第三十六話 『二人の見つけた、生きる意味』
左手に確かな手応えを感じながら、クロノは膝に手を付く。今の自分が出せる最高の攻撃と言える一撃を叩き込んだのだ、気絶してくれている事を願いたい。
しかしそんな願いも虚しく、ジェイクは顔を抑えながら体を起こす。
「今のは……正直効いたっすよ……」
「舐めてたのはこっちだったのかも、知れねぇっすね……」
鼻血を拭いながら立ち上がる、その脚は僅かに震えていた。ダメージは確かにあるようだが、それはこちらも同じだ。
(クロノ、もう……)
(……分かってる)
流石にもう精霊技能の限界だ、肉体的にも精神的にもボロボロだった。これ以上の戦闘は不可能、このまま戦えば間違いなく負けるだろう。
「こっちのムカつきも最高に上がりきったんで、もう手加減しないっすよ」
「俺の固有技能で塵にしてやる」
しかも相手は本気を出すとか言っている、いよいよ絶望的だ。ジェイクはマジックキャノンをクロノに構え直す。
(だからって、諦める訳にはいかないんだよ)
もはや立っているだけで悲鳴を上げる両の足だが、クロノはそれでも構えを取った。
「……その目、気に入らねぇっすね」
「人生諦めも肝心って事、教えてやるっすよ」
「諦めて、投げ出して、何になるってんだよっ!!」
「ガキは元気っすねぇ! だったら綺麗事並べたら何か変わるんすかっ!?」
放たれた魔力弾、今のクロノにそれを避ける術は無かった。しかし、魔力弾はクロノの目の前で停止する。そして、そのまま消えてしまった。
「封魔の陣・散」
クロノが声の方向を見ると、カイトが何らかの術を発動させていた。人差し指と中指を立て、何かの術を使っているカイトの前には、3枚の札が三角形上に浮いていた。
「……魔力散開の陣……? カイト君っすね……!」
「わざわざ戻ってくるとか、何考えてんすか?」
「つか、何も考えないで戻ってくるカイト君じゃないっすよね」
しばらく黙っていたジェイクだったが、カイトの方に視線を移し口を開く。その言葉に応じるかの様に、カイトはジェイクに向き直る。
「ジェイク、これ以上の戦闘は無意味だ」
「悪いが引いて貰う」
そう言って右掌をジェイクに見せる、その掌には何か紋の様なものが刻まれていた。その紋を見たジェイクの顔が歪む。
「使い魔契約の紋……?」
「カイト君、まさかっ!?」
続いて、カイトの背後から現れたシオンが、右手の甲をオズオズと見せる。同じ様な紋が刻まれた手の甲、それはシオンがカイトの使い魔になった証明だ。
「討伐対象と契約を結ぶとか、禁止行為っすよ!?」
「マジ何考えてんすか!」
「あぁ、禁止行為を行った俺はクビだろうな」
「だが、お前が報告に戻らない限りは……俺は退治屋の一員のままだ」
「一隊員がその場でクビを言い渡し、始末する権利は無い」
「俺がクビにならなければ、シオンは退治屋の使い魔……討伐対象からは外れる事になる」
その言葉にジェイクは歯噛みしながらカイトを睨みつける。
「確かにそうかも知れないっすけど、そんなの時間稼ぎにしかならねぇっすよ!」
「俺がボスに報告して、カイト君が退治屋じゃなくなれば……その鬼はまた狙われる存在に戻る!」
「今だけのつまんねぇ時間稼ぎでしかねぇじゃないっすか!」
「だが、お前はこの場から退く選択しか残っていない」
「今はそれで十分だ」
ジェイクはクロノに視線を移す、そして少し考えてから再び口を開いた。
「……このガキは魔物との共存だかを訴える危険因子、コイツを見逃す道理は無いっすけど?」
「クロノが戦闘の意思を示しているのは、シオンの為だ」
「シオンは現在は退治屋の使い魔、それを守るのは罪にならない」
「そしてクロノはただの一般人、一般人の戯言に一々反応してる場合か?」
「お前の目の前には、退治屋の裏切り者がいるんだぞ?」
「何を優先すべきか、お前が『退治屋』なら決まっているはずだが……?」
カイトの言葉を聞き、ジェイクは目を閉じたまま溜息を零す。
強引に攻めてもカイトとクロノ、そして鬼の三対一の状況だ。しかも認めたくないが先ほどの一撃のダメージが大きい、これ以上の戦闘は利口ではないだろう。
「……チィ……分かったっすよ、ここは退いておくっすよ!」
「ここから本部まで一週間はかかるっすね、これも計算の内なんすか?」
「その猶予で何企んでるのか分からねぇっすけど……そう上手くいくっすかね」
そう言った後、ジェイクはクロノに向き直る。
「ガキ、テメェの理想なんざ知ったことじゃないっすけど、その理想には敵が多すぎる」
「その道を進めば、退治屋ともぶつかる事になるっすよ」
「……何より、ぶん殴られた件もあるっすからね」
「テメェがその道を進むならまた会う時も来る、その時は容赦しねぇっすよ」
そう言い残し、ジェイクは去って行った。
「だっはぁ~……疲れた……」
ジェイクが去った後、クロノはその場に崩れ落ちる。精霊の力を使った始めての戦闘だったのだ、よく持ったほうである。
船の上で修行してなければ瞬殺されていたかも知れない相手だった。つくづく自分は、ギリギリの所を通って行っている気がする……。
「クロノ、済まなかった……時間稼ぎ助かったよ」
「これで何とか時間が稼げる……」
「クロノ様、ありがとうございました……」
「うあ? いいよ、礼なんてさ……」
カイトとシオンがお礼を言ってくるが、やりたくてやったことだ。大体最後の方など、毎度の事だが助けが無ければ危ないところだったのだ。
礼を言いたいのはこっちである。
「退治屋相手に一撃見舞ったようだな」
「中々頑張ったじゃないか、瞬殺されてもおかしく無い相手だっただろうに」
いつの間にかセシルが背後に立っている、最近地味に褒められる回数が上がってる気がする。だからかは知らないが、クロノは自然と笑顔になっていた。
「エティルのおかげだよ、一人じゃ相手にならなかった」
「クロノが頑張ったからだよぉ、偉い偉い♪」
頭の上に現れたエティルも褒めてくれる、素直にその言葉が嬉しかった。
その光景を見ていたカイトが、クロノに向かって口を開く。
「……不思議な男だな、お前は」
「ん?」
「精霊使いの中には、精霊を道具のように扱う者も少なくない」
「退治屋でも、そう言った奴は何人も居たよ」
「人間との距離が近い精霊ですら、扱いはそんなものだ」
「魔物との関係は、察する通りと言ったところだ」
そう話すカイトの表情は暗い、何度も疑問を感じてきたのだろう。
「だが、お前みたいな奴は始めて見る」
「お前は精霊とも、魔物とも……人と変わらない様に接している」
「……お前のような奴なら、もしかしたら本当に変えられるのかも知れないな」
「……この世界の、仕組みのようなモノを……」
カイトの言葉を聞き、クロノは少し考える。そして立ち上がり、カイトに向き合った。
「俺一人じゃ、それはスゲェ難しいと思うんだ」
「俺は大した人間じゃないからさ、言ってみれば、ただの変人だし」
「だから助けて欲しいし、助けて貰ったんだから俺も手を貸したい」
「そんな単純な話だよ」
「俺にとって種族はどうでもいい、精霊だろうが、魔物だろうが、友達になれるって知ってるから」
「こいつらが教えてくれたし、俺の記憶がその証明だ」
「それを知っちゃったんだから、黙ってるなんて出来ない、それだけだ」
そう言って笑顔を浮かべ、カイトとシオンに手を差し出した。
「俺は特別な奴じゃないから、何かを変えれる保障も出来ない」
「だから、お前等が、もし少しでも何か変えたいって思ってくれたなら……」
「手伝ってくれると、嬉しい」
その言葉にカイトは胸につっかえていたモノが、消える感覚を覚えた。そしてクロノに向かって一歩踏み出す。
「……シオン、俺もな……お前と同じなんだ」
「……え?」
シオンに背を向けたまま、カイトは口を開く。
「多くの他族を殺してきておいて、何抜かすんだって思うかもだけどさ」
「俺も、生きてる意味が分からなかった」
「どうしてそこまでして生きようとしたのか、分からなくなったんだ」
「俺の人生は、多くの者の命を踏み台にしてきて今ここにある」
「それが許されない事だって事も、分かってる」
「その罪から逃げたりはしない、向き合って前に進もうと思う」
「向き合って、俺も理不尽を変える為に戦おうと思う」
「凄く、勝手な事を言うけどさ……」
「お前を守る事を、俺の生きる意味の一つにしていいか?」
クロノの手を取り、背後のシオンに笑いかけながら、カイトは言った。その言葉を、シオンは黙って聞いていた。
しばらく黙っていたシオンは、ゆっくりとカイトに歩み寄る。
「私は、生きる意味が分かりませんでした……」
「誰からも必要とされないのは、死んでいるのと同じと言いました……」
「これまでもこれからも、それは変わらないんだと思ってました……」
「けど……カイト様が……いえ……、主君が必要としてくれるなら……」
「私が生きる事が、主君の生きる意味に繋がるのなら……」
「私は、生きていたいです……」
「主君の為に生きる事、それが私の生きる意味です……!」
始めて見せる心からの笑顔で、シオンはカイトの手に重ねるようにクロノの手を取った。目から零れる涙は、もう悲しみから溢れる涙ではない。
それは、喜びから生まれる涙だ。
「で、これからどうするのだ」
セシルが切り出す、確かにこれからの動きを整理しなくてはならない。
「クロノ達はこれからの目的はあるのか?」
「砂漠でノームと契約するのが、俺達の当面の目的なんだ」
「その後、船でコリエンテ大陸を目指す事になると思う」
カイトの問いかけにクロノが答える。
南の大陸・アノールドから西のウィルダネスを目指した時点で時計回りに大陸を巡る事になっていた。ノームとの契約後は北の大陸・コリエンテを目指す事になるだろう。
エティルが言うには、サラマンダーとの契約は命がけの戦いになるらしい。時計回りならサラマンダーのいるデフェール大陸は最後だ、その点も都合が良かった。
「なるほど、ノームの砂漠を目指すのか」
「よし、これを見てくれ」
カイトは懐から地図を取り出す、ウィルダネス大陸の地図らしい。ウィルダネスは横向きのひし形のような形をしている大陸だ。
クロノ達は現在、南の角辺りの港付近にいる。アノールド大陸に近い南部分と、コリエンテ大陸に近い北部分には多少の緑があるものの、大陸の中央に行けば行くほど乾燥地帯となっていた。
その為、ウィルダネスの中ほどは帯のように砂漠が広がっているのだ。
「俺達もこれから砂漠を横断し北を目指す、北にはマークセージと言う国があるんだ」
「現在、その国を挟んだ両極に住む他族同士の争いが起きている』
「獣人種同士の領土問題だ、ケンタウロスとウルフ族のな」
「マークセージは争いに板挟みされている状態でな、巻き込まれる可能性もある」
「そもそもケンタウロス側に戦意はあまり無く、ウルフ族が一方的に攻めて来ているらしい」
「それって、普通なら退治屋の出番じゃないのか?」
退治屋による強制的な鎮圧が取られても、おかしくない状況だ。
「一時はその方向で話も進められたが、国民と王の考えを尊重し無しの方向になった」
「マークセージの王は以前から両獣人種と同盟を組もうという考えを持っていてな」
「最初は反対の声も多かったが、今では賛同する国民も多く存在する」
「へぇ、俺にとっては嬉しい話だ」
その王とは是非話をしたいものである。
「ここで話は少し変わるのだが、退治屋と言うのは必ず本拠地を持ってるものなんだ」
「国から許可を貰い、大抵は町に本部を置く」
「本部を中心に依頼を受け、仕事をこなすんだ」
「ふむふむ?」
「だが現在、マークセージには退治屋の本部は一つも無い」
「他族と同盟を組もうとする国から退いたり、国と対立したりしてな」
「マークセージの王はクロノと同じく、一方的に魔を討つ退治屋を良く思っていないんだ」
「国民にもその考えは少なからず伝わり、退治屋には居心地の悪い国となっている」
「……だから、俺はマークセージに新しい本部を置こうと思う」
「王から許可を貰ってな」
「新しい本部?」
つまり、カイト自身が新しい退治屋を創ると言うのだろうか。
「俺が元々所属していた退治屋の本部は大陸の東にある」
「今から大体一週間後、俺は今いる退治屋をクビになるだろう」
「そうなったらシオンを保護するものは無くなる」
「だからその前にマークセージへ行き、新たな退治屋の本部を置くんだ」
「それが出来ればシオンは再び、『退治屋の使い魔』と言う名目で守れる」
「俺が普通の退治屋と違う、新しい退治屋を創るんだ」
「それが可能な国は、マークセージしか今のところ無い」
「それを許す王も、マークセージの王以外は今のところ居ない」
今現在で取れるシオンを救う方法は、それ以外無いのだろう。そして、それ以外にもクロノには聞き逃せないモノもある。
「マークセージからは、コリエンテへの船も出ている」
「ノームとの契約後、マークセージの問題を解決してからでも遅くないと思うが」
「……獣人種同士の……領土問題……」
「そして、他族と同盟を結びたい王……」
「放って置けないよな……!」
クロノの言葉に、カイトは笑みを浮かべる。
「そう言うと思ったよ」
「俺達は先にマークセージに向かう、時間も無いしな」
「また会おう、無事契約出来る事を祈っている」
「クロノ様、必ずまたお会いしましょう」
カイトはそう言って微笑み、シオンは頭を下げる。クロノもそれに笑顔で答える。
「あぁ、気をつけてな!」
「マークセージでまた会おう!」
「よし……セシル、エティル! 俺達もノームに会いに行こう!」
「目指すは砂漠だっ!」
そう意気込むクロノを見つめ、セシルは薄く笑う。
(ようやく……奴と会えそうだな)
(クロノ、お前を見ていると退屈しないな)
(今度も見せてくれ、お前の可能性を……)
これから会いに行く古い友人を思い出しながら、セシルは歩を進めるのだった。
クロノ達が目指す砂漠の中央付近、一人の男が吹き飛ばされ、砂埃を巻き上げていた。
「ガ……ッ……!?」
「……悪いけど、僕が待っているのは君じゃない」
「僕が待っているのは、古き友が残した約束の相手だ」
「君とは契約出来ないよ、諦めて帰ってくれ」
素っ気無く言葉を発する存在は、パッと見た所クロノとあまり歳が変わらない少年の姿だ。身長は170ほどか、やはりクロノと同じくらいだ。
身に纏った茶色い法衣のような服は砂漠の熱風ではためいていた。
「ノームと契約したいなら、他を当たってくれ」
自らが吹き飛ばしたであろう男に、少年はそう告げる。だが、『500メートル』近く吹き飛ばされた男に、その言葉が届いているのかは疑問である。
伝説の勇者と共に戦った大地の精霊・ノームことアルディオン。
彼とクロノが出会う時は、もうすぐそこだ。