第二十五話 『捨て子のハーピー』
前回、クロノ達は泥棒を見事追い詰めたのだが……。
「うえええええええええええええんっ!!」
「どう見ても、子供を泣かせてるようにしか見えんな」
いつの間に追いついたのか、セシルが冷たい目でこちらを見てくる。
「いや、泣かせたのは俺じゃなくてだな……」
嘘は言っていないが、それでも謎の罪悪感がクロノのメンタルを削っていく。
「よしよし、痛かったねー」
エティルは泣きじゃくるハーピーの頭を、優しく撫でてやっていた。
「ん、いたかった……」
「もう大丈夫だからねー、だからいきなり逃げたりしたらメーッだよぉ?」
「ん……わかった……」
小さな見た目に、子供っぽい性格をしてるエティルの意外すぎる姿に、クロノは密かに驚く。子供の扱いがあまり得意じゃないクロノにとっては、助かるのも事実ではあるが……。
「やはり意外だ……」
「ルーンが従えていた精霊の中では、エティルは一番年上だったからな」
「まぁ精霊は、年齢を余り気にしないフシもあるがな」
セシルが呆気に取られるクロノに、軽く説明する。
「まぁ、それは置いといてだ」
クロノはハーピーの子供に向き直る。6~7才だろうか、エティルになだめられ、少しは落ち着きを取り戻している。
(この子が、泥棒騒ぎの犯人ねぇ……)
この子をラティール王に引き渡せば、それでこの騒動は解決なのだろうが……。
「それでいいのか?」
まるで、考えてる事を見透かされているようなタイミングで、セシルが聞いてくる。
「……良くないっすね」
「少なくても、俺が納得できない」
子供といえ魔物だ、このまま引き渡すと何をされるか分からない。そして事情を知らないクロノには、庇う事も出来ないだろう。
「とりあえず話を聞いてからだ、幸い町の外だしな」
町から少し離れた場所で、クロノは町の方に視線を移す。今さっき盗難事件があったばかりだと言うのに、町からは追っ手の一人も出てこない。
「騒ぎになってはいるけど、誰も追いかけてこないのな」
「あぁ、怯えているようだったがな」
「怯えて?」
セシルの言葉にクロノは眉をひそめ、すぐに納得したように頭を搔く。
「犯人が魔物だから、関わりたくないってか……」
目撃情報が出ても、誰も犯人を突き止めようとしないのはつまり……。
「怖いから、か」
一般人はともかく、勇者の証を持つ者までそれなのだから、呆れて物も言えない。
他族を知ろうとしないで、一切の関わりを拒絶する。それが世界の常識であり、『普通』だった。
クロノはハーピーの子に視線をやる、エティルのおかげで緊張もほぐれ、笑顔を浮かべている。町の人間が恐れる、『魔物泥棒』の蓋を開けてみれば、こんな少女だ。
「やっぱ、おかしいよな」
「どっちからか歩み寄らないと、何も変わらない」
「このままでいいはず……ねぇよ……」
この騒動はただ解決するだけじゃダメだ、それじゃ何も変わらない。クロノは直感でそう思い、ハーピーの子へ歩み寄る。
「どうするつもりだ?」
そんなクロノの背に、セシルが問いかける。
「言ったろ、まずは話を聞いてからだ」
そう言って、ハーピーの子の前にしゃがみこむ。
ビクッと体を強張らせクロノの方を見るハーピー、その目は警戒の色が強い。
「俺はクロノ、君の名前を教えて欲しいんだけど……」
出来るだけ柔らかに言葉を繋ぐ、怯えられては話を聞くも何も無い。
「……ピュア」
カチカチに緊張しながらも、答えてくれた。
「なぁピュアちゃん? どうして食べ物を盗んだりしたんだ?」
「…………」
俯いて、黙り込んでしまう。
(うぅ……沈黙が辛い……)
(もー、子供相手に圧力かけすぎだよぉ!)
心の中でエティルに怒られる、ここは任せたほうがよさそうだ。
(悪いエティル、頼んでいいか?)
(んー、しょうがないなぁ……)
そう心で言うと、エティルはピュアの目の前まで飛んでいく。
「ピュアちゃん、あたし達怒ってないよ?」
「え?」
「怒ってると思ったー?」
アハハッとエティルは笑う。
「それとも、怒られると思った?」
「……」
「だいじょーぶ……何も聞かないで怒ったりしないよぉ」
「怒られると思ったってことは、悪い事だって分かってたんだよね?」
「うん……」
俯きながら、頷く。
「けど、理由があったんだよね?」
「悪い事を平気で出来るような子は、ピュアちゃんみたいな顔しないもんね」
「う、ん……」
目の前の少女は、涙を零しながら頷いた、その体は震えている。
「どうしてこんな事したのか、聞かせてくれる?」
涙を流すピュアの頭を撫でながら、エティルは優しい声で続ける。ピュアはコクリと頷いた。
「ピュアね、ひとりなの」
数分後、落ち着きを取り戻したピュアは口を開く。
「おかあさんといっしょにこっちきたんだけど、おかあさんいなくなったの」
「このちかくでまってなさいって、いわれたんだけどね」
「かえって、こなくなっちゃったの」
「おなかすいても、ごはんなくて……」
「にんげんはしゅぞく?がちがうから、ちかづいちゃだめっていわれてて……」
「でも、おなかすいて……」
「それで、盗んだのか……?」
クロノは、小さく問う。
「……ごめんなさいぃ……」
消え入りそうな声で響く、謝罪の言葉、ピュアは頭を抱えて怯えていた。その姿に、クロノは思わず目を背ける。
再び泣き出してしまったピュアをなだめる為、エティルが近づいていく。
(なんだよ、それ……)
(それってつまり、捨てられたって事なのか!?)
「……これで、あの時の歌にも納得がついた」
セシルが腕組みをしながら、口を開いた。
「歌って……窃盗直前に聞こえるって言われてた歌か?」
「あぁ、鳥人種の歌には意図があると、貴様は言ったな」
「あの歌は、母親を呼んでいたのだ」
美しい声に寂しさが混じった歌、それは孤独から来る物だったのだ。窃盗の直前に母を呼ぶ歌を歌う……、それは罪悪感と孤独から救って欲しいという、意思表示だったのだ。
「母さんに、会いたかっただけ……」
母親の死を目の前で経験したクロノには、ピュアの気持ちが少し分かった。母親に置き去りにされ、涙を流す少女を、どうにかしてやりたいと思う。
「ピュア、母と共にこっちにきたと言ったな?」
「なら、貴様等はどこからきたのだ?」
クロノが考え込んでいると、セシルがピュアに質問をした。
「うぇる、みす……」
「おかあさんがおしえてくれた、ピュアはうぇるみすでうまれたんだよって」
「ウェルミスって……魔王が居るっていう、あのウェルミスか!?」
「クロノ、重要なのはそこではない」
セシルが真剣な顔で言う。
「ピュア、貴様の母がそれを教えてくれたのは、いつだ?」
「……こっちにきてから、だよ?」
やはりか、とセシルは一人で頷いている。
「何がやはり、なんだよ?」
その問いに答えず、セシルはクロノの手を取り引っ張っていく。
「エティル、その子の相手を頼む」
「ふえ? 了解ー」
ピュアの相手をエティルに任せ、セシルとクロノはピュアから距離を取る。
「どうしたんだ?」
「あの子の母親、どうなったのだと思う?」
手を離し、クロノに向き合ってセシルは言う。その眼差しは、セシルが真剣な話をする時の物だ。
クロノは少し考え、言い辛そうに口を開く。
「酷かも知れないけど、ピュアを捨ててどこかに行ったか……」
「それか、ピュアの所に戻る途中に……殺されたか」
あまり言いたくは無かったが、勇者に見つかったのなら、有り得る可能性だ。クロノ自身、認めたくない可能性ではあるが……。
「ふむ、なら仮に捨てたと仮定するが」
「何故、わざわざ大陸を跨いだと思う?」
「そりゃ、近くだと戻ってくるかもしれないからじゃないのか?」
「飛ぶのもまだ不慣れな、子供がか?」
「まぁ大陸を跨ぐのはやりすぎだろうけど……」
「そして何故、人の町に近い場所に捨てたと思う?」
「違う言い方をするならば、食料が流通する場の近く、か」
「……それって……」
「いや、でも勇者に見つかるリスクも……」
「貴様、アノールド大陸の勇者が何と呼ばれるか、知らん訳あるまい」
四大陸で最も戦意がないとされるのが、アノールド大陸の勇者だ。アノールド大陸の別名は、『最弱の大陸』。
自然豊かなアノールドは農業や漁業が盛んであり、戦闘の風習は少ない。その為、アノールド大陸の勇者は良く言えば『温厚』、悪く言えば『腰抜け』が多いとも言われている。
「わざわざ捨てる場に『最弱の大陸』を選び、人の町の近くに捨てていった」
「そして何より、大陸を跨いだ後に生まれ故郷の名を教えた意味を考えるとな」
「私はどうしても、ピュアの母が、ただ我が子を捨てたとは考えられんのだ」
そもそも、鳥人種の親子の絆はとても強い、鳥人種の親は、命に代えても子を守るとも言われている。そんな種族が子を捨てるだろうか。
「じゃあ、ピュアの母親は……」
「私の勝手な想像に過ぎないのだが……」
「何か、事情があったのではないか?」
子を捨てなければいけない事情、仮にそんなものがあるのなら普通の事情ではない。それでも、我が子に生き延びて欲しいと言う母の願いからの行動ならば……。
「その願いを、無駄にするわけにはいかないな」
「今の話は、私のつまらん妄想だぞ?」
「それを簡単に、信じていいのか?」
セシルはそう言うが、信じるに決まっている。
「セシルの言葉だ、それだけで十分信じられるよ」
「それに、今の話が絵空事に過ぎなくてもさ」
クロノは離れた所で、エティルと笑っているピュアを見る。
「あの子を放っておくなんて、俺には出来ない」
「今の話が的外れでも、あの子を見捨てる理由にはならないよ」
「……そうか」
そう言って、セシルは笑った。
人だろうが魔物だろうが、涙を流す子供を助けるのに、大層な理由なんて要らない。それが正しいのか、偽善かなんてどうだっていい。
(助けたいから助けるんだ、文句あるかっ!)
そんな心の声は、離れていたエティルにきっちり届いていた。
「ふふっ……文句無いよ、クロノ♪」
「……?」
急に嬉しそうに呟いたエティルに、ピュアは首を傾げていた。




