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偽勇者は世界を統一したいのです!  作者: 冥界
第五章 『退魔の力と半人半鬼』
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第三十四話 『悩んでいても、始まらない』

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 母親が死んで、ローと出会うまで、クロノは一人だった。


 自分を曲げる事はしなかった、それが辛くなかったと言えば嘘になる。


 それでも、夢を諦めたくなかった。


 その可能性を、捨てたくなかった。


 何度も悩み、考えた、自分は間違っているのかと不安にもなった。


 一時はその不安を『勇者になれば』と言う考えで押し消していた。


 勇者になる道が閉ざされた時は、正直絶望した。


 だが、他族の少女に気づかされた。


 『立場』なんてどうだって良いのだ。


 やろうとしなければ、未来は閉ざされるのだから。


 勇者になれなかった事を理由に、目を背け、逃げるのは辞めた。




 ……もう、悩むのは辞めたんだ。




~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~







「初対面でいきなり臆病者呼ばわりか、何だお前は」



 木に体重を預けながら、カイトと名乗った少年がクロノを睨む。その視線に怯むことなく、クロノも睨み返していた。



「シオンから大体の話は聞いた、アンタにどうしても言いたい事があるんだ」



 その言葉を聞いて、カイトはシオンに視線を移した。一瞬何かを言いかけるが、その言葉を飲み込む。




「……俺に貴様の討伐指令が出ていることは知ってるはずだが?」

「今回も2人でチームを組み、貴様を探索していたところだ」



「散々逃げ回っていたお前が自分から姿を現すとは、どういう風の吹き回しだ」




 そして代わりに口から出たのは、冷たく刺々しい言葉だった。シオンは俯き、黙り込んでしまう。






「逃げてるのはアンタも同じだろ、めんどくせぇ建前は置いとけよ」




「……何?」





 カイトに歩み寄りながら、クロノは口を開く。



「なぁカイトさん、何でシオンを牢から逃がしたんだ」

「自分が罰せられるのを省みず、退治屋のアンタが、魔物をなんで逃がした?」



「……気紛れだ、深い理由はない」



「嘘ついてんじゃねぇよ、半端な情けかけて感謝でもされたかったのかよ」

「魔物を数え切れないほど殺してきただろうアンタが、魔物に恩でも売りたかったか?」



「……ッ! 違う!」



 クロノの言葉にカイトは立ち上がり、その言葉を否定した。クロノの背後ではシオンも顔を上げ、何かを言いたそうにしていた。




「へぇ、随分反応するじゃんか」


「だったら、何で助けるような真似したんだよ」




「……別に、魔物を一方的に殺す事に疑問を感じただけだ」

「そいつが俺に重なって見えた、死なせたくなかった」


「……お前の言う通り、俺は数え切れない魔物を殺した」

「そんな俺が何を言ってやがるんだと思うだろう、綺麗事を言ってるのは分かってるさ」



「だが、それでも……」



 『死なせたくなかった』、そう続けようとしたカイトをクロノが殴り飛ばす。5歩分の距離を1歩で詰め、全力で殴りつけた。




「……ッ!?」




「あえて言ってやるよ、何言ってやがる馬鹿野郎が」




 背後の木に背を打ち付け、カイトは崩れ落ちてしまう。口の端から血を流す少年を睨みつけながら、クロノは続ける。




「死なせたくなかった? マジでどの口が言ってやがるんだよ」




「……ッ! 俺がそんな事言う資格無いのは分かってるんだよっ!」

「退治屋の俺が、何を……」





「俺が言ってるのはそこじゃねぇんだよ、根本的に違うだろ」



「お前、この子を助けたかったんだろ、死なせたくないんだろ」

「それなのに何してんだっつってんだ」




「牢から逃がして、それで終わりかよ」




 拳を握り締めながら、クロノは続ける。背後ではオロオロとしているシオンと、腕組みをしているセシルが黙って、クロノを見つめていた。




「それで自分は退治屋としての仕事でシオンを追いかけてるんだってな?」

「殺すと見せかけて逃がしてきたんだろ?」



「助けたい相手を無駄に傷つけ続けてる癖に、綺麗事抜かしてんじゃねぇ」

「逃がしてやったから、後はうまくやってくれとか……馬鹿にしてんのか」




「そんなんで助けたいとか、死なせたくないとか偉そうに言ってんじゃねぇっ!」




「自分の立場を理由に逃げてるだけの癖に、悩んでるフリしてんじゃねぇっ!!」




 その言葉に、カイトは顔色を変え立ち上がる。




「……お前に何が分かる」



「何が分かるってんだよっ!」




 そう言い放ち、クロノに殴りかかる。



 その拳をクロノは左手で受け止めた。




「くそっ、離せっ!」





「分かるよ」





「……何?」





「俺だって、偉そうに言えないんだ」

「ずっと、悩んできたんだからさ」




「ずっと、ウジウジと悩んでたんだ」





 勇者選別に落ちたあの日、生きる意味すら分からなくなった日…。


 悲しみは不思議とあまり無かった、ただこれからどうすればいいのか分からなかった。


 セシルと出会わなかったら、あの時ぶん殴られてなかったら……。


 今の自分は居ない、自分で自分の夢を殺していただろう。


 立場に縛られ、自分の考えを心から信じられなくなっていた。


 その行為が最も、自分を否定している事にも気が付かずに。





「立場のせいで、自分の考えを否定したら、何も変えられない」

「何かのせいにして、逃げ続けてちゃ何も変えれない」




「お前は退治屋だけど、シオンを助けたいんだろ?」




「だったら、お前がシオンを守れよ」

「めんどくせぇ理由はいらねぇ、自分の心に嘘をついてんじゃねぇ」



「立場なんてどうだっていい、お前がどうしたいか考えろ」



 その言葉を聞いて、僅かにカイトの拳から力が抜けた。




「そんな、簡単な事じゃない……」

「俺の手は血で汚れてる、今更どの面を下げて魔物に手を差し伸べろって言うんだ……っ!」



「退治屋としての方針からも、外れるレベルじゃない」

「俺なんかが退治屋の有り方に疑問を抱いても、どうしようも……」




「だから、逃げんなっつってんだ」




「助けたいならお前が守れ、疑問に思ったならお前が変えろ」

「血染めの両手を理由に逃げるな、それが重荷になってるなら罪を償う方法を考えろ」




「凝り固まった決まりを変えちゃダメなんて、そんな決まりは無いはずだろ」




 その言葉で、カイトの拳から完全に力が抜けた。




「お前は、一体……」




「……勇者になれなかった、ただの一般人だ」



「俺はさ、人と魔物が共存できる世界が夢なんだ」



「人に話せば馬鹿げた夢って笑われる、昔は勇者になって夢を成そうと思ってた」

「勇者になれなくて、誰も俺の言葉なんて聞きゃしないって……勝手に諦めてた」




「けど、教えてくれたんだ」




 親指で背後を示す、自分の背後に立つセシルを。




「勇者かどうかなんて、関係無いってさ」




「結局、俺が勝手に止まってただけだったんだ」

「それに気が付かせてくれた、スッゲェ楽になったんだ」




「だから俺はもう、迷わない」

「どんな困難にだって立ち向かう」




「絶対、共存の世界を成してみせる」




 そう強く宣言する、旅立ちのあの日から迷いは捨て去った。自分の夢から、もう目を背けないと決めたのだ。



「共存の、世界……」



「退治屋の仕事は無くなっちまうかもな」



 呟くように言うカイトに、へへっと笑いかけるクロノ。



「お前もさ、退治屋だからどうとか……そんな理由で悩むの辞めたらどうだ?」


「俺も偉そうに言える人間じゃないけど……、どうしてもそれだけ言いたかったんだ」



「だから、後は自分で伝えてくれよな」



 そう言い終えると、クロノはカイトの前から横にずれる。クロノの後ろにいたシオンと、カイトの目が合った。



「あっ……」



 目を逸らすシオンだが、カイトは逸らさなかった。今度は、逸らさなかった。




(逃げていた、か……)



(そうかも知れない、いや……そうなんだろうな……)




(自分じゃ無理、自分には資格が無い……)

(変えようと努力もせずに、決め付けていたんだな……)




 シオンに歩み寄り、向き合う。







「シオン、俺は……」







 その言葉は、特徴的な炸裂音でかき消された。突如放たれた白い球状の何かが、シオンの側頭部に直撃し、炸裂したのだ。



 シオンはその一撃で横に吹き飛ばされてしまう。



 その光景を、その場の全員が呆然と眺めていた。ただ一人、セシルだけが球体が飛んできた方向を睨みつけていた。






「うひゃっはー! 命中っすねぇ!、100点っしょこれー」






 セシルが睨む方向から声が聞こえてきた、空間にヒビが入り砕け散る。カイトも使っていた隠密用の魔術だ。


 

 己の魔力で使う物もいれば、魔術を記録した呪文紙を使うことでも発動できる。隠密魔法では基礎の術だった。




「ターゲット確認、攻撃に入るっすよーカイト君?」




 姿を現した男はカイトに声をかける、そういえば2人組のチームでシオンを追っているとか言っていた。




「つか、長々と何話してんすかーもー」



「港でターゲット見っけたらそこのガキンチョとどっか行っちゃうしー」

「向かった先には別の魔物とカイト君いるしー、とりあえず隠れてたんすけどねぇ」




「もー待てないっすよ、初撃ナイスなの入れたんで、さっさと殺しちゃいましょ」

「また逃がすと、めんどいっすからね」




 カイトと同じ黒の法衣を着た青年は、ニヤニヤと笑いながら言っていた。金色の短髪が目立つ青年だが、さらに目を引くのはその右腕だ。


 右腕の肘から先にかけて、巨大な砲身の様な物がはめられていた。特殊な武器か何かなのは間違い無い。



「良かったっすねーカイト君、これで罰受けなくて済むっすよー!」

「何とか期限ギリギリで討伐できそうで何よりっすよぉ」



 その言葉に反応するものは居ない、カイトは倒れ込んでいるシオンを見つめたまま固まっていた。



「うっ……痛っ……」



 倒れ込んでいたシオンが動いた、球体が当たった箇所を手で押さえている。



「あーやだやだ、魔物って頑丈っすねぇ……」



 そう言いながら少年は、シオンに右手の砲身を向けた。その銃口に光が集まってくる。




「とっととくたばってくれねぇっすか」




 そして先ほど、シオンを襲った白球が再び撃ち出された。



 それと同時、カイトが懐から一枚の札を出し、投げつける。札は白球と衝突し、炸裂した。




「……カイトくーん? 何してんすかー?」




「ジェイク、攻撃の合図は出していないぞ」



「いや、カイト君の合図待ってたらまた逃げられるの見えてるじゃないすかぁ!」

「つか……、さっきその鬼に近づいて何言おうとしてたんすか?」




「場合によっては、問題なんすけど?」




 ジェイクと呼ばれた青年の問いに、カイトは無言で向き直る。




「……まさかとは思うけど……魔物庇う気っすか!?」

「いやいやいや、勘弁して欲しいんすけどぉ」



「奇行もそこまで行くとやばいっしょ!」



 左手で頭を搔きながら、困ったような顔をする青年。





「いや、つうか」








「マジうぜぇんだけど」








 その表情が一瞬で冷たいものに変わる。



「退治屋舐めんのも大概にして欲しいんすけど?」

「魔物に加担する者もまた退治屋の敵、邪魔するならどうなるか分かってるんすか?」



「そもそもカイト君の『退魔』は魔物相手にゃスゲェっすけど……」

「人間相手じゃ並じゃないっすか、俺に勝てると思ってんすか?」



 さっきまでのふざけた様子ではない。敵対する者への、明確な敵意を発していた。




「カイト君、俺優しいから一応警告するっすよ?」






「そこ退け、纏めてぶっ飛ばすぞ」






 砲身を構え、冷たく言い放つ。再び銃口に光が集まってきた。




「エティルッ!」



「オッケー!」




 瞬間、クロノが地面を蹴りつけ走り出す。頼れる相棒とリンクし、風を纏ってジェイクに突っ込む。



「「精霊技能エレメントフォース・疾風!」」



風昇打ふうしょうだ!」



 構えられている砲身の下に潜り込む様に突っ込み、下から掌底により上に弾く。風の流れを掌に集め、より弾きやすくした技だ。



空断脚くうだんきゃく!」



 そのまま体を一回転させ、勢いを乗せた蹴りを相手の右脇腹目掛け繰り出す。しかし相手は左手一本でそれを受け止めた。



「……なんすか? ガキが首突っ込むと怪我するっすよ?」



「怪我が怖くて、旅は出来ないだろ?」

「カイト! シオンを連れて逃げろっ!」



 蹴りを止められた体勢のまま、背後のカイトに向かって叫ぶ。






「コイツの相手は、俺がする!」






 加勢するのに、理由は要らなかった。


 助けるのに悩む時間も、必要無い。


 悩んでいても、始まらないのだ。



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