第百七十四話 『オークの誇り』
目的地はコリエンテ、そう登録した。船を停める場所を正確に入力しなかった場合、どうやらメガストロークは最短距離で最も早く停泊できる場所に向かうらしい。コリエンテの南側に停泊とは名ばかりの突撃をかました船から、クロノがフラフラと顔を出した。
「ふは、ははは……」
「ダメージ…………っ! なしっ!!」
「移動中、必死に堪えてた姿は笑えたぞ」
「正直疲れた……」
セシルのアドバイスのおかげで、船の中で跳ね回ることはなくなった。肉体的なダメージは0になったが、精神的にはくたくただ。
「うああ……寝たい……」
「ここどの辺かなぁ?」
「南の方だね、丁度オーク達の住んでる場所に近いよ」
「…………もう、日…………暮れる…………」
「野営でもして、明日向かうか?」
「我等が契約者はヘロヘロだ」
体力的にも、それが良いだろう。クロノは精霊達の意見に賛成しようとしたが、不意に背後から何かが迫ってきた
「どけどけどけどけぇ! そこ退くブーッ!!」
「へ? ってどわあああああああああっ!!」
豚のような耳と鼻を持つ、人型の魔物の群れが、クロノの身体を空高く吹き飛ばした。咄嗟に疾風を纏い、なんとか着地したクロノだったが、頭の中は混乱中だ。
「何!? 何事!?」
「隊長! 畑は無事ですブ!」
「ぶふぃ~……焦ったブ……畑を荒らされたかと思ったブ」
「あれ、蚊帳の外?」
「な~にが蚊帳の外? だブッ!!」
「オイラ達の畑に土足で近寄るなんて、ふてぇ野郎だブっ!」
「人間! どうやら肥料になりてぇみたいだブゥ……」
そこまで聞いて、クロノはようやくメガストロークが看板らしきものをへし折っていた事に気がついた。折れた看板には無駄に可愛い字で、『オークの野菜畑』と書いていた。
「あ…………」
「どうやら自分の罪の重さに気がついたみたいブ」
「この辺りはオイラ達の畑ブ、普通空気読んで人間は寄り付かないのがルールだブ」
「種族間の暗黙のルールを破った馬鹿野郎には、きっつい罰を与えるブ……」
「えぇ~! 畑は無傷なんだしいいじゃん! 許してよぉ!」
「どの口が言うブ! ちっこい癖に態度でかすぎブ!」
「オイラ達がどんだけ苦労して、どれだけ時間かけて……この辺を耕したか……!」
「その努力の結晶を! 何が悲しくて一瞬で吹き飛ばされなきゃならんブッ!」
「大体お前等は、この畑から生み出される奇跡の財産の価値を……!」
「スゲェ……この野菜……輝いてる」
「ブ?」
「こんな生き生きとした野菜……見たことない……」
「なんだよこれ……これがオークの農業なのか……!」
畑の野菜を見て、クロノは目を輝かせていた。それなりに料理をするクロノには分かる、この野菜は、普段自分達が食べている野菜とは比べ物にならない。見ただけで、これを育てるまでの苦労が容易に想像できた。
「お前……分かるのかブ」
「土だけじゃない……相当な手間隙をかけて育ててるんだ」
「これなんて、生でもいけるくらい新鮮じゃないか!」
「クロノ、何か興奮してない?」
「割と料理に拘ってるよね、クロノって」
料理は、クロノがローより優れている数少ない分野だ。ローより上、その事実が少年をやる気にさせた。今では小さなことにも拘るほど、料理が大好きになっていた。勿論、セシルや精霊達からも好評だ。
「凄い……この野菜は普通に出回ってる野菜とは比べられない……」
「プレミアムだ……ここまで変わるのか……」
「ブフフフ……どうやら中々の目を持っている小僧らしいブ……」
「どいつもこいつも、他の種族は口を揃えて……たかが野菜だのなんだの……」
「拘り、極めれば……ここまでの違いが出るものブ!」
「他の獣人種と違い、オイラ達は戦闘力に劣るブ」
「だが我等オーク族っ! 農業だけは譲れぬ誇りがあるブ!」
「おぉ……」
「食ってみるかブ」
そう言って、オークの男はクロノにトマトを差し出した。クロノは無言で、そのトマトに噛り付く。一口食べた瞬間、クロノはオークの男と握手を交わしていた。
「言葉は要らない」
「ふんっ! 中々分かってるブ」
「おいこら、誰か突っ込めよ」
「馬鹿タレが……」
仲間達が呆れる中、クロノだけは過去最高の笑顔を浮かべていた。もう、美味いってレベルじゃない。
「小僧の目利きに免じて、この船の件は勘弁してやるブ」
「ありがとう、オークさん」
「ブヒブヒ……で、お前は一体何者ブ」
「この辺は他の種族が寄り付かないブ、そんな場所をせっせと耕してたブ」
「何故海からミサイルのように突っ込んできたブ、しかもこんな遅くに」
「えっと、オークさん達にお願いがあってきたんだ」
「俺はクロノ、人と魔物が共存できる世界を目指して旅をしてるんだ」
「今、とある森がピンチで……何とか助けたいって思ってる」
「その為に、この土を『静寂の土』ってアイテムにしないといけないんだ」
「ブ? クンクン…………ほぉ……良い土ブ」
「この土に、強力な魔力を含んだ液体を混ぜなきゃ駄目なんだ」
「オークさんなら、何か分からないかなって……」
「ふむ、そういう事ならオイラ達の得意分野ブ」
「へい野郎共!」
オークの男が、畑を整備していた仲間達を収集する。オーク達は土の匂いを嗅ぎ、何やら意見を交し合う。
「この土に効率的に混ざり、力を宿す液体を考えればいいブ?」
「俺も詳しくは分からないけど、そう言ってました」
ミルナイから聞いた話を、クロノはオーク達に伝えていく。
「この柔らかさ……質の高さ…………ブムムム」
「魔力を含んだ……液体…………ブピキーンッ!」
「何かありますか!?」
「吸血鬼……吸血鬼の血だブ!」
「間違いないブ、完璧に馴染むブ!」
「吸血鬼……!?」
「奴等の血は、他の種族すら同族に変えちまうほどの魔素を宿してるブ」
「条件的に、間違いないと思うブ」
親指を立てて、オークの男は土の入った袋を返してきた。次の目処は立ったが、問題は吸血鬼がどこに居るのかだ。
「うーん……」
「ここから北西に行けば、古い屋敷があるブ」
「確か、そこに吸血鬼の子が住んでたブ」
「! 本当ですか!?」
「まぁ、人間に血をくれるかは微妙だけどブ」
「けど、助かります!」
「えと、何てお礼を……」
「こっちは久々にオイラ達の野菜を褒めてもらえて機嫌が良いブ、気にするなブ」
ここまで情報を貰えたのに、ありがとうの一言じゃこちらの気が済まない。こっちは畑を荒らしてしまう寸前までいったのだ、何か出来る事はないかと、クロノは荷物を漁りだす。
「あ、……その、これを……」
「だから何もいらな………………ブッヒャーーーッ!?」
クロノが差し出したのは、土人種の酒だ。
「俺、飲めないし……」
「そ、そそそ、それは…………土人種の酒っ!?」
「この匂い……間違いないブ……!」
「いやいやいやいや、いきなり現れたおかしな人間が、そんな酒をくれるとか話が上手すぎるブ!」
「何を企んでるブ! 狙いは何だブ!」
「その、親切にしてくれたお礼です」
「!?」
笑顔で酒を差し出したクロノに、オークの男は雷に打たれた様な衝撃を受けた。
「隊長……」
「ブゥ……」
「長い間……オイラ達は土地を求めて彷徨ったブ」
「他の魔物には、たかが野菜と笑われ……」
「人間にも……受け入れられず……」
「それでも…………農業を極めようと……!」
「何か……始、まった……」
「今! 確信したブ!」
「オイラ達のしてきた事は…………無駄じゃなかったブゥ……!」
「小僧……いや、クロノ!」
「この酒! 友情の証として受け取るブ!!」
「はいっ!」
オークの男と熱い握手を交わすクロノ、相変わらず精霊達は呆れた様子だ。
「それと、もう一つ頼んでもいいですか?」
「なんだ兄弟! 何でも言えブ!」
「俺は今、『天焔闘技大会』に参加してくれる魔物を探してるんです」
「ラベネ・ラグナの姫様……フローラル・エクショナー様……」
「彼女と共に、『人魔混合』の大会を成功させようと……世界を巡っています」
「俺は、この大会が……共存の一歩になると信じてる」
「オークは戦闘に秀でた種族じゃない、それは分かってます」
「だからこそ、違う形で協力して欲しいんです」
「ブ? 違う形?」
「大会当日、多くの魔物や人間が集まるでしょう」
「互いの壁を越え、多くの理解が広がり、深まると信じてます」
「この機会に、オークの作った野菜を広めるんです!」
(それが目的か…………)
「出店でもなんでもいい、オークの野菜の素晴らしさを他の種族へ広めるんです!」
「俺もフローに頼んでみます! そうすれば! もっと堂々と野菜を作れる!」
「そういった方向からも! 俺は共存の輪を広げたい!」
「この野菜を、俺はもっと堂々と食べたい!」
クロノの目が、本気だと語っていた。それを見たオーク達は、言葉は不要と察した。
「面白いブ……全種族に宣戦布告するブ」
「オイラ達の野菜で、共存の旗揚げをするブッ!!」
「よっしゃぁっ! フローに連絡を入れます!」
「ブヒャヒャッ! 超絶天才のお姫様の名は! 魔物にも届いてるブ!」
「そんな姫様の旗の下! 大手を振って野菜を売り込めるたぁ嬉しいブ!」
意気揚々と通信機を使うクロノ。そんな少年を眺め、セシルは静かに笑っていた。どんな種族にも、全力で向き合う馬鹿タレを見て、胸が躍るのを抑えられないのだ。当然のように魔物と仲良くなる姿が、眩しくて堪らない。
オーク達から情報を貰ったクロノ達は、ここより北西の屋敷を目指す。真夜中に吸血鬼を訪ねるなど、通常考えられない選択だろう。だが、クロノにとっては関係ないのだ。向き合う為なら、相手の領域にだって土足で踏み込もう。第二ステージは、もうすぐそこだ。




