第二十四話 『小さな泥棒』
「泥棒の目撃情報は、港のほうで多く見られてるとは言ってもなぁ……」
ラティール王からの情報通りに港に来てみたはいいが、どうやって犯人を見つけ出せばいいのか見当もつかない。
「あの王は貴様を信じ、城へ戻って行ったのだ、結果を残さねば赤っ恥だぞ」
「そりゃ分かってるさ、とりあえず聞き込みで情報を集めよう」
泥棒探しなど経験はないが、なにをするにもまずは情報だ。クロノは港の人達に話を聞くため、駆け出していった。
(さて、どうなることやら……)
セシルはクロノの背を見つめながら壁にもたれかかる、そしてある物に気が付いた。建物の陰に落ちている、ある物に。
(これは……)
薄い水色の羽、海鳥の物ではない。セシルはその羽を拾い上げ、澄み切った青空を見上げていた。
「んー、謎は深まるばかりだねぇ」
クロノの頭の上で、エティルは腕組みをしながら口を開く。
盗難は一日に2~5回と、かなりの頻度で起こっているらしい。その被害は魚や果物、食料が主だ。
「犯行は一瞬、かなりの素早さで食料を奪い去り、空へ飛び去る……か」
「そして現場には、これが落ちていた、と」
そう言ってクロノは、薄水色の羽を見る。盗難の被害にあった商人がくれたものだ。
「そして犯行前に聞こえる歌……歌?」
そこでクロノは、何かが引っかかる。空を飛び、歌が好きな種族……本で読んだ記憶がある。
「鳥人種……」
「ほぉ、気がついたか」
クロノが振り返ると、セシルがクロノが貰ったのと同じ様な羽を持って、立っていた。
「この羽は、確かに鳥人種の物だろう」
「羽の大きさから見ると、まだ幼いようだがな」
羽を見つめながらセシルが言う、しかしクロノには一つの疑問があった。
「鳥人種の歌って、何かしらの意図があって歌うんじゃなかったか?」
求愛の歌や、危険を知らせる歌、嬉しさや感謝を伝える時などに、鳥人種は歌うとされている。歌に魔力を乗せ、心を乱す、セイレーンと呼ばれる鳥人種も存在するが……。
「アノールド大陸に、セイレーンは住んでないはずだろ?」
水辺を好むセイレーンは、主にコリエンテ大陸に住むと言われていた。
「100%住んでいないと、私には言い切れんが、セイレーンの可能性は低いだろう」
「この羽からは、魔力を感じないからな」
「とりあえず犯人は鳥人種系の魔物なのは、間違い無いか」
「うーむ、空を飛ぶ相手をどうやって捕まえればいいんだ……?」
クロノがそう唸っていると、港のほうが騒がしくなってきた。
「クロノ、漁船が戻ってきたみたいだよっ!」
見れば、漁から戻った漁船が港に入ろうとしていた。それと同時、セシルの顔が真剣なものに変わる。
「歌だ」
「え?」
セシルの言葉に、クロノも耳を澄ます。
透き通るような美しい声、だがどこか寂しさを感じさせる歌声が、確かに聞こえる。
「ッ! 陸揚げする瞬間を狙う気か!?」
咄嗟に船に向かって、走り出す。
「クロノ、あたしの力を使うんだよ!」
「どうすればいいんだ!?」
「周囲の風の流れを感じるの! 鬼ごっこの時と同じ!」
「あの時よりずっと、広い範囲の風を感じれるはずだよ! それで泥棒さんの位置を探知してっ!」
走りながら風の流れに集中する、すぐ近くなら背後の人がどの方向に動いているのかも分かる。
(流石に離れると正確には分かんないけど……)
(犯人が凄い速さで向かってくるなら、どこから来るかぐらいは探知できるはずだ!)
そう思い、出来るだけ広い範囲の風の動きを読む。そして、港に止まっている大きな船のマストから、何かが突っ込んでくるのを感じ取る。
(速いっ!?)
突っ込んでくる方向を見た時には、黒い影が漁船から降ろしていた荷物に襲い掛かっていた。
「クソッ!」
クロノが荷物に駆け寄る頃には、影は空に飛び去ってしまっていた。
「逃がすかっ!」
そう叫び後を追う、まだ見失った訳ではない。
(突っ込んで逃げる、一連の速さは確かに凄かったけど……)
(逃走中の今の速さは、大した事ない!)
町の外へ飛んでいく影を追い、クロノはその場から全速力で駆けていった。
「こら待て泥棒~っ!!」
その声に、影はビクンッ!と体を跳ねさせる。一瞬こちらをチラッと見たかと思うと、慌てて高度を上げ始めた。
「くそ……、あんな高さどうしろってんだよ……」
クロノはその影を見上げながら呟く。ボロ布を纏っているのか、良く見えないがチラッと羽が見えた。
「クロノォ、何か、あの泥棒さんの飛び方危ないよぉ」
「へ?」
エティルが頭の上で、影を見上げながら言う
「何か、飛ぶのに慣れてないみたい、フラフラしてるよぉ」
確かに、言われてみれば最初に比べて、横にフラフラと揺れている気がする。……と言うか、羽ばたきに疲れが見えるというか……。
そう言ってる間に、影の高度が下がってきた。
「お、降りてくるのか?」
と言うか、落ちてきた。
「は!?」
力尽きたように脱力している、頭から真っ逆さまに落ちてきた。このままでは、町の外の草原に落下する。
「待て待て待てっ! あの高さからはやばいだろっ!」
あのまま地面に激突したら、確実に死ぬ、クロノは受け止めようと駆け出すが……。
(間に合わない……っ!)
到底間に合わない、遠すぎる。
「エティルッ! 頼むっ!」
咄嗟に頭に浮かんだのは、自分の新しい力と、頼りになる仲間だった。
「オッケーッ! 任せてよっ!」
その瞬間、体が一気に軽くなる。精神を精霊とリンクさせ、その力を強く発揮する奥の手。
「「精霊技能・疾風!」」
風を斬るように加速し、一気に距離を詰める。この際、精神が疲弊するのは構わない、全速力でクロノは走り抜ける。
そして、なんとか落ちてくる影を受け止めた。驚くほど軽いそれを受け止め、クロノは尻餅をつきながらほっと息を付く。
(危なかった……ギリギリだった……)
「クロノッ! リンク雑過ぎるってば!」
クロノの横に、風と共に姿を現すエティル。
「乱暴にリンク切られるとビックリするよぉ!」
もぉ~!っと頬を膨らますエティル、どうもうまく力を扱えていないようだ。その分、エティルに負担をかけているようで申し訳ない気持ちになる。
「ごめん……無我夢中だったからさ」
「いや、あたしはビックリするだけだからいいんだけど……」
「クロノの方が大変だから……」
一瞬しか力を使ってないのに、正直相当疲れた。精神力が、一気に削り取られた感じだ。
「くぁ~……体が一気に重く感じるよ……」
精霊技能の効果切れと、精神的疲労から来るだるさに思わず嘆く。すると、受け止めた布キレがモゾモゾと動いた。
どうやら、大きな布を纏いながら飛んでいたようだ。落下の勢いで、布キレが全身を包み込んでしまっている。
(とりあえず、生きてるみたいだ……)
その事に安堵し、モゾモゾしてる部分の布を捲り取る。
「プフア!?……んあ……?」
中から、ハーピーの子供が顔を出す。
水色の髪と、水色の羽が印象に残る、可愛らしい少女だった。両方の羽を口元に当てて、キョトンとしている。
(え……)
その姿に一瞬、クロノは固まる。
(似てる……?)
その容姿は幼い頃、自分を助けてくれた鳥人種にそっくりだった。
クロノがそんな事を考えてる間に、ハーピーの少女はハッとした様子で、クロノの腕から飛び降りる。そのまま再び、空へと飛び立とうと羽を広げた。
「あ、こら待て!」
「や! こわい!」
そしてフワッと浮かび、羽ばたきが足りてないのか、顔から地面に落下する。
「ピギャッ!」
「うわぁ、あれ痛いと思うよぉ?」
もはや特等席となりつつある、クロノの頭の上で、エティルが心配そうに言う。
「ふええええええええんっ!」
案の定、泣き出してしまった。
「この子が、泥棒騒ぎの犯人……?」
「……どうしたもんかなぁ……?」
「あたしに言われても……」
泣き続けるハーピーの子を前に、クロノ達は困ったように立ちすくんでいた。