第五十二話 『頑張るって事』
「そうか、追い返されちまったか……」
マークセージに戻ったクロノ達は、城へ報告に来ていた。道中でカルディナと別れ、魁人達と共に王の下へ向かったのだ。報告を聞いた王は難しい顔をしていた。
「すいません……大事に役目だったのに……」
「おいおい、クロノは十分頑張ってくれたぜ」
「無事に帰ってきてくれただけで、俺は嬉しいよ」
俯くクロノを励ます王だが、その顔はやはり心から笑っていない。
「前進したのは確かだろうが、ウルフ族はどんな問題を抱えてんだぁ……?」
「それが分かれば動きようもあるんだろうが……こっからどうするか考えねぇとなぁ」
「クロノ、お前はしばらく休んでくれ、こっちで何か考えるからよ」
「はい……」
行き詰ってしまったのだろうか、クロノは考える。言葉を間違えたのだろうか、別の話し方があったのではないか。そんなことばかりが頭の中を回っていた。
「終わった事を気にしてどうする、馬鹿タレ」
「今後、どうするかを考えろ」
すれ違い様、セシルがそう言った。
「先に行ってるぞ、そこの鬼、風呂だ風呂」
「は、はいー!」
そんなセシルに、半分強制で紫苑が続く。
「クロノ、休むのも大事だ、行くぞ?」
魁人が肩に手を置いてくる、そうだ、今はまず休もう……。クロノは重い足で歩き出すのだった。
「落ち込む事ないよぉ、クロノは頑張ったじゃんー……」
「次どうするかだ、悔やむには早すぎるぞ」
「うん、分かってるんだけどさ……」
問題があると認めた、それでもあの対応だ。明確に拒絶された、と取るのが普通だろう。
あちらはこちらの助けを必要としていない、求めていないのだ。それでも無理に迫れば、それは果たして親切なのだろうか。
ただ、こちらの自己満足なのではないだろうか。これ以上の接触は、果たして正しいのだろうか……。
(俺には分かんないよ、ロー……)
癖で指輪を見つめるクロノ、柄にも無く落ち込んでいた。魁人達の本拠地までの道を、クロノは暗いオーラを纏って進む。
足取りも重く、先に行ったセシル達から遅れ始めていた。そんなクロノに声をかける人物が一人……。
「おや? クロノ君じゃないか」
路地裏から、見覚えのある青年が現れる。船上での修行中、少し話をした銀髪の青年だ。影の中からこちらに笑顔を向けている。
「あれ、貴方はあの時の……」
「ははっ、偶然だね」
「クロノ君は、こんな壁の国に一体何用だい?」
微笑みかける青年に、何故だか懐かしいものを感じる。船上でも感じた、不思議な感じだった。
「夢の為、ちょっと……」
「ほぉ、と言うことは獣人種と?」
驚くほど的確に、言い当ててくる。
「……ビンゴかな?」
「……はい」
「けど、ちょっと困ってて……」
名も知らない青年なのだが、何故かクロノは話していた。言ってしまいたかった、相談したくなったのだ。
「うん、困ってていいんじゃないかい?」
「……え?」
それを吐露する前に、青年の言葉がクロノを止めた。
「君は自分の夢の道に幾つも困難が待ってると、そう理解していたはずだよ?」
「だから困っていい、悩めばいい、落ち込んでもいいし、時には泣いたっていいんだ」
「それでも前に進むのが、頑張るって事だろ?」
「けど、ウルフ族は、助けなんか……」
「助けを求めてないなら、助けちゃダメなのかい?」
その言葉に、クロノは顔を上げた。
「君の夢は誰かがそうじゃないと、そこで折れるような物なのかい?」
「そんな軽い気持ちで、ここまで来た訳じゃないだろう」
「助けを求められたら、助けてやればいい」
「困ってるのに突っ撥ねるんだったら、それでも助ければいいじゃないか」
「夢の為、自分を押し通す、自己満足だろうが偽善だろうが、いいじゃないか」
「夢を目指すのに、ルールなんて無いんだからさ、全て巻き込んで進んでしまえばいいんだ」
「結果は後から付いてくるものだよ」
「クロノ君は、どうしたいんだい?」
どうしたいのか……どうしたいんだ? ……そんなの、決まってる。
同盟の話とか、頼まれたからとか、そんなの後回しだ。目の前で困ってるかも知れない他族がいる、それが重要なのだ。
紫苑やピュアには助けを求められた、だから助けようとした。エルフの森ではピリカがそれを望んだが、その他大勢を巻き込んだ。
何で助けたのか、助けようと思ったのか、恩でも売りたかったのか? 違う、そんなの同じだ、セシルに言った時と変わってない。
……『助けたい』からに、決まってる。
「俺は、ウルフ族を助けたいです」
「迷惑に思われたとしても、俺は助けたい」
「そっか、ならやってやればいい」
「手に余る事でも、やってみればいい」
「君は悩んでも、落ち込んでも、行き詰っても、大丈夫な理由があるだろ?」
「君に難しい顔は、似合わないよ?」
そう言って青年は笑う、建物の影の中だが、その笑顔はクロノには光って見えた。
「頑張ってね、僕は君の夢、応援してるよ」
そう言い終えると、青年は背を向け歩き出す。そのまま路地裏に姿を消してしまった。
「……不思議な人だな……」
クロノはその後姿を、じっと見つめていた。ボーっとしているクロノの頭部に、不意に衝撃が走る。毎度の事だが、エティルが頭に飛び掛ってきたのだ。
「クーローノーッ!! もー、何ボーっとしてるのさぁ!」
「セシル達はもう行ってしまったよ……何してるんだ?」
2体の精霊の声が耳に響くと同時、町の雑踏の音が聞こえ始める。
「え、あれ……!?」
その時初めて、あの青年と話している間、音が消えていた事に気が付いた。
「クロノ…?」
「やはり疲れているのか? 大丈夫か?」
心配そうに見てくる精霊達、クロノは何かが変だと感じる。
「なぁ……? 俺、今男の人と会話してたよな?」
「……ふぇ?」
「? 何言ってるんだ?」
顔を見合わせた後、『何言ってんだこいつ……』みたいな顔で見てくる精霊達。
先ほどの男との会話は、精霊には聞こえても見えてもいなかったらしい。
(どうなってんだ……これ)
(あれ、てかあの人の名前すら聞いてないや……)
不可解な状況なのだが、不思議と今の男は悪い人じゃ無いとクロノは確信していた。そして、今一つだけ確かなのは、あの男の言葉で吹っ切れたということだ。
「まぁ、いいか……」
そう言って笑う、止まってる時間が惜しい。魁人達の家から逆方向に、クロノは駆け出した。
「クロノ!? そっち違うよぉ!、方向音痴にもほどがあるよぉ!」
「こんなダイナミックな間違え方するかぁ!」
「西門目指してんだよ!」
その言葉に、2体の精霊はギョッとする。
「待てクロノ、単独行動は……」
「お前等がいるから単独じゃない!」
「そうじゃない、勝手な行動はダメだ!」
「それに、ウルフ族の所に行っても無駄だ! 彼らは聞く耳を持たないぞ!」
「しかももう日が暮れる! 条件も最悪だ!」
「嫌だ、行く」
「馬鹿! 冷静にだな……」
「話を聞いて貰えるまで、話して貰えるまで、帰らない!」
「俺は決めた、今決めた! テコでも帰らない、絶対に話してもらう!」
暴論を語るクロノにアルディは固まってしまう。だが、エティルはポカーンとした後、笑顔でクロノの頭の上に乗っかる。その笑顔は、悪戯を思いついた子供のようだ。
「あたし乗ったー、えへへ~♪」
「エティル……君は……」
「アルディ君? アルディ君が居ないときっと危ないと思うなぁ~」
「……そうでしょ?」
どうしようもなく楽しそうな笑顔を浮かべ、アルディを見るエティル。そんな顔を見て、アルディはため息をついた。
「僕は君等のストッパーじゃないんだよ? まったく……」
「けど、護るって約束したしね……」
そう言ってフワッと浮かび、アルディが隣に飛んできた。
「無茶したら、怒るよ?」
「分かった、怒られる覚悟をしてから無茶する」
「はぁ……」
呆れたようにしているが、口元が緩んでいた。そうして走り出すクロノの前に、魁人が立ち塞がった。
「姿を消したと思って引き返してみれば、何してるんだ」
「王から休めって言われただろう、勝手は許せないぞ」
「悪い、許してくれ」
「さぁ、戻るぞ……って……何?」
流れるような一言に、魁人は耳を疑ってしまう。
「ウルフ族のとこ行って来る、ちゃんと話して貰えるまで、今度は帰らない」
「……! 馬鹿っ、殺されるぞ!?」
「そんな無茶、させると思ってるのか!?」
「思ってる」
何だかんだ言って、魁人は行かせてくれるだろう。
「……クロノ、何も考えずに行動しても意味が無いんだ」
「今は動く時じゃない、分かるだろ」
「悪い、分かんない」
「だったらいつ動くんだ、ウルフ族がいつまたケンタウロス族を攻めるかも分からないんだぞ」
「同盟の件だって分からない事だらけだ、やる前から分かってる事なんて、殆ど無い」
「だから、俺は今動きたい、じっとしてられない、していたくない」
「行かせてくれ、頼む」
自分になら出来る、そんな偉そうな事は言えない。だが、自分自身でやりたいのだ。そんなクロノの言葉を聞いていた魁人は目を閉じ、……道を開けた。
「……悪いな」
「何も出来ない俺に、何か言う資格は無い」
「だが、頼む……無茶だけはするな」
「お前は、死んじゃいけない男だ」
「夢叶えるまで、死んでも死なないよ!」
そう言って、クロノは走り出す。前だけを、向きながら。
「また来たのか糞虫が……」
ウルフ族の集落が見えてきた辺りで、またも同じ獣人種が立ち塞がった。茶色の毛で四肢を覆われた、ワーウルフだ。
「どうも、ハーミットさんでしたっけ」
「話だけでも聞いて欲しいんですが」
「帰れ」
予想通りの反応だ、完全に関心が無い。だが、それは予想通りなのだ。クロノはハーミットの目の前に、腰を降ろした。
「……何してんだ」
「出来ればガルアさんに聞きたいんだけど……まぁいいや」
「一回名乗ったけど、忘れられてると思うから、もう一度自己紹介な」
「俺はクロノ、宜しく」
「いや、帰れっつってんだが」
「テメェ、馬鹿か?」
「もう日が暮れるのに、見張りとはご苦労だね」
「聞けよ、帰れっつってんだぞ?」
「帰らない」
「話が聞けるまで、絶対に帰らない」
もう譲らない、例えガルアが出てきても譲る気は無かった。まぁ、その場合は精霊達もうるさそうだが……。
「あぁ、そう……」
そう言って、ハーミットは無視するように定置に戻る。
「物理的に追い返さないんだ?」
「頭領に手を出すなって言われてる」
「我等の誇り高き地に、お前等の様な雑魚の血を流すのは耐えられん」
「血と地でかけた洒落っすかね」
「マジで帰れ」
「帰らない」
ここからは、我慢比べだ。
日が落ちて、昇った。
「徹夜で見張りって、ご苦労だなぁ」
「……」
そして、また日が落ちる。
「なぁ、ウルフ族の抱えてる問題ってなんなんだ?」
「帰れ、頼むから帰れ」
また、日が昇った。
「また寝てないのか?」
「寝てる、人と違って寝てても足音とか感じ取れんだよ」
だから横を抜けようとして、ばれたわけだ。
「なるほど、ところでお前らって何か問題を……」
「帰れ、マジで」
そして、日が沈む。
「なぁ、お前等ってさ……」
「……………………」
クロノがウルフ族の目の前で座り込んで3日目、限界が訪れた。空腹でついに、クロノが前のめりに崩れ落ちる。
(あー……自分でも何してんだろうと思うわ……)
(これ絶対に無駄だろ……何か思いつかないのかよ……他にさぁ……)
3日間座り込んだだけである、その間に何も別の策が浮かばない自分の頭の中を見てみたい。
「……………………~~~~~~~~っ!!」
「うがあああああああああああああっ!! うぜぇっ!! 超・絶!! うぜえええええええええっ!!!!」
「テメェッ! 俺の視界の端でうざすぎんだよっ! 頼むから帰ってくれ!!!」
見張りの獣人種も、違う意味で限界を迎えた。
「無理、話聞くまで、帰らない」
「……つか、既に動けない」
「……!?」
「テメェ、何だってそこまですんだよ!」
「関係ねぇだろうがっ! 俺達の問題なんだぞ!?」
うむ、その通りだ。関係無い、まったくもってその通りだ。
だが、理屈じゃないのだ。
「仕方ないじゃん……助けたいんだから……」
「そう思っちまったのは俺だし、思っちまったから行動してるだけだ……」
倒れこんだまま、顔だけ向けてそう言った。
「……チィ」
舌打ちを残し、ハーミットは集落の方へ走って行く。クロノも後を追おうとするが、空腹で体が言う事を聞かない。
「肝心な時に、この様か……」
ときたま、自分でも馬鹿なんじゃないかと思う時がある。認めてしまうと辛すぎる為、目を背けるのだが。
惨めさをたっぷりと抱え、荒野で寝そべるクロノ。その頭部に、何かがぶつけられた。
「ん?」
結構大きくて硬い物だ。手に取って見ると、それは20cmを越える蠍だった。香ばしく焦げ目が付いているそれは、恐らく焼かれているのだろう。
「うぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああっ!?」
突然の事でそれを空中に投げ飛ばしてしまう、落下してくる蠍をハーミットがキャッチした。
「食い物を粗末にするとは、これだから人間は糞虫なんだぜ……」
「虫はそれだろっ! いきなりすぎてビックリだよ!」
「つか、え? 食い物!?」
クロノが目の前の現実を捉えきる前に、再びハーミットが蠍焼きを投げてくる。
「食え、目の前で倒れられてるとうざくて堪らん」
クロノはそれを受け取るが、どう見ても蠍である。足も尻尾もそのまま、姿焼きである。
「……蠍ですよね?」
「あ? 見りゃ分かんだろ」
「フショクダイオウサソリの丸焼きだ、美味いぞ」
そう言ってバリバリの食べ始めるハーミット、とても美味そうだ。だが、蠍である。
(名前からして、とても美味いとは思えないんですが……)
(クロノ、勢いが大事だよ……!)
(うん、ゲテモノは美味いと言うじゃないか、ファイトだ)
せっかくの好意なのだ、無駄にするわけにはいかない。意を決し、クロノは蠍に噛み付いた。
……悔しいが美味しかった……。何故だか、フルーティーな味がした。
「ご馳走様でした……」
「あぁ、俺はゲキドクショウグングモの丸焼きの方が好きなんだが、こっちも中々いけるだろう」
ウルフ族は一体何を食っているのだ、そっちが出てこなくて良かったと、クロノは本心から思う。同盟が成り立った場合の不安な要素が、一つ増えた気がした。
「……お前さ、もう辞めとけ」
「こんな事しても無駄だ、頭領には伝わらねぇよ」
「頭領はここで話してる事は全て聞こえてる、お前がずっとここで待ってる事も知ってる」
「だが、ここで何日待っても何も変わらないぜ?」
「……急に親切だな?」
「いい加減うざすぎんだよ、さっさと諦めてくれ」
「嫌だ、何でケンタウロス族を攻めてるのかとか、抱えてる問題の話を聞くまでは帰らない」
「俺は、諦めが悪いんだ」
「……あのなぁ」
そこでハーミットと目が合う、逸らす事はしなかった。その真っ直ぐな目に偽りが無い事を悟ったのか、ハーミットは真面目な顔になる。
「……言葉だけじゃ、伝わらないんだよ」
「お前がここで何しても、俺達はお前の言葉を信じない」
やはり、無駄だったのか……。当然といえば当然かもしれない、クロノは肩を落とす。
だが……。
「……お前が本当に、本当に俺達に何かしてやりたいっってんなら、だ」
「……次の満月の晩、ケンタウロス族の住処に行きな」
「口だけじゃないってのを、見せてみろよ」
「死ぬかもしれないが、頭領や俺達を止められるのは、そこが最後だ」
「満月の夜……ケンタウロス族の住処って……」
「お前等、まさか!」
最も力が発揮できる夜、本気で攻め込むつもりだ。
「……話してやんのは、ここまでだ」
「……何で、急に?」
「……根負けっつーか……何だろうな」
「……俺も迷ってんだよ、それは認めてやる」
「頭領だって、本当は……」
そこまで言って、ハーミットは俯いた。
「もういいだろ、さっさと帰れ!」
「話は終わりだ、テメェが口だけじゃないかどうか、満月の夜にはっきりする」
「俺達に何かしてやりたいなら、まずは向き合ってもらおうじゃねぇか」
「同盟だ何だって言うなら、止めてみろよ、俺達をよ」
勝手な解釈だが、クロノには『止めてくれ』と聞こえた。
「うん、止めてやる」
「話してくれて、ありがとうな」
「まだ分からない事が多いけど、まずはお前等を止める」
そう言って、立ち上がった。
「蠍ご馳走様、見た目に反して美味かったよ!」
間違いなく前進した、クロノは急いでマークセージへと駆け出して行った。クロノが帰り、途端に静かになったところで、ハーミットは深いため息をつく。
「何言ってんだ、俺は……」
今の会話も筒抜けだろう、ガルア様にぶっ殺されるかもしれない。何であんな事を、教えてしまったのだろうか。
あいつはただの人間だ、あんなのに何が出来ると言うのだ。分からない、それなのに、話してしまった。
「訳、分かんねぇ……」
人間なんかに、何を期待したというのだろうか。今はまだ、分からなかった。
「アルディ、次の満月って……!」
「そうだな、二日後の夜だ」
「うわぁ~! 大変だよぉ!」
クロノはマークセージを目指し、全速力で走っていた。この事を、一刻も早く知らせなければ……。
(ウルフ族とケンタウロス族、両方が全力でぶつかれば、同盟どころじゃない……)
(絶対に、止めなきゃダメだっ!)
満月の晩、死闘が幕を開ける。




