第三十三話 『半人半鬼』
見知らぬ魔物の少女に殺してくれと頼まれたクロノは、面食らってしまっていた。
「いきなり殺してくれって……意味が分かんないぞ!?」
「しかも何で俺に頼む!?」
「他族の方と一緒に行動していましたので、それに精霊と契約されているようですし……」
「……一般の方にはこのような頼みは出来ません、大抵逃げられてしまいます……」
少女はセシルと一緒にいる時からこちらを見ていたらしい、しかも精霊の存在にも気がついていた。少女の言い分は分かるが、それでも殺してくれなんて頼みを『OK、任せろ』なんて言えるはずも無い。
「いきなり殺せとか言われても、困るよ」
「とりあえず理由を聞かせてくれないか?」
どんな理由でも殺す訳が無いが、訳有りなのは確かだろう。話を聞かねば考える事も出来ない、この少女から話を聞くのが先決だ。
「……私は死なないといけないのです」
「それが、あの人の為ですから」
「あの人?」
クロノの疑問の声に少し顔を曇らせ、少女は自分の前髪を掻き分ける。額から伸びる一本の角が顕になった。
「……私は鬼の母と、人間の父の間に生まれた混血種なんです」
「両親に先立たれ、たった一人で生きてきました」
「人からは魔物扱い、鬼の者達には半血の半端者と疎まれてきました」
そう語る少女の表情は暗い、混血種に対する世間の目はかなり厳しいと聞く。クロノからすれば種の壁を越えた素晴らしい話なのだが、『常識』ではそれは基本的にタブーだ。
「生きる意味も見出せなかったある日、退治屋を名乗る人達に捕らえられたんです」
「殺されずに捕らえられた理由は、私が半分人間だからでした」
「魔物として殺すか、人として見逃すか……それを決めるまで牢に入れられました」
「まぁ、結果は殺す事に決まったらしいですけど」
「だけど、一人の退治屋が私を牢から逃がしてくれたんです」
クロノとしては、信じられない話だった。魔物必滅の考えが強い退治屋が、捕らえた他族を逃がすなんて聞いた事がなかった。
他族を理解しようとせず、殺すような真似をする退治屋をクロノは好きになれないでいた。そんな退治屋の有り方に、疑問を抱く人物がいたと言うのだろうか。
「牢から抜け出ても、私には行く当てもありませんからね……」
「どうして私なんかを逃がしてくれたのか気になって、彼の周りをうろついてました」
「ばれないようにしてましたけど、きっと気づいてたと思います……」
『えへへ……』と笑う少女だが、その表情は再び曇ってしまう。
「ある日、聞いちゃったんです……私を逃がした罰を与えられるって話……」
「責任を取って、逃げた私を討ち取る様に指示を受ける彼を見たんです」
「私を討ち取れなければ、彼は罰を受けます」
そこまで話し、少女は目を閉じる。
「私は、生きていてもどうにもなりません」
「誰からも必要とされず、生きる意味も分かりません」
「そんな私を、深い意味なんて無かったかも知れないけど……彼は助けてくれた」
「……嬉しかったです」
「初めて、他人に優しくしてもらった気がします」
「だから、私のせいで彼が罰を受けるのは嫌です」
「だから、何度も彼に殺されようとしました」
「だけど、彼は私を殺そうとしませんでした」
目を開いた少女は、今にも泣き出しそうな顔をしていた。
「彼も私を討ち取ろうと表面上は襲い掛かってくる、だけど最後には私を逃がすんです」
「私が逃げられるように、最後には手を止めるんです……」
「私が逃げようとしなくても、川に吹き飛ばしたり、色々な手で逃がすんです……」
「私は……殺されたいのに……!」
俯き、震える声で少女は言った。
「だから、お願いします……私を殺してください」
「私が死ねば、彼は……」
「ふざけんな、大馬鹿野郎っ!」
少女の言葉を遮り、クロノは思わず叫んでしまう。
「俺はその人の事全然知らないけど、その人は絶対そんな事望んでない」
「お前が死んだらその人がどう思うか考えろ、お前が死んでも絶対その人の為にならない!」
「……ッ」
「けど……っ!」
「生きる意味が分からない? 誰からも必要とされない?」
「その人はお前に生きて欲しいから逃がしたんだぞ!」
「その人の事を想うなら、そいつの為に生きようとしろよっ!」
「……うっ……あっ…………」
少女は泣き崩れてしまう、クロノは頭を掻き毟りながら続けた。
「お前、名前は?」
「シオン、です……」
「シオン、お前といればその退治屋に会えるよな?」
「え、はい……多分」
「よし、一緒に来い」
「その退治屋にも言いたい事がある」
半鬼の少女・シオンを連れ、クロノは町の外で待つセシルの元へ向かった。
二人が去った後、物陰から二人の会話を聞いていた一人の男がニヤリと笑い、その後を追って行った。
セシルの一撃で気絶していた少年が意識を取り戻す、少年は木にもたれかかる様に寝かされていた。
「む、起きたか」
目覚めた少年にセシルが声をかける。
「……問答無用で襲い掛かった俺を、殺さないのか」
「問答無用で魔を討つお前等と違って、私には理性があるものでな」
「そうか……」
少年をそう言うと、俯き自分の手を見つめていた。
「変わった退治屋だな、貴様」
「魔を討つ事に迷いを持った退治屋など、始めて見るぞ」
「別に、なりたくて退治屋になった訳じゃない」
「魔物が憎くて退治屋になった奴等とは違う、生きる為にもがいてたら退治屋になってただけだ」
「ガキの頃に両親が死んで、ゴミを漁って生きてきた」
「そんな俺が身につけた力が、魔物殺しの固有技能・『退魔』だったんだ」
「必死に生きようともがいて、足掻いて、気がついたら退治屋になってた」
「生きる為、魔物を踏み台にしてきたか」
「世の中は弱肉強食、別に珍しい話でもないがな」
「だが、今更それに疑問を抱いたか?」
少年はその言葉に顔を上げ、口を開く。
「分からなくなったんだ、俺は何の為に生きたかったのか」
「数え切れない魔物を殺して、そこまでして何で生きようとしたのか」
「……最初は疑問も抱かなかった、魔物は人の敵……死んで当然の存在だって思ってた」
「けど、最近本当にそうなのか分からなくなってきたんだ」
多くの魔物を見て、本当に殺さなくてはならないのか分からない者もいた。
それに……。
「他人とは思えない様な魔物が、一人いてな……」
『お前は、人なのか、魔物なのか?』
『……分かりません…』
『お前、無抵抗で捕まったそうだな? 死ぬのが怖くないのか』
『……生きてる意味が、分からないんです』
『誰からも必要とされませんから、私が死んで貴方達の手柄になるなら、それも悪くないです』
『誰からも必要とされて無いなら、死んでいるのと同じですから……』
『もう、生きるのに必死になるの……疲れちゃいました……えへへ……』
牢屋の中で、力無く笑う少女が、自分と重なって見えた。
もし自分に『退魔』のスキルが宿らなかったら、自分もこうなっていたのかもしれない。何より、自分はただガムシャラに生きようとしただけだ。
どうして生きているのか分からなかった、多くの魔物を殺してまで何故生きようとしたのだろう。
生きる意味が分からないと言う、目の前の少女の言葉が深く胸に突き刺さった。そして、気がつけば少女を牢から逃がしていた。
魔物だとかは関係ない、死んで欲しくなかった、生きる意味を見つけて欲しかったのだ。
「我ながら呆れる……今まで何体の魔物を殺してきたと思ってるんだろうな……」
「今更、魔物殺しに疑問を持ったところで……遅すぎる」
「そんな俺が、魔物相手に『死んで欲しくなかった』……反吐が出るよな」
少年は力無く笑い、自分の手を見つめていた。
「結局、俺は何をしたいんだろうな……」
「自分でも分からねぇ……」
「分かんないを理由にして、逃げてんじゃねぇよ」
少年の呟きに、誰かが力強く答えた。声の方向に少年が目を向けると、見知らぬ少年と見知った少女の姿があった。
「買出しにどれだけかかっているのだ、と言いたい所だが……そう来たか」
セシルは声の方向を尻目に、ニヤッと笑う。声を上げたのは、勿論クロノだ。
「あっ……」
「…………」
シオンと少年は一瞬目が合うが、互いに目を逸らす。
「アンタが例の退治屋だな?」
「……カイトだ」
「俺はクロノ、アンタに言いたい事がある」
「臆病者のアンタにな」
緊迫した空気が辺りを包み込む、クロノは怒っていた。