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偽勇者は世界を統一したいのです!  作者: 冥界
第三章 『月の翼・シルフ』
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第二十話 『決着』

「5分以内に捕まえるって、冗談でも少し笑えないよぉ?」



 絶対に避けられる距離を保ちつつ、エティルは警戒する。何かを企んでいるようだが、目の前の男は自分の動きについて来れないのだ。



 万が一は無い……、エティルには自信があった。



(セシルちゃんは油断するなとか言ってたけど、この子にあたしは捕まえれない)


(絶対に、捕まらないっ!)




「よし、んじゃあ始めようかっ!」




 そう言ってクロノはエティルに向かって行く、今までと同じように突っ込んでいった。




「だりゃあああああっ!」




 今までのように空振りを繰り返す、何も変わっていなかった。何度も手を伸ばすが、エティルはスルスルとそれを避ける。




「格好つけてたけど、何にも変わって無いじゃんっ!」




 クロノの腕を避け、そのまま右に回り込む。



(期待して損したよ、結局あたしについて来れてない……)


(やっぱり、この子はルーンと違うよ……)



 エティルはそのまま、クロノの背後に回ろうとする。



 その瞬間、クロノが勢い良く振り向いた。



(え?)




「そこだぁっ!!」



 クロノの腕が伸びる、間違いなく自分に向かってだ。




「わひゃっ!?」




 予想外の反撃に、思わず変な声を出してしまう、少し体勢を崩しながら腕をかわす。



「まだまだぁ!!」



 クロノはさらに、避けた先に回り込んできた。



(あれ、何か変わってるかも……!?)



 エティルはクロノを振り切ろうとするが、なぜか振り切れない。避けても避けても、クロノは喰らい付いてきた、引き離せない。



「ちょっ……何したのさ!?」



「別に、必死になってるだけだよっ!!」



 息を荒立て、追いかけて来るクロノは、確かに必死だった。だが、それは先ほどまでと変わらない。



(明らかに、何かを掴んでる……?)



(嘘だよ! ルーンじゃあるまいし……ただの人間に風の流れは見えるはずない!)



 だが、クロノの目は自分だけじゃない『何か』を追っていた。



(……ッ! 横を抜けようとすると、手を伸ばして反応してくるっ!?)



 捕まる筈は無い、そう思っていても、エティルは自然と後ろに下がり続けていた。




 まるで、誘導されるかのように。




「はぁ……はぁ……っ!! 逃がすかぁ!!」



「しつこいよぉっ! 馬鹿! 変体! ストーカー!!」



「そーゆうゲームだろうがっ!?」



 叫びながら、クロノは追跡を止めない。



(もぅ……! 一切止まらないで追いかけてくるよぉ!)



(こっちも止まれない……、何なのさぁっ!)



 高速で飛び回り、クロノから距離を取るエティルは、すぐ後ろに木がある事に気が付く。



(ありゃ、林?)



 いつの間にか、背後が林になっていた、前方からはクロノが突っ込んでくる。




(こうなったら、木を利用して一回振り切ってやる!)



(障害物の多い場所は、人間には不利だよ!)



 そう思い、林の中に入るエティル、木の間を縫う様に飛び抜ける。それを見て、クロノは僅かに笑みを零した。


 エティルは気が付いていない、彼女が入っていったのはクロノが出てきた場所だ。





「へっ……十分練習は出来たし、後は実践だけだな……!」





 風の流れを読み、エティルの動きを予測する。その練習は出来た、後は掴むだけだ。



 そして、最後の一手もすでに、用意している。




「障害物が多い? それがいいんだぜエティルッ!」




 クロノもエティルを追って林に入る、ここまでは作戦通りだ。





(追ってきた追ってきたぁ、馬鹿正直に追ってきたよぉ!)



 背後からの声にエティルは呆れる、木の間を飛び交う自分を捉えるつもりなのだろうか。




(この林の中を縦横無尽に飛び回れば、絶対にクロノ君はあたしを見失う)


(もうクロノ君の体力は限界のはずだよ、完全に見失ったらゲームオーバー!)




「待てーっ! 絶対に逃がさねぇぞ!!」




 背後から聞こえる声と逆方向に飛ぶエティル、声から離れるように木の間を抜けていく。クロノが自分を見失えば、それで終わりだ、背後からの声が遠ざかるのを感じた。





(これで、あたしの勝ちだよっ!)





 今度こそ勝ちを確信したエティルの思考が、次の瞬間に停止した。木の間を抜けようとしたエティルが、何かにぶつかったのだ。




(ふえっ!?)




 バゥン!っと弾かれ、エティルは後方に一回転する。空中で逆さまになりながら、自分を弾いたそれを確認すると。




「木の、蔓……?」




 木と木の間に蔓が結ばさっていた、それも網のように。しかも横方向だけではない、頭上にも網のように蔓が張ってある。



 エティルのいる場所から、林の入り口に向かって、行き止まりのトンネルのように蔓が張られていた。




(これ、って……!)




 エティルは嫌な予感がし、背後を振り返る。



 林の入り口から差し込む月明かりを背に、クロノがそこに立っていた。両者の間の距離は、3mも無い。




「……あははっ! 袋のエティルちゃんって状況だねっ!」




「あぁ、文字通り追い詰めたぜ」




 その言葉に、エティルは思わず笑ってしまう。




「もしかして、本気で言ってる?」



「本気で追い詰めたなんて思ってるなら、甘すぎるよ?」




 退路は塞がれた、だが問題は無い。目の前の男の脇を抜ければいいだけだ、それでこの状況は打破できる。




「悪いが、絶対に抜かせない」




 そう言って、クロノは両手を広げる。




「抜けようとするお前を捕まえて、それで終わりだ」




 真剣そのもの、本当に終わりにしようとしている。エティルもその表情を見て、初めて真面目な顔になる。





「そっか、でもぶち抜くよ?」





 正直に言って、エティルがこの勝負を受ける必要は無い。退路を塞ぐ蔓など、風の刃で簡単に両断できる。馬鹿正直にクロノの横を飛び抜ける必要は、全くなかった。



 しかし、これは精霊が契約者の力を見定める試験だ。エティルは目の前の男の力を、確かめなければならない。






 つまり選択肢は、突き抜ける以外存在しない。





(見せてもらうよ、クロノ君……、君の力!)





 一瞬の沈黙が辺りを包むこみ、そして一瞬でエティルがクロノの目の前から消える。




 風に乗り、急加速したエティルはクロノの頭上を目掛け飛ぶ。頭の上を通り抜けようとしているのだ。




(目で追うんじゃ遅すぎる、感覚で動かなきゃあたしには追いつけないよっ!)




 そんなエティルの目の前に、クロノは右手を伸ばした。反射的に反応し、エティルに手を伸ばしたのだ。




 目の前に手を出され、エティルは驚き、笑う。この子は自分の速度に反応した、間違いない、この子は風の流れを感じている。





(アハハッ……! 凄いね、確かに凄いよ)



(ただの人間が、こんな短時間でここまで、確かに凄いよ)




 ちょっと前はまったくついてこれていなかった、その人間が今、自分の動きを捉えようとしている。その事実は認める、大した潜在力、大した成長速度だ。



 だが……。







(あたしが見たいのは、その先なんだよぉ!!!)







 そう心で叫び、エティルはクロノの右側・・に方向を変える。






 この子の望みは共存の世界、嘗て自分を従えた伝説の勇者と同じ夢。



 その夢を語るからには、それ相応の力を見せてもらう!






(クロノ君は右腕を上げている、右側を通るあたしには追いつけない!)



(何より、高速で方向転換したあたしに反応するには、風の流れを正確に読むしかない!)



(風の流れを読んで、尚且つあたしに抜かれないように動く……)



(それが出来なきゃ、君の負けだよっ!!)





 最速でクロノの右側を目指すエティル、クロノが反応する様子は無い。





 クロノの右肩のすぐ横を通り抜ける瞬間、エティルは落胆する、やはり無理だった、と。





(やっぱり、君は答えてくれないんだね……)





 エティルは俯きかけるが、自分の進行方向を塞いだ『手』に思考が固まった。





(え、……手?)




(なんで、右手は上に上げてるはず……)




 違う、エティルの前に現れた手は、左手だ。



 クロノは飛び上がり、頭上に右手を上げながら、体を左に回転させたのだ。





「右手上げれば、右を通ると思ったぜ……っ!」




 体を左に回転させ、右側を通るエティルの前に左手を出す。それは、エティルの動きに完全についていかないと、出来ない芸当だ。





(抜かせないように体を動かすとかじゃない……っ!!)



(あの体勢から、直接掴みにっ!?)





 風の流れとやらを読み、エティルの動きを予測。そして、『わざと』右手を上げ、右側を通るように誘導した。



 ここまでが、クロノの作戦だ。





「俺は左利きなんだよっ!!!」






(……ッ!? 止まれな……)






ポフッ…………。





 勢いを殺しきれず、エティルの体はクロノの手に触れた。




「あ……」



(やったっ! 触った!)



 左手に確かに感触がある、捕まえたのだ。クロノは左手のフニフニ柔らかい感触を実感し、勝ったのだと確信する。




「エティル! 俺の勝ちだよなっ!?」



「ひぅ……ッ!」



「へ?」



 エティルの方を振り向くと、エティルは顔を真っ赤にして固まっていた。クロノの左手は丁度、エティルの胸辺りに触れていたのだ。



「えっ、あ、いや……」



 ゆっくりと手を離す、エティルは依然、顔を真っ赤にしたまま睨んできた。




「事故っ! 事故ですっ! わざとじゃないですっ!!」




 そのまま後ろに後ずさる、これは嫌な予感がする。エティルは自分の胸の辺りを両手で隠し、プルプル震えていた。




「ク……、」




「クロノのエッチィ!!!!」




 瞬間、とんでもない強風が吹き荒れ、クロノは林の外までぶっ飛ばされて行った。













 林の外で月を見ていたセシルは、後方の衝撃音に振り返る。見れば林の中ほどで竜巻でも起こったのか、木々が空に舞い上がっていた。


 そして、それと同時にクロノが吹っ飛んできた。




「一体何だというのだ……?」




 吹っ飛んできたクロノに駆け寄る、命に別状は無いが、完全に伸びていた。





 クロノの勝利宣言から4分32秒、エティルとの鬼ごっこは決着した。



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