第一話 『勇者にもなれず』
盤世界には幾つかの大陸がある、この物語の始まりはその内の一つであるアノールドと呼ばれる大陸から始まる事になる。この世界の地図では最南端に描かれる、盤世界では2番目に大きな大陸だ。緑に恵まれ、エルフと呼ばれる亜人が最も多く住むアノールド大陸は横に大きく広がった形をしていた。
その南西にカリアと呼ばれる街がある、海に面し他国との繋がりもある比較的大きな街だ。その街の図書館で本の山を築き上げている少年が一人、うーむ……と難しい顔をしている。
「はぁ、何で俺は頭がこう悪いのかねぇ……」
そう言って少年は銀色の髪を掻き毟り、本の山の記録を更新しつつ、天を見上げ嘆く。そのまま机に突っ伏すと、本の山から先ほどまで読んでいた本が頭に垂直落下した。
「痛っ……そして運も悪いときたもんだ……」
自身の行動が招いた結果なのだが、愚痴を言いつつ先ほどまで読んでいた本を取る。タイトルは「多種族を知る」……他の種族の図鑑のような物だ。少年は再び本を開き、竜人族のページを眺める。
「強靭な肉体と精神を持つ、気高き種族……ね」
どこか、寂しそうな顔で呟く。
「そんなの、人でもそうな奴はいるじゃねぇか……」
「話せば分かり合えそうって思うのは俺が甘いからなんだろうなぁ…」
そうブツブツ呟く少年の肩に手を乗せ、背後から近づいた人物は口を開く。
「クーロノ! また読書タイムかよ?」
黒の長髪を揺らし、にっと笑う青年。
「ロー? もう鍛錬は終わったのか?」
そう言いながらクロノはローに向き直る。
「あぁ、今日はもう終わりだぜ、しかしお前も飽きないよなぁ」
呆れたような、感心するような顔でローは言う。
「この図鑑のコンセプトってさ? 敵を知り、戦闘を有利に~って事だろ?」
「そんな図鑑読んで、どうやったら仲良くなれるかを考える奴なんて……世界中にお前だけだぜ?」
変な奴だよなぁと続ける、実際彼の言う事はもっともだ。クロノのしていることは、医療の本を読みながら人殺しのことを考えているに等しい行為である。
「だってさぁ……魔物にだって良い奴はいるんだぞ? 一方的に悪者扱いはさ……」
「お前が死に掛けた時に魔物に助けられたって話は、聞き飽きてるっつの」
「別に悪いこととは言わねぇよ? だけど懲りないねぇって思ってさ」
クロノの隣の椅子に腰掛け続けるローの顔は、真剣だった。
「クロノ、お前がどれだけ多種族間での交流や平和を望んでも、それは少数派の意見だ」
「ぶっちゃけここでそれを唱え続けても何も変えれない、わかるだろ?」
ローは両親を数年前に無くしたクロノと、ずっと共に過ごしてきた兄貴分だ。故に彼のことは大事に思ってるし、その意思を尊重したいとも思っている。
「クロノ、お前の母さんの事は気の毒に思うし、お前の言い分も分かるよ」
「けどさ、もういい加減現実を見てもよくねぇか?」
キツイ事を言ってるのはわかっていた、それでもローは伝えるべきだと思った。
「……わーってら……そんなこと」
俯き、答える。
「勇者選別からも、その、落ちちまったんだし、さ」
言いにくいことも、伝える必要があった。
「……っ!」
クロノは席を立ち、図書館の外へ飛び出した。一人その場に残るローは、ため息をつく。
「何が兄貴分だっつの……最悪だな俺」