第二十六話 『種族を繋ぐ、架け橋に』
「具体的に、どうするつもりだ」
セシルが聞いてくる。
「あの子の母親を、旅の途中に探してあげたい」
「意図があったなら、それも知りたいしな」
だが、それ以前に解決しなければならない問題が一つある。
「その為には、ピュアとカリアの人達の間にある壁を、取り除かないとな」
幼いピュアを旅に同行させる訳にもいかない、どうしても命が保障される仮宿が必要だ。
「あの王に頼むつもりか?」
「ラティール王なら分かってくれると思うんだけど、問題は町の人なんだよなぁ」
幼いと言っても魔物、しかも町の人達の中には盗難の被害者も、当然いる。他族に対する恐怖や不安をどうすればいいのか、クロノは頭を抱える。
だが、諦めるわけにはいかないのだ。
「共存の世界を夢見る馬鹿が、この程度で諦めるわけにはいかないよな」
「……そうだな」
「せいぜい頑張れ、互いの種族の架け橋に、貴様がなれるようにな」
その言葉を背中で受け止め、クロノはピュアに歩み寄っていく。
ピュアの目の前まで来ると、ピュアは緊張した様子でクロノを見上げてくる。
怯えている、ボロ布を纏い、よく見ればその顔には擦り傷が多い。
小さな体で、今までどんな生活に耐えてきたのだろう。
その姿は、町の人が恐れる魔物とはかけ離れたものだ。
(人も魔物も関係ない、この姿を見れば誰だって助けてやりたくなるはずだ)
(その気持ちが変だって事を、俺は絶対に認めない)
そう心で決意を固め、ピュアの頭に手を伸ばす。
ピュアはビクッと体を強張らせるが、逃げたりはしなかった。出来るだけ優しく、頭を撫でてやる。
「……?」
キョトンとした様子でピュアはクロノを見る。どうすれば伝わるか考えるが、思った事をそのまま言う事にする。
「えっとな、突然でビックリするかもだけどさ」
「君を、助けたいと思う」
「え……?」
その言葉に、ピュアは目を見開く。
「俺は人間だから、怖いかも知れないけどさ」
「俺を信じて欲しい、泥棒しなくてもいいようにしてみせる」
「だから、俺に君を助けさせて欲しい」
ピュアはクロノをポカーンとして見ている。
すぐ横に浮かんでいるエティルに、ピュアが視線を移すと、エティルは無言のまま笑顔で頷く。『信用してだいじょーぶ♪』とエティルの笑顔が、語っていた。
「たすけてくれるの?」
不安そうに聞いてくる、その声は消え入りそうだ。
「あぁ、勿論だ」
「しゅぞく? ちがうのに?」
「俺には関係ない」
「わるいこと、したのに?」
「謝ってくれたろ?」
即答する、助けると言ったら、助けるのだ。
(まぁ本当に謝るべき相手は、盗難の被害にあった人達なんだけど……)
(そこは後回しだな、うん)
ピュアは呆然としていたが、その目から再び涙が零れてくる。信じられない、と言いたげな表情で固まっているが、大粒の涙が頬を伝っている。
「ほん、とに……」
「たすけてくれる、の……?」
「あぁ、助けてやる」
「絶対だ」
強く言い切る、不安を吹き飛ばしてやるように。
正直、絶対など言い切れる力は自分には無いのだが、それでも言い切る。根拠は無くても、やらなきゃならないのだ。
「…………ッ!」
感極まったのか、ピュアがクロノに抱きついてきた。クロノは驚きながらも、受け止める。
「う……っ……ひぐっ……」
クロノの腹部に顔を埋め、声にならない声を上げて、ピュアは泣いていた。幼い少女が一体どれだけの間、孤独と戦っていたのだろうか。
優しく頭を撫でてやるが、一瞬強い風が吹く。その風がピュアの纏っていたボロ布を、吹き飛ばした。
「ん?」
布が取れ、ピュアの全身が確認できるようになる。水色の髪、肩から先は水色の羽、下半身は鳥人種らしく鳥類の脚だ。
だが重要なのはそこではない、重要なのはピュアが、服を着てないという点だ。鳥人種の少女の、ほっそりした体のラインが露になる。
細い腰の辺りに、不思議な模様が浮かんでいるのが見えていた。
「……え?」
「ちょ……ッ!?」
(あの紋は…………?)
完全に思考がフリーズしたクロノと、両手で自分の顔を覆うエティル、そしてセシルは、腰の辺りの模様に目を取られる。
ピュアは気が付いていないのか、どうでもいいのか泣き続けていた。
「ちょっ! クロノ何して……っ!!!」
エティルは顔を真っ赤にして叫ぶ、両手で自分の両目を覆っているが、指の間からはっきり見ている。
「お、俺はなにもしてな……いや、まず離れ……!?」
「……ッ!」
ピュアは両手(両翼か?)でクロノの腰をガッチリホールドして離れない。全裸になってる状態で、クロノにしがみついたまま泣いていた。
「ちょっ! やばい! この状態はやばい!」
顔を真っ赤にしてパニックになるクロノ、先ほどまでのシリアスは、水平線の向こうまで吹っ飛んでいた。
「あの、えっとだな! まず、ハグガッ!?」
混乱するクロノの頭に、セシルが尻尾による制裁を与える。後頭部に凄まじい勢いで尻尾での突きが炸裂し、クロノの意識は闇に落ちた。
「貴様は、最後までシリアスを維持できない宿命でも背負っているのか……?」
気絶したクロノが倒れないように、首に尻尾を巻きつけ支えながらセシルが言う。
「あたしの時も最後はそうだったもんね……むぅ……」
顔を赤くしてエティルがそっぽ向く。
白目を向いたクロノに全裸の鳥人種の少女が抱きつきながら泣いている図は、とんでもなくシュールだった。
「はっ!?」
「あ、クロノ起きた?」
数分後、目覚めたクロノにエティルがすぐ横から声をかける。
「俺は一体……なんで気絶してたんだ……?」
「なんか、天国から地獄に叩き落された酷い消失感が残ってんだけど……」
後頭部に残る鈍い痛みに疑問を感じながら、クロノはエティルに問う。
「アホな事言ってないでとっとと立て、この馬鹿タレ」
その疑問は、セシルによって闇に葬られた。頭を押さえながら立ち上がる、痛みは残っているが問題はなさそうだ。
「くろの、だいじょうぶ?」
セシルの背後からヒョコッと顔を出したピュアは、服を着ていた。
「あれ、その服って……?」
「貴様の服を一枚貰った、腕の部分を切り落として着せたのだ」
自分の着替えの一着だったが、腕の部分が切り取られていた、羽を通す為だろう。
「まぁ裸のままって訳にいかないしな」
(しかし俺は何で気絶したんだ……?)
納得しつつも、その疑問は晴れない。その心の声はエティルに届いていたが、エティルは僅かに顔を逸らし、答える事はなかった。
「くろの?」
ピュアが近くに寄ってくる、その顔はまだ少し不安そうだ。
「ん、大丈夫だ」
ニッと笑って頭を撫でてやる、ピュアは嬉しそうに笑ってくれた。
「♪」
「よしよし……」
「クロノォ……お城に行くんでしょぉ?」
ピュアの反応が可愛くて忘れかけていたが、エティルの言葉で思い出す。
「そうだ、ラティール王に掛け合わないと!」
「……おーさま?」
「あぁ、あの城と町にいる人間の中で、一番偉い人だ」
「ピュアを助けてくれるように、頼んでみよう」
「……こわいひと?」
不安そうな顔を見せる、人間ってだけでも怖いのに、一番偉い人だ、当然といえば当然の反応である。
「大丈夫、ラティール王は良い人だ」
「俺もスッゲェ世話になった、信用できる人だよ」
子供の頃から世話になった人物だ、それにラティール王は民からの信頼もとても厚い。クロノが言うのも何だが、『出来る人間』だった。
「素直に尊敬できる人だよ、あの人なら、きっと分かってくれる」
「……俺の夢を聞いて、笑わなかった数少ない人だしな」
母親以外で自分の夢をまともに聞いてくれたのは、ローとラティール王だけだった。幼い頃の自分には、その存在は大きかった、勿論、今もだ。
「だから、安心していいよ」
そう言いながらクロノは自分の荷物から防寒用のマントを取り出す。それをピュアに着せてやった。
「これで羽は見えないし、脚も隠せるよな」
「城の人達の前でマント脱いだら、だめだからな?」
「わかった、はねみせない」
素直に頷いてくれる。
「セシル、無いとは思うけど、町中で人化解かないでくれよ?」
「場合による」
そう言ってセシルは尻尾を引っ込める、手足の鱗も消えていった。
「言っておくが、人間化は疲れるのだからな」
「感謝してるよ、それじゃ行こうか」
「エティル、隠れててもいいからな」
人間の精霊使いも存在する為、他族と言っても街中で精霊を見かけることはある。だが、やはり精霊も他族である以上、あまり他人の前に姿を出すのは好まない精霊が多かった。
「うん、ありがとねクロノ」
そう言って、エティルは姿を消す。
「うっし、それじゃ城に行こう!」
「おー!」
そう言って、ピュアは飛び上がる。
「うわああああっ! 飛んじゃダメだって!」
「だめ?」
「鳥人種ってばれたら、王と会話どころじゃなくなっちゃうよ!」
「うー、わかった……」
「……大丈夫なのか?」
「いっそ貴様一人で話して来るのも、有りだと思うが」
セシルはそう言うが……。
「それじゃダメだ」
そう、それじゃ恐らく何も変えられない。
「ピュア本人の言葉を、聞いて貰わないとダメだ」
『俺が代弁してもダメなんだ』
「互いが歩み寄らないと、いつまで経っても種族の距離は、縮まらないと思う」
両方の種族が歩み寄らねば、共存の世界などいつまで経っても、有り得ないだろう、だからこそ、キッカケを与えねばならない。
「だから、セシルがさっき言ったみたいにさ」
「俺が、種族同士を繋ぐ、架け橋になってみせる」
クロノはそう言って、ピュアの手を取り城へ歩き出す。セシルは何も言わず、それに続いた。
(種族を繋ぐ架け橋……か)
(今の人間がそれに答えるかどうか、見せて貰うぞ……クロノ)