第四十四話 『マークセージの王』
「買出しすらまともに出来んのかお前は! 民家に向かって何で木をぶっ飛ばしてんだ!?」
「誰にも見られなかったから良かったものの……大体お前は昨日も……!」
「すいませんすいませんすいませんすいません……!!」
絶賛説教中のカイトの前で、地面に埋まりそうなほど落ち込みながら正座しているシオン。元はと言えばセシルが無駄に煽ったせいでもある為、少し可哀想に思う。
「カイト、その辺でさ……な?」
「貴様は甘いな」
「半分位はお前のせいだろうが!」
背後で呆れるセシルを怒鳴りつけるが、当の本人は聞いていない。
「……まぁ今はそれどころじゃ無いのも事実か……」
「とりあえず、今は再会を喜ぼう」
しょんぼりと落ち込んでいるシオンはともかく、カイトはこちらに向き直り笑顔を浮かべた。
「そっちは何とかなったのか?」
「まぁ、一応はな」
「当面の目的通り拠点を置く事は出来た、シオンはこれで大丈夫だろう」
「ただ、許可を貰う為に王と一つ約束をしてな」
「その約束を果たさねば、また振り出しだ」
「約束?」
「あぁ、現在問題になってる獣人種問題の解決をする事」
「それが条件だ」
「カイト様が創ろうとしているのは、他族を退治するのではなく、他族問題を解決する職業です」
「表向きは退治屋と言うことになっていますが、言ってみれば解決屋の様な物」
「それの実現が可能かどうかのテストでもあるのです」
まだ落ち込んでいるシオンが、カイトの言葉に続いて説明してくれる。
「なるほど、勿論俺も手伝うぞ!」
「あぁ、助かるよ」
「それなら王へ挨拶しておかないとな、付いて来てくれ」
「……シオン、いつまで落ち込んでいるんだ……? もう良いから付いて来い」
正座したまま肩を落としていたシオンが、その言葉で顔を輝かせる。そのままカイトの隣まで走って行った。
(セシルじゃないけど……本当に分かりやすいなぁ)
そんな二人を見て少し嬉しくなったクロノは、笑みを浮かべながらカイトの後に続いて行った。
マークセージの丁度中央辺りに、その城は存在した。大きさはカリアの城ほどだろうか。
その見た目は城と言うか、要塞のような感じでもあった。四方に存在する見張り塔、大きな跳ね橋など、少々重いイメージを感じさせる。城門を潜ろうとした所で門兵がこちらを呼び止める。
「ん、カイトさんとシオンさんですね」
「そちらの方は?」
「新しい協力者だ」
「王に挨拶をと思ってな」
「それはそれは、きっと王も喜ぶでしょう」
「では、謁見の間へお進みください」
軽く会釈して城へ進む。その動作が妙に硬かったので、カイトが眉をひそめた。
「クロノ、どうかしたか?」
「あ、いや…ちょっと緊張してだな……」
クロノは王と言えばラティール王としか話したことが無い。そのラティール王が凄まじく王らしくないので、まともな王様と会うのは初めてなのだ。その為地味に緊張している、毎度毎度様々な場面で情けない主人公である。
「……まぁ大丈夫だ、すぐに慣れる」
そう言うカイトの表情は複雑そうだった。頭に「?」を浮かべたまま、クロノ達は歩を進めて行った。
謁見の間、その玉座にマークセージの王は座っていた。20代後半か、意外と若いその男はその見た目に反した威厳ある雰囲気を纏っていた。クロノはゴクリと喉を鳴らす、表情は緊張でガチガチになっていた。
「衛兵、下がれ」
「はっ!」
王の一言で、謁見の間にいた数人の兵士達が入り口から出て行った。玉座に座る王は、大臣と何か話している。
(挨拶って何て言えば良いんだ!? 緊張で頭が回らない!)
(……クロノ格好悪いねぇ)
(まぁ難しく考えなくていいんじゃないか?)
心の中の精霊達は気楽なものだが、クロノの頭の中は真っ白だ。そんな状態のクロノに向かって王は口を開いた。
「あ、旅の方、どうか楽にしてくれて構わない」
「……つうか固くなんなくていいからさ、俺もそーゆうのめんどいし? 苦手だしさ?」
その言葉でクロノは前のめりに倒れこみそうになった。
「領土問題解決の協力者として来てくれたんだって? いや助かるわー」
「勇者だろうがなかろうが全然集まってくんなくてさぁ マジ困ってたんだって」
(王ってこんなんばっかなのか!?)
見れば大臣も、カイト達も何かを諦めた様な表情をしていた。クロノも乾いた笑みを浮かべるしか選択が無くなってしまう。
(ラティール王に近い何かを、感じざるを得ないな……)
親近感は沸くのだが、拍子抜けである。クロノの想像の威厳ある王のイメージは、儚く砕け散っていった。
「へっくしっ!!」
自室で仕事を進めていたラティール王が、大きなくしゃみをする。それを見て庭で飛び回っていたピュアが、心配そうに駆け寄ってきた。
「おーさま、かぜ?」
「いや、きっとどこかで誰かが僕の噂でもしているんだろう」
「心配してくれてありがとう、ピュア」
そう言ってピュアの頭を撫でてやる、ピュアは嬉しそうに笑顔を浮かべた。最近はこの笑顔で、仕事の疲れが吹き飛んでいく感じがしていた。
あれからピュアは城や町の人達に受け入れられつつあった、最近は町の子供達と遊んでいる姿も見かける。特にピュアの歌声は、町の名物にすらなりつつあった。
その光景から、クロノの違和感や主張は正しい物なのではないか、そういった想いが強まってきていた。
「ピュア、今日は町に行かないのかい?」
王の言葉に、ピュアは複雑そうな顔をする。
「おねーちゃんにもみくちゃにされるから、やー……」
『おねーちゃん』とは、最近町を訪ねたエルフの二人組の一人の事である。鳥人種を初めて見るらしく、ピュアの羽や足を触りまくっていたのを覚えている。クロノの友達と言う事で、色々話を聞かせて貰った。
「大丈夫、あの二人は昨日この町を出て行ったよ」
「だから存分に遊んでくると良い」
「ほんと!?」
「いってきまーす!」
「あ、港でお店を出してる人達にこの手紙を配るのを任せて良いかな?」
「前の立案の方向性が決まったから、その報告としてね」
「はーい!」
王から手紙の束を受け取ると、ピュアは部屋から飛び出て行った。ピュア一人での外出は色々と問題が起きそうなので、何人か兵かメイドを同行させる決まりだ。
おそらくメイドの所へ行ったのだろう、はしゃぐ姿は普通の子供と変わりなかった。
「ははっ、初めてあった時とは比べ物にならないほど笑うようになったなぁ」
「クロノ、彼女はすっかり元気だよ」
あの笑顔の為に奮闘した、証無き勇者を思い出す。きっと今も、自分の夢の為、他族の為に頑張っているのだろう。
「……そういえば、彼らは追いつけただろうか……」
ピュアをもみくちゃにしたり、町の図書館の本を読みまくったりしていたエルフの二人組(実質、暴走していたのは女の子の方だけだったが)は昨日船に乗って旅立っていた。
クロノがウィルダネスに向かった事を伝えると、その後を追うと言っていた。
「面白いエルフ達だったなぁ、クロノと再会出来るといいが……」
そう言ってラティール王は空を見上げていた、遠い大陸で頑張っているだろう友の無事を祈りながら……。
その友であるクロノはと言うと、王とは何たるかを真剣に考えていた。目の前の王は『こんな王で大丈夫か?』と言った感じだった。
もっともそんな感想は、ラティール王の前例を考えると正直無駄でもある。
「まぁ堅苦しいのは嫌いなんだけどさぁ、立場ってもんもあるんで少し話を聞かせて貰うぜー?」
「まずはそうだなぁ 何で協力してくれる気になったか、だな」
偽る必要も無いので、ここは正直に話そう。
「俺は人と他族の共存の世界が夢なんです、その為に旅をしています」
「だから、王が獣人種との同盟を望んでいると聞いてお手伝いをしたいと思いました」
「ん、なるほどな」
「随分と変わった奴だが、俺としてはそんな人間がいるって事が少し嬉しいぜ」
「立場上影で言われる事も多かったが、俺も同盟を訴え始めた頃は変人扱いだったからな」
「似た物同士仲良くやろうや」
ニッと笑う王、何と言うか親しみやすい性格ではある。
「王はどうして、他族と同盟を?」
話の流れを利用して、一番聞きたかった事を聞いてみる。
「んあ? あー……うん………まぁ気になるわなぁ」
「俺だってガキの頃は勿論……魔物と同盟とか以前に、話す事すら考えられないって感じだったぜ?」
「けど、まぁ単純な話なんだが、俺がガキの頃にちょっと誘拐されちまってなぁ」
「その時に俺を助けてくれたのは城の兵じゃなく、見ず知らずの獣人種だったんだわ」
「……けど親父は、その事実をもみ消した、俺はそれが納得できなかったわけよ」
「そっから王座を継ぐまでの間、ずっと獣人種との対話を訴え続けて、今に至る訳だ」
「親父が病で死んじまったのも、この国が閉鎖的だったからだ」
「他族は勿論、外の国との繋がりまで絶って、あんな壁で護りを固めてよ」
「それで自分達の首まで絞めて……馬鹿みてぇじゃねぇか」
「この国は壁で守りを固めてるんじゃない、閉じ篭ってるだけだ」
「この国にもうあんな壁必要ねぇんだ、この国に必要なのは前に進む勇気だぜ」
「他族とは対話が可能だ、俺の存在が、その証拠だ」
「他族が命の恩人の俺が、保障する」
「俺達は手を取り合う必要がある、そうすりゃ両者苦しむ必要なんざねぇはずだ」
口調はともかく、王の気持ちは良く分かった。力を貸してあげたいと言う気持ちが、ますます大きくなる。
「現在2種類の獣人種、ケンタウロス族とウルフ族は各々問題を抱えていると思われる」
「ウルフ族の主張は主に土地、彼らは広い領土を欲している」
「プライドと闘争本能が高いウルフ族は、自分達の領土を広げようとするのもまた本能と言えるが……」
「現在は何かの問題が起きている様でな、度々マークセージやケンタウロスの領土を攻めている」
「いくらなんでも、あまりに急すぎる動きだ、種族の中で何かが起きてるのは間違いない」
「だが、彼らはこちらの言葉に耳を傾けようとしない」
「正直、あちらの行動の意味さえ分かれば、もう少しやりようもあるんだがな」
カイトがウルフ側の説明をしてくれる、おそらく此方に来てから調べたのだろう。
「ケンタウロス側は、忠義を重んじる誇り高き種族です」
「人との同盟に対し、種族間でどうするかを決めかねている状況です」
「同盟を組めば種に利もあるでしょうが、やはりプライドが邪魔をしているようです」
「何より今はウルフ族に横槍を入れられているので、それどころでは無い感じです」
「まともに話も出来ないウルフ族よりは、まだ友好的ではありました」
それに続いてシオンが、ケンタウロス側の説明をしてくれた。
「どちらもこっちから歩み寄らねぇと、話も出来ねぇって感じなんだが……」
「俺は王として城を離れられないっつー、クソめんどい事になってる」
「カイトも肩書きは退治屋だ、警戒されるのは当然っちゃ当然」
「それと同じで勇者も警戒対象だな、つまりカイトは向いてないってレベルじゃない」
その言葉の意味が少し分からずに首を傾げるクロノだったが、シオンが横から説明してくれる。
「私も最近教えてもらったのですが、主君は勇者の証も持っているのです」
「うえ!?」
「勇者の証は持っているだけでも便利だからな、昔取って置いたんだよ」
「完全に名前だけの飾りなんだがな」
自分が憧れ、目指しても届かなかった物が飾り……クロノは心にヒビが入る音を聞いた。そもそも、勇者の証がまるで便利グッズである。
(間違ってる、絶対に何か間違ってる……!)
……クロノは涙を必死に堪えていた。
「まぁそんな訳で、勇者でも退治屋でもないお前は、言ってみれば適任なんだが……」
「まぁ一番危険な役目でもあるんだよなぁ」
「それを承知で頼みたいんだけどさ、両方の獣人種の領地に出向いてはくれないか」
「まずはあっちから詳しい話を聞かないと、こっちも動けねぇからさ」
勇者とは何たるかを考えていたクロノに、王が言う。当然、答えは決まっている。
「王様、俺も子供の頃、魔物に命を救われました」
「ここまでの旅の間、魔物の友達も出来ました」
「他族との交流、共存は絶対に出来ます、俺はそう信じてます」
「任せといてください、話し合いは絶対成功させて見せます!」
その言葉にカイトやシオン、セシルは各々が笑みを浮かべる。姿は消しているが、エティルとアルディも同じだろう。
「……なんつーかなぁ」
「俺の声が聞こえない感じの勇者達に、見習って欲しいぜ、ほんと」
「お前、名前は?」
「クロノ・シェバルツです」
「ん、良い名だな、覚えておこう」
「俺の事はユリウスって呼んでくれや」
「うっし、クロノ、任せたぜ?」
「はい!」
期待に応える為にも、最大限頑張ろうと心に誓うクロノだった。
「……盛り上がっているところ悪いのだが、王よ」
「この馬鹿タレは肉体的にズタズタでな、今すぐ獣人種の領地に出向き、万が一があった場合は大地の肥料一直線だ」
「悪いがすぐには向かえん、多少の休みが必要だ」
「セシル……」
思いがけない気遣いに、クロノはびっくりしてしまった。忘れていたが、つい先ほど砂漠で死に掛けたばかりだった。
「ん、砂漠越えは堪えたか?」
「退治屋と戦闘したり、精霊に何度もぶっ飛ばされたり、地核元に跳ね上げられたりしただけだ」
「この馬鹿は貧弱な癖に無茶をする、悪いが出発は少し待ってくれ」
「そ、それはまた……アレな感じだな……」
「まぁ出発はそっちのタイミングで構わない、出る前に報告だけしてくれればな」
「ケンタウロス族の方はともかく、ウルフ族の方は確かに危険があるからな」
「十分に準備して行ってくれ」
「セシル、ありが……」
「考え無しに突っ込んで、勇敢気取りはいい加減にしろ馬鹿タレ」
「早死にするぞ、そしていい加減まともな飯を食わせろ」
「大体私は女だぞ、風呂くらい入らせろ」
「……ごめんなさい」
心配してくれている気持ちも確かにあるのだろうが、不満の方が多いらしい……。確かに砂漠越えで体は汚れているし、アルディ戦でズタズタだった為食事も手抜きだった。セシルの我慢も限界のようだ、自分の体も限界だから丁度良いと言えばそうなのだが……。
「それなら俺達の拠点に来い、宿代はいらんし、部屋も空いてるからな」
「俺達は立場上、足を引っ張る可能性もあって一緒にはいけないからな、それくらいさせてくれ」
(『俺達』の拠点……どういう意味でしょう……!? って私は何を考えてーっ!?)
(大体どういう意味もアレもないでしょう!? そうに決まってるでしょう!?)
(私の馬鹿! 大体私は主君を……ってうわあああああああっ!!)
顔を真っ赤にして俯いているシオンを不思議に思いながら、カイトがこちらに笑いかける。その好意に甘え、しばしの休憩を取る事にした。
数日後の出発まで、少しばかり体を休めるとしよう……。