第四十一話 『精霊の力』
エティルの時と同じ様に、契約の光がクロノを包み込む。あの時と同じ様に、自然の力とも言うべき大きな力を感じていた。
「やっぱ、凄いな……」
クロノは自分の両手を眺めながらそう呟く。自分がかなりちっぽけに感じるほど途方も無い何かを感じた。
「僕の力は大地の力、エティルの風の力と同じく、意識すればすぐそこに存在する力だ」
「僕と契約した事で、君は大地の息吹を前より鮮明に感じ取れるはずだ」
「大地の偉大な力を身に宿す、それが僕等の絶対防御の鍵だ」
「いいかクロノ、大事なのは……」
「アルディ君ーっ! クロノを認めてくれたんだねーっ!」
「また一緒に旅が出来るね! うわぁー! 嬉しいよぉ!」
「ハッピーだよぉ! 歌でも歌いたいくらいだよぉ!」
アルディが真面目な顔で自分の力を説明してくれていたのだが、空気の読めない風の精霊が姿を現す。いつに無くハイテンションでクロノとアルディの周りを飛び回るエティルだが、それを見るアルディの目は優しいモノだった。
「……エティル、先ほどは済まなかったな」
「久しぶりに会ったってのに、酷い事を言ってしまった」
「契約者を侮辱されて怒らない精霊は居ない、悪かったよ」
「やだなぁアルディ君ったらー、あたしとアルディ君の仲じゃない、そんなの風に流そうよぉ」
「アルディ君にもクロノの弱いのに何だかよく分からないけど凄い何かが分かったみたいだしね!』
「流すのは水だからな、あと俺の説明最近酷くないか?」
弱いだの、何だかよく分からないだの、最近自分に自信を持って良いのか若干不安を覚える17歳だった。
「いやいや、自信を持って良いはずだよな……」
「何たって精霊の力を2種類身に付けたんだしな……!」
「あぁ、その事で言っておかないとダメな事があるんだ」
「恐らく、今のクロノに僕達の力は同時に扱えない」
「……え?」
「あ、そっかぁ……その事は話しといたほういいよねぇ」
「いざって時にやって、精神が焼き切れたら大変だしねぇ」
口を開けたまま固まっているクロノを他所に、精霊二体は何かを話し合っている。
「いいかクロノ、精霊との契約について少し説明しよう」
「クロノは人間、本来自然の力を扱う為の身の置き方は、長い修行によっても身に付ける物だ」
「人間が自然の力を感じるには、相応の努力が必要って事だな」
「だが、僕達精霊と契約すれば、契約した精霊の属性と同じ力なら多少は捉えやすくなる」
「エティルと契約後は風を、僕と契約後は大地の力を感じるようになったはずだ」
「これが契約のメリットその1だ」
「逆に言えば、頑張れば精霊無しでも自然の力は使えるのか?」
「うん、出来るよぉ」
「と言うかねぇ、自然の力って言うのは魔法とかとはちょっと違うんだよぉ」
「動きに、体に、心に、その力を宿す…言ってみれば身の置き方なの」
「自然体……それを極めた力なんだよぉ」
「例を挙げるなら、セシルちゃんは四属性の身の置き方はパーフェクト、殆ど完璧だよぉ」
つまり、セシルは少なくてもクロノより速く動けたりする訳だ。
「まぁその辺は置いておくとしてだな……」
「ここまでで何が言いたいかと言うと、精霊と契約すると、戦闘で重要な身の置き方を磨きやすくなる」
「そういう事だ」
「そして! メリットその2だよぉ!」
「それが精霊技能! あたし達と精神をリンクさせるトッテオキだよ!」
「精霊技能は僕達とリンクする事で、自然の力の扱いを何倍にもする」
「言わばブースターの様な物だ」
「リンクすればするほど精神が磨り減り、使いすぎると疲弊してしまうリスクもあるが……」
「普段の何倍も洗練された力を使うことが出来るだろう」
「クロノの普段の風の力だと、自分の体はまだ浮かせる事が出来ないが、精霊技能中なら容易い、そんな具合にな」
「普段から自然の力を磨いておけば、その分だけ精霊技能の力も向上する」
「まぁ、精霊と契約者の息の合わせ方も大事だけどな」
「そしてメリットその3! 寂しい旅が賑やかにってひゃわあああっ!?」
話を脱線させようとした風の精霊が、アルディによって弾き飛ばされる。
「ここで話は、クロノが僕達の力を同時に使えないって所に戻る」
「物は試しだ、僕とリンクしてくれるか?」
「あ、あぁ、分かった」
大地の力を使うのは初めてで若干緊張する、クロノは心でアルディに力を貸すよう命じた。その瞬間、全身に力が漲ってくる。
「う、お?」
「僕との精霊技能・金剛だ」
「大地の息吹を体に宿し、防御性能を大きく向上させる」
「それにともない、打撃の威力も大きく上がるだろう」
大地の力と言うのは凄まじい、地面に根を張る植物の気持ちが何となく分かった気がする。地面に面している足の裏から、自分の体の中へ流れ込んでくる何かを感じる。それが大地の息吹とか言う物なのかは分からないが、凄まじい生命力を宿した気分だ。
「どれ、どの程度だ?」
その力に感動しているクロノの後頭部を、不意に現れたセシルが尻尾で強打した。バシーンッ!と愉快な音を出し、クロノは前方に倒れ込んでしまう。
「また、バシーンて……っ! あははは……っ!」
「……ごめんクロノ、今のは少し……くははっ……!」
確かに見事な吹っ飛ばされ方だったのは認めるが、契約者が殴り倒されてるというのに笑っている精霊と言うのも、どうかと思う。
「毎度毎度、人の頭をボカスカ殴るんじゃねーよ! 暴力トカゲ!!」
「そこまで怒るほど痛くはあるまい」
「いやまぁ全然痛くないけどそういう問題じゃ……!」
「……あれ、痛くない?」
言われてみれば、まったく痛みは無かった。
「これが、ノームの力の防御力か……!」
「人であるクロノにとって、魔物の攻撃は一撃で致命傷になる可能性もある」
「僕の力は、そんな危険から護る為にあるんだ」
「まぁ僕の力については追々話すとして、クロノ、この状態でエティルともリンクしてくれるか?」
「ん? あぁ、分かった」
アルディに言われるまま、クロノはエティルともリンクしようとするが……。
「んぎっ!?」
頭の中でノイズのようなものが走り、その衝撃で精霊技能が解除されてしまう。同時に一気に疲れが体を襲い始める。
「今のクロノは精神力が弱過ぎるんだ」
「一体の精霊とリンクするだけでかなり負荷がかかるんだし、複数同時と言うのはかなり無茶なんだよ」
「違う属性の精霊技能を同時に使うのは、諦めた方が良い」
「特に四精霊全てと同時にリンク出来たのは、僕が知る限り、ルーン一人だけだ」
「多重リンクは、本来不可能と考えたほうがいい」
「無理すれば精神が壊れるからな」
逆に、それが出来たルーンはどんな化け物だったのだろうか……。
「同時に精霊技能は使えない、それは殆どの者がそうだけど」
「それ以前にクロノは、僕の大地の身の置き方、エティルの風の身の置き方すら同時にやるのは難しいだろう」
「大地の力は言ってみれば『静』の力、風の力は真逆の『動』の力だからな」
「簡単に言えば体の防御力を高めながら、高速で動き回れるのはまだ無理って事だ」
「無理に同時にやろうとすれば半端な事になって返って逆効果、通常以下の戦闘力になる事も考えられるからね」
「聞けば聞くほど絶望的なんだが……」
「つまり、あれか……?」
「修練に励んでね、クロノ♪」
「……まぁそういう事だな」
エティルが笑顔で頭の上に乗ってくる、続けるアルディも薄く微笑んだ。
「多重リンクはともかく、風に乗り、大地を宿す……そう言った自然の力の扱いは出来ないとな」
「そこを極めて、始めて多重リンクの可能性が生まれるんだ」
基礎を鍛えねば上には行けない、当然の事だ。
「精進します……」
「まぁ、精進しながらも次に進まなくてはな」
「多少の寄り道を挟む事にはなるが、次はコリエンテに居るあいつだ」
セシルが話を切り替える、カイト達との約束も有る為、次の目的地はマークセージだ。その件を済ませたら、コリエンテ大陸に渡る事になるだろう。
その大陸で、3体目の精霊を訪ねる事になる。
「コリエンテと言う事は、ティアラの奴だな」
「ティアラちゃんかー! 早く会いたいなぁ……」
精霊2体が懐かしそうにその名を呟く。
「ウンディーネはティアラって言うのか?」
「うんっ! あたし達みんなの名前は、ルーンがくれたんだよ!」
エティルが笑顔で答える、アルディと契約してからは数割増しで元気だ、よほど嬉しいのだろう。
「ティアラは僕達の中では最も幼くてね」
「生まれてすぐにルーンと出会い、契約したと聞いてるよ」
「元々気難しいウンディーネの中でも、彼女のそれは群を抜いている」
「例え僕達がついているとしても、一筋縄では契約できないだろうな」
次も大変そうだな、とクロノは思うが、今はそれより先にやらなければならない事がある。
「そっちも大事だけど、先約があってな」
「ここから北にある国に、会いに行かないとダメな奴等が居るんだ」
「僕達は契約者であるクロノに従うさ、けどね」
「やった本人である僕が言うのもなんだが、今夜は休んだほうが良い」
「あれだけ吹っ飛んで、精霊技能も使っていたんだしな」
確かに、正直ボロボロである。今夜は野宿をして、夜が明けてからマークセージを目指す事にしたほうがいいかも知れない。
「そうだな、今夜はもう休むとしようか……」
その後、相当疲れていたのか、クロノはあっという間に眠りに落ちてしまった。
「セシル、一ついいかい?」
クロノが寝静まった後、アルディがセシルに声をかけた。
「話せない事や、話したくない事もあるだろうが……一つだけ答えて貰う」
「どうせエティルの事だ、聞きたくても聞いてないんだろう?」
「うっ……だってぇ……」
「……私も眠いんだが、何だ?」
「……その剣、『霊王剣・ヴァンダルギオン』だな」
「それはルーンの武器だ、見間違うはずが無い、それを何故君が持っている」
「疑うわけじゃない、僕達はその武器の持ち主がどうなったか知りたいだけだ」
「セシル、君は何か知っているのか? ……答えてくれ」
アルディの言葉に、しばらく黙っていたセシルが口を開いた。
「……ルーンが姿を消したあの日から、私はルーンを探し回っていた」
「ある時、突然目の前が真っ暗になってな」
「何が起きたか、分からなかった」
「気が付いたら、私は氷の中に居たよ」
「私をそこから解き放ったのは、この剣だ」
「ルーンは居なかった、剣だけがそこにあって、私を氷から解き放ったのだ」
「意識が暗闇に落ちる前、私はルーンの姿を確かに見たはずだった」
「だが、目覚めるとルーンは居なかった」
「そして、数百年が過ぎていることに気が付いたのだ」
「……アルディ、私もな、何が何だか分からないんだ」
「……すまんな、もういいだろう、寝かせてくれ」
セシルはそれ以上、何かを語る事は無かった
「アルディ君……」
「ルーンが何を思っていたのかは分からないけど、疑うなんて論外だ」
「ルーンは絶対、無駄な事はしない……」
「あの言葉を信じよう、そして、今の契約者を信じよう……」
「……うんっ」
真実を知る者は、まだどこにも居ない。それを知る為の旅にすら、まだなってはいないのだ。
クロノ達が真実を知る事になるのは、まだずっと遠い話……。