第四十八話 『真意を見据えて』
ケンタウロス族の長、サテュロス・ロニアに案内されたのは集落の一番奥、簡単な囲いと木で作られた簡素なテントの様な建物の中だった。建物の中、と言っても隙間風は入り放題、かなり開放的な感じである。
そわそわと周りを見渡すクロノに気が付いたのか、ロニアがクスッと笑みを浮かべる。
「我等は獣人種……自然と共に在りし種族です故……落ち着きませんか?」
「あっ、いや、慣れてないだけですからお構いなく!」
「ふふっ、良ければお掛けくださいませ♪」
そう言ってロニアは木で出来た椅子を用意してくれた、お言葉に甘え腰を下ろす。
「さて、何からお話するべきでしょうか……」
「そうですわね、まずは一つだけはっきりとさせておく事がございますね」
ニコニコとしていたロニアの表情が真面目な物となる、クロノも真剣に次の言葉を待つ。
「わた……」
「ロニア様ーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!」
その言葉はセントールの叫びによって消し去られた。
「ここに居られましたか! 突然の無礼をお許しください!」
「実は人間がロニア様に話があるらしく……例の同盟の件だと……」
「って人間!? 何故ここに居るのだ!!」
「既に知っていますし、現在お話中でしたのよ?」
「お客人の前です、弁えなさい」
キッとセントールにキツイ視線を向けるロニア、しゅんと落ち込むセントールの息は切れていた。恐らく、ずっとロニアを探して駆け回っていたのだろう。
「あの……セントールさんにロニアさんに話を付けてくれって頼んだのは俺なんです」
「だから、その辺にしてあげてください」
散々セシルに虐められた挙句にこの仕打ち、流石に可哀想に思いクロノが助け舟を出した。その言葉にロニアは少し意外そうな顔をすると、表情が柔らかくなる。
「……お客人の寛容さに免じて、これ以上のお説教は勘弁してあげます」
「セントール、今は大事なお話の最中、外で待っていなさい」
「は、はい!」
顔を輝かせ、その場を後にするセントール、一瞬クロノを見たのだがクロノはそれに気がつかなかった。
「ごほんっ……大変失礼致しました、ご無礼を……」
「あ、いや、全然気にしてませんよ」
「クロノ様は寛大なお方ですのねぇ」
「もう少しセントールちゃんを虐めたかったのが心残りですが……今は大事なお話の最中ですものね」
邪な何かが顔を覗かせた気がしたが、触れてはいけない気がしてスルーするクロノ。
「あれっ、俺って名前言いましたっけ?」
どさくさに紛れて名を呼ばれた事に驚く、そう言えば名乗るのを忘れていたのだ。
「マークセージから訪ねていらっしゃった、クロノ様とセシル様でございますよね』
「セントールちゃんとの会話は全て聞いていましたので、失礼でしたでしょうか?」
「いや、そんな事は無いですけど……」
「ふふっ、では本題に入りましょう」
「先ほど言いかけた事でございますが、同盟の件について我等がどう思っているのかからお話しましょう」
クロノも気を取り直し、真剣な気持ちで向き直る。
「結論から申しますと、我等ケンタウロス族は同盟に反対ではありません」
「むしろ賛同すると取ってもらってもいいでしょう」
「以前一度だけマークセージの王がここを訪ねて来たのですが、強い目をしていらっしゃいました」
「信念有る目、志有る者に我等は種族問わず敬意を払います」
「大地は皆の物、手を取り合い更なる繁栄を目指す……素晴らしい事でございますわ」
ロニアの言葉にクロノは顔を輝かせる、素晴らしいほど友好的だ。
「……ですが、現状は簡単に同盟を組むと言えないのが心苦しい事でございます」
「ご存知かも知れませんが、ウルフ族とのいざこざがありまして……」
「えと、ウルフ族が攻めてきてるとかなんとか……?」
「我等の土地を明け渡せ、と聞く耳持たずに攻めてきております」
「正直、困り果てているのですよ……」
そう言うロニアの表情は暗い、本当に困っているようだ。ユリウス王はケンタウロス族だけではなく、ウルフ族とも同盟を組むつもりだ。
だが攻め込まれているケンタウロス側からすればその同盟は、現在進行形で攻撃してきている『敵』とまで組むと言う風に映るだろう。
当然、考え無しに同盟を組むなど言えるはず無かった。
「やっぱり、攻めてきてるウルフ族とも同盟を結ぶのは嫌ですか……」
「いえ、逆でございますわ」
クロノの言葉に、ロニアはすぐ反応した。
「お言葉を返す様で心苦しいですが、我等は盲目ではございません」
「攻めてくるウルフ族と何度も対峙し、その度彼等をこの目に映しました」
「その様子から、彼らが何の理由も無く攻めてきている訳では無いと察しております」
「本気で土地を奪う為だけの行いとは到底思えません、むしろ彼らは苦しんでいる様に見えました」
「けれども、彼らはその真意を語ってはくれない……だから困っているのです」
ウルフ族が、苦しんでいる……。目の前のケンタウロスは、攻め込んできている敵に対してまで思いやりを持っていた。
「何で、苦しんでると思ったんですか?」
「彼らには迷いがありました」
「私達は元は同じ獣人種、自らの行いには信念を持って貫くのが在り方」
「自分で決めた道には誇りがあり、プライドがあります」
「そこに本来、迷いなど存在するはずがありませんわ」
「必ず理由がある、譲れない理由が、それを察してしまったので、こちらも対応に困っているのです」
目の前の女性に、種族こそ違えど、クロノは素直に尊敬の念を抱いた。つまり彼女は、攻め込んできている敵を……。
「……仮にですけど」
「彼らが本当に苦しんでいて、助けを求めているとしたら……」
「ロニアさんは、どうするんですか?」
「勿論、助けますわ」
「将来的に同盟を結ぶ相手ですから、当然です♪」
一切の迷い無く、彼女は輝く様な笑顔で言った。
「……貴様は甘いな」
「えぇ……自覚しております」
「長として、甘すぎる」
「重々承知しております、皆に迷惑をかけているということも」
「それでも、見て見ぬフリは出来ませんわ」
「ふん、どう対応していいのかも分からんのに口だけは達者だな」
「……返す言葉もございません」
セシルの言葉に、俯いて返すロニア。セシルがチラッとこちらを見るのが分かる。
(分かったよ、分かってるよ)
(そんな目で見なくても、言いたい事は分かってるよ)
こちらも、最初からそのつもりで来たのだ。都合が良いと言うか何と言うか……丁度良い。
「俺が何とかします」
唐突な言葉に、ロニアは驚き、顔を上げた。
「えっ……?」
「最初からそのつもりでしたし、この後ウルフ族の住処にも行きますしね」
「何か訳があるなら、それを聞かないと始まらないです」
「何かゴタゴタしそうだけど、問題は片付けて、みんなで同盟を組みましょう」
簡単に言うが、簡単な事じゃないことは重々承知している。それでも、クロノは笑みを浮かべて言った。
「……危険ですよ?」
「今のウルフ族は不安定です、人間の身で彼らの住処を訪れるのは……」
「誰かがやらないといけないなら、俺がやりたいんです」
「俺は勇者でもなんでもないただの人間だけど、夢があります」
「人と他族が共存できる世界、それが俺の夢なんです」
「この同盟の話は、俺の目指す夢への一歩でもある」
「だから、俺に協力させてください」
真っ直ぐと、ロニアの目を見て言った。彼女等が言う誇りや信念は、クロノにも存在する、自分の夢に対する気持ちは偽らずに話したほうが良いと、クロノは思ったのだ。
「……良い目でございます」
「やはり、人と言う種に興味は尽きません」
「同盟とは対等の絆の証、貴方が我等の信頼に応えて下されば、人との同盟に不満を漏らす者は消えますでしょう」
「ウルフ族との問題を解決してくだされば、私達は喜んで同盟の件をお受けさせて頂きますわ」
ロニアは笑顔でそう言った、女神の様な笑顔である。
「俺が出来る限りを尽くします」
「信じてもらってるなら、全力でそれに応えます」
「今は貴方の言葉を信じましょう、それと……これは私個人のお願いなのですが……」
「本当にウルフ族が苦しんでいるのなら……私は助けたいと思います」
「どうか、彼らも救って欲しいです」
「見捨てろと頼まれても、俺はどっちも救います」
「無理でも、助けます」
毎度の事ながら、後先考えずにポンポンと大層な言葉を並べていると自分でも思う。それでも、大した人間じゃ無い自分に出来るのは、精々言葉で納得させる事ぐらいだ。
(クロノが無理なら、あたし達が可能にするよぉ!)
(その為に僕達が居る、弱気にならずに、自分の信じた道を行けば良い)
心に声が響く、こういった虚勢を真実に変える為に力を求めた筈だった。そうだ、不安に思う事なんて無いのだ。
(怖くないと言えば嘘になる、不安も勿論ある)
(だからこそ、頼りにしてるからな)
(うんっ!)
(あぁ、任せておけ)
頼りになる仲間に支えられているのだ、ロニアの目を真っ直ぐ見るクロノに、迷いは無かった。
「……分かりました、どうかお願い致します」
「マークセージの王にお伝えください、我等ケンタウロス族は同盟に賛同する、と」
「勿論、ウルフ族との件もお伝えくださいね」
「はい、任せてください!」
「それじゃ、俺達はマークセージに戻ります」
「その後、ウルフ族の住処を目指そうと思います」
そう言ってクロノは立ち上がる、セシルも続いて立ち上がった。
「ウルフ族の長であるガルア・リカントとは、多少の面識と言うか、幼い頃に少し繋がりがありまして……」
「その、今も昔と変わらず相当な頑固者と言いますか……対話は難しいと思います……」
「そんな男ですが、その力は本物です、どうかお気をつけてください」
「分かりました! ありがとうございます!」
一礼し、クロノは外へ向かって走り出す。そんなクロノを、外で待機していたセントールが呼び止めた。
「待てクロノ!」
「ん?」
「貴様、先ほどの言葉に嘘は無いか?」
「本気で他族との共存が夢だと? そんな事が可能と思っているのか?」
またこの手の話題だ、クロノはもう慣れている。大体、この手の話題が出る度にクロノは同じ事を思うのだ。
最近は特に、その思いは強くなっていた。だからこそ、いつもと同じようにクロノは返す。
「可能だと思うし、俺の夢だってのも本気だ」
「俺の夢を話すとさ、人だろうが魔物だろうが同じ反応するんだよな」
「そういうの見る度に思う、感じ方だって同じじゃんってさ」
「俺は人で、お前はケンタウロスだけど、今こうして会話出来てる」
「俺はそれだけで通じ合えると思うし、意思の疎通が出来るなら不可能は無いと思う」
「俺の価値観押し付ける気はないけど、俺はその事実から目を背けたく無いんだよ」
そう言い終わると、クロノはマークセージを目指して駆け出して行った。呆然とクロノの後姿を見ていたセントールに、セシルが声をかける。
「どうだあの馬鹿は、想像を超える馬鹿タレだろう?」
「だがな、だからこそ見て見たいんだ、アイツがどこまでやれるかをな」
「今回も、楽しませてもらうとするか」
そう言ってセシルも、クロノの後を追って行った。
「クロノ、馬鹿な人間……か」
ただの人間の言葉の筈なのだが、何故だか心に深く残る。セントールはそれを不思議に思っていた。




