第四十五話 『自己紹介』
「ここが俺達の拠点だ、まだガラガラだがな」
カイトに案内されたのは、和の雰囲気を持つ一軒の建物。王から利用許可が下りたこの建物は、なんでも以前は茶屋だったとか。
「へぇ、何かジパングの店みたいだな」
「以前この茶屋を営んでいた人は、ジパング出身だったらしい」
「と言うか、クロノはジパングを知ってるのか?」
ジパング、デフェール大陸に存在する、独特の文化が発展した地域の名称である。よくは覚えていないが、あの地域では他族の事を『妖』と呼んでいた。
「子供の頃だけど、母さんと色んな場所を旅してたからな」
「正直記憶は曖昧なんだけど、ジパングは他とかなり変わってたから少し覚えてる」
「そうか、実は俺もジパング出身でな」
「故郷の文字で俺の名前はこう書くんだ」
そう言って法衣の懐から一枚の紙を取り出す、その紙には『三木桐 魁人』と書いていた。
「改めてだが、三木桐 魁人だ」
「まだ名前も無いこの拠点の主になった、宜しく頼むぞ」
そう言って微笑む、その笑顔は何か吹っ切れたように清々しいモノだった。そんな笑顔を浮かべる魁人の背後から、オズオズとシオンが顔を出す。
「えと、私もジパング出身なんです、ジパングの鬼の里で生まれました」
「ちゃんとした自己紹介もせずに巻き込んでしまって、先の件といい申し訳ございません」
そう言って頭を下げながら、魁人と同じように懐から紙を取り出す。その紙に書かれているのは『大江 紫苑』の文字。
「大江 紫苑と申します、宜しくお願い致します」
こちらも笑顔で自己紹介してくる、初めて会った時とは比べ物にならないほど明るい表情だ。思えばこの二人とは、ちゃんとした挨拶も出来ずに別れてしまっていたのを思い出す。
「俺はクロノ・シェバルツ、生まれは知らん」
「仲良くしてくれると嬉しっ!?」
そう言って笑顔で手を差し出そうとしたが、突如頭に衝撃が走り俯いてしまう。衝撃の正体は勢い良くクロノの頭に着地したエティルだ。
「あたしはエティル! 風の精霊シルフやってまーす!」
「好きな事は風と踊る事と鬼ごっこ! あとルーン!」
「それと……ひゃん!?」
人の頭の上で喋りまくるエティルを姿を現したアルディがヒョイっと摘み上げ、後方に放り投げた。
「君は少し礼儀と言うものを学んだほうがいいよ、そういうところ変わってないんだから」
「すいませんねお二方、僕はアルディオン、見ての通り大地の精霊ノームです」
「気軽にアルディと呼んで下さい」
エティルの扱いはかなり雑だったが、その自己紹介はとても礼儀正しいものだった。砂漠での機転といい、アルディはかなり頼りになる仲間である。
「あー! なにそれ、あたしは頼りになんないの!?」
「クロノひどーい! 何度も助けてあげたの忘れたのー!?」
そんな事を思っていたら、投げ飛ばされたエティルが頬を膨らませて飛んできた。勿論そんなつもりは無かったのだが、エティルにとっては癇に障ったらしい。
「いや、そういうことじゃ……」
「じゃあどういうことなのさー!」
「嫉妬は格好悪いよ、エティル」
「アルディも変に煽るんじゃねぇよ!?」
クロノの周りをクルクル飛び回るエティルと慌てるクロノ、そんな二人をアルディはニヤニヤしながら眺めていた。仲間が増えた事によるクロノ弄りはどんどんレベルが上がっていったが、今回のそれを止めたのは、普段は一番クロノを弄るセシルだった。
自らの尻尾を地面に勢い良く撃ち付け、鋭い目付きをその場にいる者達に送るセシル。……明らかに、機嫌が悪い。
「……あっと、そういえばお前の名前は……」
魁人がそんなセシルに話題を振るが、セシルはブスッとした様子で口を開く。
「……セシル・レディッシュだ」
「……風呂」
凄く不機嫌になってしまっている理由はそれか……とクロノは魁人に助けを求める様に視線を移した。
「……紫苑、風呂に案内してやれ」
「は、はい!」
「どうぞこちらへ!」
危険物を扱うように慎重に、セシルは風呂場へと案内されて行った。
「こちらがお風呂場です、既にお湯は張っておりますので!」
「ではごゆっくり……っ!?」
その場をそそくさと立ち去ろうとした紫苑の首に、セシルの尻尾が巻きついた。
「付き合え、流して欲しい場所がある」
「え、ええええ!?」
抵抗も許されず、紫苑はそのまま風呂場に引きずり込まれて行った。
「今、紫苑の叫び声が聞こえなかったか?」
「さぁ、俺は聞こえなかったが」
振舞われたお茶を飲みながらクロノが疑問を口にするが、魁人には聞こえなかったらしい。
「しかし、やっぱりクロノは不思議な奴だよ」
「精霊とそんなに仲良さそうにしてる奴は、初めてだ」
「たった今、その信頼関係にヒビが入りましたけどねー!」
「だから、エティルの事も頼りにしてるってば……」
未だに機嫌を直してくれないエティルが頭の上でむくれていた。困っているクロノを見かねたアルディが、ニヤニヤしながら助言する。
「クロノ、別に言葉で伝えなくても分かってるんだよ」
「僕達は心で繋がってる、クロノの気持ちはちゃんと伝わってる」
「エティルが不機嫌になってるフリしてるのは、気を引きたいだけなんだよ」
「わーっ!! アルディ君の馬鹿っ! そーいうのって口に出しちゃ駄目だよぉ!!」
「はははっ! ごめんごめん、つい面白くてね」
「こんな気持ちは五百年ぶりだからなぁ、やっぱり良い物だ」
『もーっ!』と膨れるエティルと微笑むアルディ、両者の気持ちが心を通して伝わってくる。それはとても心地よい、安心感と嬉しさの感情だった。
クロノも自然と笑顔になってしまう、言葉では上手く言い表せないが、凄く居心地が良かった。そんなクロノ達を眺めながら、魁人は小さく、『俺達も、いつか……』と呟いたが、その声は誰にも届かずに消えていった。
「……確かに、お前達みたいな奴らなら、彼らの心を開けるかも知れないな」
魁人が神妙な顔で口を開く。
「彼らって……獣人種か?」
「今更で何だけどさ、同盟って本当に可能なのかな……」
共存を訴えるクロノが言うのも何だが、同盟とは対等であって初めて成り立つ繋がりだ。人と獣人種の間には、どうしても力の差は存在する。下手な繋がりは反乱なども生む可能性がある、その危険は無視できなかった。
「ウルフ族もケンタウロス族も考え方に違えはあれど、共通点がある」
「それは一族の長の意見は、絶対と言う点だ」
「プライドの高いウルフ族も長の言葉は何よりも重く、それに逆らう者は居ない」
「忠誠心の高いケンタウロス族も、忠義を誓った群れの長の決めた事には命を掛ける種族だ」
「同盟を組むには、極論だが両方の獣人種の長と話を付ければ良い」
「両方の長に認められれば、それで大方の問題は解決だ」
「その後は、上の者同士の話し合いだからな」
「なるほど……」
簡単な話ではないのだろうが、何をすれば良いのか大体分かってきた。
「まずはケンタウロス族の方に行ってみると良い」
「彼らは東の方に住処がある、長であるサテュロス・ロニアも話くらいなら聞いてくれるだろう」
「ウルフ族の住処はここから西の砂漠よりにある」
「友好的とは到底言えない態度だからな、正直こっちは会話すら難しいだろう」
「以前はそこまで警戒してなかったらしいが、最近はなぜかピリピリしているらしい」
「……やはり種族の中で何か起こっていると考えるべきだろうな」
「ウルフ族の長の名はガルア・リカント、かなり気性の荒い奴だ」
「ワーウルフ中心の群れだったが、恐らく奴はウェアウルフだろう」
「いいか、戦闘は絶対に避けるんだ、勝ち目が無さ過ぎる」
そう言う魁人の顔は真剣だった。多くの魔物との戦闘経験から言える事なのかも知れない。
「そりゃ、戦うつもりはないけどさ……」
「つか、ワーウルフとウェアウルフじゃ違いがあるのか?」
「ウェアウルフの方が獣よりだな」
「大きく異なるのは月狂という力だ」
「噛み砕いて言えば、月を見る事で凶暴化する力だな」
「満月の夜のウェアウルフの力は上位魔族に匹敵する、単純な戦闘能力は魔物の中でもトップクラスだ」
「昔一体のウェアウルフに、満月の晩に戦いを挑んだ馬鹿な退治屋がいてな」
「結果は惨敗、数十人が血の海に沈められた」
「いいか、死にたくなければ絶対に戦いになるような選択はするな」
「同盟の話も砕け散る、今回の作戦はお前次第だ」
「……正直、お前にばかり負担をかけてしまっている、すまないな……」
魁人は申し訳なさそうに顔を伏せる。表向きは退治屋、そうでなくても勇者である魁人は同行するだけで向こうを警戒させてしまうだろう。
何も出来ない事を悔やんでいるのか、その表情は悔しそうだ。
「何言ってんだよ、何かあった時は頼りにしていいんだろ?」
「裏方だって大変なんだぜ? しっかりしろよな」
「それに事前情報としては十分だ、めっちゃ助かってるよ」
「こっからは俺に任せろ、国の為、お前らの為にやってやるからさ!」
そんな魁人を元気付ける為、明るく振舞うクロノ、期待されてる分こちらも頑張らなければならない。そんな決意に水をさすのが、エティルクオリティである。
「格好良い事言ってるけど、現在休息中って忘れちゃ駄目だよぉ?」
「今行ったら、辿り着く前に倒れちゃうかもなんだからさ」
「分かってるよ!」
そんなやり取りを見て、魁人も笑顔を取り戻す。
(そうだな、こいつらなら……きっと……)
「……十分に休んでから行ってくれよ?」
「今のところ、お前は俺達の希望でもあるんだからな」
本当に実現可能なのか、それは分からない。だが、目の前の男と精霊達なら……もしかしたら本当に……。魁人はそんな期待をせずにはいられなかった。
竹で出来た柵に囲まれた露天風呂、セシルはそこで翼を広げ体を洗っていた。スタイルの良い2人が体を洗っている様は桃源郷のようだが、2人共魔物である。
気持ち良さそうに尻尾を振るセシルだが、その尻尾と大きく広げた翼を洗っているのは紫苑だ。
「あう、何故私はこんな事を……?」
「こんな事とはなんだ、豆サイズに切り分けるぞ」
「しかも脅されてます……あうぅ……」
「大体なんで翼が生えてくるんですか、セシル様は一体……」
「深く追求すれば、貴様が今握っている尻尾がどう動くか保障しないぞ」
「あぅ……」
紫苑も魔物の端くれ、力の差ははっきりと分かっている。自分が例え100人居ようともセシルには敵わない、そう分かるからこそ従うしか道は無かった。
黙って尻尾を洗っている紫苑を尻目に、セシルは不思議そうな顔をした。
「貴様も混血種か、しかし変わっているな」
「貴様、ただの鬼ではないだろう」
「何故、それほどの力を自ら封じている?」
「……!」
その言葉に、紫苑は手を止め黙り込む。
「……まぁ、言いたくないのなら別にいいがな」
「だが、いつかあの男には話しておけ」
「本当にあの男を好いているなら、隠す事は逆効果だぞ」
「……はい」
「分かっています、分かっているんです……」
「焦る事はない、あの男はお前を信頼している」
「種族の垣根など、大した物じゃないのだ」
(そう、大した物じゃない)
(……今回もそう証明して見せろ、クロノ)
目を瞑り、セシルは思う。
今回も、あの男が壁を乗り越えると信じて。
投稿遅れてごめんなさい><




