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偽勇者は世界を統一したいのです!  作者: 冥界
第七章 『駆ける獣、吼える獣、差し伸べる人』
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第五十五話 『間違ってるのは…?』

 ケンタウロス族の集落から南西に位置する岩場、本来なら風の音だけが聞こえる筈のその場所から、鈍い打撃音が響いた。



 クロノの鳩尾にワーウルフの蹴りが深く叩き込まれた音だ。体がくの字に曲がり、肺の酸素が口から吐き出される。




「これならどうだ、確実に……っ!?」




 蹴りを放ったワーウルフが言い終わる前に異変に気づく、悶絶している筈の人間が自分の足を掴んできたのだ。顔を上げた人間の表情は、口の端から血を流しながらも笑っている。






「うらあああああああああああああああああっ!!」






 咆哮と共に、クロノは足を掴んだ左手を振りかぶる。大地の力を借りていなければ出来ない芸当だが、ワーウルフを上空に投げ飛ばした。



 何が起きたのか理解できないワーウルフの少年は、空中で手足をバタバタとさせている。……まぁ理解できていても、何も出来ないのだが。




 投げ飛ばしたワーウルフに背を向け、クロノは地面に左手を付いた。




(……果たして上手くいくのだろうか)





(2日の休息時間であれだけ練習したんだ、上手くいってもらわないと困るよ)





(あれを休息と認めるのは、俺には出来ねぇ……)

(それに何度も言うように俺は魔法の才能がねぇんだって、感覚も何も分かんねぇんだよ)





 ケンタウロス族の集落での2日間、クロノは精霊達とある修行を行っていた。それは魔法の才能が皆無なクロノには無理難題に聞こえる修行、『精霊法』の修行だ。




 『精霊法』とは精霊使いが使うことの出来る、自然の力が主体の魔法のようなものである。




 これまでクロノが使ってきた精霊の力は『身の置き方』から成る身体能力強化だ。自然を身に宿すその極意は、相当な実力者でなければ感じすら掴めない。



 その初歩を精霊と契約する事で掴み、下手糞ながらも運用してきたのだ。そしてその初歩クラスの身の置き方を精霊技能エレメントフォースでドーピングして何とか戦ってきたわけだ。



 『精霊法』は身体的な物ではなく、自然の力を現象として引き起こす物。それは魔法となんら変わりなく使うことができ、使用者の精霊とのリンク次第でその力は高まっていく。



 自身の魔力と繋ぎ合わせ、さらに強力な魔法にする事も可能であり、それが魔術に長けた物が精霊を求める理由でもある。



 シルフ、ノームと契約をしているクロノは彼らの力を借り、風・土の精霊法を使うことが出来る筈なのだ。





(筈……と言うのも、練習じゃまともに発動してくれなかったんだよなぁ……)





 以前の船上での風の修行時、紙飛行機を浮かしただけで内心で『やべぇ、魔法じゃねこれ……?』と思っていたクロノにとって、精霊法などおこがましく思えてしまうほど敷居が高かったのだ。




(クロノ、自信持ってよぉ)

(今は精霊技能エレメントフォース使ってるでしょ? これで出来なきゃ病気だよぉ)




(練習時は疲労を避ける為に、精霊技能エレメントフォースは無しだったしね)

(リンクしてる今なら、そこそこの精霊法は使えるはずだ、僕達と自分を信じろ)




 自分の事は勿論信じているが、それ以上に仲間の言葉を信じないわけにいかない。何より当たって砕けろ精神で現在戦闘中だ、もうなるようになってしまえばいい。





(精霊法はイメージが大事……だったよな……)





 精霊法に明確な形は無い。風を起こす、風で吹き飛ばす、風で切り裂くなど、運用方法は使用者のイメージと力量で決まる。




 己の魔力の属性で縛られる魔法や、特異な能力に昇華した固有技能スキルメントには無い、何にも縛られない大自然の様に自由な力、イメージ次第で凄まじい力となるのが精霊法なのだ。




 クロノは目を閉じ集中する、大地の息吹を左手で感じ、それを力として具現する。魔法の才能が悲しくなるほど無いクロノに『魔法使う感じだ』、と言っても分かるはずがない。



 だから、自分の感じを掴む事から始めた。その感じは既に、二日間で掴んでいる。






「そこから1ステップ進ませるのが、精霊技能エレメントフォースだ」






 アルディの声の通り、イメージが現実の物になった。クロノの足元が揺れ、次の瞬間ビックリ箱のように勢い良く地面が迫り上がった。



 それは発射台のようにクロノを空中に撃ち出し、空中のワーウルフ目掛け突っ込ませる。





金剛羅刹こんごうらせつっ!」





 その勢いのまま、肩からワーウルフに突っ込むクロノ。空中で回避の術が無いワーウルフはそれをまともに喰らい、ぶっ飛ばされてしまう。



 二人して地面に落下するが、立ち上がったのはクロノだけだ。攻撃をモロに喰らったワーウルフは完全に気を失っている。





「落下しても大して痛くないのはいいんだけど、何か締まらない……」




「……ってアホな事言ってる場合じゃねぇんだよな」





 クロノが大地の力を使い始めてから警戒の色を強めたのか、ハーミットは適度な距離で身を低くしていた。




 既に部下と思われる二体のワーウルフは倒した、後はハーミットだけだ。




 クロノはハーミットに向き直る、最後に彼を残したのは少しの期待からか。クロノは構えを解き、口を開く。




「言葉じゃ、止められないんだよな」

「じゃあ止まらなくていい、止まらなくていいからさ、話してくれないか」




「事情も知らないで止めようなんて、そんなの俺もねぇと思う」





「……だから話してくれ、何でこんな事するんだっ!」





 ハーミットは黙って聞いていた、襲い掛かってくる様子は無い。





「黙ってちゃ分からないんだ、話してくれないとさ……俺は馬鹿だから分かんないんだよっ!」



「そっちにとっては迷惑なのかもしれない、助けたいとか俺の偽善なのかも知れない!」





「それでも助けたいんだよっ! いいから助けさせろよっ!」





 やはりハーミットは動かない。黙って、聞いていた。





「理由があるんだろ? お前等は本当はケンタウロス族と戦いたくないんだろっ?」





「……何勝手に決め付けてる、馬鹿じゃねぇの」





 ここで初めて、クロノに返答した。





「そりゃお前の勝手な思い込みだろ、俺達は迷ってなんかいない」





 平坦な声、クロノの言葉を切り捨てるように言った。





「理由? そりゃ領知を広げる為だろ、決まってるぜ」




 当然のように。




「それなのに深読みして善人気取りで何してんだか……うざすぎるわお前……」




 鬱陶しそうに。




「助けさせろ? じゃあそこ退いてくれよ、そしたら助かるわ」




 嘲るように。




「大体人間のお前に関係無いのにマジうぜぇんだよ、うぜぇうぜぇうぜぇっ!」




 吠えるように、言葉を繋ぐ。そんな言葉に、クロノは当たり前のように答えた。








「関係ある」






「人と獣人種ビーストは同盟を組むから、関係ある」








 その言葉が、僅かにハーミットを切り裂いた。




「……っ! それがうぜぇんだよっ!!」

「そんなモン組む気はねぇっ! 何度言わせるっ!」




「何か察したみたいな顔しやがってムカつくんだよっ! テメェに何が分かるんだっ!」




「ケンタウロス族なんざ雑魚だ、ぶっ飛ばすのなんて簡単なんだよ!」

「弱者に土地は必要ねぇ、強者が全てなんだっ!」




「だから奪う、だから襲う、だから戦うっ!」

「それ以外に理由なんてねぇっ! 分かったらそこを退けっ!!!!」




 吐き出すように、叫んでいた。平坦だった声には、一つの感情が含まれている。





 それは怒りじゃない。





「……それがお前等の戦う理由か?」




「お前等が決めた道なら、迷いなんて無いんだろ?」











「……それなのに、何でそんな辛そうな顔してんだよ」











 ハーミットの顔は、泣き出しそうな顔だった。クロノの言葉を聞き、ついに涙が零れた。




「……っ!!」




「……なん、で……っ!」




「邪魔……すんなよ……っ!」




 ハーミットは搾り出すように言うと、地面に力無く膝を付いた。俯き、震える声で言葉を紡ぐ。




「俺達は……止まれないんだよ……」




「これしかねぇんだ、頭領が決めた事に間違いはねぇんだよ……!」




「やるしかねぇんだっ……やらねぇと……仲間が死ぬんだっ!!」

「もう、時間がねぇんだよぉっ!」




 心の底から搾り出したような声に偽りの色は無い、事実なのだろう。仲間の為、……それがウルフ族の理由。





「どういう、事なんだ……?」






「……疫病だ、俺達の中で広がりつつある……」

「このままじゃ俺達は全滅する、仲間は今も苦しんでる」



「薬になる草は知ってる、だけど俺達の領地は乾燥地帯だ、その草は生えてない」



 ここまで聞いて理解した、その草はケンタウロス族の領地にあるのだろう。だが、そんな理由ならば苦しむ必要なんか無い。





「そんなの、助けを求めれば済む話だろ」



「同盟の話を受ければいい、そうすれば解決だ!」



「人間も、ケンタウロス族も、ウルフ族を見捨てたりなんか絶対にしない!」

「まだ間に合うんだろ? だったら急いで……」






「……頭領は、その選択肢を捨てた」



「俺達はそれに従う、……だからこれは、俺の反逆行為に等しい……」




 それでも信じたいと、すがりたいと思ってしまったのは……迷っていたから。心のどこかで納得できなかったから……。




「なぁ……やっぱ、間違ってるのは俺達だよなぁ……」




「どうすりゃ、いいのかな……」




「なぁ、おい……教えてくれよ……」




 途切れそうな声を、俯きながらクロノに飛ばす。





「……助けて、くれよ……っ」





 若き獣人種ビーストは、助けを求める声を絞り出した。







「うん、助ける」







 当然の様に、クロノは笑顔を浮かべる。




「つか……最初から助けさせてくれって言ってんだろうが」




「それに、お前は間違ってなんか無い」




「本当に間違ってるのは……」








獣咆じゅうほうっ!!」








 クロノの声を吹き飛ばすように、衝撃波の様な物が周囲を襲う。その力がハーミットを撃ち抜き、ボロ雑巾の様に弾き飛ばした。



 クロノが差し出していた左手に、ハーミットの吐き出した血が付いた。吹き飛ばされたハーミットの体が、クロノの横に倒れこむ。





「……っ!」





 誰がやったか、クロノはそれを瞬時に理解した。今の会話も、最初から筒抜けだったのだろう。






「そうだよな……本当に間違ってるのは……アンタ一人だ、ガルア・リカントッ!!』






 そう声を荒げ、衝撃波が飛んできた方向を睨み付ける。月を背にした複数人のウルフ族が、岩の上に見える。



 その先頭に立つ一際大きく、夜の闇に溶け込みそうな黒毛を纏ったウルフ族。ウルフ族の頭領、魔核固体のウェアウルフ……ガルア・リカントだ。




「ベラベラといらねぇ事くっちゃべりやがって……」



「ウルフ族の恥晒しが……!」




 吐き捨てるように言うガルアに、クロノがキレた。





「助けを求めて、何が悪い」





「仲間を想って、感情を押し殺して言いなりになって……」

「群れのボスの言う事は絶対だって……っ!?」



「ふざけんなよっ!! テメェの勝手なプライドでこいつは苦しんでんだっ!」

「詰まらないプライドや意地で仲間を守れるのかよっ! 逆に苦しませてるじゃねぇかっ!」




「お前はボス失格だっ! 仲間を苦しめて何が頭領だっ!!」




 その言葉に反応し、ガルアは岩の上から飛び降りてくる。クロノから少し離れたところから、クロノを睨み付け口を開いた。




「人間のガキが……知った風に言うじゃねぇか」

「口だけなら、何とでも言えらぁ」




「俺は先代にウルフ族の誇りを守り抜く事を誓い、この座に就いた」

「弱者に救いを求めるなんざ、恥を晒す事に他ならねぇ」




「受け継いだもんも貫き通せない俺達には、そもそも生きる価値もねぇんだよっ!!」



「俺は、俺の力でウルフ族を救うっ! 邪魔はさせねぇ、誰にもだっ!!」




 言葉に込められた怒気が槍の様にクロノを貫く、対峙しているだけで寿命が縮む気がする。僅かに怯んだクロノに、精霊達が語りかけてきた。




(クロノッ! ここは引くんだっ!)

(勝ち目が無い、本当に死んでしまうぞっ!)




(クロノ、逃げようよぉ!)

(悔しいけど戦っても無駄だよぉ…)




 そんな事、言われなくても分かっている。目の前のウェアウルフには、天地がひっくり返っても勝てないだろう。



 冷静に考えれば、ここは戦闘を避けるべきだ。それが賢い者のする事だ。






 そして、クロノは賢い男では無い。






「エティルッ! アルディッ!」





「ひゃいっ!?」



「うっ!?」




 突然のクロノの叫び声に、精霊達は声を上げてしまう。そんな事は気にもせず、クロノは続ける。




「力を貸してくれ、どうしてもこの男を殴ってやらないと気が済まない」

「勝ち目云々とか、死ぬとかは後回しだ」




「ここは引けない、約束を守る為、誓いを果たす為、そして男として!」





「……絶対に引きたくない」





 意地でも殴ってみせる、クロノの頭の中はそれで一杯だった。



 ガルアの背後の大岩の上には、10人近くのワーウルフの姿が確認できる。この状況は間違いなく、絶体絶命という奴だ。



 その状況で、クロノの頭の中はそんなアホな事で一杯なのだ。





「……はぁ」





 アルディは頭を抱える、出来ればこういった所は似ていて欲しくなかった。だが、懐かしさを感じ……少しだけ嬉しいと思っている自分がいるのも、事実だった。




「……分かったよ、付き合ってやる」



「ただし、絶対に死なせないぞ、クロノッ!」




 その言葉に続くように、心に優しい風が吹いた。以前にも感じた事がある、エティルが心に直接寄り添ってくれているのだ。




(約束一つ、絶対に死んじゃダメッ!)



(破ったら、嫌いになるからねっ!)




 自分の無茶に付き合ってくれる2体の精霊に心から感謝をし、クロノは目の前に視線を向ける。怖くない筈が無い、だが絶対に視線は外さない。




 目の前の黒狼をしっかりと視界に捕らえていた。





「俺と戦う気か……?」




「面白いじゃねぇか、夢を見るのも大概にしろよ糞ガキが……」

「月の夜はちっと血が疼くんでなぁ……いいぜ、相手してやるよ」



「ロニアがお前に何を見たのか、ハーミットが何故人間なんかに話したのか……」

「答えを示せるなら、示して見せろっ! 人間っ!!」







「……っ! 出来る限りを尽くす、それだけだっ!!」




 月に吠える黒狼に向かい、クロノは大地を蹴り突進する。勝ち目が見えないのなら、それ以外の何かを生み出すしかない。



 月明かりが照らし出すのは絶望か、希望か。それはクロノ次第だ。



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