第四話 『勇者じゃなくても』
クロノ・シェバルツ、17歳。現在森の中で竜人種の少女に殺されそうです……。
(回想してる場合じゃねぇ! 来る!)
竜人種の少女は右足で踏み込み、ダンッ!! と凄まじい音を立てて飛び掛ってきた。
(ちょ、早っ!?)
横っ飛びに避ける……が……。
「ごふっ!?」
すれ違い様に尻尾で追撃された、そのまま吹き飛ばされ、木に叩き付けられる。
(速すぎだろ……やべぇ勝てる気がしない)
ごほごほっ! と肺の中の酸素を吐き出すクロノは、半分命を諦めかけていた。というか、そもそも立ち上がれないほどのダメージだった。
(あぁ……母さん、俺何も変えれなかったよ……)
死んだ魚のような目で空を見上げる、涙すら出てこなかった。
「…………って……ん?」
しばらく立っても追撃が来ない、クロノは意識を現実に引き戻し。
「は?」
そして、ぶっ倒れてる竜人種の少女を見た。
「オノレ……ナニヲシタァ……」
盛大に鳴る腹の虫を響かせ、少女はもがいていた。
「……あ……あぁ……ごめん、ちょっと待っててな……」
緊張の糸が途切れ、腰が抜けていた。
「落ち着いたら、ご飯食べさせてあげるから……」
「本当かっ!?」
さっきまで息も絶え絶えになっていた少女は、顔を輝かせ飛び起きた。
クロノは自分の家が村の奥にあることに感謝していた、そのおかげで、苦労もなく少女を家に匿う事ができたからだ。
(村の人に気がつかれたら、パニックになるだろうなぁ……)
クロノが用意した料理にがっつく竜人種を眺めながら、クロノはそんな事を思っていた。
「なぁ……取らないからさ、落ち着いて食えよ……」
「ぬっ……ごくっ……ふはぁ……」
「いや、済まないな 見ず知らずの……それも人間に救われるとはな」
「餓死寸前の竜人種なんて、始めて見たよ……」
その言葉に少女は少し眉を動かしたが、クロノは気が付かなかった。
「何日も何も喰っていなくてな、助かったぞ」
素直な礼に、クロノは正直驚いていた。
「? なんだその顔は」
顔に出ていたらしく、少女は怪訝な顔をする。
「あっ……いや……お礼言われるとは思ってなくて……」
「むぅ? ふんっ……貴様もか……」
そう言って敵意を、含む目を向ける。
「どうせ魔物に礼を言われるとは思ってなかった、そんなところだろう?」
図星である、何も言い返せなかった。
「先ほどの構え、貴様はあれか? 勇者志望とかそんなのか?」
心底詰まらなそうに言う。
「あぁ、うん……そうだった……かな」
「だった?」
頬杖をかきながら、目線だけこちらに移す。
「加護が降りてこなかったんだ、だから実質勇者にはなれないようなもんだよ」
何故見ず知らずの、しかも先ほど自分を殺そうとした少女に、こんなことを言っているのか……クロノは分からなかった。
「そうか、よかったな」
少女はそう言った よかっただと……?
「勇者なんぞつまらん者になっては、ただでさえつまらん人間がさらにつまらなくなるぞ」
少女は興味無さげにそう続ける。
「……良い訳ねぇだろ、トカゲ野郎……」
「何?」
またも敵意の篭った視線を向けられるが、そんなことはどうでもよかった。
「良い訳ねぇんだよ、こちとらそれに人生かけてきたんだよっ!! それを神の加護だか訳のわかんねぇ理由で全部無しにされてよっ!」
「全然良くねぇよ! お先真っ暗だってんだよっ!!」
溜まった感情が爆発した、先ほど殺されかけた相手に、こんな口を利いてタダで済むとは思えない、最悪八つ裂きにされるだろう、だがそれも良いと思っていた。どうせ生きていても、こんな自分には何もできないのだから。
だが、竜人種の少女は黙って聞いていた。
「こっちはガキの頃からそれを支えに生きてきたんだ! 自分が間違ってるのかどうかの不安も全部押し殺して!」
「母さんと自分は正しかったって証明する為に、その為には勇者になるしかなかったんだ!」
黙って、聞いていた。
「ふざっけんなっ! 勇者になれなきゃ何もかも終わりだろ!? 誰も俺の言葉なんざ聞きゃしない! 勇者になれなきゃ俺の夢は……っ!!」
「やかましいっ!!!!!!!」
尻尾で右頬をぶん殴られた、その衝撃で台所までぶっ飛ばされる。
「貴様、勇者になれなかったことを言い訳にするなっ!」
痛みで吹っ飛びそうになっていた意識が、その言葉で帰って来る。
「貴様の夢とやらが何なのか、貴様の母上と貴様が何を貫こうとしたのかは分からん」
「だが、その夢とやらを一番否定しているのは紛れも無く貴様だ、馬鹿タレ!」
「……なっ……」
「勇者になれなかったから何だ? だから夢は終わった? 自分ではどうにもできない?」
「貴様は自分で、『勇者になれなかったから無理だった』と貴様の夢を結論付けてるだけだ!」
「所詮その程度の夢でした、と言っているようなものだなぁ!」
あざ笑うように言う。その言葉に、切れた。
「テメェ…………ッ!!」
怒りに身を任せて、飛び掛る。しかし拳は届かない、尻尾で再び吹っ飛ばされたのだ。
「てぇ……」
頭を強打するが、意識を怒りで繋ぎ止める。
「逆上するとは、図星か?」
「やはり人間と言うのはつまらんなぁ 理想を語る覚悟も足りぬ」
床を殴りつけて立ち上がる、フラフラするがそんなのどうでもいい、目の前の女を殴りたい、クロノの頭はそれでいっぱいだった。
「自身の夢や理想に自信も持てず、死んでもやり遂げる覚悟も無い」
「そんな腑抜けが、夢を語るなっ!!!!!」
「…………ッ!!」
その言葉に、何かが吹っ切れる音が聞こえた。
「俺は、腑抜けじゃ……ねぇっ!!」
再び飛び掛る、そしてまた尻尾でぶん殴られる……が。
「……ぬ?」
「ぐ、ぎ……ぎ……」
右横腹に尻尾が叩き付けられたが、クロノはその場で食いしばっていた。
「…………わかってんだよ……言い訳だってさ……」
小さな声で、それでも振り絞って言う
「泣き言だって、自分が一番良くわかってんだよ……」
正直吹っ飛ばされまくって、意識が朦朧としていた、頭を上げられない。
「あぁ……もう、いいよ……吹っ切れたよ……」
それでも一発は殴ってやろうと、尻尾を右手で抱え、ジリジリと前に進む。
「勇者じゃなくたって、やってやる……っ!」
左手を振りかぶり……。
「人と、魔物が……手を取り合って共存できる世界を! 作ってやるっ……!!」
そのまま、倒れた。
倒れる瞬間に、一瞬竜人種の表情が見えた、驚いたような、信じられないモノを見るような目をしていた。
(ケッ……お前も馬鹿げた夢と思うだろうよ……」
(もういいよ、お前のおかげで吹っ切れたよ……)
(勇者じゃなくても、やってやる…!)
意識が闇に落ちていく中、クロノはそう胸に誓った。
ようやく主人公らしくなったかな……