第四十三話 『勇者は俺の、憧れだから』
女勇者・カルディナのお陰で無事にマークセージに辿り着いたクロノは、その町を囲う壁を見上げていた。
「高いなぁおい……他族と同盟を結びたいって話は本当なのかぁ?」
同盟や繋がりを求めている感じはまったく見られない、寧ろ閉鎖的である。
「結構前からその話を王様が訴え始めたんだけどさ、真意は知らないや」
「まぁ王の必死の訴えと言葉に、国民の心も動いたってのは確かだよ」
「勿論心の底から賛成してない奴もいる、あたしみたいにね」
「カルディナさんは反対派なのか?」
町への入り口であろう、大きな門を見上げていたクロノはカルディナに向き直る。
「反対って言うか……あたしはその可能性を信じられないんだよね」
「あたしさ、コリエンテ出身なんだけど」
「両親を、魔物に殺されたんだよ」
その言葉にクロノは黙ってしまう、なんて言ったら良いか分からなかったのだ。
「あたしの両親は退治屋だった、きっといつかはそうなると子供ながらに思ってたんだ」
「けど、あたしが12才の頃だったかな、殺されたって聞いたときはやっぱ、ショックだった」
「10年経った今もね、思い出すと、ちょっと辛い」
「別に敵討ちの為に勇者になった訳じゃないし、恨んでも何にもなんないから、魔物に対してそこまで何かあるって訳じゃないよ?」
「けどやっぱねぇ……同盟とか、共存とかさ」
「あたしには想像できないんだよねぇ……」
空を見上げながら、カルディナは独り言の様に呟いた。クロノは、黙って聞いていた。
「あ………ごめんごめん! 変な話しちゃってさ!」
「とにかく! あたしが言いたいのはさ、魔物とは出来るだけ関わらない方がいいよって事!」
「んじゃ、あたし行くね!」
「ちょっと、待って!」
ばつが悪そうにその場を去ろうとするカルディナを、クロノは呼び止めた
「……何?」
その声に足を止め、クロノの方に振り返る。
「えっと、あのだな……」
「俺、さ……その魔物と関わりにこの町に来たんだ」
「価値観は人それぞれで、俺は少数派の変人だって自覚してる」
「けど、俺は魔物を含めた他族との共存を信じてる」
「共存の世界を成すのが、俺の夢だから」
「だからって、カルディナさんの考えを否定したいわけじゃないんだけど……」
「出来れば、カルディナさんには……その可能性を信じて欲しい」
「……何で、あたしに?」
「カルディナさんは、気づいてると思うから」
「他族に対する考え方が、どこか不自然だって事に」
魔物に両親を殺されたと言うのに、それを語る言葉には一切の悪意が篭っていなかった。魔物を悪と信じて疑わない人達とは、違っていたのだ。
共存を信じられないという言葉には、少しだが『信じてみたい』と言う気持ちが篭っていた気がしたのだ。
「……まぁ、両親が退治屋だったからね」
「何でそこまで魔物を滅する事に執着してるのか分からなかったってのは確かだよ」
「けど、魔物と関わらなきゃ死ななかったのも事実……」
「分かり合う・分かり合えない以前に、あたしは関わる必要性に疑問があるのさ」
「そこが、分からないんだ」
そう語るカルディナの表情は曇っている。余計な事を言っただろうか、クロノは後悔しそうになる。
だが、それでもクロノには一つの思いがあった。それだけは、伝えたかった。
「……俺さ、夢の為に勇者になりたかったんだ」
「加護が降りてこなくて、勇者にはなれなかったけど」
「それでも夢を諦められなくて、旅に出た」
「旅の途中で、他族の友達も出来たんだ」
「理解し合える他族もいるって分かった」
「……それと同時に、理解し合えない人間もいるって分かった……当然だけどさ」
「勇者の人と、戦いになった事もあったんだ」
「魔物を悪と疑わない、その事に疑問すら抱かない、そんな奴等だ」
「カルディナさんはそんな奴等と違って、疑問を抱いてる」
「俺の自分勝手な気持ちなんだけど、カルディナさんにはその疑問を捨てないで欲しいんだ」
「勇者は、今でも俺の憧れだから」
「カルディナさんには、あんな勇者になって欲しくないんだ」
エルフの森での戦いを思い出す、目の前の勇者が歪み、あんな勇者になるのは嫌だった。憧れていた勇者と現実は違うのかも知れない、それは分かる。だが、ルーンの様な勇者も過去に居たのだ。クロノは勇者にはもうなれないが、今も変わらず勇者は憧れなのだ。
「……勇者は、憧れ……」
「……ふふっ」
「あは……あはははははははははっ!!」
クロノの言葉を黙って聞いていたカルディナは、いきなり大声で笑い出す。やはり自分の夢や理想など、普通の人間には馬鹿馬鹿しいのか、とクロノは肩を落としそうになる。
そんなクロノの肩を、カルディナはポンッと叩いた。
「あははっ……良いなぁ……真っ直ぐで……」
「君、超勇者っぽいね」
「……え?」
「あたしなんかより、よっぽど勇者っぽいよ」
「何かさ……うん、君が言うとそれっぽく聞こえるね」
「両親の事もあったから、他族関係のアレとはあんまり関わらないようにしてきたんだよね」
「まぁ、目を背けて考える事辞めてたってわけだね」
両親が死んでいるのだ、無理も無いだろう。
「けど、お姉さんもちょっと考えてみよっかな?」
「あたしは少年の憧れる勇者様なんだしね」
カルディナはそう言って笑う。クロノの言葉が、届いたのかも知れない。
「まぁ、やっぱりあたしには共存とかはまだ信じられない」
「けど、絶対に無理とも何か思えなくなっちゃった」
「君なら今、マークセージで問題になってる獣人種の問題も何とか出来るかも?」
「……なんてね?」
「それは分からないですけど」
「少なくても俺は、何とかしに来たつもりです」
そう真っ直ぐ答えるクロノを見て、カルディナは再び笑い出す。
「ふふふ……クロノ君は真っ直ぐだなー! 何か羨ましいよぉ」
「うん、あたしとは大違い……」
一瞬切なそうな顔を見せたが、すぐに笑顔に戻る。
「そんなクロノ君にお姉さん勇者から良い情報だよ」
「マークセージの王様は現在、勇者・一般人問わず人手を欲してるんだ」
「理由は当然、獣人種関係だね」
「ちなみに勇者・一般人共にまったく集まらず、絶望的な状況らしいよ」
「あ、でも……噂じゃ最近2人集まったとか何とか……?」
恐らくカイトとシオンだ、かなりの確立であの二人だ。
「まぁそれはさて置き、クロノ君が本気なら、まずは王様を訪ねると良いと思うよ」
「頑張って♪ お姉さんが応援してるからね」
「は、はい! ありがとうございます!」
そうしてカルディナから道を教えて貰い、クロノは手を振りながら城を目指して走って行った。
クロノ達がマークセージに入って行った後、カルディナはその場で立ち止まっていた。勇者だと言うのに、王の求人の声に従わないカルディナ……。
その心には、当然だが迷いがあったのだ。
「羨ましいよ、本当……」
「あたしには、その一歩が踏み出せないや……」
クロノの言葉を信じてみたくなったのも事実、だが……やはり魔物との共存など……。……迷った末、カルディナは城とは反対の方向へ歩きだして行ったのだった。
「ふん、やはり来ないか……」
門の方を見ながら、セシルは小さく呟いた。
「どした?」
「いや、何でも……」
「あぁ、あの食べ物が気になってるのか?」
「セシル、肉ばかりじゃなくて野菜もだなぁ」
「…………」
「痛ってぇ!?」
無言で右拳を振り抜かれた。
「涼しいねぇ~」
「緑もあって何だか良い気持ちだよぉ~」
後頭部を押さえ悶絶しているクロノの右肩の上で、エティルはご機嫌そうに笑っていた。確かに壁の中は緑が目立つ、カルディナの言った通りウィルダネスの町とは思えなかった。
「確かに良い国だな、この国の近くで領土問題とは……嘆かわしいモノだね」
「それはそうだけどお前ら少しは俺の心配してくれよ!?」
「セシルなら手加減してる筈だから、問題無いよ」
「セシルちゃんなら平気だよぉー」
セシルに対しての信頼度は凄まじい物があるようだ。契約者の扱いが一番軽いってどういうことだこいつら……。
「とりあえず城に着いたらカイト達に会えるといいな」
「あっちがどうなったかも気になるし」
『丁度良かったです、クロノ様』
背後からシオンが現れた!
「うわあああああああああああああっ!?」
「ビックリさせるなよ!? 急すぎるだろ!?」
「すいません……」
深々と頭を下げられた、素直すぎて対処に困る。
「貴様はいい加減に簡単に背後を取られるのを何とかしろ」
「そんなヘッポコ具合じゃ獣人種に軽く叩きのめされるぞ」
「うぐっ……」
しかし何の気配もなく背後に立つシオンも凄いと思うのだが……。
「王様の元へ行くのなら、主君と一緒に向かってはどうでしょうか」
「丁度ここからすぐの所に主君の拠点がありますので……」
拠点を置けた、と言う事は……。
「カイトは王に退治屋として認められたのか?」
「そっちの問題はもう大丈夫って事か?」
「私からは何とも……その件も主君が詳しく話してくれると思います」
「クロノ様を待ちかねていると思うので、まずはご案内しますね」
そう言うとシオンは『こっちです』と言う風に歩き出す。……と言うか、普通に町の中に居るが、大丈夫なのだろうか。
「なぁシオン、普通に街中歩いてて大丈夫なのか?」
シオンは赤い目と額から伸びる一本角以外は、確かに人と変わらない見た目だが、目はともかく角は目立つだろう。金色の角を隠す為か、角と同じ色をした金色の髪を伸ばして隠しているようだった。しかし、前髪が揺れ動くとどうしても角は見えてしまう。
「あぁ、クロノ様は既に『見ていた』から認識できるのですか」
「主君が私の角に術式を書いてくれたのです」
「簡単な術らしいのですが、認識を薄める術だとかなんとか」
「ですから、普通にしていれば私の角は見えません」
「クロノ様のように『ある』と知っている人や、『普通』じゃない人には見えるでしょうがね」
「もっとも、魔物とばれても私がこれを見せれば、大抵は大丈夫だと主君は言っていました」
そう言って右手の甲を左手で握り締める、その表情は嬉しそうだ。
「主君、主君、主君、主君と……貴様はあの男がそこまで好きか?」
「!?」
「あぅぁ!? ……違っ! そんな、そんなんじゃがっ!?」
面白いほど慌てている、しまいには舌を噛んだらしい。顔を真っ赤にしてワタワタとしているのが面白い。
「セシル、お前なぁ……」
「いや、分かり易すぎるだろう?」
「ち、違いますっ! そんなんじゃありませんっ!」
「絶対全体全方全域天地がひっくり返っても有り得ません!!」
「わたっ私なんかが主君をそんな……絶対違いますっ!!」
最早思考回路が暴走しているのか、勢い余って脇に生えていた木に右手を振り抜くシオン。……その木が『飛んだ』。
折れたとかではなく、飛んだ。
「はい?」
「……あぁ、コイツは鬼だったな」
「何の捻りも無い馬鹿力だな、全く」
へし折れた音すら置き去りにして、発砲された弾丸のような速度で木の幹がぶっ飛んでいく。忘れてはいけないが、ここは普通に町の中だ。つい先ほどまで道の脇に生えていたはずの木が、民家に向かって突っ込もうとしていた。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおいっ!?」
クロノの絶叫が響くが、遅すぎる、今から動いていては間に合わない。だが、今まさに民家に向かって突き刺さろうとしていた木が、寸前で弾け飛んだ。
「え!?」
木が吹き飛んだ場所に、見知った人物が立っていた。
「……シオン、何をしてるんだこの野郎……」
引きつった笑顔を浮かべている、カイト本人だった。町に着いたばかりだが、どうやらクロノが休めるのはまだ先らしい。
(いやぁ、退屈しないねぇクロノ♪)
(僕は少し不安を感じてきたんだが……)
既に姿を消している精霊達が心の声で呟く、その声が妙に心に響いた。
「ははっ……俺の知り合いって癖が強すぎだろ……」
何はともあれ、無事二人と再会できた。まずはゆっくりと話を聞かせてもらうとしよう。
……カイトのお説教が終わったら、だが。




