第二十二話 『四大陸を巡る旅』
契約の光が消え、エティルはクロノから手を離す。
「これで契約は終わりだよ♪」
「どんな気分?」
その問いに、クロノはポカーンと口を開けたまま呆けていた。
「クロノ?」
エティルは涙を拭いながら、首を傾げる。
「あ、ごめん」
「なんつーか……凄いな、これ……」
エティルとの鬼ごっこ中は、神経を集中してようやく風の流れを追うことが出来た。だが、今は風を強く感じる。
まるで、自分が風と一体になったような感覚だ。
「でしょ~?」
満足げに笑い、エティルはクロノの周囲を飛び回る。
「精霊の力は、扱う者の力量が大きく影響する」
「エティルの力を使いこなせるかは、貴様次第だぞ」
セシルはそう言いながら近づいてきた。
「何か、風を強く感じる……」
クロノはそう言って、辺りに目をやっていた。
「ふむ……」
「てい!」
セシルは少し考え、そして何を思ったのか、クロノを背後から尻尾でひっぱたく。当然、クロノはそれをまともに食らい、頭を押さえ悶絶する。
「セシルさん? 今の行動についての説明を頂きたいのですが」
頭を押さえながら問い詰める、正直かなり痛かった。
「鈍いな、貴様」
何故か冷たい目で見られた……。
「バシーンだって、バシーン……アハハハッ……」
そして、すぐ隣でエティルが空中でお腹を抱え悶絶している、理由はクロノの殴られた時の効果音だ。
「風の流れを読み、風の流れに乗ることが出来れば、今の攻撃位ならすぐ避けれるようになる」
「まぁつまりは、精進しろよと言う事だ」
セシルはそう言い、クロノから視線を外した。小さく、やはり無理か、と呟く声をエティルは聞き逃さなかった。
「まぁ、クロノは契約初めてなんでしょ?」
そう言ってエティルがクロノの隣まで飛んでくる。
「あたしと契約して、クロノは風をより感じやすくなったはずだよぉ!」
「それだけでも結構便利なんだけどね、あたしが力を貸すともっと凄いよっ!」
「初めての精霊技能、やってみようよ!」
エティルはそう言って笑いかけてくるが、クロノにはどうすればいいのかが分からない。
「精霊技能自体は知ってるけどさ、やり方は知らないんだよ・・・」
「簡単簡単♪ ただ命じてくれればいいの♪」
「心でも口に出してくれてもいい、ただ力を貸せってね」
そう言って周囲をクルクル飛び回るエティル、試しにクロノは心で祈ってみた。
(えっと、力を貸してくれっ……?)
(オッケー♪ よっと!)
そして心で言ったはずなのに返事をされた。
「え、今……ってうわぁ!?」
瞬間、自分の体が風と一つになった錯覚に囚われる。風が巻き上がり、クロノの銀髪が大きく揺れた。
「これがあたしとの精霊技能・疾風だよ♪」
「いや、これはスゲェけどさ!? 今心の声に返事したよなっ!?」
「そりゃあ契約したからね、クロノの精神はあたしとリンクしてるよぉ」
プライバシー終了のお知らせを、クロノは確かにその耳で聞いた。
「あ、いや……ずっと考えてる事聞いてる訳じゃないよぉ……?」
「何て言うか、あたしに対して強く思った声が届く~みたいな?」
慌てて説明してくれたが、それでもこれからは滅多な事を考える訳にいかないとクロノは心に誓う。
「それより、あたしとの精霊技能についての感想はっ!?」
「あーっと……何かフワフワするって言うか……」
言い終わる前に、横から何か来るのを感じ、咄嗟に後方へ飛んだ。
「ッ!? 何だ!?」
「うむ、今度は避けれたな」
また、セシルが不意打ちで尻尾を振るったのだ。
「セシルさんっ!? いい加減怒りますよ!?」
「って、あれ……避けれた……?」
「まだリンクが浅すぎるが、最初はそんなものか」
尻尾を引きながら、セシルがそう呟く。
「体が、スッゲェ軽い!」
まるで羽になったように体が軽い、重力から解放されたようだった。
「風による感知、そしてその身を疾風と化す高速の動き」
「それがシルフとの契約で向上し、宿すことのできる力だ」
「これは凄い、凄いじゃんか!」
今までより、ずっと速く動ける事に興奮し、辺りを走り回るクロノだったが、
「って、あれ……?」
すぐに体が重くなり、風と一体になっていた感覚も消える。それどころか、何やら足に力が入らなくなり、その場に膝をつく。
「な、んだこれ……」
「予想以上に持たなかったな……」
「クロノ早すぎるよぉ!!」
何故か分からないが、その言葉に深く傷ついた気がする。
「精霊技能は、精霊と自分の精神をリンクさせ力を生み出す」
「使えば自分の精神は消耗し、消耗が激しくなればリンクは自動で切れるのだ」
「な、るほど……」
しかし、あの短時間でここまで消耗するモノなのだろうか……。
「クロノォ、リンクが雑過ぎるからすぐバテルんだよぉ」
エティルが頭の上に乗ってくる。
「特訓必須っ! オッケー?」
「オッケー……」
すぐに強くなれるとか、甘い話はないのだと痛感したクロノだった。
「さて、クロノ」
「むぐっ?」
野宿の準備を済ませ、夕食中にセシルが口を開く。
「なんだ? おかわりか?」
「違う」
「野菜残すのは許さないからな」
「エティルが食べるから問題無い」
「ふえぇ!?」
頭の上のエティルが変な声を上げる、このトカゲの野菜嫌いは相当だった。
「って、そうではなくてだな……」
「クロノ、貴様がルーンと同じ夢を追い、成そうと言うのならな」
嫌そうな顔でトマトを口に運びながら、セシルは言う。
「進むやり方は違えど、ルーンと同じ位には強くならねばならん」
「貴様はアイツに比べ弱過ぎる、力をつけねば話すらままならん種族もいるのだぞ」
「うっ……」
少し悔しいが、返す言葉が見つからない。
「じゃあ、やっぱりみんなに会いに行くの?」
クロノの頭の上で、エティルは顔を輝かせる。
「みんなって……」
「もしかして、ルーンが契約してた他の精霊か?」
「まぁ、奴らと契約するのが早道ではあると思うぞ」
「もっとも、複数の精霊の力を同時に扱うのは至難なのだがな」
クロノは少し考える、伝説の勇者と共に戦った精霊達だ、心強い味方になってくれるだろう。何より、興味深い話も聞けそうだった。
「場所は知ってるのか?」
「あぁ、それは問題ない」
「奴らは四大陸に散り散りだが、場所は知っている」
ご丁寧に、四大陸全てを回る羽目になった。
この世界には5つの大陸がある、その中で東西南北に位置する大陸を、纏めて四大陸と呼んでいた。
北の大陸・コリエンテ 水に恵まれた大陸と呼ばれ、同時に技術大陸の名も冠する。
東の大陸・デフェール 盤世界最大の大陸で、最も国の多い大陸。
西の大陸・ウィルダネス 広大な砂漠があり、乾燥地帯の多い大陸。
南の大陸・アノールド 自然が多い緑豊かな大陸。
そしてこれらの大陸の中心に位置する大陸、ウェルミス。通称・魔族の大陸と呼ばれ、魔王が住まうと言われていた。
他にも島々は存在するが、代表的な大陸は、以上の通りだ。
「アノールドから船を使うならば、選択肢はウィルダネスかデフェールだ」
「ウィルダネスにはノームが、デフェールにはサラマンダーがいる」
「貴様が会いたいほうを選ぶがいい」
クロノが思考を巡らせる前に、頭の上でエティルが騒ぎ出す。
「絶対絶対絶~~~っ対! アルディ君が先が良いよぉ!!」
「ア、アルディ?」
「ノームのアルディ君っ! 絶対! そっちのほうが良いって!」
何故だか知らないが、エティルの表情は必死だ。
「フェルド君に先に会ったら、きっとクロノ殺されちゃうよぉ!」
「へ?」
「サラマンダーの名だ、確かに、奴に今の貴様が会えば黒焦げにされるだろうな」
「何? そんなに危ない奴なのかよ……」
「えーと、危ないって言うかね?」
エティルが頭の上から説明してくれる、どうでもいいがその場所が気に入ったのだろうか……。
「きっとみんな、契約前にクロノを試すと思うの」
「あたしとの鬼ごっこみたいにゲームでね?」
でも、とエティルは区切り、
「フェルド君はきっと、性格上真剣勝負で力を確かめに来ると思うから……」
「今のクロノじゃ、一撃で灰にされちゃうと思う……」
「よし、ウィルダネスに決めた」
「カリアから船も出てるし、何よりまだ死にたくないしな……」
力を求め、契約する為に消し炭にされるのは勘弁願いたい。
「まぁ、アルディの奴なら大怪我で済むだろうしな」
「……」
どちらにしても、一筋縄ではいかないようだ……。
「と、とにかく! 他の精霊と契約する為に大陸を巡る旅だっ!」
「旅の最中で多くの種族と出会って、交流する!」
「そして精霊の力の特訓もやりながら行こう!」
「目的も定まったな、うん!」
「おー♪」
エティルが右手を突き上げ、それに同意する。
「二兎を追う者、一兎も得ず、か……」
「いや、三兎か……?」
「空気読めよ!!」
相変わらず、セシルは厳しい。
ともかく、今後の旅の方針は決まった。次の目的地は、砂の大陸・ウィルダネスだ。
「うっしゃあっ! やってやるぜ!」
だが、クロノはまだ気がついていない……。
大きな問題があるという事に……。
シルフ編はこれで終わりとなります。
次回からは新章となりますのでご期待ください♪