第四十話 『君の背中は、僕が護る』
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もう随分昔の事だ、この場所にあった国の名前すら霞んでしまっていた。
人間達が勝手に集まり、勝手に僕達を信仰し、その国は生まれた。
望んで出来た繋がりでもなかったが、ノームの力は守りの力。
守護することこそノームの真髄、両者の関係は良好な物だったと言える。
だが、その関係は理不尽とも言える言いがかりによって容易く壊れた。
国を巨大な砂嵐が襲い、その災害をノームが呼び込んだと人々は言ったのだ。
真実は勿論違う、ノーム達は国を護る為必死に力を使った。
しかし、天災レベルの力の前に……何も出来なかったのだ。
「そう、何も出来なかった」
それは事実、波紋は広がり、国は内部から崩壊していった。
こちらに非は無いだろう、だが、一体のノームは国を護れなかった事を悔いていた。
それはノームとしての有り方、『守護』を成し遂げれなかった後悔から来るもの。
悔やみ続けるノームの前に、一人の人間が現れた。
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____________________数百年前____________________
「おっ君もノームだよね?」
「少し良いかな?」
その人間は、不意に背後から声をかけてきた。
僕はあの日からずっと、この場所で立ち尽くしている。人は愚か、建物も何も無くなった、見る影も残さぬこの場所で。
「人間か、こんな砂漠に何の用だ?」
「ノームと契約したいんだけど、良かったら僕と契約してくれないかなって」
契約希望者か、今まで何度もそう言った奴が訪ねてきたっけ。
「……悪いが、他を当たってくれ」
「僕はここから、動くつもりは無い」
契約を結んでも、いつかはその繋がりを失う。それに、自分なんかではその『いつか』まで繋がりを守る事も出来やしない。
「ん~? えーっと……?」
「『どうせ自分には何も守れやしない』、か」
「決め付けるのは良くないと思うけどなぁ」
心の中を覗いたかのように、人間が口を開く。どうして分かったか疑問に思い振り返る、人間は2体の精霊を従えていた。
「ウンディーネの力による心鏡の瞳か、覗き見とは趣味が悪いな」
「ごめんごめん、随分悩んでるみたいだったからさ」
「けど、決め付けは良くないよ?」
少年はそう言って微笑みかけてくる、誰かと会話のキャッチボールをするのは久しぶりだ。
「性格上、割り切れないんだ」
「どうしても、悔やんでも悔やみきれないんだよ」
「違った結末が有ったかも知れない、他の方法が有ったのかも知れない」
「そう思うと、ここから動けなくなる」
他のノームには割り切って考えてる者も居る。けれど、自分にはそれが出来なかった。どうしても、後悔が自分を苦しめてくるのだ。
「うん、良いね」
「凄く人間らしい、凄く良いよ」
自分の呟きを聞きながら、人間は何やら訳の分からない事を言いながらうんうん頷いていた。
「ねぇ、やっぱり僕と契約してくれないか?」
「断ったはずだよ?」
「後悔して立ち止まっていても何も変わらない、ちょっとでいいから動いてみないか?」
こっちの都合は知った事ではないと言わんばかりに、人間はしつこく契約を迫ってきた。あまりにしつこい為、こっちのペースも徐々に乱され始める。
「ねぇ、頼むよ、契約を」
「いい加減しつこいな……諦めてくれないか……」
「君が契約してくれたら、万事解決だよ」
「その言葉の意味を、辞書で調べ直したほうが良いと思うよ」
日も落ち始めているというのに、人間は自分の隣に座り込んでひたすら頼み込んできていた。これではこちらが持ちそうに無い。
「はぁ……分かった、ゲームをしよう」
「押し相撲で僕に勝てたら、契約してあげるよ」
「僕に負けたら諦めてくれ、いいね?」
「僕を見定めるってわけだね、勿論いいよ!」
人間は凄く良い笑顔で応じた。勿論、見定めたりするつもりは無い。
一撃で吹き飛ばしてさっさと諦めてもらおう、そう思っていた。
だが、ゲームの説明を終えると人間は予想外の行動を取った。
「よっと……」
目の前の人間は、土俵の中で腰を下ろし座り込んだのだ。しかも従えている2体の精霊とリンクする気配も無い。
「……馬鹿にしてるのかい?」
「まさか! 僕を見定めるってんだからさ」
「ありのままでいこうと思って、ルール違反じゃないでしょ?」
この掴み所の無い人間は、一体何を考えているのだろうか。呆気に取られ固まってしまう、そんなノームを見て人間は楽しそうに笑った。
「予想外だろー? こうするのはさ」
「僕とゲームしなかったら、こうする奴がいるなんて思いもしなかったろ?」
「……何が言いたいんだ?」
「する訳無い、出来る訳無い、決め付けは良くないって事さ」
「自分で決め付けたら、それ以上何も出来なくなるだろ?」
「僕は、可能性を狭める事はしたくないんだ」
人間は笑顔だったが、その言葉は真剣なものを纏っていた。
「確かに、する訳無いとは思ったが……」
「それが、何になるって言うんだ!」
この人間と話していると変になりそうだ、早々に吹き飛んでもらおうとノームは拳を振りかぶる。その拳を軽く蹴り飛ばし、人間は後方に回転しつつ飛んで着地した。
「うーん、一発でも当たったらゲームオーバーだねこりゃ」
「いつまでも避けられると思わないほうが良い、自分の身を案じるなら精霊の力を使ったらどうだい?」
「この身一つで君を認めさせてみせるよ、ここまでそうしてきたんだからね」
そう言って笑う人間に拳を振るう、一発でも当たればこちらの勝ちだ。……だと言うのに、その一発が当たらない。
「……っ! ちょこまかと!」
「ねぇ、このゲームって土俵の外に出せば勝ちだよね?」
「うん? あぁ、そうだけど……!?」
ヒョイヒョイ拳を避けながら、人間は土俵際ギリギリで足を止めた。
「もらったっ!」
大きく踏み込み、人間の顔目掛けて拳を振るう。その拳を掻い潜り、人間はこちらの脚を払い飛ばした。
「!?」
単純な足払いではない、足元の砂ごと抉るような早く鋭い足払いだ。その一瞬でノームの体勢が崩れる。
倒れそうになるノームの背に手を回し、位置を入れ替えるように人間は自分の背後にノームを押した。その先は土俵の外、流れるようにノームは勝負に負けてしまった。
「やった、勝ったー!」
ガッツポーズで喜ぶ人間だが、ノームの方はポカーンとしていた。人間相手にあっさり負けたのだ、そうなるのも当然である。
「ははっ……人間相手に、この様か……やっぱり僕は……」
言いかけるノームの頭に拳が降ってきた。ガキンッと鈍い音が響き、拳を振り下ろした人間が悶絶する。
「……何をしてるんだ?」
「あのね……そんなネガティブ思考はだめだって」
「失敗したなら、次失敗しないよう頑張ろうよ」
「その為に、続きがあるんだからさ」
拳を押さえながら涙目になっているが、それでも笑顔を絶やさず人間は言った。
「守れなかったなら、次は守りきってみせる! くらいの根性を見せようよ」
「誰だって失敗する、人だって、魔物だって、精霊だって、失敗するよ」
「けど、失敗して始めて見える物だってあるんだからさ」
「それを知れたんなら、もう一回やってみないと損でしょ?」
その言葉に、それでもノームは悩んでしまう、躊躇ってしまう。そんな様子のノームに、人間は近づいて行く。
「僕の夢はね、人も魔物も、種族なんて関係なく幸せに暮らせる世界を成す事なんだ」
「どんな種族も手を取り合って、笑い合ってる世界が僕の理想なんだ」
その言葉にノームは顔を上げた、この場所にあった国は共存に失敗し滅んだ国だ。自分は知っている、それがどれだけ難しい事かを……。
「うん、分かってるよ、難しい事だって事は」
「けど、きっと出来ると信じてる」
「僕は、それを信じてる」
「だから、その夢を成す為に…僕と契約して欲しい」
「昔ここにあった君達の国も、共存の世を成して僕が元通りにしてみせる」
「ちっぽけで、何の根拠も無い約束だけど……」
「その約束を守る為、君の力を貸して欲しいんだ」
そう言って、人間は手を差し出してきた。
ただの人間の、世迷言と言ってしまえばそれまでだろう。
それでも、不思議と信じてみたくなった。
共存の世界、もう一度それが現実の物になるなら……。
今度は世界中の種族の共存の世界だ、凄まじく難しい道のりだろう。
だが、気が付けばその手を取っていた。
「……君の名前は?」
「……そんなの、無い」
「君もか……精霊ってのは……」
「……それじゃあ、アルディオン」
「僕は君を、アルディオンって呼ぶよ」
「僕はルーン、ルーン・リボルト」
自己紹介を通じて名づけられた、凄く自然に名前を貰った。
「今度こそ、護って見せるよ……」
「約束を果たそうとする君自身を、護ってみせる」
「宜しく頼むよ、ルーン」
いつの間にか、自分の顔も笑顔を浮かべていた。
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(……あぁ、そうだったな、そうだった……)
「……ん……?」
「起きたか」
岩場で寝かされていたクロノが目を覚ます、額には包帯が巻かれていた。既に日は落ち、辺りは暗くなっていたが、焚き火の火が周囲を照らしている。
クロノが体を起こすと、アルディオンが声をかけてきた。
「……ゲームは君の勝ちだ、君の力は見せて貰ったよ」
「それを踏まえて、少し聞きたい事があるんだ」
「聞きたい事?」
「君は、ゲームの途中に共存の世界がどうとか言っていたね」
「君は……本当にその世界を成せると思うのか」
「仮に、僕達の前の契約者、ルーンすら失敗した夢だとしても……」
不安を隠しきれない様子で問う、この答えによって自分の気持ちが決まる。そんなアルディオンに、クロノは即答する。
「正直な、分からない」
「出来ると決め付ける事も、出来ないと決め付ける事も、俺には出来ないし……分からない」
「だから進めるし、進みたい」
「分からないまま、投げ出す事が一番嫌だ」
「まだ旅に出て短いけど、色んな体験をして、色々な事を知ったんだ」
「それを無駄にしたくない、知っちまったから……」
「今の俺が言えるのは、俺はその世界を成せると信じてる」
「その事だけは、疑いたくないんだ」
真っ直ぐと、アルディオンの目を見て答えた。
立ち上がり、アルディオンに手を差し出す。
「俺には諦めないくらいしか出来ないけど……」
「絶対に投げ出したりしない、自分の夢を諦めたりしない」
「だから、お前の力を貸して欲しい」
アルディオンには、手を差し出してきたクロノの姿が在りし日のルーンと重なって見えていた。
「……確かに、目に砂でも入っていたかな……」
「数百年……またここで立ち止まって、ウダウダ悩んで……」
「何も、変わってないじゃないか……」
「確かにあいつに貰ったのに……また、見失っていた……」
「見えていなかったのは、僕の方だったみたいだね……エティル」
「ルーンの気持ちを汲んでやれてなかったのは、僕の方だ」
エティルに対し謝罪するアルディオン、それと同時にクロノの手を取った。
「数々の暴言を許して欲しい、クロノ、と言ったよね」
「もう一度問う、君が力を求めるのは、何故だい?」
答えは決まっている。
「共存の世界を、成す為だ」
その言葉に、アルディオンは優しい笑顔を浮かべる。その頬には、一筋の涙が流れていた。
「君は確かにルーンとは違う、全然似てないのに、凄く似ている」
「ルーンと同じ様に、信じてみたくなる……」
「君のその夢、その理想を……僕も護りたい」
「君の背中は僕が護る、夢に向かって真っ直ぐ進んでくれ、クロノ」
クロノの体を光が包み込む、エティルの時と同じ契約の光だ。アルディオンはクロノを認め、契約を結んだのだ。
「僕の事はアルディでいい、宜しく頼むよ、クロノ」
「……あぁ! 宜しくな、アルディ!」
笑い合う両者を岩の陰から見ていたセシルは、満足そうな笑みを浮かべていた。そして、クロノの心の中でエティルもまた、嬉しそうに笑っていた。
少しずつ、ほんの少しずつだが、過去と今とが結び付いていく。クロノの旅はまだ始まったばかりだ。
次回でノーム編は終わりです、次章はビースト編!
クロノ君がまともに他族と戦う事になる章です! お楽しみに!