第百七十三話 『追い続けて、今……』
「それじゃ、俺は行くよ」
「仲間にも、声、かけてみる」
「また、会おうな……!」
「ひゃっはー! 作るぞー!」
「楽しみー!」
「ひゃっはー!」
大量のハイテンション土人種に張り付かれながら、巨人種が手を振っていた。クロノも笑顔で手を振り返し、彼等の住処を後にする。小さくなる人間の姿を眺め、魔物達は顔を見合わせた。
「変な人間だったな」
「人間って変な奴だな」
「硬かったし」
「みんな、ああなのかな?」
「きっと、あの子だけだよ」
「変な夢、変な奴!」
「オデも、人間と、初めてしゃべった」
「よくわかんねぇけど、あの子は良い子だ」
「聞こえないー!」
「登れば聞こえる!」
「よじ登れ!」
「うひゃぁ、たかーい!」
「人間は、山をだめにする……そう聞いてた」
「土地をめぐって、ご先祖様は戦ってたんだと」
「けどオデ、あの子はすきだ」
「気持ちのいい、笑顔だった」
「分かる!」
「裏表のない感じ!」
「僕等みたいな!」
「単純!」
「馬鹿!」
「誰が馬鹿だっ!!」
耳元で騒ぎ出す土人種に、巨人種は少し困った表情になる。会話すら出来なかった関係を変えてくれたのは、間違いなくあの少年だ。ほんの小さなきっかけだった、些細な助力に違いない。それでも、真面目に、真剣に関わってくれたんだ。
「種族はちがうけど、あの子は真剣だった」
「力に、なりてぇって……そう思うんだ」
「チャンスもくれた!」
「作るぞ!」
「楽しみ!」
「腕がなるぜ……ふはははっ!」
(目付き……変わってるぞ……)
始まりは些細な事だった、それでも、波紋は次第に大きくなっていく。少年の残した波紋は、静かに、ゆっくりと……。
整備された歩道も終わり、クロノ達は再び砂漠地帯を進行中だ。太陽は真上、気温は最大だ。
「砂漠……暑い……」
「土人種……怖い……」
「……あと、ついでに……フローも怖い……」
砂漠の熱気に苦しみながらも、クロノはさっきまでの会話を思い出していた。画面越しに盛り上がっていた生粋の開発馬鹿達に、全くついていけなかったのだ。
「全く、だらしないなぁ……この程度の気温で……」
「ねぇ? ティアラ?」
「……うー……あー……?」
「駄目だこりゃ、陸に上がった魚みてぇだ」
「けどけど! フローちゃんは土人種ちゃん達と仲良くなってたねぇ!」
「大会の協力者を増やしつつ! 森の為に奮闘!」
「エティルちゃんは契約者の頑張りを評価します!」
「やっぱ……砂漠やべぇわ……」
「母さん……俺も……そっちに……」
「あ、これガチで駄目な感じだぁ!?」
「目が虚ろだぞ、熱さに弱すぎだろ」
「おいおい勘弁してくれよ、気温に弱いのはひよっこだけで十分だぞ!?」
「誰の事だ、ん?」
セシルの表情が険しくなるが、今のクロノにはそんな事どうでもいい。やはり熱気最大の砂漠はやばい、身体が溶けてきている。
「いや、汗だよ」
「何を馬鹿言ってるんだい? 君はいつからアイスになったんだい」
「むしろ砂になりそうです……」
「…………クロノ、クロノ」
視界が霞んできたクロノの袖を、ティアラがクイクイ引っ張ってきた。
「……?」
「水、球……作れ」
「水の力最高だぜっ!! その手があったっ!」
「その元気どっから沸いた?」
フェルドの突っ込みなど、今は耳に入らない。クロノは左手を天に翳し、手の平に水の球体を作り出した。自らの限界を超え、欲望のままに大きさを求めた球体は、当然の如く炸裂してしまう。周囲を水浸しにしたクロノは、満足げな表情で固まっていた。
「今だけは……失敗しても潤うな……!」
「とりあえず殴るわ」
「右に同じかな」
「エティルちゃんスケスケー……」
馬鹿な契約者に、真っ当な裁きが下った。
精霊達との親睦も深まり、クロノは満足げに歩を進めていた。多少ダメージは負ったが、概ね問題はない。
「いやいや、水の精霊法最高だね」
「魔法って素晴らしいわ、オアシス常備って感じだな!」
「水出して飲むとか非効率な事してねぇで、体内の温度調節くらいしてくれよ」
「今のお前は、砂漠の蛇とかサソリ以下だぜ」
「馬鹿タレのお遊びに付き合うのもいいが、これからどうするか決めているのだろうな?」
「そんな人外の業、しがない精霊使いに求められてもなぁ……」
「ほら見ろよ、また球体が崩れたぜ!」
「暑さで頭壊れたか……」
「妙なテンションになってんぞ? マジでどうしたし……」
「おいこら、何無視している」
「はははははっ! 幸先良いよな! 土も手に入ったし!」
「うんうん! 順調順調っ!」
「クロノ? どうしたんだい?」
「エティルより酷い事になってるよ?」
「またナチュラルにアルディ君が毒をっ!」
「おい、馬鹿タレ!」
「次! どこに行くのだ!」
「こんな良い天気は……難しい事忘れて海にでも行きたいな……」
「…………心配、しなくても……海、いける……」
「次…………効率的に、行くなら…………コリエンテ……」
「…………船で、海…………渡る」
「翼が欲しいなー……全人類の夢…………翼が欲しいー……」
目のハイライトが消え失せ、クロノは全力で目を逸らす。顔をホールドされ、ティアラが強引に正面を向かせてきた。
「………………海、渡る…………」
「………………船…………出して…………」
「分かってるよっ!!! 出すよ! 乗るよ! 乗りますよ! 乗りますとも!!」
「メガストロークの中は冷房利いてるしっ!? 快適だもんなっ! 何も不満とかねぇですよはい!」
「ちょっと三途の川見えるだけだからなっ! 大丈夫安心しろっ! 母さんが呼んでても渡らないからさぁっ!」
ヤケクソで走り出したクロノを見て、精霊達は顔を見合わせた。そして黙って頷くと、ほぼ同時に姿を消した。契約者の心の中へ、緊急避難だ。
(ファイト♪)
(コツは、動かない事だよ)
(…………南無…………)
(クロノ見てると、退屈しねぇなぁ)
「お前等後で覚えてろ…………!」
「セシルッ!! 早く行くぞっ! 目的地はコリエンテだっ!」
「おい、馬鹿タレ」
「なんだよ…………っ!?」
振り返った瞬間、セシルがヴァンダルギオンを投げてきた。クロノは咄嗟に、その大剣を受け止めてしまう。
「重……………………っ!!」
やはり、この剣は尋常じゃないほど重い。むしろ、突然投げ渡されて受け止められた事が奇跡だ。クロノは必死に、自分の出来る大地の自然体を駆使し、大剣を支えていた。
「今の貴様のイメージは、まだまだ弱く小さい」
「だが、地に根を貼るイメージは出来ているだろう」
「な、に……言って……」
「貴様、巨山嶽で振動を操ったな?」
「あの力は、空気中に振動を張り巡らせるイメージを持たせたはずだ」
「イメージは個人で変わる、空間にヒビを入れたり、力を巡らせたり、宙を掴む様だったりな」
「……?」
何を言いたいのかいまいち理解できないクロノ。そんな少年の胸に、セシルは手を添えてきた。その手に軽く押されたが、クロノの体はビクともしない。
「固いな、まだまだぎこちない」
「まぁ、貴様は動きながら大地の力を吸い上げられないから……当然か」
「はぁ……?」
「だがな、基礎は揃っているのだ」
「後はイメージの足し算……それだけだ」
「地に根を貼るイメージ、振動を空間に伝えるイメージ……それらを組み合わせろ」
「空間に振動と言う名の根を張り、それで己の体を支えるんだ」
「慣れれば、船如きに振り回される醜態は晒さんで済むだろう」
それだけ言うと、セシルはクロノが両手で必死に支えていた大剣を、片手で持ち上げる。そして、素っ気無く先に歩いて行ってしまった。
「…………アドバイス?」
「勘違いするな、毎回毎回受け止めるのが面倒なだけだ」
「それと、あの姫の贈り物だろう?」
「いい加減、ちゃんと乗れるようになれ」
「コリエンテまでの数時間、精々踏ん張れ」
また修行の種類が増えた、それだけだ。それだけだが、何故だろう。セシルの素っ気無いアドバイスが、とても嬉しかった。
「……ははっ!」
「セシル! 俺頑張る!」
「頑張る? 何を当然の事を今更言ってる?」
「頑張るのは当然、その先を目指すのも当然」
「貴様はもっともっと、先を見据えろ」
「そうでなくては、ルーンの先など到底無理だ」
「少なくても、船如きで死にかけてるようでは……大会成功も成し得ないぞ」
「うぅ……」
「忘れるな、貴様は大会を成功させ……私と戦うんだろう?」
「今のままでは、詰まらんのだ」
「私を沸かせろ、楽しませろ」
「もっと、魅せてくれ」
そう言って笑ったセシルが、とても綺麗で、目を奪われた。期待されている。そう思う度、心が躍る。進む速度が速まり、足が自然と軽くなるんだ。クロノはセシルを追い越し、メガストロークを停めてある場所に急いだ。
「やってやるさ……! 見てろよ!」
「…………見ているさ、言われなくてもな」
(……やっぱり、セシルちゃんはセシルちゃんだねぇ)
(我等が契約者は、随分と期待されているようだね)
(…………立場、逆転…………不思議な、感じ……)
(……………………なんて目してやがんだ、たくっ……)
(……ほんと、泣けてくるな)
一連の会話が、どうしても過去を思い出させる。精霊達が嘗て弄り回し、からかい続けていた小さな少女は、今の契約者を確かに導いていた。
『ルーン! 待て! 待てよ! 待って! 待ってよぉ!!』
『セシルは、本当に頑張るね?』
『はぁ……はぁ……クソォ……涼しい顔して……!』
『あはははっ! ルーンとまともに張り合っても勝てないよぉ?』
『我等が契約者は、紛れもなく化け物だからね』
『人を化け物って……酷いなぁ』
『……ッ! 知るかっ! 絶対に追いつく、必ず、絶対!』
『……無謀……多分、一生…………無理』
『追いつくんだっ!』
『連れ出したのは……お前だっ!』
『お前には、私を導く責任があるっ!』
『私が追いつくまでっ! ちゃんと待ってろっ!!』
『絶対に追い越してやる……っ! それまで、ちゃんと前にいろっ!!』
『よく吠えるなぁちびっ子』
『だそうだが、どうなんだルーン?』
『ん? んー……』
『セシルが僕に追いつくのと、僕が夢を叶えるの……どっちが早いか競争かな?』
『……っ!! や、やってやるっ! ちゃんと見てろよ!?』
『私はっ! 逃げも隠れもしなからなっ! 約束だからなっ!』
『うん、約束』
『ちゃんと見てるよ、ずっとね』
『…………っ! うんっ!!』
ちょこちょこと後ろをついて回っていた、小さな少女。全てに絶望し、暗黒の焔に飲まれそうになっていた、余りにも小さな存在。少女は憧れ、ずっと追い続けていた。その姿を、精霊達はずっと見てきていた。ルーンの仲間の中で最も弱く、最初は剣すらロクに扱えなかった少女は、五百年の時を越え……見違えた。何があったのか、それは分からない。セシルが何を知っているのか、セシルに何があったのか、精霊達は何も分からない。だが、彼女の根っこは変わっていない、それは間違いないのだ。
五百年前、自分達の契約者を追い続けていた少女は、今の契約者を静かに導いていた。立場の違いが、むず痒い思いを精霊達に与えていた。だが、それと同時に嬉しくも思う。何故だとか、どうしてだとか、そんな細かい事はどうでもいいのだ。今は、少女の成長が……ただ嬉しいのだ。
単純にそう思わせてくれるほど、時折見せるセシルの笑顔は…………昔のままだったのだ。
(…………ま、いつまでもだんまりってのは…………許せねぇけどな)
(…………さて、どうしたもんかねぇ)
(…………いいタイミングでも、探してみるか)
フェルドは静かに、そう心に決めた。何があったのかはどうでもいい、何を託されているのか、それが問題だ。そろそろ、腹を割って話す頃合だろう。そうこうしている内に、メガストロークが見えてきた。
「さて! 目指すはコリエンテだ!」
「この土に何を混ぜたらいいのか、コリエンテでオークに聞かなきゃならない」
「それと同時に、コリエンテの粘液大河を目指す!」
「綺麗な水を、入手するぞっ!」
「おー♪」
「さて、どうなるかな」
「…………ん」
「はっ、まずは船で怪我しねぇとこからだな!」
(……ま、とりあえず保留だな)
契約者に悟られぬよう、フェルドは思考を胸の奥にしまいこんだ。そんなフェルドに気がつきもせず、クロノはメガストロークに乗り込んでいく。セシルもそれに続き、目的地をコリエンテに指定する。
「出航……と同時に修行開始だっ!」
「忙しい奴だ」
音を置き去りにして、メガストロークが砂漠を突き抜けた。到着する頃には、日も暮れているだろう。だが、火の付いたやる気は止まらない。クロノは第二ステージを目指し、先へ進むのだった。




