第三十二話 『退治屋』
広大な砂漠が存在する砂の大陸・ウィルダネス、乾燥地帯の多いこの大陸は緑があまり多くは無い。クロノ達の乗っていた船が港に入る、港の周辺は辛うじて緑が存在していた。
しかし、それでもアノールド大陸とは随分気候が違う。
「暑い、かなり暑い……!」
空から容赦なく降り注ぐ日差しがクロノを焼いていた。
「この程度でウダウダ言っているようでは、砂漠越えが不安だな」
「せいぜい干物にならんように気をつけろ」
セシルは大して暑くなさそうだ、火を吹くような奴だ……この程度の暑さはどうってことないのだろう。しかし、どこかイライラしている様子だった。
「どうした? 腹でも減ってるのか?」
「貴様、私を何だと思っている」
結構真面目に聞いたのだが、睨まれてしまった。
「……この姿でいる時間のほうが長かったからな、少し疲れているだけだ」
船室では人間化は解いていたが、船の上では殆ど人間の姿だった。少なからず疲労が溜まっているのだろうか。
「セシル、町の外に出てて良いぞ?」
「砂漠越えに必要な物を買ってから、俺もすぐに行くからさ」
ノームのいる場所は砂漠のど真ん中らしい、この港町で必要な物を買い揃えてから目的の砂漠にある町を目指すのだ。そこからノームの待つ場所へ進む、当面の流れはそんな感じだ。
「ふむ、なら町の外で待っているぞ」
「食料は肉を忘れるなよ」
そう言い残し、スタスタと歩いて行ってしまう。
「……何故だろう、このポジションは男としてダメな気がする……」
クロノが自分の立ち位置に疑問を抱いているのだが、セシルは周囲に視線を飛ばしていた。船から降りた時から感じている、自分に向けられている視線の主を探しているのだ。
(何者かは知らんが、こいつは私が人ではないと気がついているな)
(仕掛けてくるとしたら、町の外に出てからか)
背後から気配を感じる、どうやらついてきているらしい。セシルはにやりと笑う、誰かは知らないが、向けてきている視線には敵意が含まれていた。
(面白い、その気なら相手になってやろう)
そう思いながら、セシルは港町の外へ歩を進めていった。
「ラティール王には頭が上がらないなぁ……」
ラティール王から貰った依頼金のおかげで、しばらくは金銭方面での問題は無いだろう。クロノは水や食料を買い足しながら、アノールド大陸の方角を見つめていた。
同時に自分に向けられた感謝の言葉が聞こえた気がするが、気のせいだろう。
(セシルちゃんの食費ですっからかんになる未来が見えるよぉ?)
「不吉な事言わないでくれよ……」
心にエティルの声が届く、考えたくないが有り得る可能性ではあった。ちなみに精霊は食事を取る事は出来るが、別に取らなくても問題はないらしい。
エティル自身食事は必要としていないのだが、たまにセシルに野菜を押し付けられていた。
(クロノの料理、美味しいのにねぇ)
「ははっ……どうも」
「一人暮らしが長かったから、自然と上手くなっていったんだよ」
そんな何気ない話(周りから見ればクロノの独り言)をしながら大体必要な物は揃った。セシルを追って町を出ようと、クロノは荷物を背負って振り返る。
すると、見慣れない少女がすぐ近くに立っていた。
「とっ!?」
駆け出そうとしていた為、ぶつかりそうになる。ギリギリで踏み止まったクロノの左手を少女は掴んできた。
「……少し、ついてきてください」
「えっ、ちょっ!?」
訳も分からず引っ張られていく、少女とは思えない力だった。そのまま人の気配の無い、町外れまで連れて行かれてしまう。
「ちょ、君!?」
クロノの声に反応し、ようやく手を離してくれる。
白装束の所々に赤いラインの入った珍しい服を纏った少女はクロノに背を向けていた。袖が長く手は見えないが、握り締めているような気がする。
(なんだ、この子……?)
人とは違う、異質なモノを感じる。恐らく、この少女は……。
考えが纏まる前に少女がこちらを振り向いた、その赤い瞳に一瞬目を奪われる。金色の髪が風に撫でられ揺れ動く、揺れた髪の中に角が見えた。
「……魔物、だな」
少女は黙って、クロノを見つめていた。
セシルは町の外へ出た後、街道を外れた場所まで歩いて着ていた。
(この辺りならば、騒ぎにはならんだろう)
辺りを見渡しながら人間化を解く、手足に真紅の鱗が現れ、尻尾が生えてくる。
「ん……やはり楽でいいな」
尻尾を左右に振りながら、体を伸ばす。そして、背後に視線を移した。町からついて着ている、その気配に向かって口を開く。
「ここまで場所を移したんだ、そろそろ出て来い」
その言葉と同時、虚空からセシルに向かい、鎖が伸びた。青い光を纏った鎖は、一瞬でセシルの体を縛り上げる。
「やはり、魔物だったか」
「人間と行動を共にしていたから様子を見ていたが、魔物は見逃せない」
そして男の声が響く、周囲にそれらしき姿は無い。
「隠れているつもりか、底が知れるぞ」
「私は出て来いと言ったのだ、鎖なんぞ呼んでない」
縛られながらもセシルの表情は変わらない、その視線は鎖が出ている辺りに向けられている。
少しの沈黙の後、何かが砕ける音が響く。空間にヒビが入り、ガラスの様に砕け散る。
そして右手で鎖を掴んでいる少年が姿を現した。
黒い短髪に黒の法衣、歳はクロノと同じくらいか少し上といったところだ。
「ふん、退治屋か」
詰まらなそうにセシルは言う、退治屋とは魔物退治を商売にする者達の事だ。
幾つかの集まりがあり、それぞれ違った方針を取っているらしい。だが、どの集まりにも共通しているのが『魔物殺し』を商売にしている点だ。
勇者とは違い、魔物退治に特化した者達が集まっている。中でもデフェール大陸に存在する退治屋・『討魔紅蓮』は魔物必滅を訴える過激派と聞く。
「くだらん、私を退治でもする気か?」
「随分と余裕そうだが、自分の置かれている状況を考えた方がいい」
「質問するのはこちらだ、一緒にいた少年とはどんな関係だ」
「ただの旅の同行人だが?」
あっけらんと答えるセシルだが、退治屋の男は顔を歪めた。
「そんな言葉、信じられると思うのか」
「そっちから聞いておいて信じられんとは、勝手な男だな」
失笑するセシルだが、そのすぐ横に何かが着弾し炸裂した。男が左手で投げた札が爆発したのだ。
「俺はただの退治屋じゃない、天に選ばれた退治屋だ」
「生まれ持った魔力は、すぐにその力に意味を持った」
「俺は7才で固有技能を開花した、その力で俺は生き延びてきた」
「俺の魔力が生んだ能力は『退魔』、魔を縛り、魔を滅する力」
「次の質問にふざけた回答をすれば、その首が飛ぶと思え」
淡々と男は話を進めていた、その目には光が感じられない。ロボットのように、決められた仕事をこなしていた。
「あの少年に何をした、魔物が人と行動を共にしている理由はなんだ」
「正直に言えば、痛み無く殺してやる」
「答えても答えなくても殺すのか……」
「悪いが、同じ事を二度答えるつもりは無い」
セシルが言い終わると同時、顔の真横を2枚目の札が掠めていった。頬が浅く切れ、血が頬を伝っていく。
「まだ状況が分かっていないのか、それとも死にたいのか?」
「正直に答えろと……」
「ふざけた事を言えば、首を飛ばすのではなかったのか?」
少年の言葉を遮り、セシルが口を開く。
「……何?」
「どうした、首を飛ばすのではないのか?」
「本当に死にたいのか、貴様……」
「殺したいのなら、好きにしろ」
「出来るならな」
その言葉と同時に、少年は3枚目の札を投げようとする。……が、その動きが寸前で止まった。
「俺の『退魔』は俺の触れた物、扱う物に魔を滅する力を宿す」
「ただの札では無い、当たれば貴様は吹き飛ぶぞ」
「吠えるだけなら犬でも出来る」
「迷いのある脅しなど、怖くも何ともないな……」
セシルは退屈そうに言い放つ。
「…………ッ!」
だが、少年は札を投げるのを躊躇っている様子だった。先ほどまでとは違う、その目には確かに迷いが見えた。
「悪いが、飽きた」
その言葉と同時、セシルは鎖を引き千切る。
「なっ!?」
(馬鹿な、魔を縛る『魔牢の鎖』を引き千切っただと!?)
少年の顔が驚愕に染まる、そして投げる事を躊躇っていた札を投げつけた。
しかし、セシルはその札を尻尾で消し飛ばす。尻尾に当たった瞬間に札が爆発するが、セシルにはダメージすらない。
「……ッ!?」
「言ったはずだぞ」
少年との距離を一瞬で詰め、セシルは言う。
「殺せるなら好きにしろ、『出来るならな』と」
そのまま尻尾で少年を吹き飛ばす、木の葉のように少年の体は空を舞い、地面に落下した。その一撃で少年は意識を失ってしまう。
「確かに珍しい固有技能だ、対魔物には相性最高だな」
「だが優秀なスキルを持つだけでは龍は狩れんぞ、小僧」
気絶している少年を見据え、セシルは薄く笑いながら言った。
(しかし、魔を殺す事を生業とする者が、魔を滅する力を開花させたのか)
(本来なら天職なのだろうが、この男…)
この少年には迷いがあった、魔を討つことに対して…。
セシルが退治屋の少年と一戦交えている頃、クロノは魔物の少女に信じられない頼み事をされていた。
「……いきなりすぎて訳分かんないんだが、今なんて言ったんだ……?」
クロノの目の前に立つ少女は、一切の迷い無く同じ頼みを口にする。
「……私を、殺してください」
日差しは先ほどまでと変わらずに差している、だがクロノは冷や汗が出るのを感じていた。