Episode:ロー ① 『互いの道を』
このお話はサブストーリー的な感じです。
本編の裏で進んでいくお話の一つです。
『ロー! 俺達は絶対、勇者になろう!』
『約束だぞ!』
そう言って互いに笑い、拳を合わせた。
子供の頃、毎日のようにお互いの夢を語り合った。
そんな昔の夢から覚め、ロート・ルイン…愛称・ローは体を起こした。
「……夢、か」
荷馬車に揺られながら呟く、いつの間にか寝てしまっていたらしい。
カリアからとある国を目指し、ローは旅に出ていた。荷物を運ぶついでだからと、荷馬車に乗せて貰ったのだ。
ローは自分の右手の指輪を見る、『1272-17』、自分の勇者番号だ。
最初の数字は年度、次の数字はその年の何番目の勇者かを表す。ローは1272年で17番目に加護が降りてきた勇者、という訳だ。
ちなみにこの年度は、勇者制度が生まれてからの数えである。
「なんつーか、有り難味が薄れるよな、これ」
勇者なんて人間が100人いれば、1人はいるような存在だ。勇者の特権で生活が楽になるから、勇者を目指す者もいる。
ローが目指す勇者像は、現代では死滅しかけているのも事実だった。
「なんでアイツには、加護が降りてこなかったのかなぁ……」
アイツとはクロノの事だ、クロノがどれだけ努力していたかは良く知っている。努力だけなら、自分よりしていたかも知れない。
世に溢れかえっている『自称・勇者』共よりよっぽど勇者らしかった。そんな奴等に資格があって、クロノに無い訳が無いとローは思う。
「もしアイツの夢が原因だって言うなら、酷い話だよなぁ」
ゴロンと寝転がり、右手を上に伸ばす。
外からの日差しで、指輪がキラリと光った。
クロノは夢の為に勇者を目指した、その夢のせいで勇者の資格無しとなったのなら、笑い話にもならない。
クロノの夢は他族との交流、共存だ。基本的に勇者は、魔物を滅する存在、クロノの夢はその真逆の考えである。
だが、あくまでそれは『基本的』には、だ。
誰が決めたのか分からないその『普通』を覆し、新しい可能性を創り出す。クロノは、そんな変革をもたらす可能性を秘めた存在だと、ローは思う。
嘗て、泣いていたクロノに勇者への道を示してやったのは、ローだ。それからずっと一緒に過ごしてきた、弟のように思っていた。
勇者選別に落ち、再び道を見失い、落ち込んでいると思っていた。そんなクロノはいつの間にか立ち直り、勇者の証を持たずに、旅立ちを決意していた。
(あの泣き虫が、いつの間にか強くなったもんだぜ)
(血反吐吐いてまで勇者を目指して、それでも届かなかったんだぞ?)
(それなのに、もっと遠いだろう夢は、諦めねぇってか)
アイツは諦めだけは悪かった、本当に悪かった。
どんな困難にも立ち向かうだろう、勇者じゃなくても、だ。
「アイツが折れてねぇなら、勇者になった俺が、遅れを取るわけにはいかねぇよな」
夢を誓い合った指輪を眺め、右手を強く握り締める。
ローにとって、この指輪は何より大事な物だ。
勇者の証が刻まれているからではない、それよりもっと大事な物が昔から込められているのだ。弟分が夢の為に旅に出た、自分も負けていられない。
自分自身の夢、『弱者を守れる強い男』を目指すのだ。
そんな事を考えていると、馬車の動きが止まった。まだ目的地につくような時間では、ないはずだ。
馬の嘶きと、御者の短い悲鳴が聞こえた。
(なんだ……?)
異常事態を察し、馬車から飛び降りる。馬車は数人の男達に、包囲されていた。
(盗賊の類か……)
周囲を見渡す、どうやら盗賊の襲撃にあったらしい。その人数は7人、全員が剣を構えている。
「んだよ、もう一人いたのか?」
「ヘイ兄ちゃん、有り金全部出せば、命だけは助けてやってもいいぜ?」
なんとも悪党らしい言い分である、ローは溜息をつく。
「別に急ぎの旅って訳じゃないが……」
「盗賊なんぞにくれてやる金は勿論、時間も勿体無いしな」
そう言いながら、自分の愛剣を腰から引き抜く。
「代わりといっちゃなんだが、生傷を拵えてやるよ」
挑発的な笑みを浮かべ、盗賊に剣を向ける。その言葉と同時、盗賊の一人が御者に向かって走り出した。
「フッ!」
盗賊の手が伸びるより早く、ローの一撃が盗賊を殴り飛ばす。剣の鞘により横薙ぎが側頭部に直撃し、そのまま倒れ込む。
「この人が怪我したら、誰がこの馬車を動かすんだっての」
「真っ先に弱い奴を狙うってのは、戦法上は正しいが、やっぱ気に入らないわ」
ローの一撃を見て、盗賊共は警戒の色を強める。そして、2人同時にローに突っ込んできた。
2人の盗賊はローに向け殆ど同時に剣を振るう、それをローは鞘と剣で受け流した。そのまま体を回転させつつ、前へ運ぶ。
「相手が悪かったな、お前等」
1人を蹴り飛ばし、もう一人の首筋を鞘による打撃で殴り飛ばす。残りの盗賊共に向き直り、ローはにかっと笑った。
「まだ新米だが、俺は勇者だ」
「年端もいかねぇ小僧が言うと、何かダセェモノがあるが……悪事を働くテメェらは見過ごせねぇな」
「成敗してやるよ、三流共」
ローはカリアの町にある、剣術指南所をトップで卒業した男だ。鞘を剣と共に扱う独自のスタイルは、身軽なローが勝手に生み出した型である。
クロノに『二刀流でよくね?』と突っ込まれたが、こっちの方が軽いので気に入っている。
ラティール王から学んだ(一部改造済み)王宮の剣術も取り入れたローの剣は、城の兵士にすら止められぬ物となっていた。
「チィ!」
ローの斜め後ろにいた盗賊の一人が、ナイフを投げた。そのナイフを、ローは鞘の口で受け止める。
「なぁ!?」
「うーん、勇者としての初の戦闘で、少しばかり緊張してるからなぁ……」
ナイフを止められ驚く男を尻目に、ローは首を鳴らしながら嘆く。
「今逃げるなら、特別に見逃してやってもいいぜ』
「ガキが、調子に乗ってんじゃねぇぞ!」
残った盗賊が、ローに襲い掛かってきた。ローもそれに答え、前方に駆け出す。
(ガキねぇ……、そのガキにむきになってるアンタ等は何なのよ……)
(大体、大の大人が大人数でさぁ……)
(そういうの、嫌いなんだよなっ!)
目の前の男に向かい、ローは鞘を投げつけた。男の首に、鞘尻が突き刺さる。
「うごぇ!?」
その痛みで、動きが止まる。その一瞬でローは、相手の目の前に飛び込んでいた。
そのまま鞘ごと、相手を蹴り上げる。相手の顔は上に、跳ね上がり、鞘も天高く蹴り上がった。
「死ね、小僧!」
横から斬りかかって来る男が一人、残りの2人は背後だ。
「やなこった! 簡単に死ねとか言うなっ!」
剣を振ろうとする男にナイフを投げつける、先ほど受け止めたナイフだ。ナイフは男の右手に刺さり、その痛みで男は剣を落とす。
「痛ぇ!?」
「そらぁっ!」
痛みで怯んだ隙に、思いっきり蹴り飛ばす。そして、すぐさま背後に振り返る。
2人の盗賊がローに向かって、突っ込んできていた。
そして、先ほど上に蹴り上げた鞘がローと盗賊の間に落ちてくる。ローは剣を逆手で持ち、狙いを定める。
「叉矢打ちっ!」
剣による一撃が鞘を弾き飛ばす、矢のように打ち出されたそれは、盗賊の胸部に直撃した。
さらにローは、その鞘目掛けて突きを繰り出す。速度を乗せた突きが直撃するが、剣は鞘に収まり致命傷にはならない。
突きの威力をまともに受け止めた男は、その一撃で意識を失う。
「さて、後はアンタ一人だな」
「あ、ぐ……」
勝ち目無しと判断したのか、残った一人は降伏したようだ。
「んじゃ、行こうか?」
剣を収め、呆気に取られていた御者に声をかける。黒の長髪をゴムで束ね直しながら、ローは御者台に飛び乗った。
「え、あの、捕まえたりはしないんで……?」
「捕まえて、どうやって町まで護送すんのさ」
「荷馬車に乗せるには7人は無理があるだろー、嬉しくない荷物乗せるスペースは無いっしょ?」
別に珍しい話ではない、いちいち襲ってきた盗賊を捕まえていてはきりが無い。だからこそ、勇者を護衛として付ける者が多いのだ。
基本的には盗賊は、返り討ち&放置である。
(まぁ、荒っぽい奴は返り討ち=始末らしいけどな)
何とも、血生臭い話だ。
再び荷馬車が動き出した、もうそろそろ目的地に辿り着くだろう。
「いやぁ、しかし助かりましたよ……」
「兄さんがいなきゃ、どうなってたか……」
「気にしなくていいよ、俺は勇者だからな」
「当然の事をしたまでだ」
(勇者だから……この台詞言ってみたかったんだよなぁ……)
内心にやけ顔なのだが『大した事じゃないさ』、と格好つけているローであった。
「しかし兄さん、勇者様が一体、ヒューズ港に何の用で?」
ヒューズ港は、アノールド大陸の東方面に存在する港だ。盤世界最大の大陸、デフェール大陸への船が出ている。
「ん、まぁ修行みたいなもんだな」
デフェール大陸には、世界最大規模の大会が開かれるコロシアムが存在する。最も国が多く、最も強き者が集まる大陸だ。
『弱き者を守る、強き勇者』を目指すには、ピッタリの場所である。
(クロノ……ガキの頃の誓い通り、俺は進む!)
(どこかで会えると信じてるぜ、クロノ……!)
(また会う日まで、折れんじゃねぇぞ……っ!)
クロノとロー、二人の道が交差するのは、まだ遠い話。
しかし、理想までの道が砕け散るのは、そう遠くない話…。




