使用者や同行者に影響が出る事はない。逆に空気抵抗が強ければ強いほど、それを吸収し、加速していくのだ。
加速を繰り返し、猛スピードでカルディナはケンタウロス族の住処へ突き進む。時間はあまり無い、クロノが死ぬ前に何としてでも辿り着かなければならない。
(死なせるもんか、絶対に間に合わせるっ!)
今はただ、走る事しか出来ない。
時は、クロノがガルアの拳を受け止めた場面に戻る。
瀕死の人間に拳を受け止められ、ガルアは一瞬だが固まってしまう。その一瞬の隙に、クロノが左の拳を放った。
ガルアはその拳を左腕を使いガードする。鈍器で殴りつけたような音が響き、ガルアの体が後方に押された。
(ぐぅ……!? 瀕死の人間が出せる力じゃねぇぞ……っ!!)
(何だ……? 何をした、何があった……!?)
ガルアは何かを感じ取り、初めて自分からクロノと距離を取る。その姿に驚きを隠せないウルフ族が声を上げた。
「と、頭領っ!?」
「黙ってろっ! お前等は手を出すなっ!!」
今のこの男は普通じゃない、少なくてもさっきまでとは桁違いの力だ。手を出させるわけにはいかない、危険すぎる。
そんなクロノの急な反撃に、ケンタウロス族も呆気に取られている。ロニアですら、驚きで言葉が出ない有様である。
(クロノ、一体どうしたんだ、急にこんな……)
2段階目のリンクに至るほどの急成長、明らかに異常である。
(うん、俺も上手く説明できないけどさ)
(とりあえず、誰かが力を貸してくれてるらしい)
(……はぁ?)
(俺も良く分かんないんだって、でもとりあえず5分なんだ)
(クロノ? 良く分かんないを通り越して、まったく分かんないよぉ……)
(俺も分かってないんだってば! でもとにかく5分耐え凌げば良いらしいんだ!)
(正直この力も説明無しだし、分からない事だらけだからさ)
(まずはその5分を凌ぐ事に全力を注ぐ、お前等もそれに集中して力を貸してくれ!)
契約者が死にかけ、異常な成長を遂げ起き上がったと思ったら、意味不明な事を言っている。
(あたしの頭じゃ分かんないよぉ~!)
風の精霊は目を回し、クルクルと心の中を飛び回っている。だが、大地の精霊は冷静さを取り戻し、現状を整理していた。
(クロノ、とにかく5分凌げばいいんだな?)
(あぁ、そうらしい)
(らしい……か、信用出来るんだな?)
(それも何でか分からないけど、間違いない)
本当に何故かは知らないが、あの青年の言葉は間違いないと確信できた。
(分かった、相手も待ってくれないだろうし、詳しい説明は出来ないだろう)
(だが、精霊技能が第二段階まで使えるのなら、勝機はある)
(クロノの精神力に変化は無い、つまり二重接続はまだ無理だ)
(けど、今のクロノの精神状態なら出来る事がある)
(出来る事をフルに生かして、その5分を生き残るぞ!)
アルディの言葉に心の中で頷く、それと同時に相手も悩むのを辞めたらしい。
(相手は半分死んでるようなもんだろうが、迷う事は無い、力で叩き潰す!!)
ガルアが凄まじい勢いで突っ込んでくる、クロノの目では追いきれない速度だ。
(クロノ、僕との第二リンクならいけるはずだ、恐れずに守れ!)
その言葉を信じ、両腕を合わせてガードする。
(死にかけのガードなんざ、無意味だっ!)
その腕の上からガルアが殴りつけてくるが、衝撃が拡散するように消えていった。クロノのガードはビクともしない。
(大地の精霊技能の二段階目・巨山嶽……)
(金剛より遥かに強いその防御力は、受け止めるのではなく、吸収する柔軟性も併せ持っている)
(大自然の偉大な力は、個人の力など包み込むように無力化するんだ)
(そして、その力は最強の矛にもなる)
攻撃を受け止めたクロノは、既に左足を振り出している。相手がどれだけ速くても、攻撃後はそこにいるのだ。
しかもガルアは一撃で決めに来ていた、止められることを想定しておらず、完全に止まっていた。この蹴りは、間違いなく当たる。
(チィ……ガードを……!)
脇腹目掛けた蹴りは、ガルアの右腕によるガードで阻まれる。しかし、その衝撃はガードを伝い、ガルアの肉体にダメージを与えた。
巨山嶽の攻撃は相手の防御の力さえ吸収し、土くれのようにしてしまうのだ。つまり大抵の防御は、その意味を成さなくなる。
「ごっ……ぐぅ……!?」
「この……っ!!」
ガルアは一瞬痛みで怯むが、すぐに後方に飛んだ。そのままクロノの周囲を駆け出し、高速移動を始める。
そのまま高速移動を続け、時折クロノに爪の一撃を放ってくる。
(八つ裂きにしてやる……っ!)
感知が間に合わず、ガードが間に合わない。クロノは連続攻撃に晒され、体に傷が増えていく。
その傷は浅いが、反撃の術を失ってしまっていた。
(くそっ……エティル!)
(あたしっ!? けど……)
(あたしの第二リンクは……その……)
(二重接続が出来ないと体への負担が大きくて……クロノの体はもうボロボロだし……)
(確かにエティルの第二リンクは、二重接続を想定してる力だが……)
(今はそれしか手が無い、どうせクロノは止めてもやるだろう)
(エティル、やるしかないぞ)
(うぅ……どうなっても知らないからねぇ!)
リンクを切り替え、風の精霊技能を発動する。その瞬間、クロノの周囲に風が巻き上がった。
動きを止めたクロノにガルアが襲い掛かるが、その攻撃は虚空を裂いた。それと同時、ガルアの右肩が何かに引き裂かれる。
「うおっ!?」
傷こそ浅いが、ガルアは自分の肩を押さえ唸る。何をされたのか、見えなかったのだ。
(んあ……っ!? ……クロノ、リンク激しいよぉ……!)
(これじゃあたしも……抑えれない……!)
「精霊技能・烈迅風……!」
「今なら、影も置いていけそうだ」
その言葉と同時、クロノの姿がガルアの視界から消えた。それに反応するより早く、クロノの蹴りがガルアの顔を蹴り飛ばす。
効きはしないが、ガルアの反応より早くクロノは再び姿を消した。
(デタラメな速さだ……! 人間とは思えねぇ……!)
獣人種の五感を越える速度で移動するクロノ、その速度は異常とも言えた。
(だが、軽い……大した脅威でもねぇな……!)
何とか速度に慣れることが出来れば、カウンターで仕留められる。この程度の攻撃力なら、気にする事は無い。
ガルアは次の攻撃に備え、身構えていた。
(来る……!)
再び顔が蹴り飛ばされる、蹴りを喰らいながらもガルアが右拳を振るっていた。
(甘いんだよねぇ、攻撃が軽いから大丈夫~とか思ってたんでしょぉ)
(風の精霊技能の二段階目・烈迅風は凄いんだよぉ?)
(疾風を越える超スピードは勿論だけど、その風の力はかまいたちを生んで相手を切り裂くんだよ!)
気がついたときにはもう遅い、ガルアの右拳をギリギリで避けたクロノの両手には圧縮された風の球体が2つ。
「乱風斬波っ!!」
ガルアの腹部に叩き込まれた風の球体は一気に弾け、その体を切り裂いていく。
獣人種の強靭な肉体にすら傷をつける強力な鎌風は、確かにガルアにダメージを与えた。
「ぐっ……!!」
しかし、そのダメージがガルアの理性を飛ばした。ガルアの表情は怒りに染まり、その手が眼帯に伸びる。
「調子に乗るなよ……人間風情が……!」
「もう容赦はしねぇ……! 楽に死ねると思うなっ!!」
左目の眼帯を外し、その姿を月狂により漆黒の獣と化す。凶暴性を100%以上に引き上げ、殺意を全面に押し出してきた。
「いけない……っ! クロノ様っ!」
ロニアが堪らず声を上げるが、クロノはその声に笑顔で返す。まるで、『大丈夫』とでも言うように。
(クロノ、分かったな? 今のクロノが出来る全てだ)
(今言った技は、精神への負担が大きい、長くは持たないぞ)
(クロノの体に起こってた強化も何か薄れてるし……第二リンクももう長く持たないよぉ……!)
(多分、クロノの言ってた誰かが貸してくれてる力ってのも……もう限界なんだよぉ)
(やっぱり? 体が重くなってきたんだよね……)
(胸の傷もさっきから凄い痛いし……そろそろマジで限界だな)
こっちは限界が近いというのに、相手はこれからが本番とでも言いたそうである。だが、そんなのどうでもいい。
「俺はいつだって、出来る事を全力でやるだけだっ!」
クロノの声に反応するように、ガルアが突っ込んできた。最早その動きは目に映らない、黒い残像と赤い線を引きながら一瞬で目の前に迫ってきた。
「グルアアアアアアアアアアアッ!!!」
四肢を使った連続攻撃がクロノを襲う、蹴りや拳が飛び交う中、クロノは風の力で全力回避を続ける。だが、凶暴化したガルアの速度は烈迅風を使っていても捌き切るのが難しい。
ついに一発の拳が、クロノの腹部を捉えようとしていた。感知は出来たが、避けきるのが不可能な位置だ。
「交代!」
その一撃を、精霊技能を切り替えて対処する。巨山嶽の防御力でその一撃を受け止めた。
「交代!」
受け止めた瞬間に再度切り替え、相手の距離から離脱する。
「月狂・獣咆っ!」
離れたクロノに追撃が放たれるが、それを掻い潜り再び距離を詰めた。左手の上に風を圧縮し、槍のように形状を変化させる。
「風の精霊法……風神貫槍!」
投擲するようにガルアに放つが、避けられる。だが、それでいい。
(避けさせる為に、撃ったんだ!)
避けた先に回りこみ、右の拳を振るっていた。
「交代!!」
その拳が当たる瞬間、再び巨山嶽に切り替える。相手のガードを吹き飛ばし、渾身の一撃が叩き込まれた。
吹き飛びながらもガルアは顔をこちらに向け、獣咆を撃ってくる。
「交代っ!」
それも烈迅風に切り替えたクロノには当たらない、クロノは再び距離を取った。
(何だ……? これは……!!)
(月狂を使っている俺が……押されているだと……!?)
クロノは風と土の精霊技能を、同時に使えない。同時に使えないのなら、切り替えて使えば良い。
要所要所で精霊技能を高速で切り替える技術、精霊交代だ。
簡単なようだが、高速で、というのは非常に精神への負担が大きい。違う形のパズルのピースを連続ではめ込む感じと言えばいいか……。
それを相手の攻撃を感知・どう対処するかを考え、適切な精霊技能に切り替えて戦闘しているのだ。
通常の戦闘とは比べ物にならないほど精神を疲弊させる上、今の相手は格上なのだ。一切のミスが許されないこの状況は、クロノの体力を凄い速度で削っていく。
ガルア相手では逃げの一手は余りにも不利、一気に押し込まれて殺されるだろう。時間を稼ぐにはこちらも攻めるしか手は無い、止まったら負けるのだ。
既に限界は近いが、それでもクロノは全力を搾り出す。
(残り僅かしか、この状態が持たないなら……!)
(一気に、勝負を仕掛けるっ!!)
残る力を全て使い、最後の攻めに出る。次の攻撃が、クロノの全てだ。
決着の時は、迫っていた。




