第五十三話 『人間の可能性』
ようやくウルフ族から得られた情報、それは二日後の夜、ケンタウロス族を攻めるという事だ。その情報を王に伝えたクロノ達は、謁見の間で難しい顔をしていた。
「王様、俺に行かせてください」
クロノが真っ先に口を開く、それに魁人が反応した。
「クロノ、既にそんな段階じゃないんだ」
「もはや、両方との同盟に拘るのは危険なんだよ」
「このままじゃ、両方に甚大な被害が出る可能性もある」
「……お前の頑張りには悪いが、こうなったらもう……」
ウルフ族と戦い、ケンタウロス族との同盟だけでも通すのが一番現実的だろう。だが、それでは意味が無い。
「……魁人、俺は両方の種族と実際に話したから、なんとなく分かるんだ」
「諦めるには、まだ早いと思う」
「それに、ハーミットさんが言ってた」
「止めるのは、そこが最後のチャンスだって」
「俺は、その言葉を信じたいんだ!」
最後のチャンスを与えてくれた、そのチャンスは無駄にしたくない。
「……しかし……」
「十中八九ウルフ族は攻めてくる、クロノ、お前はそれでもケンタウロス族の領地に行く気か?」
「止める最後のチャンス、それは分かるが……間違いなくお前も襲われるぞ」
「……死ぬかも知れないんだぞ」
魁人の言葉を遮り、ユリウス王が重い口調でそう告げる。自身の理想と現実を重ね合わせ、理想と最善の選択の合間で揺れ動いていた。
王としての立場上、ここでクロノを簡単に行かせる訳にはいかない。理想の為、死地に送る事など、出来るはずもない。
「それでも、行きます」
「約束しましたから」
迷いは、無い。
「まだ、途切れてないと信じてます」
「だから、俺一人に行かせてください」
言葉だけで止められる可能性は0に近いだろう、だが魁人やカルディナといった勇者が同行すればその可能性は本当に0になる。
クロノ一人、ただの人間一人なら可能性は僅かに残るかもしれない。しかし、危険も跳ね上がる。
「……止めても、お前は行っちまうよなぁ」
王が溜息を零しながら天井を見上げた、クロノは黙って頷いていた。
「お前一人にここまで危険を負わせるのは本意じゃない、正直嫌だ」
「王として、ここは最善の策を取るべきなんだろうな」
「……けど、勝手だと思われるかもだけどさ、俺はお前を信じたい」
「無責任すぎると思うが、……賭けてもいいか?』
王の言葉に、クロノは黙って背を向けた。それと同時、クロノの両脇に2体の精霊が姿を現した。
「俺に出来る事を、やってきます」
「王様は王様らしく、玉座で信じて待っていてください!」
そしてニッと笑うと、クロノは謁見の間を飛び出していった。それにセシルも続く。
「……忘れるなよ」
一言、セシルは言い残していった。
「……魁人、東門に張ってろ」
「満月の晩、全てが決まる」
「はい……!」
無事に帰ってきてくれる事を祈るしか出来ない、そんな無力さに腹が立つ。そんな感情はセシルの言葉で正気に戻っていた。
来るべき時、その時は恐らく……もうすぐだ。
「クロノ、貴様何か考えでもあるのか?」
「まさか、本気で言葉で止められるなどと考えていないだろうな」
言葉で何とか出来るなら、こんな大事にはなっていない。ましてや相手は獣人種だ、信念や誇りを持って自らを貫く種……説得は困難だろう。
「それが無理なら、向き合うしかないだろ」
「あっちのやり方でさ」
戦闘は、もう避けられないかもしれない。同盟を組もうとしてる相手と戦う事は本意ではないが、そんな甘い状況でもない。
「クロノ、あの黒狼とは戦うな」
「勝ち目が無い、本当に死ぬぞ」
セシルの目は、不意に見せる真剣な目だった。
「そんなに強いのか……」
「奴の力は種族の長に恥じない物だった、まぁそれは白馬の方もそうだったが……」
「あの黒狼のそれは飛び抜けている、奴は『魔核』を有するレベルだ」
「魔核……って?」
「強大な力を持つ魔物が生み出す事の出来る、力の塊だ」
「用途は幾つかあるが、代表的な用途はウェルミス大陸への『橋』を出現させる為だな」
「通常レベルの魔核8つで、魔王の地、ウェルミス大陸への『橋』を架けることが出来る」
「ウェルミス大陸へ渡るには、魔核を有する魔物との接触が基本的には不可欠だ」
ウェルミス大陸周辺の海は非常に危険で、船では近づけないとされていた。どうやって向かうのかと思っていたが、そんな方法があったのか……。
「ルーンはね、その魔核を集めてウェルミスに渡って、魔王と戦ったんだよぉ!」
「集め方は……常軌を逸していたけどね」
精霊達が懐かしそうに口を開いた。
「ルーンは魔核固体を倒すんじゃなく、救ったんだ」
「互いに認め合い、魔物自らルーンに魔核を託した」
「……共存の未来の為にね」
相変わらずとんでもない人物だ。本当に、憧れる。
「ルーンに魔核を託して、ルーンの旅に同行した子も何人か居たんだよ!」
その言葉に、クロノは自然とセシルに視線を向ける。その視線に気づいてか、セシルは話を逸らし始めた。
「今はその話は関係ない、とにかくあの黒狼とは戦うな」
「今の貴様じゃ5秒と持たん、次元が違う」
「そうだな、出来れば戦う事が無く終わって欲しいよ……」
どうにか穏便に済んで欲しいが、流石に無理と言うものだ。最悪の未来だけは、絶対に避けなければいけない。
(ウルフ族を止めて、ケンタウロス族をウルフ族から守る)
(それと同時にウルフ族の問題を解決して、ウルフ族を救う)
(そして両方と同盟を組んで、ハッピーエンド)
(……出来るのか? 本当に……)
自分で言うのもなんだが。かなり難しいと思う。そもそも、そんな簡単に物事が進むとは思えない。
クロノは考えるのがあまり得意では無い、言葉の駆け引きならぶっつけ本番で何とか出来るのだが、今回はそれだけじゃ解決は無理だろう。
何が最善か頭の中で思考を巡らすが、不意に頭上から声が響き渡った。
「そこの人間っ! 止まれぇっ!!」
「貴様等……、この先、いやまさにこの場所が我等ケンタウロス族の領地と知っての狼藉か!!?」
一字一句前回と変わらない言葉を叫びながら、セントールが飛び降りてきた。
「む? 貴様等は確か……」
しかし、顔は覚えていたようだ。セシルの顔を見た瞬間ビクッとしたのを、クロノは見逃さなかった。
「な、何の用だ……?」
「同盟云々の話は既に付いたのではないのか?」
「まだ同盟は結ばれていない、無作法に我等が領地に踏み入られると困るのだが」
言い分は正しいが、今は状況が状況だ。前回のように長々とここで足止めを食うわけにはいかない。
「その話にも関係あるけど、急ぎの用件があるんだ」
「ロニアさんに会わせてもらえないか?」
「急ぎの用件……? それがロニア様のお耳に入れるほどの内容かどうかは、私が判断する」
「話してみろ」
嫌な予感はするが、クロノはセントールにウルフ族が攻め込んでくる話を伝えた。
「おのれウルフ族……! 犬畜生の分際で再び悪行を重ねるかっ!」
「面白いっ! 今度こそ我が剣の錆としてくれるわっ!!」
予想通り暴走状態に入ってしまう、剣を抜き放ち虚空に向かって叫びだしている。
「あの、セントールさーん……」
「例え魔王様が許そうとも! 我等が誇りが許しはしない!」
「いや、ロニアさんに……」
「今度という今度は容赦せん、綺麗に八つに斬り捌いてくれるわっ!」
「もしもーし!」
「大体ロニア様に敵意を向けるなど、許せるものか! 挽肉にしてくれる!!」
「聞けこらぁ!!」
「ケンタウロス族の誇りを見せ付けてやろうではないかっ! ふははははっ!!」
ここで、クロノの我慢が限界を迎えた。
「だあああああああっめんどくせぇっ!!!」
「せめて会話しろおおおおおおおおおおおおおっ!!」
禁句を言い放ってしまう、言葉は剣となり、セントールを切り裂いた。
意気揚々と天高く剣を掲げていたセントールの体が揺れ、馬の下半身が崩れ落ちた。周囲の空気すら暗く見える勢いで落ち込んでいく。
だが、最後の一線をプライドで繋ぎ止めたのか、クロノの方をキッと睨み付けてきた。
「……貴様は敵だっ! ウルフ族の回し者だっ!」
「ここで大地の肥料にしてやるっ!」
目に涙を浮かべたまま、剣をクロノに向け突進してくる。こんな事をしている場合では無いのだが……、クロノは頭を抱えて倒れそうになる。
「覚悟しろ、この痴れ者がああああっ!?」
突っ込んでくるセントールの後頭部に何かが激突し、セントールはバランスを崩す。そのまま地面に体を投げ出した。
見ればセントールの後方にロニアが立っていた。どうやらロニアが背後から手のひらサイズの『石』を投げつけたらしい。
結構な勢いでぶつけられたらしく、セントールは頭にタンコブを作って気を失っていた。
「……時と場合を考えなさいね、セントールちゃん」
「ごほんっ……クロノ様、セシル様、ご迷惑をお掛けした様で、失礼致しました』
美しい笑顔を向けてくれるが、目の前で倒れているセントールを見ると、どんな表情をしたらいいのかクロノには分からなかった。
「……大体の内容は聞こえておりました、ウルフ族が攻めてくる、と」
「……心苦しい限りでございます」
その笑顔も、すぐに辛そうな表情に変わる。
「彼らが攻めてくるというのなら、私達も戦わざるを得ません」
「お話を聞く限り、今回は彼らも本気のご様子、ガルア様も出向かれるのでしょう」
「……あの方が相手ならば、こちらも手は抜けません」
「私とガルア様が本気でぶつかれば、双方に甚大な傷跡が残るでしょう」
「そして、貴様が負けるだろうな」
セシルが口を開く、ロニアはその言葉に少し切なそうな笑顔で答える。
「……少々悔しいですが、その通りでしょうね……」
「ですが、あちらもただでは済みません」
「ウルフ族とケンタウロス族……双方が全力でぶつかればそれはもはや戦争」
「今までの様な探り合いでは無い、あちらは本気で領地を奪い取るご様子……」
「……困りました、もはや誰も血を流さない解決策は無いようです……」
クロノの拙い頭では、完璧な解決策など浮かびようが無い。だから、思ったことを口にした。
「ロニアさん、スゲェめちゃくちゃな事を言っていいですか?」
その言葉に、ロニアは首を傾げる。
「ウルフ族が攻めてきても、ケンタウロス族のみんなには手を出さないで欲しいんです」
「抵抗、しないで欲しいんです」
「……それは無抵抗でやられろと、土地を差し出せということでしょうか」
「俺が、ウルフ族を止めてみせます」
「最悪戦闘になったら、俺が戦います」
「俺がウルフ族とぶつかって、ウルフ族を止められれば、双方の被害は最小限で済みますよね?」
その言葉に、ロニアだけではなくセシルも顔を歪めた。
「クロノ、貴様さっきの話を聞いていたのか……?」
「貴様ではあの黒狼には勝てん、戦闘になれば止める云々の話ではないのだ!」
「お言葉ですが、セシル様の言う通りかと……」
「クロノ様は人間、同盟もまだ結ばれていない現状では部外者でございます」
「貴方お一人に命をかけさせる様な真似は、出来ません」
二人して反対、まぁ当然である。それでも、クロノは引かなかった。
「ロニアさん、貴女は人間を信じれますか?」
真っ直ぐ目を見て、クロノは口を開く。
「信じるって難しいと思います、ましてや種族が違うんだし、普通よりずっと難しいでしょう」
「けど、信用できない相手なんかと同盟は組めない」
「信頼関係がないと、きっとそれは成り立たないと思います」
「今、ウルフ族を対話で止める事が出来て、戦闘になった場合も一番被害が少なく済むのは、俺だと思う」
「一番被害を最小限に済ませる事が出来るのは、俺がウルフ族を止めることだと思います」
それは、可能性が低い理想論。一番理想的であって、一番確立の低い夢物語だ。
「俺がウルフ族と向き合って、彼等を止めてみせる」
「貴女と約束しました、彼等を救うって」
「王様と約束しました、両方の獣人種と同盟を結ぶって」
「だから、人間を信じて、俺に賭けてくれませんか」
無茶苦茶言っているのは分かっている、種族の全てを自分に賭けろとぬかしているのだ。クロノが失敗すれば、ケンタウロス族は終わる。
普通に考えれば、クロノに賭ける選択は有り得ない。人間一人に、種族の全てを賭けるなど馬鹿げている。
(……両方の獣人種が何も失わず、同盟の未来を繋ぐ最後の可能性……)
(しかし、それは余りに小さな可能性……)
(……人の、可能性)
ロニアは、目の前の人間を見据える。
ただのちっぽけな人間だ、この人間の言った理想論はもはや奇跡の域、もしかしたら可能性は0かも知れないのだ。
だが、もしそれを成せるのなら……。
(人の可能性、賭けるに足る力なのか……)
(同盟を組む前に、見据えるのもまた一興でしょうか……)
(どうせ私が戦っても、皆を守れないのならば……)
(種の命運を、未来で背を預ける相手に託すのも、悪くないかもしれません)
(私は信じてみたい、この人間の信念を……)
目の前の人間の目に宿る、言葉では言い表せない力。ロニアは、それに賭ける事にした。
ロニアは集落のケンタウロス族全てに、以下の内容を伝えた。
1つ、我等の命運を人間に託す。
2つ、ウルフ族が攻めて来ても、抵抗をしない
3つ、満月の夜の先に、同盟の未来を信ずる
不満の声が多数上がるとクロノは予想していたが、そんな声は一つとして上がらなかった。以前魁人が言っていた、一族の長の言葉は絶対、と言う事か……。
「貴様、正気か……?」
「自殺志願をしたようなものだぞ、勝ち目なぞ無いんだぞ?」
セシルがいつになく弱気な事を言っていた。
「何だ? 心配してくれるのか?」
「……っ!?」
「馬鹿を言うなっ! 私は……」
「……えぇい! 助けてくれと言っても絶対に助けんからなっ!」
「……信じてくれよ、いつもみたいにさ」
「絶対に、裏切ったりしないから」
背を向けて歩き出したセシルに、クロノは声をかける。振り向きこそしないが、セシルは一言だけ声を返す。
「……なら、見せて貰うぞ」
その声に、クロノは無言で頷いた。クロノ達は二日後の夜、満月の晩までケンタウロス族の領地で体を休めることになった。
決戦前夜とも言えるその休息時間はあっという間に過ぎ去り、……その夜がやってきた。
クロノはその夜、ケンタウロス族の集落から少し南西に離れた岩場で待機していた。方角的にウルフ族が攻めてくるであろう場所だ。
星がよく見える晴れた夜、満月が美しく光り輝いていた。冷たい夜風が頬を撫でる、風が鳴らす音以外はしない静かな良い夜だった。
大小様々な岩が辺りに点在しているこの場所は、クロノに取っては有利とは言えない場所だ。そんな場所で、クロノは岩に腰掛けてその時を待っていた。
「良い夜なんだけど、静かさが不気味だよな……」
「うぅ、緊張してきたよぉ……!」
「本当に無茶してくれたよね、クロノは」
「今更だから何も言わないけどさ」
休息期間中にこってり怒られたのも、今では懐かしい思い出話である。最早、やるしかない場面まで来ているのだから。
精霊達とそんな話をしていると、背後に気配を感じた。
「誰だっ!?」
「うわぁっ! 急に振り返るな!!」
背後に立っていたのはセントールだった、急に振り返った為、驚かしてしまったらしい。
「セントールさん? どうしてここに?」
ケンタウロス族は全員、集落の中で待機しているはずだが……。
「うむ……一つだけ、どうしても聞きたくなったのだ」
「やはり納得できない、どうして貴様はそこまでする、いや……出来る?」
「え?」
「貴様は命がけで同盟の可能性を守ろうとしているが、私には理解できない」
「他族との共存が夢と言っていたが、何故そこまで夢の為に頑張れるんだ?」
クロノはその言葉にどう答えるべきか、少し考える。そして、夜空を見上げながら口を開いた。
「俺がここで諦めたら、母さんを本当に殺す事になっちまうからなぁ」
「俺がガキの頃に思った共存の夢、母さんはそれを信じてくれた」
「必ず出来る、俺ならその世界を成せる、母さんはそう言ってくれた」
「死んじまう最後の時まで、俺を信じてくれたんだ」
「最初の頃は、『理想』の夢だったけどさ」
「母さんがそれを、『大切』な夢に変えたんだ」
「最後まで俺を信じてくれた、そんな母さんの想いは裏切りたくないしさ」
「それ以外考えずに、ここまで生きてきたんだぜ?」
「今更諦めたら、俺が俺自身を手放す事になっちまうよ」
そう言って、左手の指輪を満月にかざす。
「今の俺には、その夢を目指したから出来た大切なものが沢山あるから」
「それを無駄になんてしたくない」
「この夢を目指して進めば、きっと大切なものは増えていくから……」
「俺は、自分の夢は絶対に諦めない」
「だから頑張るんだ」
セントールの方に顔を向け、笑顔を浮かべる。セントールはそんなクロノを見て、驚いたような、感心するような顔をしていた。
「……凄いな、お前は」
「ん? そういえばあの女はどうした?」
ここでセントールは、セシルが居ない事に気が付いたようだ。
「あいつならどっかで観戦中だよ、手は出さないがあいつのモットーだから」
今回もそれは変わらないらしい、まぁ構わないが。
「なら本当に、一人でやるつもりなのか……」
「助けはいらないぜ、セントールさんが手を出したら色々台無しだからな」
「……まぁ、なんとかしてみせるよ」
その瞬間、クロノは複数の『何か』を感じ取る。風の力を自分の出来る範囲で広げ、周囲を感知していたクロノは背後に向き直る。
「……さて、セントールさんは集落に戻ってくれ」
「クロノ……?」
口調に僅かながら緊張が走っているクロノに何かを感じ取ったセントールが、周囲を見渡す。その直後、クロノの前方の岩の上に3体の影が現れた。
3体の……ワーウルフだ。
「さて、ついに来たな……」
「腹は括った、始めるとするかっ!」
自分に全てがかかっている、失敗するわけにはいかない。これは、1%以下の奇跡を起こす戦いだ。
次回、激突




