第三十七話 『滅びた国、ノームの住む地』
「砂漠って言われた時から分かってたんだけどさ?」
カイト達と別れ、早速ノームのいる場所を目指し始めたクロノ達は丁度砂漠に入ったところだ。セシルの後をついて行くクロノは、額から流れる汗を拭いながら口を開く。
「あじぃ……あじぃよ……ミイラになりそうだよ……」
嘆くクロノを嘲笑うかのように日差しが照りつける、何もかもが熱気に包まれているようだった。どんな困難にも立ち向かうとか抜かしていた男が、今まさに暑さに挫けそうになっていた。
その足取りが、どんどん頼りないものとなっていく。
「情けない男だな……まだ砂漠に入って30分だぞ?」
「アルディが居るのは砂漠の中央辺りだ、辿り着くのは夜になるだろうな」
流石他族と言えるのか、セシルは汗一つかいていなかった。
砂漠の日差しで肌をやられないよう、クロノは日差し対策のマントを纏っている。そんなクロノと対照的にセシルはいつもと変わらない軽装だ。
動きを制限されない半袖短パン、涼しそうではあるが砂漠でその格好は色々と危ない。人間だったら日焼けじゃ済まない上に、風で舞った砂が肌を傷つけてしまう。
「セシルは暑くねぇのか……?」
「この程度の暑さ、炎を吐ける私が暑いと感じるわけないだろうが」
「けどさぁ……その格好はどうなのよ……」
「つかセシルの尻尾ってどうなってんの?」
ちなみにセシルが今着ている服はラティール王の城に泊まった晩に何着か貰った物の中の一着らしい。セシル曰く、『王の好意で譲って貰った物だ』らしいが真意は定かではない。
(まぁラティール王の事だから多分本当の話なんだろうけどさ……)
「ん、尻尾用の穴を開けているのだ」
「まったく……他族用の服が少なくて困る、貴様の理想の世が出来たら、その方面も頼むぞ』
「あはは……前向きに考えておくよ……」
砂漠の暑さで乾ききった笑みを浮かべながら、クロノは汗を拭い取る。
「ノームさんは何たってこんな場所にぃ……?」
ノームの住居は砂漠全域に及んだが、目当てのノームがいる場所は砂漠の丁度中心辺りだ。広い砂漠には一つの国が存在しているのだが、その国は砂漠の東側に存在している。
カイト達との約束で、ノームと契約後はそのままマークセージを目指す事になっている。残念ながら砂漠の国での一時休憩はかえって遠回りになる為、クロノ達は真っ直ぐ砂漠の中央を目指していた。
「……奴にとっては、ここは約束の地だからな」
「私はアレから何があったか知らん、恐らくその『何か』は精霊達も知らんだろう」
そう言ったセシルがチラッとこちらを見る。その視線はクロノに向けられたものじゃない、クロノの中のエティルに向けられたものだ。
その視線に気が付いてはいるのだろうが、エティルはだんまりを決め込んでいた。
「私もルーンの真意が分からんからな……最後の奴の言葉も意味不明だ」
「だが、奴が姿を消す前の行動を考えるに……」
そこで一旦黙り込む、何か思い出しているのだろうが、クロノには分からない。
「……必ず、嘗ての仲間達に何かを残していっているはずだ」
「アイツは、そういう奴だ」
「だからだろうな、アルディの奴がこの場所を離れないのは」
その意味がよく分からないクロノは首を傾げる、そんなクロノの横にエティルが姿を現した。
「セシルちゃん、話せるのは……そこまでだよね」
「ルーンの最後の言葉、あたし達はみんな意味が分からなくて、今も悩んでる」
「セシルちゃんが何言われたのかは知らないし、きっとまだ話せないんだよね?」
「けど、セシルちゃんはルーンを信じてるよね?」
「昔のセシルちゃんの、ままだよね?」
エティルの真剣な言葉に、セシルは足を止める。そして、静かな声で呟くように答えた。
「変わったのが何なのか、それを確かめる為に私は居る」
「その為に、まずはお前達の答えを聞きたい」
そう答えた後、セシルはクロノを見つめた。
(そして、お前の答えを見たい)
(それが、今の私のすべき事だ)
セシルの真剣な目に一瞬怯んでしまうクロノだが、自分が話に置いてけぼりにされている事実を思い出す。
「お前らな……昔話に花咲かせるならともかく一々シリアスにすんじゃねぇよ!」
「部外者の俺はつねに置いてけぼりなんだぞ!?」
「大体、今の話が何でノームがこんな場所に居るってのに繋がるんだよ?」
クロノの言葉に一瞬キョトンとするセシルだったが、すぐに呆れたように笑い出す。
「フハハッ……そうだな、貴様には何が何だか分からない話だったな……」
「すまんな、忘れてくれ」
「まぁつまりな、ルーンは大事な話は必ず仲間全員にするような奴だったという事だ」
「姿を消す前、私に意味深な言葉を残したという事は、きっと精霊達にもそうだという事だ」
「だからノーム、つまりアルディの奴にも言葉を残しているはずってわけだ」
「お、おう?」
「ルーンはアルディにある約束を誓い、契約を交わした」
「だが、この場所を見るにその約束は果たされていない」
「アルディは心底真面目な奴でな、一度信用した者は死んでも信じきる奴だ」
「だから、アイツは必ずここに居る」
「ルーンが誓った約束を信じて、ルーンの最後の言葉を無駄にしない為に」
「アイツはそんな奴だ」
その言葉を聞いて、クロノの隣のエティルも『うんうん』と頷いている。嘗ての仲間だからこそ分かるのだろう、クロノは少し羨ましかった。
そして、ルーンと言う男をさらに尊敬した。意味不明な行動を取り姿を消したらしい彼だが、そんな彼をここまで信じきっている嘗ての仲間達。種族を越え、強い信頼関係を築いていたルーンは、クロノの理想の人物と言えた。
(俺も、そんな男になれるのかな……)
「……なりたいな……」
「……? 何か言ったか?」
「!? 何でもない!」
呟きを聞かれかけ、クロノは慌ててそれを無かった事にする。だが、心の中の呟きはエティルにはだだ漏れだ。そんなクロノを、エティルは笑顔で見つめていた。
太陽が傾き始める時間まで歩き続け、ついにクロノの限界がきてしまう。砂に足を取られ、暑さとの相乗効果でクロノはもうフラフラだ。
「暑い……暑いよ……もう疲れたよ……」
「こういうところはやはり人間だな、情けない奴だ」
セシルの厳しい言葉ももはや耳に届かない、クロノは丁度良い所にあった石に腰をかけようとする。しかしクロノが腰掛けた瞬間、『ジュゥッ……』と音が響いたと思いきや、クロノが飛び上がった。
「石まであっちいいいいいいいいいっ!?」
「いや、当然だろう馬鹿タレ……」
「クロノ、元気無いのかあるのか分かんないねぇ」
暑さにより頭をやられたか、クロノの目は虚ろである。
「そうだ、エティル……こんな時こそ風の力だ……!」
「ふえ?」
「涼しい風こそ、暑さを退ける最高の手段!」
「風の流れを集めて、人工の扇風機だ!」
「え、ここでそれはちょっと……!」
エティルの静止も聞かずにクロノは風の流れを集め始める、それを見たセシルは早々と距離を取った。勿論、暑さを吹き飛ばす清風など吹いたりはしない。
代わりに吹き荒れたのは、凄まじい熱さの砂と熱風である。
「クロノの馬鹿ーっ!」
砂に塗れたエティルが怒りを露にするが、当の本人は意識すら薄れているようだ。頭に砂を積もらせ、フラフラと揺れていたクロノはその場に倒れ込んでしまう。
「母さん……自然の力には勝てなかったよ……」
「命すら諦めかけてるっ!?」
「自然界の力の一つ、風の力を身に付けておきながら……情けなさ過ぎるだろう……」
セシルとエティルがどんな目で自分を見ているのか容易に想像できるが、もはや限界だ。砂漠越えの辛さは、クロノの想像を遥かに越えていた、このままでは冗談抜きで干上がってしまう。
そんなクロノを尻目に、セシルは進むべき方角に目を凝らす。そして何かを見つけたのか、地面に倒れ込んでいるクロノを尻尾で突っつき始める。
「起きろ馬鹿タレ、先へ進むぞ」
「こんな所で倒れていたら干し肉になるぞ」
「もうダメだ……俺に構わず先に行くんだ……」
(本当に馬鹿なのか……? ただの馬鹿だったのか……?)
「……この先に岩場があるようだ、そこの日陰で休むとしよう」
「エティルッ! お前の力が必要だっ!!」
「精霊技能・疾風っ!」
「え? ええぇぇぇっ!?」
セシルの言葉を聞いたクロノは風を纏い、凄まじい勢いで砂漠を駆け出し始める。その勢いは、ジェイクを殴りつけた時の勢いを超えているかもしれない。
急に精霊技能のリンクを要求されたエティルの悲鳴だけが、その場に響いていた。
そんなクロノの後姿を見つめながら、セシルは呆然と立ち尽くしていた。
(確かに退屈はしない、しないが……)
(……本当にアイツで大丈夫なのか、多少不安になってきたな……)
やれやれ……とセシルはクロノの後を追うのだった。
3分ほど猛ダッシュし、岩場を発見したクロノは頭から日陰に飛び込んだ。
「うおおおおおおおおおおおっ! オアシスだっ! 神は俺に生きろと言っているっ!」
自分に加護を与えなかった事などすっかり忘れているのか、クロノは神に感謝の祈りを捧げていた。
「……何でだろう、契約者のピンチの為に力を使ったはず、それは間違い無い……」
「なのに何でこんなに脱力してるんだろ、あたし……」
エティルは素朴な疑問を抱えつつ、クロノの頭の上で腕組みをしていた。
「あぁ~……涼しいなぁ……」
「コロコロと忙しい奴だな、貴様は」
猛ダッシュしたはずなのだが、当然の様にそこにいるセシルに、突っ込む気力も今は残っていない。
「しかし、なんだこの岩場は?」
「人工物っぽいけど……」
「ようやくまともな思考が戻ってきたようだな」
涼しさで頭が冷却されたのか、クロノに落ち着きが戻ってくる。周囲の岩場を見渡すと、それは建物の残骸のように見えた。
「以前、この辺りには大きな国があったのだ」
「500年よりもっと昔の話だがな」
「ノーム信仰が盛んな国だったらしくな」
「今のノームの住処と、重なって存在していたらしい」
「へぇ……信仰してる精霊と共に在った国か……」
「そんな国が、どうして滅んだんだ?」
クロノの素朴な疑問に、セシルは空を見上げながら答える。
「国民と精霊、両者の他愛無いすれ違いが原因と言っていた」
「信頼は失望へ変わり、信用は疑いに変わった」
「小さな波紋が重なり、両者の関係は崩れ去り、国は滅んだ」
「詰まらない理由と、言い掛かり、そんなくだらん理由で、両者の間にあった繋がりは切れたのだ」
「人は国を捨て、ノーム達を残した国はやがて砂に飲まれた」
「この場所は、そんな場所なのだ」
淡々と語るセシルだが、クロノは周りの残骸を見渡す。人工物とは分かるが、それは最早、岩の塊でしかない。
建物だった面影も風化で殆ど分からない、どれほどの年月が経っているのだろうか。
「この場所は、他族間の共存の失敗図……なのか……」
人との壁が少ない他族である精霊ですら、共存は成り立たなかったのか。クロノはこの場所が、自分と無関係だとは思えなかった。
「人々が勝手に信仰し、勝手に失望しただけだ」
「勝手に盛り上がり、勝手に廃れたのが、嘗てここにあった国だ」
「精霊は自然と共にある種、ある意味では元に戻っただけだろう」
「だが、ノームと言う精霊は『守護』を現す事もある精霊だ」
「この国を守れなかったのも事実だ、そうアイツは言っていた」
「……ルーンと契約してた、ノームか?」
「今の話はね、アルディ君がしてくれた話なんだよぉ」
「アルディ君はもう一度、人と共存する世界を夢見てた」
「だから、ルーンと契約したんだよ」
頭の上で脚をブラブラさせているエティルが答えてくれた。
「自分達を裏切ったのに、そいつはまた共存を望んだのか?」
「言っただろう、信じた者は信じぬく奴だと」
「自分を裏切ったのは人間だが、信じたのもまた人間だったということだ」
「奴は国を、繋がりを守れなかったことを悔いていた」
「次こそは失敗しないと、そう言っていたな」
「そんなアルディにルーンは『約束』をしたのだ」
「共存の世界を成して、この場所に再び国を創る……とな」
クロノはその話を食い入るように聞いていた。話の続きを聞き出そうと、質問を投げ掛けようとするが、不意に砂嵐が辺りを包み込んだ。
「うおっ!?」
「な、何だっ!」
クロノは腕で顔を庇いながら叫ぶが、エティルとセシルは上を見上げていた。
「この国の残骸と、ノームの住居は重なっていると言ったな」
「つまり、ここはもうノームの住まう地だ」
「……今回は向こうから出て来てくれたな、探す手間が省けた」
「懐かしいなぁ……やっと、会えた……」
薄く笑うセシルと、目を細め、心から嬉しそうに言うエティル。クロノは二人の視線の先に目を移す。
一際大きな岩の上に、そいつは居た。
茶色の法衣をはためかせ、自分と同じくらいの年齢の容姿をした少年が、そこに居た。肩まで伸びた茶色の長髪を首の後ろで束ねている、どこか幼さを残す顔立ちの少年だった。
「アイツが……?」
「あぁ、紹介しよう」
「奴がアルディオン、ルーンと共に世界を旅した精霊の一体だ」
クロノはゴクリと喉を鳴らす、エティルと始めて対峙した時も感じた空気だ。明らかに力の次元が違う、見られているだけで凄まじいプレッシャーだった。
緊張して動けないクロノには構わず、アルディオンと呼ばれたノームはクロノ達の前に飛び降りてくる。重力を無視したかのように、音も無く着地した。
「懐かしい力を感じたと思ったら、思わぬ来客じゃないか」
「セシル、再び君に会えるとは思わなかったよ」
安心を与えるような、優しい声と笑顔で口を開いた。先ほどまで周囲を覆っていた空気は、ひとまず消えていく。
「アルディ、私も会えて嬉しいぞ」
「多くが変わってしまった世界で、お前たちは変わらずに居てくれている」
「それが、大きな支えだ」
セシルも笑顔を浮かべた、たまに見せる笑顔は反則級に美しい。
「その言葉の意味は、良く分からないけど……」
「まぁ、今は懐かしい再会を喜ぼう」
「僕も……」
「アルディくーーーーーんっ!!」
アルディオンの言葉を遮り、エティルが突っ込んでいく。
久しぶり(数百年ぶり)の再会なのだ、ここは邪魔しちゃ悪い。クロノは黙って見守っていたのだが、アルディオンは向かってきたエティルを弾き飛ばした。
「ふひゃあっ!?」
「え、おい!?」
アルディオンの腕に弾かれたエティルを、クロノは咄嗟に受け止める。
「酷いよアルディ君! 何百年ぶりの再会だと思ってるの!?」
「再会早々、扱いが雑すぎるよぉ!」
クロノに受け止められながら、エティルは講義の声を上げた。そんなエティルを見るアルディオンの目は、冷たい。
「……僕がここまで来たのは、君の力を感じたからだ」
「君が誰かとリンクしたのを感じたから、まさかと思ってね」
「ルーンの言っていた者を見つけたのかと思ったんだが……」
チラッとクロノに視線を移し、歯噛みする。
「数百年ぶりに会ったと思ったら、随分じゃないかエティル」
「そんな何の変哲も無い男と、契約しているなんてね」
「ルーンの言葉を忘れたのか……? 何を考えているんだっ!」
その声に確かに、大地が震えた。
嘗ては同じ契約者を持っていた2体の精霊が、現在の契約者が理由で言い争う事になる。目の前で荒れている大地の精霊を、クロノは納得させる事が出来るのだろうか。
精霊とのゲームまで、秒読みの段階に入っていた。




