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偽勇者は世界を統一したいのです!  作者: 冥界
第七章 『駆ける獣、吼える獣、差し伸べる人』
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第五十六話 『月が照らす、狂気の瞳』

 大地の力を宿し。ガルアに向かって殴りかかるクロノ。相手は遥か格上だ、様子見は不要だろう。





(全力で勝負になるかどうかなんだ……一気に攻める……!)





 その渾身の一撃は、片手で止められた。




「……え……」





「頭領っ!」




 岩の上から一体のウルフ族が声を上げるが、ガルアはそれに適当に返す。





「お前等は見てろ、俺だけで十分だ」





 クロノの左拳を右手一本で止めたガルア、そのまま右手だけでクロノの腕を上に引き上げる。身長差のせいか、クロノは簡単に宙吊りの体勢になってしまう。




「……っ!? 離せっ!」




 その体勢から、相手の横腹に蹴りを叩き込む。だが、ビクともしなかった。




(そんな……大地の力を乗せてる蹴りなんだぞ……?)




 徐々に絶望感が心を支配していく中、不意にガルアが手を離した。宙吊りになっていたクロノの体が落下を始め、バランスが崩れる。



 何が起こったのかクロノが理解する前に、ガルアの蹴りが腹に叩き込まれた。丸太のような漆黒の脚が深く突き刺さり、クロノの視界が揺れる。





「……ガッ、アッ……!?」





 大地の力を貫通するような、凄まじい衝撃がクロノを襲う。アルディとリンクしているからこの程度で済んでいる事実が、逆に恐ろしい。



 蹴り飛ばされたクロノに、体勢を立て直す余裕も何も無い。無抵抗で吹き飛ばされるクロノに、無慈悲な追撃が襲い掛かる。




獣咆じゅうほうっ!」




 爆音を起こしながらクロノに向かって飛ばされたのは、音の衝撃波。巨大な鉄の塊が激突したような衝撃がクロノを襲い、その体がさらに吹き飛んだ。




 そして、ガルアは既にクロノの落下地点まで先回りしていた。




(速い……!?)




(やべぇ……体が動かな……)




 抵抗も何も出来ない、クロノはそのまま真横に飛び上がってきたガルアを見ているしか出来なかった。振り下ろされた右手の一撃により、勢いよく地面に叩き付けられたクロノが立ち上がる事は無かった。





「……所詮、この程度じゃねぇか」




「俺に勝てる夢でも見たか、たかが人間がよ……」




 その言葉を最後に、クロノの意識は闇に落ちていった。























 一方その頃、ケンタウロスの集落ではセントールがロニアの元へ辿り着いていた。




「……ロニア、様……! お話があります……!」




「……クロノ様に会ってきた様ですね、言い付けでは集落から出ない事になっていたはずですが」




 数体のケンタウロスが護衛としてロニアの周りに待機している中、息を切らしながらセントールは駆け寄る。




「お願いします、クロノを助けてください!」



「このままではアイツは死にます、そんなの……」





「普段から我等ケンタウロス族の信念を語るセントールちゃんの言葉とは、思えませんわねぇ……」


「我等はクロノ様に、人間に全てを預けたのですよ?」





「……だからって……! このまま見殺しにするのですかっ!?」


「アイツじゃガルアには勝てません! このままじゃ絶対に死んでしまうのです!」




 その言葉に、ロニアの顔つきが変わった。




「セントール、言葉を選びなさい」


「今の言葉は我等の忠義にだけではなく、クロノ様への侮辱でもあります」






「え……」






「クロノ様は信じてくれと仰いました、我等はその言葉を信じて全てを預けたのです」

「彼に全てを預けた我等が、後になって彼を疑うなど愚の骨頂」




「誰かに何かを託すとは、そういう事です」




「セントール、普段気丈な貴女の心が揺れ動いているのは、彼の言葉のせいでしょう」

「あの方が持つ本当の信念と言うもの、わたくしもそれを感じました」




「彼がそれを貫こうとしているのなら、それを邪魔するのは無粋です」

「貴女が彼に思うものがあるのなら、彼の信念を守る方法を考えなさい」






「信念を……守る方法……」






「忠義を立てるとは、そういう事ですよ」






 その言葉と同時、集落の外で衝撃音が響いた。





「なっ……!?」





「……来ましたか」






 衝撃音が鳴り響いた場所に駆けつけると、集落を囲う柵が壊されており、10数体のウルフ族が確認できた。



 その先頭にはウルフ族の頭領、ガルア・リカントの姿がある。



 過去何度か攻めてきたウルフ族だが、その時はガルアの姿は無かった。今回彼の姿があるのは、『本気』だという証拠だ。





「お久しぶりですわ、ガルア様」


「正直、ここまで品が無いとは思いませんでした」






「おいおい、久しぶりだってのにジョークかますとかお前のキャラじゃねぇだろう、ロニアよ……」



「略奪に品が必要かぁ?」




 両獣人種ビーストの長同士が睨み合う中、セントールが一番見たくない物を見つけてしまった。





「ん、あぁ……『これ』か?」





「ロニア、お前も判断がおかしくなったな、人間になんかに賭けるとは」





 そう言いながら、ロニアやセントールに向かってガルアが抱えていた物を放った。意識を失っているクロノを。






「クロノッ!!」






 セントールの叫び声が響く中、ロニアがガルアと向き合った。




「……ガルア様、貴方には彼の信念が見えなかったのですか」

「もし見えなかったと言うのなら、変わってしまったのは貴方の方ですよ」





「戯言なんかどうでもいい、お前等が賭けた男はこの様だ」

「テメェらの負けだ、諦めるんだな」





「それに、そんな雑魚の信念なんざどうでもいいっての」





 その言葉に反応し、セントールが腰の剣を抜き放つ。





「貴様……! 貴様ぁっ!!」





 ガルアに向かって斬りかかろうとしたセントールの剣を、ロニアが素手・・で受け止めた。





「!? ロニア様っ!?」





「手は出さない約束です、貴女は自分で信じた心を曲げるというのですか?」



「目の前で倒れている少年が何の為に戦ったのか考えなさい、あの方の戦った意味を無駄にするつもりですか」




 剣を受け止めた手からは血が伝っている、それでもロニアは表情を変えずにセントールに諭す。そんなロニアを見て、ガルアが口を開いた。




「確かにお前は変わってねぇな、お前等のその忠誠心には頭が下がるぜ」



「まぁ今の状況でもそれを曲げないのは、ただの馬鹿だけどな」






「えぇ、馬鹿でしょうね」




「覚悟も持たずに賭けたつもりはございませんので、どうぞ遠慮なく」





 その言葉にガルアは口の端を上げる。





「昔から変な所で頑固だよな、お前も」




「んじゃ遠慮はしない、……やれ」





 その言葉を合図に、ガルアの背後で待機していた10数体のウルフ族が飛び掛ってくる。ロニアは目を瞑り、それを受け入れた。









 大きな音が周囲に響く、……その場にいた全ての者が目を疑った。










 巨大な岩の壁が地面から迫り上がり、ウルフ族を弾き返したのだ。その壁が崩れ、土埃が周囲を覆う。




 その煙の中、ボロボロの体で立ち上がっているクロノの姿があった。






「……馬鹿な……」






 ガルアが最初に口を開く、人間が立ち上がれる筈が無い。痛めつけたのは自分自身なのだ、立てる筈が無いダメージを与えたはずだ。





「クロノ……」





 セントールも驚愕していた、ボロボロの体で、それでも立ち上がったクロノの姿に胸が熱くなる。

そんなセントールにロニアが小さな声で語りかける。




「見ての通り、彼は我等の信頼に応えてくれています」

「彼は自らの信念を貫いている、その姿は何よりも誇り高い」




「良いですかセントール、今から言う事を良く聞き、良く考えなさい」

「我等も彼に忠義を払い、彼の信念を守り抜きましょう」




 セントールはロニアの言葉に耳を傾ける、この戦況を変える策に。





「チィ……お前達、一旦引け!」





 ガルアの声に従い、岩の壁に弾かれたウルフ族達がガルアの後方へ戻っていく。





「……正直驚いたぜ、まさか立ち上がってくるとはな」




「だが、今更立っても何も変わらないだろ?」





 息も切れ、体もボロボロ、ただでさえ勝ち目の薄い相手なのにこれは分が悪すぎる。そんな状況で、クロノはゆっくり息を吸い、口を開いた。





「気絶する前に、聞こえたんだけど……」




「アンタに勝てる夢なんて、見てないよ……」





 今も昔も、自分の夢はただ一つ。




「俺の夢は、人と他族の共存の世界だ……」




「その夢の為に、俺は負けない……!」




「何度だって、立ち上がる!」




 震える膝で、それでも再び構えを取る。目の前の黒狼に、再び向き合った。





「……だったら、その夢ごと叩き潰してやるよ」





「お前等、手を出すなよ!」


「俺一人で相手してやる、どうせすぐ終わるしな」




 自分に対し再び向き合った人間に、ガルアも応える。ガルア自身も体勢を低くした、全力で潰すつもりだ。





 それと同時に、セントールが突然駆け出した。






「……セントールさん!?」






「何だ、逃げたのか?」



「まぁそれが一番賢いんじゃねぇか? なぁロニア!?」





 ガルアの挑発にロニアは乗らない、ただ無言でクロノを見つめていた。



 そのクロノはと言うと、エティルとリンクし、ガルアの背後に回っていた。




(クロノ、あたしとリンク中は攻撃喰らっちゃダメだよぉ!?)




(分かってる、分かってるよ……!)




 先ほどの戦闘で十分それは分かった、大地の力の上からあの威力なのだ。普通の状態なら、ガードの上からでも致命傷になるのは明白だった。




 しかし分かった事は他にもある。




 エティルとリンクした状態じゃなければ、ガルアの動きに追いつけないのだ。通常のクロノが出来る風の感知じゃ追いきれず、反応すら出来ない。



 エティルとリンクしなければ動きについていけないが、この状態での攻撃は効果が無く、一発で即死する。



 アルディとリンクすれば1~2発は耐えれるがダメージは蓄積される、しかし動きにまったく対応できず反撃が出来ない、しかも反撃できたとしても効果が薄い。




 セシルのレベルが違う、と言う言葉がしっくりくるほど、絶望的な戦力差である。




 そんな事を考えていると、ガルアの蹴りがクロノに向かって放たれた。とんでもない速度だが、今回は感知出来ている。





「……っ!」





 精霊技能エレメントフォース・疾風を纏い、ガルアの蹴りをスレスレで避ける。一発でも貰えばゲームオーバーだ、内心は恐怖で一杯である。




 その恐怖を振り払うように、クロノは軽くジャンプをする。そのまま空中を蹴りつけ、縦横無尽にガルアの周囲を駆け回った。




 ジェイク戦で決め手となった移動術だ、この動きでかく乱する作戦で攻める。





「はっ! くだらねぇ! 獣咆じゅうほうっ!」





「……え、うわぁっ!!」




 まったくかく乱出来ていない、放たれた音の衝撃波を、体勢を無理やり崩して何とか避ける。



 片足で空中を蹴りつけギリギリ着地する、すぐさまガルアの追撃が襲い掛かってきた。





「く……そぉっ!」





 全力で後ろに飛び退き、距離を取る為に走り出す。しかし、ガルアはその速度に追いつき並走してきた。






「遅い遅い、遅すぎるぜっ!!」






 そのまま何発も拳が飛んでくる、ギリギリで避け続けるがそれも限界がある。ついに避け切れず、肩に掠った。




 それだけなのに体が流れる、次を避けれない。




「アルディッ!」



(くっ!)




 精霊技能エレメントフォースを、ギリギリで金剛に切り替える。両手をクロスさせガルアの攻撃をガードするが、受け止めきれずに吹き飛ばされた。





「ぐあっ……!」





 たった一発ガードしただけで両手が痺れる、その隙を見逃してくれるほど相手は優しくない。既に眼前に迫るガルアの追撃に対して、クロノの取れる行動は限られている。





(ダメだ……金剛の状態じゃ攻撃の軌道が読みきれない……急所を庇うしか……!)





 避ける事も不可能、金剛の状態じゃ空中で動けない。結果、痺れる両手で顔と腹部を庇うしか出来ない。





「おらぁっ!!」





 勢いの乗った蹴りがクロノの横腹に叩き込まれ、ミシッと嫌な音が聞こえた。

激痛でガードが緩む。




 ガルアはそのまま飛び上がり、蹴りを放った方向とは逆方向に回転する。そしてその勢いのまま、回し蹴りをクロノの首筋に叩き込んだ。




 視界が流れ、意識が揺れる。そのまま吹き飛ばされ、受身も取れずに地面を転がった。





 それでも意識はまだ残っている、何とか立ち上がろうと動くクロノだが、既に足が言う事を聞かない。





 そんなクロノを見据え、ガルアが自身の左目の眼帯に手を伸ばした。




「面白いもの見せてやるよ、お前『月狂げっきょう』って知ってるか?」

「ウェアウルフの中でも、資質が無けりゃ使えない力だ」




両目・・で満月を見ることで発動する、凶暴化の力」

「冥土の土産に、見せてやる』




 そう言い終えると、ガルアは左目の眼帯を外した。そして、雲一つ無い夜空に浮かぶ満月を見る。




 すぐに変化が現れた、ガルアの黒毛が全身に広がり、人間味が薄れてくる。






「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンッ!!」






 狼男とは良く言ったものだ、魔物の姿に相応しい漆黒の獣人と化したガルアが月に向かって咆哮する。何とか立ち上がったクロノに絶望を感じさせるには、十分すぎる威圧感だった。






月狂げっきょう獣咆じゅうほうっ!!」






 すぐさまクロノに向かって音の衝撃波を放つが、勢いが先ほどまでと桁違いだ。その衝撃波は螺旋状に回転し、ドリルの様にクロノに襲い掛かる。




 もはや動く事が出来ないクロノは、それを防御するしかない。両手で受け止めるが、もう防御の意味を成さないほどの破壊力だった。




 爆発物が弾けた様な音が響き渡り、直撃を許したクロノは力無く地面に膝をついた。そして、その眼前にガルアは迫ってきていた。




 赤く充血したその目が赤いラインを引き、黒い残像を残す速度で突っ込んできているガルア。その姿に理性など微塵も無く、目の前の獲物を引き裂く事しか頭には無い。




 凶暴性の開放、それが『月狂げっきょう』を発動したウェアウルフの得る力だ。







漆黒流爪しっこくりゅうそう……っ!!」







「…………ッ!! ア、ガアアアアアアアアアアアアッ!?」







 残酷性の具現とも言える両の爪がクロノを引き裂き、クロノの胸に十字の傷が刻まれる。傷は深い、あまりの激痛に視界が明滅し、クロノは前のめりに倒れこむ。




 もはやガルアに人の面影は無く、その四足で自分の勢いを止めたガルアは獲物に向き直る。その爪は血に染まり、目は獲物だけを見据えている。




 だが、ここでガルアは左目を閉じた。



 それと同時に獣と化していた姿は元に戻っていく。




 再び左目を眼帯で隠したガルアは、倒れたクロノをつまらなそうに見つめていた。そして、クロノに背を向け、ロニアと向き合う。







「終わりだ、当然の結果だろ?」







 ケンタウロス族の全てを託された少年は、血に塗れ地面に倒れこんでしまった。

息はあるが、意識は完全に失っていた。



 誰がどう見てもクロノの負けだろう、その場の誰もがそう思っていた。……クロノの精霊達を除いて。


























 夜の平原を走る影が一つ、セントールだ。ロニアの言葉を聞き、彼女は真っ直ぐある場所を目指していた。






「早く……早く……急がないと……急がないと……っ!」






 ロニアの言葉、それはクロノの希望を繋げる最後の策。




 クロノの言葉に従ったケンタウロス族は、ウルフ族に手を出す事はできない。それはクロノを裏切る事に繋がるからだ。




 クロノとの誓いを裏切らず、クロノを救う唯一の策。それは、『人』に助けを求めること。




 そもそもクロノは、人間を信じろと言ったのだ。そしてロニアは、人の可能性に賭けた。




 その可能性を見定める為、ロニアはセントールを走らせた。マークセージの王の下へと。




 人の国を訪れるなど、セントールには初めての事だ。だか迷ってる時間は無い、クロノ一人では限界なのだ。




 彼が一人で来たのは、一番それが波風を立たせないからだろう。一番会話が成り立つ可能性が高いから、それだけの為に最も危険が高い単独で来たのだ。




 だが、もうクロノ一人では持たない、このままでは確実に死ぬのだ。




(死なせない、死なせたくない……!)



(あの誇り高い男を……死なせてたまるか……!)




 セントールは走る、人間を助ける為、人の国を目指し全速力で駆けて行った。





























 クロノが気がつくと、真っ白な世界にいた。見渡す限り何も無く、ただただ白い世界。






 ――――俺、死んだのか?






 声も出ない、なにやら体がフワフワしていた。自分の手を見ると透けていた。





 ――――透けてるし、真面目に死んだっぽいんですけど……







「大丈夫、死んでないから」






 落胆していたクロノに声がかけられる。声がした方向を見ると、『例の男』がそこにいた。



 船の上でも、マークセージでも急に現れ、消えた青年だ。





 ――――貴方は…どうして……

 ――――というか、ここはどこなんですか?





「残念だけど、質問に答えることは出来ないんだよ」

「まだ、どんな質問にも答えれない」




 少し悲しそうな顔で、青年は言う。声は出ていないのに、何故か伝わった。




「マークセージで言ったよね、君には悩んでも、落ち込んでも、行き詰っても、大丈夫な理由があるって」




「何でか分かる?」






 ――――え?





 この異常な状況で、そんな事を聞かれても答えられる訳がない。クロノの頭は、それ以上の疑問で埋め尽くされているからだ。





「分かってる筈だよ、君には」



「その理由を信じるんだ、そうすれば大丈夫だから」







 ――――待ってください、意味が分からないです

 ――――そもそも貴方は一体……







「ごめんね、まだ言えないんだ」


「それに、時間も無い」





「聞こえるだろ? 君を呼ぶ声が」





 そう言って青年は上を見上げる、クロノも釣られて上を見る。真っ白な風景が広がっているが、聞き覚えのある声が微かに聞こえる。




 ……エティルとアルディの声だ。




「……ちょっとだけ、今回は力を貸してあげるね」




「5分……5分耐え抜くんだ」




「そうすれば、今回の君の仕事は終わるよ」








 ――――5分……? 何の事なんですか!?

 ――――何が何だか、分からないよ……!








「うん、ごめんね……」





「でも、また会えるから」





「その時は、もうちょっとだけ話そうね」





 青年の体が透けていく、そう言って青年は遠ざかっていく。その光景が、何故だか凄く切なくて、悲しかった。






 ――――待って、待ってくれよ!







「……僕は君の夢、応援してるからね」







 光に包まれ、視界が奪われていく。青年の笑顔が、一瞬見えた。























 ガルア・リカントはロニアを切り裂く為、手を振り上げていた。だが、背後に感じる気配に動きを止めていた。



 後方に目をやると、クロノが立ち上がっていた。それも、先ほどとは身に纏う空気に違和感がある。






「……ゾンビか何かかよ、テメェ……」






 普通に考えれば、立ち上がったからどうだと言うのだ。あれほどボロボロなら何も出来ない、放っておいても良い筈だ。放っておいても死ぬだろう。




 だが、獣の勘が叫んでいる。……やばい、と。






「……チィ!」






 ガルアはクロノに向かって駆け出す、そしてその右拳を振り上げた。瀕死のクロノがこれを喰らえば、終わりだろう。




(クロノ、クロノ! しっかりしてよぉ!!)




(クロノ! 意識はあるのか? 僕達の声は聞こえているのか!?)

(ガルアが来てる、頼むから返事をしてくれっ!)





 声が聞こえているかって? 当然、しっかり聞こえてるよ。……あれ、返事出来ないぞ……。



 まぁいいや、今は頭が凄いスッキリしてる。何でだろう、今なら、負ける気がしない。




(アルディ、リンク)




(え?)




 あ、そっか、心の声なら会話できるな。おっと、ガルアが来てる……色々考えるのは後だな。




 精霊技能エレメントフォース・金剛を発動する。いや、今は違う。自分の体じゃないみたいだ、普段とは全てが違う。





(ク、クロノ!? これは……!)





 アルディが困惑の声を上げる、リンクもいつもより、深く強く繋がった。






「うおらぁっ!!」






 ガルアの拳が、クロノに叩き込まれる。







 その拳は、クロノが左手一本で受け止めていた。







「……な、に?」







 精霊技能エレメントフォースには3段階ある。



 精霊達が言うには初歩のリンクで既に基本的な力は使えるらしく、殆どの精霊使いは初歩のリンクで十分らしい。



 その上である2段階目のリンクは、より深く、強くリンクを結ばなければ至る事は出来ないらしい。その力は自然界の現象を越える物であり、非常に強力な力を生むという。



 3段階目に至っては物理の限界を超えるほどの力であり、精霊とのリンクを超えた繋がりを持たねば、使う事は出来ないとされている。






 今、クロノのリンクは2段階目に達していた。






精霊技能エレメントフォース巨山嶽きょざんがく……」




「良く分からないけど、5分だな……? やってやるよ……!」




 奇跡の5分間が、幕を開けた。



獣人種編も佳境を迎えました、結末に向けて物語は動き出します!

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