第四十六話 『精霊の友達』
連戦+砂漠の過酷さでボロボロだったクロノの体も、3日間の休息によって回復しつつあった。現在クロノは、魁人達の拠点二階のベランダでまったりと月を眺めていた。
「あぁ、夜風が気持ち良いなぁ……」
「月も綺麗だねぇ」
「もうそろそろ満月になるな、クロノ、出来れば満月の日はウルフ族との接触は避けるんだよ?」
そうアルディは忠告する、満月の晩はウルフ族の長が強化されるだか凶暴化するだか、魁人が言っていた。
「別に戦うつもりも無いんだし、心配し過ぎだろぉ……」
そう言って伸びをするクロノ、どこか気が抜けた声なのは、彼が風呂上りだからだろう。緊張感の欠片も無い契約者に呆れるアルディだが、クロノが自分の左手を眺めているのに気がついた。
「その指輪、時々じっと見てるよね?」
「なんだい? 彼女との誓いの指輪かい?」
ニヤニヤしながらからかう様にアルディは聞いてみるが、クロノの表情は意外にも大人びていた。
「……ばーか、ちげぇよ」
「彼女じゃない、恩人との誓いの指輪だ」
その表情は至って真面目な物だった、普段のクロノとは少し違う。
「恩人ー?」
クロノの頭の上でぐだら~っと四肢を広げていたエティルが、間の抜けた声を上げる。
「俺は子供の頃から共存の件を誰彼構わず言っていたからさ、やっぱ孤立してた」
「唯一の理解者だった母さんも死んじまって、村に引き取られた後もそれは変わらなくてさ」
「諦めだけは悪くて、意地張って自分は曲げなかったけどさ、……正直どうすりゃいいのか分かんなかったんだよな」
「そんな俺に手を差し伸べてくれた、そんな格好良い奴との誓いの指輪だ」
そう言ってクロノは左手を握り締める、とても優しい表情で。
「約束したんだ、夢を諦めないで進もうって、二人で互いの夢を語り合ったんだ」
「勇者になって、必ず夢を叶えようって」
「……まぁ俺は勇者になれなかったけどさ……」
「それでもあいつと約束したから、俺は絶対に諦めない」
「約束は破りたくないし、あいつもきっと前に進んでるからな」
「単純に負けたくないんだよ、……あいつに勝った事もないけど……」
そう話すクロノの純粋な尊敬の念、信頼の気持ちが精霊達に直で伝わっていた。
「クロノはロー君の事、本当に尊敬してるんだねぇ」
「あ、また心の中を勝手に……!」
「なら尊敬してるロー君と再会するまでに、もっともっと強くなっておこうねー」
頭の上で、エティルが体をうつ伏せにしてそう言った。どうでもいいが、髪の毛を掴んで動くのが地味に痛い。
「エティル、髪、痛い痛い……」
「えへ~♪」
何が楽しいのか、エティルは人の頭の上でのんびりモードだ。
「まぁとにかく、次会うときは自慢できるくらいの自分になっておこうじゃないか」
「信頼する兄貴分さんに、胸を張って会えるようにね」
壁に寄り掛かりながらアルディはそう言う、その顔は笑っていた。
「……あぁ、そうだな」
そう言ってクロノは、自分の左手を月に翳す。互いの夢を誓い合った約束の指輪、自分の指輪には刻まれるはずだった数字は無い。
だが、誓いが切れたわけじゃない、この指輪を見るたびにクロノはあの日を思い出していた。
(ロー、俺は諦めない、絶対に諦めない)
(いつかまた会う時まで、俺は頑張るからな!)
(……ちょっと女々しいかな……)
(あははっ、クロノ可愛いなぁ♪)
心に響く可愛らしい笑い声は、プライバシーを侵害する悪魔の微笑に他ならなかった。
「エティルーーーーっ!!」
「きゃははっ! 鬼さんこちら~!」
頭の上のエティルをとっ捕まえようとするが、あっさり逃げられてしまう。そのまましばらくベランダで飛び回るエティルを追いかけていたが、冷めた目をした魁人がそれを止めた。
「休め馬鹿野郎っ!!」
……もっともである。そんなこんなで3日目の晩は過ぎて行った……。
そして次の日の朝、日の光が窓から差し込む清々しい天気だ。そして清々しすぎる目覚ましが鳴り響く。
「朝でーーっす!! エティルちゃんが素晴らしい朝をお届けしま……ふむぐっ!?」
もはやお約束だが、アルディが騒がしい風の精霊を毛布に包んで放り投げた。
「あぁ、素晴らしい朝だね、起こされ方は最悪だけど」
「きゃーっ!? こっちは闇夜に逆戻りしてるよぉー!?」
「何故だろう、精神面は精霊の力を使うのに凄く大事なのに……」
「精霊が増える度、精神が休まる時間が減っている気がする……」
心地よい朝の目覚めについて小一時間エティルに教え込みたい所だが、そんな暇は無い。今日はいよいよ出発の日なのだ。
「王様に挨拶して、出発と行こうか」
「おー♪」
「クロノ、おやつは300円までだよ?」
「何しに行く気だお前は!」
「あははっ、勿論冗談さ、クロノは面白いなぁ」
エティルに振り回され、アルディにからかわれるクロノ、忘れてはいけないが、一応契約者であり主なのだが……。
「うー……お前ら俺を何だと思ってるんだよ……」
「……友達だけど、ダメかな?」
「クロノはあたし達の事、友達と思ってないのー?」
予想外の返答に、クロノは呆気に取られてしまう。当然、道具のように思ってるはずは無い、クロノはこの二人の事を……。
「……当然、友達だと思ってるよ」
「頼りになる仲間とも、な」
「じゃあいいじゃないか、ほら、早く行こう!」
「えへへ~! 久しぶりの冒険だよぉー!」
友達、2体の精霊からの言葉だ。
自身が使役する精霊にそう言われるのは、傍から見ればどうなのだろう? クロノには分からない。
だが、クロノは堪らなくその言葉が嬉しかった。
精霊と言えど他族、種族が違うクロノ達の間には、確かな絆が芽生え始めていた。
クロノはそれが、言葉では言い表せないほど嬉しかったのだ。
クロノは自然と笑顔で駆け出していた、胸も自然と高鳴っていた。
今はただ、真っ直ぐ進もう、彼らと共に……。
既に魁人達は拠点の入り口付近に集まっていた、クロノ達も急いでそこへ向かう。ふと、セシルが走ってくるクロノに目を向けた。
(……どこまで重なれば気が済むのだろうな、あの馬鹿タレは……)
頭の上のエティルとギャアギャア言い争っていた為、クロノは段差に足を取られ体勢を崩してしまう。それをアルディが支え、人間一人と精霊二体は笑いあう。
その姿は、嘗て四精霊と笑いあい、自分達を導いた大馬鹿な勇者の生き写しだった。
「……遅いぞ貴様ら、寝ぼすけが」
自身の記憶に残る面影と重なる少年に、セシルはゆっくりと歩み寄って行った……。
その後クロノ達は再び王城へ出向き、ユリウス王へ出発する事を伝えた。
「……あー、クロノ、柄じゃねぇんだが一つだけ王としての命ってのがあんだが」
ユリウス王は言いにくそうな顔で目を瞑り、少し黙り込む。そして目を開くと同時、軽いノリでは無い威厳ある王の顔で言った。
「いいか、絶対に危険に身を晒すな、お前の身を一番に考えろ」
「一番やばい役をやらせてざけんなって感じだが、それだけは守ってくれ」
「……頼んだぞ」
その言葉に力強く応じると、クロノは城を後にするのだった。
そしてマークセージを囲う壁に4つある大門の内の一つ、東門前にクロノ達は居た。魁人と紫苑とは、ここで一旦お別れだ。
「ケンタウロスの住居は、真っ直ぐ行けば分かるはずだ」
「話が済んだら一度戻って来い、その後、再度準備してウルフ族の住居に向かってもらう」
「ウルフ族よりかは会話が可能だが、一部はやはり警戒の色も強い」
「重々注意してくれ」
「クロノ様、セシル様、ご武運をお祈りしております」
「あぁ、出来る限り上手くやってみるよ」
「それじゃ、行ってくる!」
見送りの二人に手を振りながら、クロノ達はケンタウロスの住居を目指し歩き出して行った。魁人が言うには2時間ほど歩けば見えてくると言っていたが……。
「途中で街道から外れるらしいな」
「人が整備した道が、他族の住居に通じている訳が無いからな」
「……同盟が決まれば、そうとも言えなくなるかも知れない」
「責任重大な役割なんだ、頑張らないとな」
「あーあー、精々頑張るといい」
毎度の事だが、セシルは今回も手を貸すつもりは無いと言っていた。毎度毎度何だかんだ言って、助けてくれている様な気もするのだが……。
「そう言えばセシル、人間化解かないのか?」
町から出たというのに、セシルは人間の姿のままだ。
「貴様はどう見ても竜人種に見える私を連れて、ケンタウロスに会う気か」
「魔物連れの人間が、警戒を抱かれないとでも?」
「不信の塊だろうが、この馬鹿タレ」
「ごめんなさい……」
『少しは考えろ』と怒られるクロノ、確かに少し考えれば分かる事だった。
(反省……)
(やーい、怒られた~♪)
そして心の中でからかわれる、踏んだり蹴ったりである。このまま弄られっぱなしの移動時間など冗談じゃないクロノは、話題を変えようと思考を働かせる。
そして一つの疑問が浮かんだ。
「なぁ、ルーンってどんな奴だったんだ?」
深い意味はない、単純に興味があっただけである。大昔に他族との共存を訴えた伝説の勇者、どんな人物だったのか興味が無い訳が無い。
「超大馬鹿」
「すっごい変な人」
「変わり者の無茶野郎だったよ」
セシル、エティル、アルディが各々たったの一言で答える。クロノの期待していた答えとは違い、その言葉から想像できる人物像は到底、『伝説の勇者』では無い。
「……えっと、ルーンの事だよな?」
「あぁ、そうだが」
「……超大馬鹿?」
「沼の主に、生贄を捧げる仕来りがある村でな」
「あの馬鹿はそれに納得できないと、沼を蒸発させたのだ」
「沼の主を三日三晩に渡って叩きのめし、強引に村の仕来りを捻じ曲げた」
呆れた顔で語るセシルだが、次に頭の上のエティルが口を開く。
「それも、ルーンにしてはまだ良い方だったよねぇ」
「……すっごい変な人?」
「変な人だったよぉ、ミノタウロスと面白そうだからって理由だけで酒飲み勝負して勝っちゃったり」
「セイレーンの子と勝負して、勝ったら無理やり拉致して町の中でカラオケ大会開いたり』
「挙句の果てにはマーメイドとの遊泳勝負に勝っちゃったり、それもあたし達の力無しで」
「……立場無いよぉ」
『はぁ~』とため息をつくエティルだが、クロノは脳内の回路がパンク寸前だった。そんなクロノに止めを与えるのが、アルディの役目だ。
「その化け物具合に、彼の性格がプラスされるからね」
「正直、僕達は振り回されっぱなしだったよ」
「……変わり者の、無茶野郎?」
「あぁ、5秒前に会った他人でも、涙を流していれば絶対に助ける、そんな奴だった」
「昨日あったばかりの妖狐の為に、数千のグールと戦った時もあったし、時には天界や地獄に乗り込んで暴れ回ったからね」
「常識が泣いて謝る様な人間だったよ」
「俺の知ってる人間じゃないんですがそれは」
理解の域は銀河系の彼方に飛んで行ってしまっているが、それでも反論の声を上げた。それと同時、クロノは閃いてしまった。
「そうか分かったぜ、実はルーンも混血種だったんだろ?」
「実は純粋な人間じゃ無いってオチだな!?」
そうでなければおかしい、絶対におかしい。僅かな期待を込めてクロノは顔を上げる、が……。
「いや、アイツは純血の人間だった」
「うん、100%人間で構成されてたよぉ」
「紛れも無く人間だった、まぁ人の皮を被った災害みたいな男だったけどね」
クロノの憧れの『伝説の勇者』は『伝説の化け物』にすり替わってしまった。
「安心しろ、馬鹿さ加減なら良い勝負するぞ」
「したかないわいっ!!」
世界は広い、と言うか広すぎた、クロノは人間ってなんだろうと言う難問を抱える羽目になったのだった。
そんな他愛無い(?)昔話をしながら、一向はケンタウロスの住居を目指すのだった……。




