第五十四話 『月夜の死闘』
前方に現れた3体のワーウルフ、その中にはハーミットの姿もあった。ハーミットはクロノの姿を確認すると、驚いたような顔をする。
「……マジで来たのかよ、テメェ……!」
「あぁ、ちゃんと向き合いに来たぜ」
「嘘じゃない、口だけじゃないってのを見せてやる」
ハーミットの両脇のワーウルフが姿勢を落とすが、それをハーミットが制する。
「俺達は前衛を任されてる、程なく頭領もここに現れるぞ」
「お前じゃ頭領は止められない、命が惜しけりゃマジで帰ったほうが良いぜ」
「お前には関係ない、これは獣人種の問題なんだ」
「親切に忠告してくれてどうも、けど帰るわけにはいかないんだ」
「ケンタウロス族は俺に賭けてくれた、その期待は裏切れない」
「それに、他族間の問題はさ、俺に取っちゃ命を賭ける価値があるんだよ」
マークセージは小さな国じゃない、そんな国が他族と同盟を組めばどうなるだろう。周囲を壁で囲こんだ閉鎖的な国、そんな国が他族と同盟を組めば、他国へその話は伝わるはずだ。
その情報は、少なからず他国へ様々な波紋を呼ぶだろう。その殆どが悪い印象かもしれないが、他族との共存の可能性を世界に広める事ができる。
それは、クロノのこれからの旅に必ず影響を与える筈なのだ。
悪い言い方をすれば、クロノは自分の夢の為、この同盟問題を利用しようとしている。
(そう、俺は自分のわがままを貫いてるだけかもしれない)
他者の気持ちも問題もそっちのけ、ここまで自分を貫いたのはただのわがまま。自分勝手に、自己満足で突っ走っただけだ。
期待に応えたいなんて、ただの言い訳なのかもしれない。だが、そうだとしても……。
(助けたい、叶えたい、押し通したいんだ)
(自己満足で構わない、俺は俺を貫き通す)
だから、今この場に立っているのだ。
クロノの目に迷いが無い事を感じ取ったハーミットは、ゆっくりと姿勢を落としていく。両サイドのワーウルフもそれに続き、クロノに鋭い視線を向ける。
「……言葉じゃ俺達は止められないぞ、人間……」
「勿論、力でもなぁっ!!」
その叫びと同時、ハーミットが飛び掛ってくる。一瞬で距離が詰められ、ハーミットの右手がクロノの顔に向かって襲い掛かる。
月の光に照らされた、刃物のような爪がクロノに迫る。クロノは後方に飛び退き、それを避ける。
「……ッ!?」
だが、既に背後に2体のワーウルフが回り込んでいた。2体のワーウルフは既に腕を振り出している、このままでは確実に引き裂かれるだろう。
「エティルッ!」
「オッケー!」
精霊技能・疾風を発動し、自分の足元から風を巻き上げる。その勢いを利用し、攻撃を回避すると同時、2体の頭上へ飛び上がった。
(貰ったっ!)
空中を蹴り付け、頭上から奇襲を仕掛けるクロノ。だが、拳が触れる瞬間、2体の姿が視界から消えた。
「なっ……!」
顔を上げると、既に2体のワーウルフはハーミットの両脇に戻っていた。
(……速いな)
風の力とリンクしている自分とほぼ互角の速度、視覚で捉えるのは無理だろう。風の精霊技能を使っていないクロノでは、あの速度には追いつけない。
(だが、相手は速いだけじゃない)
(獣人種の攻撃を生身で受ければ、一撃で致命傷になりかねないぞ)
心の中でアルディがそう告げる、風の力を使っていても攻撃を全て避けきるのは難しいかもしれない。一撃でも喰らえば、終わりかもしれないのだ。
「ク、クロノ……」
未だに踏ん切りがつかないのか、セントールがクロノに近寄ろうとする。それと同時、ハーミットが地面を蹴り付けた。
「ここは既に戦場になってんだ、戦意のねぇ奴は退いてなっ!!」
「……っ!」
セントールに飛び掛るハーミット、咄嗟にセントールは自分の剣に手を伸ばす。だが遅い、剣を抜く前にハーミットの爪が先に届く。
(しまっ……)
「空断脚!」
「ガッ……!?」
横から飛び込んだクロノの回し蹴りが、ハーミットの顔面を蹴り飛ばした。クロノはそのままセントールとハーミットの間に着地する。
「セントールさん、早く集落に戻ってくれ」
「流石に庇いながらは無理」
「し、しかし……」
「俺は自分の意思でここに居る、約束を果たす為にここに居る」
「そっちの好きな言葉で言えば、信念を貫く為にここに立ってるんだ」
「頼む、俺を信じてくれ」
信念や覚悟を引き合いに出されては、獣人種はそれを無下にするわけにはいかない。クロノの目は、ケンタウロス族の心を揺さぶるに十分な覚悟を秘めていた。
「……っ」
「死ぬな……絶対に死ぬな……」
「……分かったなっ!」
セントールはそう叫ぶと、踵を返し駆け出して行った。それと同時、蹴り飛ばしたハーミットが起き上がる。
「……アンタの覚悟ってのは分かった、こっちも全力で向き合うわ」
「だから、もう容赦しねぇ」
(……ははっ……効いてねぇや……)
クロノの蹴りは、一切ダメージになって無いらしい。3体のワーウルフに囲まれたクロノは、再び構えを取った。
集落に向かい、駆けるセントールの心は乱れていた。その理由は分からない、それでも、割り切れないのだ。
(……あの男に……死んで欲しくない……!)
馬鹿でも分かる、このままではクロノはウルフ族の頭領とぶつかる事になる。そうなれば、どう足掻いてもクロノは死ぬだろう。
それが、嫌だった。
クロノの覚悟は痛いほど伝わった、ロニアを納得させるほどの覚悟だ、それも当然。だが、その覚悟を裏切る結果になろうとも、セントールはクロノを死なせたくなかった。
(ロニア様の所へ……急がなくては……!)
セントールは走る、夜の闇を引き裂いて。
「だらぁっ!」
「く……そっ!」
3体のワーウルフの猛攻をいなし、なんとか反撃するクロノ。しかし、その殆どが避けられ、当たったとしてもダメージが無い。
(このままじゃリンクが切れる……そうなったら、負ける……!)
人と魔物、基本スペックの違いを見せ付けられ歯噛みするクロノ。精霊の力が無いと、本当に勝負にすらならない。
「もう諦めな、お前じゃ俺達は止められない」
「無駄な努力って事だ、人に賭けるなんざ……ケンタウロス族もどうかしてやがる」
「諦めれないから、俺だって止まれないんだよ!」
「何でお前等はここまでする!? 何の理由があって……!」
言い終わる前に、横から一体のワーウルフが襲い掛かる。凄まじい勢いの蹴りがクロノに放たれる。
一瞬反応が送れ、少し頭部に掠った。それだけで足元が揺れた。
「しまっ……!」
「らぁっ!」
後悔する暇も無く、もう一体のワーウルフが飛び蹴りをかましてきた。両腕でガードするが、一撃で両手が弾き飛ばされる。
そして、ハーミットが勢いをつけて突進してきた。両腕は痺れ、足は揺れている、防げない。
「……っ!!」
「だから言ったろ、無駄だって」
ハーミットの拳がクロノの顔面を捉え、容赦なく殴り飛ばす。クロノの体が宙に浮き、後方に吹き飛ばされた。
「……結局、結果がこれだ」
(やっぱ、どうかしてたんだよな、俺)
僅かにこの人間に何かを期待していた、それも気のせいだとハーミットはクロノに背を向ける。
「行くぞ、頭領が来る前に仕掛けちまおう」
頭領が来る前に、見張りを一掃するのがハーミット達の役目だった。見張りが人間一人だったのは予想外だったが、おかげで楽に突破できた。
人間なんかに苦戦する筈が無いのだ、現にたったの一撃でクロノは倒れた。
……倒した筈だ。
(……確実に当てた、立てる筈が無い)
(なのに……何で……)
(なんで、こいつは立ってやがる……!?)
背後に目をやると、倒した筈のクロノが立ち上がっていた。先ほどとは、雰囲気が違う。
(助かったぜ、アルディ……)
(契約時に言った筈だ、守ってみせると)
精霊技能・金剛、大地の力を身に宿し、クロノは防御力を上げたのだ。
拳を喰らう寸前でアルディの声が聞こえ、瞬間でリンクを切り替えた。そのおかげで鼻血が出る程度で済んだのだ。
(これなら何発か耐えれるけど、金剛じゃ獣人種の速度に対応できないぞ)
(追いつく必要は無い、いいかクロノ、この状態ではエティルとリンクは無理だ)
(だが、リンクは無理でも風の操作は出来る、通常の状態で培った風の扱いは可能だ)
(この状態で出来る風の操作を、全て感知に回せ)
(受けの戦法で行くんだ、出来る事をフルに使わなきゃ勝ち目は無い)
大地の力を宿しながら、風の動きをするのはまだ無理だ。なら、風の力を全て感知に回し、大地の力で迎え撃つ。
(大地の力の扱いの基本、それは動かない事)
(大地に根を張るイメージだ、心を落ち着かせ、迎え撃て)
そのアドバイスに耳を向けつつ、クロノは構えを取る。それを戦闘続行の合図と取ったのか、ハーミットの脇に居た一体のワーウルフが突っ込んできた。
「おい、ちょっと待てっ!」
ハーミットの静止を無視し、ワーウルフの男は横っ飛びでクロノの視界から消える。だが、ギリギリ動きは感知出来ている。
(けどやっぱ速い……動きに合わせて対処したんじゃ間に合わない……)
(若干の先読みをして、それに合わせる……!)
最早、目で追うのは諦める、目を瞑り、風の感知に全神経を集中する。周囲を動き回っていた反応が、斜め後方からこちらに向かってくる。
狙いは、首筋。
(今だっ!)
速度に乗った攻撃は、即座に止める事が出来ないリスクを負う。直線的な軌道なら、どれほど速くても間に手を割り込ませるのは、さほど難しくは無い。
クロノの首筋に爪を突き立てようとしたワーウルフの一撃は、クロノの右手に受け止められた。その事に対し、ワーウルフの動きが一瞬止まる。
人間に攻撃を止められるなど、想像すらしていなかったのだろう。その予想外の展開が、体の動きを止めてしまう。
それを見逃してやるほど、こちらに余裕は無い。クロノは右手で、相手の腕を思いっきり引っ張る。
大地の力の影響か、面白いほど相手の体が軽い。抵抗も少ないからか、ワーウルフの体は宙を舞い、クロノの目の前に逆さまの状態で晒された。
「……!? んなっ……」
クロノと同じくらい速いと言っても、それは地上での話。空中で動く手段を、相手は持ち合わせていない。
「岩砕拳!」
抵抗の術を失ったワーウルフの鳩尾に、クロノは拳を放つ。今までビクともしなかった獣人種の肉体にその拳は深く突き刺さり、吹き飛ばす。
勢い良く殴り飛ばされたワーウルフが、再び起き上がる事は無かった。人間相手に一撃で気絶させられたのだ。
それを見たハーミットは絶句する、同胞が一撃で倒されたのだ。『人間』に、だ。
「……確かに口だけじゃねぇみてぇだな……」
「あぁ、悪いがここは通せない」
「そっちの問題を話してくれたら対応も変わるんだが、どうかな」
「抜かせっ!!」
そう言ってハーミットは突っ込んでくる、クロノは真正面からそれにぶつかっていった。
クロノとウルフ族がぶつかり合っている頃、マークセージの前を通り過ぎる影が何体もあった。その先頭に立つ黒い影、ガルア・リカントはマークセージに目を向ける。
(同盟……か)
(んなもん組める筈がねぇ、そんな選択は……最初からねぇんだよ)
(俺達の道は、俺達で切り開く、どんな手を使っても……!)
漆黒の影は、ケンタウロス族の集落に向かい駆けて行く。その影が月に照らされた時、戦場は血に染まる。




