第四十二話 『隔壁都市・マークセージ』
砂漠の岩場で夜を越えたクロノ一行を、朝日が照らし出す。一番最初に目覚めたエティルが、目覚まし代わりに騒ぎ出した。
「朝だよーっ! 暑いよーっ! 出発だよーっ!!」
「数百年経っても変わらないね、朝から騒々しいよエティル……」
寝ぼけ眼で体を起こすアルディだが、手馴れた手付きでエティルを右手で吹き飛ばす。目覚ましを止めるかのように迷いの無い、流れるような動きだ。
「ひゃわ~!?」
「……あははっ! 何か懐かしいねぇ!」
頭から落下したエティルだったが、逆さまになった状態で笑顔を浮かべた。そのまま空中に浮かび、目覚めたばかりだと言うのにハイテンションで飛び回る。
楽しそうで何より、何よりである。
「けどな、契約者である俺は例え耳を塞ごうが、心に声が響いてんだよ……」
「いや、嬉しいのは分かるんだが……なぁ?」
ちなみにクロノのテンションが低い理由は、寝起きだからだけでは無い。退治屋との戦闘の後、休みも無く砂漠を渡り、精霊には何度も何度もぶっ飛ばされたのだ。寝て起きて分かる、自分の体の疲労である、結構ズタズタだ。
「ふん、貧弱だな」
「そんなんでは今後が思いやられるぞ」
セシルは呆れている様子だが、魔物であるセシルの体力と一緒にしないで貰いたいところである。
「セシル、龍の姿になって俺を乗せて空飛ぶとか無し?」
「貴様の旅に、手は貸さん」
「ついでに言えば龍の姿は嫌いだ」
「さらに言えば、私の背に乗るなど1億年早い、神にでも生まれ変わってモノを言え」
分かっていた、分かっていたが予想以上に強く断られた。
「クロノの体がボロボロなのは分かるけど……」
「砂漠のど真ん中で止まってると、本当に死ぬよ?」
アルディが肩を落としているクロノにそんなことを言う。どうやら普通に歩くしか無さそうだ。
ここは砂漠の中心地帯、砂漠を抜けるにはここに辿り着く為に歩いた分と同じくらいまた歩く必要がある。
「うぅああぁ……」
「クロノ、大地の力を纏え」
「頑丈になった貴様を、ボールのように蹴り飛ばして運んでやるぞ」
「それなら疲れることなく砂漠を渡れる、私の暇潰しにもなるしな」
「そうだな、砂漠渡り切った頃には俺は粉々だろうけど」
確かに今も死に掛けてるが、その選択は確実に地獄まで一直線である。セシルの恐ろしい提案を聞き流しながら、クロノは地道に歩を進め始める。
(つか、結構本気でキツイな……)
(足が、自分の足じゃないみたいに重い……)
こんなんで砂漠を超えられるのか不安になるが、その不安はすぐに形となって現れた。しばらく歩いた後、クロノは足に限界が来て倒れてしまったのだ。
「クソッ……情けないけど足が動かない……」
「うむ、情けないな」
セシルの毒舌は相変わらずなのだが、実際かなりやばい。砂漠のど真ん中で行き倒れなど、冗談ではない。
だが、セシルに助けを求めるのは嫌だった、自分の旅に同行するとセシルが言った時に言われている、『旅に手を貸すつもりは無い』と。
例え命の危機であろうと、セシルは手を貸してはくれないだろう、旅の途中に気紛れで助けてくれた時もあったが、それはあくまで『気紛れ』だ。そもそも、いつも誰かに助けて貰える事を期待しているようでは、格好悪すぎる。
「エティル、精霊技能だ……」
「どうせズタズタでまともに動かない足なら、風の力で無理やり進む……」
「クロノ、今のクロノは精神力も疲弊してる」
「無茶すると本当に死んじゃうよぉ……」
「何もしなきゃ、ここで行き倒れて死ぬんだ」
「やるしかないだろう……!」
「契約して一日で死なれたら、僕の立場が無いんだが?」
「クロノ、僕とリンクしろ」
アルディが真面目な顔でリンクするように言ってくる。クロノにはその言葉に従うしか道は無かった。
「精霊技能・金剛……!」
大地の力が体に宿る、体に力が漲るが足にはやはり力が入らない。
「やっぱ、無理か……」
「自棄になって思考を捨てるのは、悪手だと言う事を覚えておいたほうがいいよ」
「そして知識は時として自分を救うという事もだ、クロノ、地面の下に何か感じないか?」
「地面の、下?」
「感じるはずだ、僕とリンクしている今のクロノなら必ずね」
確かに、丁度自分の真下に何かを感じる、何かは分からないが、そこに『何か』を感じる。
「そこ目掛け、大地の力を込めた拳を振り下ろせ」
「大地の力のコントロールは至ってシンプルだ」
「力を込める事となんら変わらない、思いっきり振り下ろせ」
何だかよく分からないが、他に方法は無いのだ、やるしかない。
「よく分からないけど、どうにでもなれえええええええっ!」
地面に向かって思いっきり拳を叩き付ける、自分の拳の筈だが、まるで鈍器で殴りつけた様な音が響いた。その衝撃で砂が舞い上がるが、特に何も起こらなかった。
「うん、初めてにしてはまずまずだね」
「アルディ? 遊んでる場合じゃなくてだな……?」
クロノが次の言葉を紡ぐ前に、地面が揺れた。そして次の瞬間、突如として地面が弾け飛ぶ。
「んなあああああああああああああああああっ!?」
弾け飛んだのはクロノの真下の地面、当然クロノも吹き飛ばされる。クロノが先ほどまで立っていた場所は、まるで砂の噴水のように大量の砂が空高く吹き上がっていた。言ってみれば、間欠泉の砂バージョンみたいだ。
「何? 何が起きた!?」
「ほぉ、地核元を引き起こしたのか」
頭から砂の海に叩き落されたクロノの横で、セシルが勝手に納得していた。
「説明をしろ! 説明を省いて納得してんじゃねぇよ!?」
「まぁまぁ、説明は僕がするからさ」
「地核元と言うのは、地面の下に溜まった魔力の塊が砕けた際に起こる現象だ」
「魔素の結晶とも言えるそれをクロノが砕いたから、目の前みたいな事になってる訳」
「魔素の結晶化も自然現象だし、地核元もたまに起きる自然現象だ」
「けど、この現象は砂漠の民にとっては大きな意味がある」
「大きな、意味?」
「地核元は魔素の結晶、大地の力を宿したアースクリスタルの爆発で起きるもの」
「目の前の砂の噴水は、その爆発した結晶の欠片を地上に巻き上げているに等しい」
「マジッククリスタルは需要が高く高価だ、砂漠の民にしてみれば地核元は宝がここに現れたって言う合図なのさ」
「つまり……」
アルディが視線を外す、クロノも釣られて同じ方向を見ると、人影が此方に向かって来ていた。
(クロノ、あの人が来たらこう言うんだ)
(いいかい? ………ごにょごにょ……)
(うわぁ、アルディ君策士ー!)
クロノもアルディの言葉に驚くが、そうこうしている内に人影はあっという間にクロノ達の前に辿り着く。
「くっはー……! かなり急いだんだけどなぁ……先客が居るとは……」
機械の靴のような物で微妙に宙に浮いている女の人が、悔しそうな顔でクロノ達の前で嘆く。20代と行った所か、薄い黄色のポニーテールを風に靡かせ、巨大なそりのような物を後ろに引いていた。
頭を搔きながら、『まぁしゃーねぇか……』とぼやく女性に、クロノはアルディの言った通りの言葉を投げ掛ける。
「……ここのクリスタルは全部譲るよ、その代わりさ、君が戻る町まで送って欲しいんだけど……」
「オッケー! 任せときな兄ちゃん!」
アルディ様様である……。
女性が拾い集めたクリスタルと共に、クロノ一行は女性が引くそりの上で一緒に運ばれていた。女性はマークセージから来たらしく、クロノ達は目的地まで一気に辿り着ける事になった。
(なぁアルディ? この人がマークセージの人じゃなきゃどうするつもりだったんだ?)
(この辺りの国じゃマークセージが一番近いし、港のあるマークセージではアースクリスタルは貿易でよく使われる、だからマークセージでは依頼板にもよくアースクリスタルの採取が貼られるのさ)
(それに、砂漠の東にある錬金術の国・アゾットの者だったとしても、死ぬよりマシだろう?)
ごもっともである……。
「いやぁ兄ちゃんありがとなー、こんだけクリスタルあればしばらく楽できるよー」
その足に履いている機械の靴で、砂漠を滑走しながら女性は口を開いた。巨大なそりだというのに、何の苦もなく引いていく様は女性とは思えない。
「いえ、こちらも助けて貰ってるんですし、大した事じゃないです」
「このヘタレが砂漠で干物になる所だったのだ、助かったぞ」
ちなみにセシルは既に人間の姿になっており、精霊達は姿を消していた。
「ギブアンドテイクって事? ならクリスタルは遠慮せず貰っちゃうよ」
「勇者になったはいいけどさぁ、やっぱ簡単に生活ってのは楽にならないもんだねぇ」
その言葉にクロノは反応する。
「貴方は勇者なんですか?」
「ん~? あぁそうだよー?」
「ほら、これこれ」
女性は片足で滑走したまま体の向きを変え、右足の機械の靴を見せる。その靴には『1268-35』と勇者の証が刻まれていた。
と言うか、彼女は今クロノ達の方に全身を向けている。そりの持ち手を両手で持ってはいるのだが、それでどうして普通に前に進んでいるのだろう。
「ちょっ!? 前! 前!?」
「大丈夫ー、真っ直ぐ進むだけなら問題ないってー」
「この靴はねぇコリエンテ大陸で作られた【機翔靴】って靴なんだよ」
「見ての通り移動に超便利、しかも出力上げれば戦闘でも凄いんだよこれ」
そう言う彼女の足元を見ると、靴からジェットの様に何かが噴出している、それでスライドするように移動しているようだ。
「流石は技術大陸と呼び名が高いコリエンテだな、貴様の様な女がこのそりを易々と引けているのもその靴のお陰か」
「んー、まぁそうだね、こんなんでもあたしは女だし、工夫しなきゃ稼げもしない」
「今のマークセージは、獣人種に板挟みで動き辛いからね」
「砂漠に出てクリスタル拾って売るのが、一番安全なのさ」
「あたしは勇者だけど、万が一戦争に巻き込まれそうになったらすたこらさっさだよ」
「人が他族に勝てるわけないし、同盟なんて絵空事さ」
そう語る彼女の表情は暗い、何か事情を感じさせる顔だ。だが、そんな表情はすぐに消え、こちらに向けて顔を上げる。
「アンタ達、名前は?」
「あたしはカルディナ、一応マークセージ所属の勇者だよ」
「俺はクロノ、普通の旅人です」
「セシルだ」
「旅人さんねぇ、何しにマークセージに行くかは知らないけど、今はちょっとめんどい事になってるよ」
「あたしからのアドバイスは、めんどうごとには関わらないほうがいい、だね」
「今はマジで命に関わったりするよ、他族関係だしね……」
まさにその問題に関わりに行こうとしている事は黙っておこう。そんな話をしていると、いつの間にか砂漠を抜けたらしい。
「うわぁ、もう抜けたのか……早いなぁ」
「言ったろ? 移動に超便利ってさ」
「こっから大分涼しくなってくるよ、つっても砂漠に比べたらだけどさ」
「クリスタルの礼だ、超特急で送り届けてやるよ、見てな?」
そう言うとちゃんと体を前に向け、一度止まる。その両足の【機翔靴】が低く唸るような音を発し始める。
「せいやっ!!」
その掛け声と同時、一瞬で超加速した。乾いた大地をスケートの様に進んでいく、景色がどんどん流れていった。凄まじい速度だと言うのに、クロノ達には風などの影響は一切無い。
「うわ、すげぇ……」
「凄いっしょぉ、一瞬で見えてきたよ?」
「アレが隔壁都市・マークセージだよ」
カルディナの言う通り、遠くにマークセージらしきものが見えてきた。まぁ、巨大な壁のような物にしか見えないが……。
「元々左右を獣人種の領土に挟まれてるからねぇ」
「防御目的で、都市の周りを壁で囲んだんだよ」
「都市そのものを大きく壁が囲んでいて、その壁は港まで伸びてる」
「つか海の上にも少し壁が伸びてる始末だよ」
「まぁ、ああやって外の環境から隔離されてるせいで、壁の中はウィルダネスとは思えないほど緑が広がってるんだけどね」
その見た目の雰囲気からは、他族との同盟を望んでいる風にはとても見えなかった。まぁ何にせよ、あの国ではカイトとシオンが待ってるはずだ。
割と死に掛けたが、何とか辿り着けた。
(今回もきっと難しい、だけど……大丈夫だよな)
何たって、頼りになる仲間も増えたのだから。
(……あぁ、任せとけ)
(みんなで頑張ろー!)
今までで一番の強敵との戦闘が待っていることを、クロノはまだ知らない。