第二十一話 『契約』
「……?」
クロノが目を開けると夜空が見えた、どうやら横に寝かされているらしい。
「む、起きたか?」
横からセシルの声が聞こえる。
「……どうなったんだ?」
首だけ動かし、セシルの方を向いて聞く。
「それは私が聞きたいのだが」
「突然貴様が吹っ飛んでくるわ、エティルは顔を真っ赤にしたまま何も喋らんわ……」
「どうなっているのだ」
見ればセシルのすぐ隣に、エティルが浮いていた。まだ少し、顔が赤い。
クロノは体を起こし、立ち上がる。
「あの、さっきのは事故でだな……?」
「わ、分かってるよぉ……」
と言っても顔を逸らされる、何と言うかやりにくい空気だ。
両者だんまりが続く、セシルだけが怪訝な顔をしていた。
「何かあったのか?」
「胸触られたんだよぉ……」
その言葉にセシルがこちらを向く、友人の胸を揉んだとか真っ二つにされてもおかしくない。クロノは咄嗟に身構える。
「そうか、ならゲームはクロノが勝ったようだな?」
しかしセシルは、あっけらんと話題を変えた。
「セシルちゃんっ!? あたしおっぱい触られてるんですけどっ!?」
「凄い辱めを受けたんだよぉ!?」
やはり気にしてるなぁ、とクロノが罪悪感を抱く。
「ん? あぁそうか」
「クール過ぎるよぉ! 友達が恥ずかしさで顔真っ赤なんだよぉ!?」
「まぁ、そんなことはどうでもいいとしてだな」
華麗すぎるスルースキルに、エティルは白目のまま固まっていた。
「ゲームはクロノが勝ったのだろう? どうだ、コイツの力は」
その言葉に、エティルは真剣な顔に戻った。
「うん、ちゃんと見せて貰ったよ」
そう言って、クロノに向き直る。
「クロノ君、最後の動きはお見事だったよぉ」
「あたしの完敗だねっ」
笑顔でそう言ってくれる、ようやく勝った実感が沸いてきた。
「一つ、聞かせてくれるかな」
「ん、何?」
「クロノ君は、風の流れが見えたの?」
自分の動きについてこれたのは、間違いなく風を感じたからだ。だが、それは人の身で簡単に出来る事ではない。
「正直に言えば、分かんないや」
「ただ必死だったから、まだ良く分かんない」
「分からないのに、最後あんなに自信満々だったの?」
自分を追い詰めた時のクロノは笑っていた、その笑顔が分からなかった。あの局面で何故笑えたのか、風の流れを完全に読めもしないで、何故余裕を持って笑えたのか。
「自信があった訳じゃないよ」
「作戦通りいったのが、嬉しかったのもあるし」
「何より楽しかったからかな」
また、笑顔で言った。
「楽しかった……?」
「エティルは、楽しくなかったのか?」
「楽しそうに笑ってると思ったんだけどな……」
その笑顔に、エティルは『彼』と出会った時の事を思い出していた。
________数百年前________
「はい、捕まえた~!」
「え、……えぇっ!?」
背後から頭に手を乗せられ、一瞬何が起こったのか分からなくなる。人間に後ろを取られたのだ、それも仕方が無い。
「嘘っ! 君一体何したのっ!?」
「嘘じゃないし、何もしてないよ?」
「そんなっ! なら人間に捕まるわけっ!」
契約を条件にゲームを始めたが、ほんの数十分で捕まってしまった。しかも人間相手にだ、理解できない。
「だって、精霊の力も使わない、ただの人間にあたしが捕まるわけ……」
「大体、何で精霊の力を使わないのっ!?」
目の前の人間はノーム、ウンディーネ、サラマンダーを従えていた、なのにその力を使わなかったのだ。
「ん~? 何かフェアじゃないじゃん?」
「僕が君と契約したいから、僕の力を示すって言ってるのにさ、他の精霊の力使ったらズルくない?」
その言葉に、シルフは口が塞がらない。
「う、うぅ~……」
「悔しい?」
悔しくないはずが無い、人間に瞬殺されたのだ、プライドもズタズタである。
「勝負に負けて悔しいのは、人も精霊も一緒だよね」
「うん、やっぱ変わらないよな……おんなじだ」
なにやら勝手に納得しているが、訳が分からない。
「もう一戦、しよっか♪」
「……へ?」
「悔しいんでしょ? 何度でも付き合うよ?」
この人間は、自分を馬鹿にしているのだろうか?
「あんまり舐めないでよねっ!?」
「舐めてないよ、本気本気」
「馬鹿にしてっ! 後悔しても知らないよっ!」
その後、数時間挑み続けたが結果は0勝26敗。人間相手に、惨敗である。
「なんでぇ~……何で勝てないのぉ~……?」
すでに飛ぶ力も尽き、小石に持たれかかっていた。何度やっても、10分も逃げ切ることができなかったのだ。
「あははっ! 日が暮れてきちゃったねぇ」
汗を流しながら良い笑顔を浮かべるこの少年、流石に息は乱れているが、まだまだ元気だ。その姿を見て、本当に人間なのか疑ってしまう。
「まだやる?」
「もういいよぉ~……何か、勝てる気がしないよぉ……」
「そっか、うあ~疲れた~!」
笑顔でその場に腰を下ろす少年に、シルフは疑問を抱く。
「ねぇ、何で笑ってるの?」
最初は馬鹿にされてるのかと思ったが、少年は心の底から笑っていた。鬼ごっこを始めた最初から、ずっとだ。
「そりゃ、嬉しいし、楽しいからだよ」
「僕はさ、種族関係なく仲良くできる、そんな共存の世界が夢なんだよ」
「なにそれぇ……無理に決まってるよぉ……」
変な人間だとは思ったが、その夢まで変だった。
「本当に、無理かなぁ?」
少年は空を見上げて、そう呟く。
「今だって、人間とシルフって他族同士なのに、鬼ごっこだよ?」
「これって交流じゃない?」
「単純な事でも、お互い楽しいって事で繋がってた、これは立派な共存だと思うなぁ」
少年はそう言って笑っていた、本当に楽しそうに。
「……あたしは楽しくなかったよぉ」
「ウッソだぁ~ めっちゃ笑ってたじゃんかー!」
「わ、笑ってなんかなかったよぉっ!」
嘘だーと笑う少年に、シルフはそれを必死に否定した。
「ち、違うもん! 楽しくなんてなかったってばっ!」
「あはははっ! 分かった、分かったってば」
「何で笑うの~~っ!?」
完全にからかわれている、シルフは顔が赤くなるのを感じていた。
「君、名前は?」
「へ? ……そんなの、無いよぉ」
精霊に名前をつける文化など無い、呼ばれる時はいつも、種族名のシルフと呼ばれていた。
「やっぱりか、名前ないと不便だと思うんだけどなぁ」
精霊ってのはまったく……、と少年は溜息をつく。
「じゃあ今日から、君はエティルね」
「ふえ?」
「少なくとも僕はそう呼ぶから、よろしくね?」
勝手に名前をつけられ、勝手に宜しくされた。
「ちょ、勝手にっ……」
「エティル、僕の夢に力を貸して欲しいんだ」
少年は変わらず笑っていたが、その目は真剣だった。
「共存の世界を成す為に、君の力が必要だ」
「だから、一緒に来て欲しい」
そう言って手を差し出してきた。
馬鹿げた夢だ、共存の世界なんて出来るわけが無い。
それなのに、信じてみたくなった。
この少年の夢の果てを、見てみたくなった。
そう思い、自然とその手を取っていた。
「鬼ごっこのリベンジは、いつでも受け付けるよ♪」
「…………いつか、絶対に勝つからねっ」
「……宜しく、ルーン」
そう言って、エティルは笑みを浮かべた。
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あぁ、そうか。
思えば自分は勝負の後半、勝ちに行っていた。
捕まえられるはずが無いと舐めきっていた相手に、いつの間にか真剣になっていた。
笑みさえも浮かべて。
「そっか、あたしも、楽しかったんだね……」
自然と、涙が零れてきた。目の前で慌てる少年に、数百年間凍っていた心が、溶かされるような感覚を抱く。
「ど、どうしたエティル!? 泣くほど恥ずかしかったのか!?」
「ねぇ、クロノ君?」
的外れな事を言っている少年に、エティルは問う。
「君は、自分の夢を成す為に頑張れる?」
「どんな困難を目の当たりにしても、自分を信じられる?」
「あたしを、信じさせてくれる?」
どこか不安げな表情で、エティルは言った。クロノは少し考えるが、答えは一つだ。
「うん、どこまでも頑張るよ」
「絶対に諦めたりしない、絶対に裏切ったりしない」
「だから、力を貸して欲しい」
そう言って笑い、手を差し出してきた。
エティルにはその姿が、ルーンと重なって見えた。
「あはっ……あははははは、はははっ……!!」
「流石、セシルちゃんの見込んだ子、だね…………!」
涙が面白いほど溢れてくる、止められなかった。
戸惑うクロノの手を取る、小さな両手で、クロノの人差し指を包み込むように掴んだ。
「君はルーンとは違うって言ったけど、やっぱり似てる」
「ルーンと同じ道を、違ったやり方で進んでいく君を、見たくなっちゃったよぉ」
涙を流しながら、それでもとびっきりの笑顔でエティルは言う。それと同時、クロノが光に包まれた。
それは契約の光、エティルはクロノを認め、契約を結んだのだ。
「これから宜しくね、クロノ♪」
「あ、あぁ! 宜しくな!」
数百年ぶりに、新しい風が吹き始めた。
次回でシルフ編は終わりです!
クロノ君の旅の最初の目標が決まります。




