第三話 『神様なんていやしない』
図書館からクロノが飛び出してから、ローはずっと考えていた、クロノが読んでいた本、そのどれもが他種族関係の物だった。自分も何度も読んだ本だったが、クロノは自分とは全く違う気持ちで読んでいたのだろう。
「あいつも曲がらないよなぁ……尊敬するぜ、ホント」
昔、クロノとその母親が村に来た時の事を思い出す、銀髪の少年と母親は田舎の小さな村では目立ち、かなり浮いていたのを覚えている。
クロノの第一印象は、正直に言えば『変な奴』だった。
自分は昔から勇者に憧れていて、弱い人を守れる男になると決めていた、その為、魔物とは子供ながらに『倒すべき敵』とインプットされていたのだ。
なのにクロノは『魔物とも仲良くなれる』と言う始末、当然村では『浮きすぎた』存在だった。
母親が死んだ後もそれは変わらなかったが、村の子供達に何を言われても、クロノは意見を変えなかった。
そんなクロノが、村の外れの川辺で泣いているのを見つけたのだ。なんてことは無い、ただの気まぐれで声をかけた。話を聞いてやったのも、ただの気まぐれ……のはずだった。
クロノは自分とは全く違う考えを持っていた、それは良い、人間100人いれば100人変わり者だ、それぞれの考えはあるだろう。だがクロノは、今まで人類でこんな事を考えた者がいるのだろうか? と子供ながらに思う理想を抱いていた。
自分がガキだったからだろうか? 微かに高揚した。コイツの理想の世界が実現したら、それこそ夢のような世界かもしれない。本当に、全ての種族が手を取り合える世界が実現したら……!
「そうさ、俺はお前を信じてみたくなったんだ」
ローは小さく呟く、誰もいない図書館で……。
「お前の夢を、俺も信じてみたくなったんだ」
だからあの時、手を差し伸べた。
見てみたかったのだ、その世界を。
ローは自分の右手に視線を落とす。
右手の人差し指に付けられている指輪を見て、ローは目を閉じた、指輪には数字が刻まれていた 『1272-17』と。
その頃、クロノは村外れの川原で物思いにふけっていた。
「はぁ……ホントどうしようかなぁ……」
川に石を投げつけながらため息をつく17歳の少年、なんというか幸薄い光景だ、クロノは、左手の人差し指にはめられた指輪を見る。
子供の頃にローがくれたお揃いの指輪だ。指輪と言っても高価なものではない、装飾も何も無い、シルバー製のリングだった。
勇者選別を合格した者は勇者としての証、勇者のナンバーを手持ちの装備に刻まれる。子供の頃ローと約束したのだ、このお揃いの指輪に勇者の証を刻もうと。
「……はぁ……」
深いため息を吐き、川原で寝転がる。
「夢も希望も無いってか……泣きたいよまったく……」
そう言って目を閉じた、諦めの悪いほうの自分でも正直結構堪えていた。自分の他種族との共存理論を成す為には、勇者になるのが最も現実的であり、唯一と言ってもいい方法だった。しかし、それが不可能とあっては、自分の頭じゃもう策は生まれてこなかった。
「あぁ……神様がいるって言うなら、何か望みの一つ位俺にくださいよー」
その神が存在しているからこんな目にあっていることも忘れ、クロノは神に祈る。
その瞬間、対岸の森に何かが墜落した。
「!?」
何かが落ちてきた衝撃とその音でクロノは飛び起きる、対岸の森では何やら土煙が上がっていた。森の中ほどに『何か』は落ちたらしい。気が付けば日が暮れ始め、不気味な沈黙が辺りを支配していた。
「は……ははっ……マジで神様からの贈り物……な訳ねぇよな」
冗談を言いつつも思考を巡らせる、村から少し離れていると言っても徒歩数分の距離だ。
(もし、もしだ……魔物であるなら……)
放置など出来るわけがない、自分は勇者選別に落ちたといっても勇者志望であった身だ。自分の村の近くに魔物が現れた可能性を、放置できるはずがない。
「行くしかねぇよなぁ……」
正直、勇者志望と言っても実践経験などない、格好つけても怖いものは怖い、対岸へ渡り、森の中を散策する、『何か』が墜落した地点へは案外簡単に辿り着いた。
(何かいる……っ!)
煙が舞っている中に動く影を見つけ、クロノは反射的に体を低くする。
「おいおい、神様マジかよ……」
そこにいたのは、竜人種の女の子だった、真紅の長髪に鱗に覆われた尻尾 間違い無い、図鑑で何度も見ている。
(どうする……あっちに敵意がなければ……いや、でも!)
パニックになりかける脳内、そこに……。
「人間か? 人間だな?」
鋭い視線を向ける、リザードマンの少女。
(しっかり気がついてらっしゃるーっ!!)
その言葉で脳内は、完全にクラッシュした。
「人間はあまり好みではないのだが……仕方が無いか……」
そう言って、舌で唇を舐める竜人種。竜人種は肉食という知識が、クロノの頭の中を過ぎった。
(神様、俺が一体何をした!?)
本気で泣き出しそうになるが、泣いてる場合ではない、絶賛命の危機だ。
(初戦がリザードマンって……! あぁクソッタレがぁ!!)
半泣きで構えを取る。クロノは武器の扱いが下手で、体捌きを重点的に7年間磨いてきた。その構えを見て、リザードマンの少女は表情を変えた。
「やる気か? ほぉ面白い……せいぜい楽しませろよ…?」
心底面白そうな顔に。竜人種は戦闘を好む種族という知識が、クロノの頭を過ぎる。
(相手を喜ばせてどうすんだ、俺の馬鹿野郎!?)
「さぁて……行くぞ!」
殺る気満々といった様子で、竜人種の少女が飛び掛ってくる。
(畜生、神様なんて大っ嫌いだ!!)