第百七十一話 『大中小のすれ違い』
新たな種族との出会い、緊張しないわけが無い。本では何千回と見たが、実際に会うのは初めてだ。だが、ここまでの旅の経験上、大体の対処法は掴めてきている。
(初手はとりあえず、身を守れっ!)
(格好つけて何言ってんだこの契約者……)
呆れるフェルドだが、山に開いた穴から影が一つ飛び出した。空高く飛び上がった小さな影は、手にした金槌をクロノ目掛け振り下ろしてきた。
「ほら見ろっ! 大体最初は襲われるんだ!」
「俺は人間! 警戒されるに決まってんだよ!」
「今回の俺は一味違うぜ! これを回避してスムーズな会話に繋げ…………」
クロノの御託は、いつの間にか足元に忍び寄っていた土人種の一撃で途切れてしまう。向こう脛に思い切り金槌が叩き込まれ、クロノは声にならない叫び声をあげた。
「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っ!!!!」
(これは痛い…………)
(……折れ、た?)
(セーフ! アルディ君のファインプレー♪)
(おぉ、金剛張ったか)
だが、人体が発してはいけない音がなったのは事実だ。クロノはあまりの痛みによろけてしまうが、そんな少年の脳天に容赦なく金槌が叩き落される。ちなみに、セシルはいつの間にか空中に避難していた。
「……ちょっ……ストッ……」
「人!」
「人間!」
「人間だっ!」
「あ、いや……待っ……」
「帰れ!」
「追い払え!」
「殴れ!」
「殴り帰せ!」
「やっべぇ! 超凶暴だこいつらっ!」
図鑑にはここまでの危険性は書いてなかった、エルフじゃないが、やはり実際に体験してみないと分からないものである。とりあえず、昔愛読していた図鑑の作者には、色々と文句を言いたい。
「殴れ!」
「殴れ!」
「うわぁっ!? いっぱい出てきたっ!」
山に開いた無数の穴から、多数の土人種が溢れ出てきた。各々が小さな金槌やら、熱された鉱石やらを手に、我先にと襲い掛かってくる。見た目ちっこくてファンシーなくせに、割と洒落にならない数の暴力である。堪らず踵を返すクロノだが、少年の顔を、投げつけられた金槌が掠めた。
「あっぶねぇっ!?」
「今だ!」
「かかれっ!」
「飛びつけ!」
「殴れ!」
「殴れ!!」
「殴れっ!!!」
「あだだだだだっ!」
動きを止めたクロノに、複数の土人種が飛びついてくる。ガンガンと金槌が叩きつけられ、このままではさらに馬鹿になってしまう。
「今なんか見知らぬ悪意が横切った気がっ!!」
(割と余裕あるね)
「あるかぁっ!」
「こいつ固い!」
「硬い?」
「かたーい!」
「硬いは石!」
「石は大地の恵み!」
「即ち! 自然の力!」
「加工しろ!」
「殴って砕いて焼いて溶かして!」
「加工しろっ!」
「やばい、この子達頭弱い!」
「つか純粋に怖いわっ!!」
加工という言葉を口にした瞬間、数体の土人種の目つきが変わった。各々の得物を持ち直し、キラキラした視線を向けてくる。
(ちなみに、彼等は加工作業が大好きなんだ)
(三度の飯より発掘&加工……まぁエルフと未知の関係性みたいなものさ)
(なんでそういうこと早く言わないかなぁっ!?)
(実際に体験するのが、大事なんだろう?)
(お気遣いありがとうございますぅ! おかげで一大事になってるよっ!)
(しかしクロノ……共存云々言うのにあまり魔物に詳しくないねぇ)
(どうせ図鑑を読んで得た、狭く浅い知識しかねぇんだろうよ)
(セシル……辺りに……笑われて、そう)
旅の最初辺りに、思い切り呆れられた記憶がある。
(これからは、最初に勉強会が必要だね)
(長い説明は勘弁して欲しいぜ……たく……)
(呑気に今後の行く末を案じてないで、とりあえず助けてくれよごふぁっ!?)
クロノの脇腹が、若い土人種に蹴り飛ばされた。ぶっ飛んだクロノに、大量の土人種の打撃攻撃が降り注ぐ。ガンガンと硬い物がぶつかり合う音が、周囲に何度も響き渡った。
(土人種は大地の力の扱いが上手いからね、いくら金剛でも、かなり効くよ?)
(彼らは道具にも、大地の力を纏わせたり出来るからね)
(クロノ、君もそういう応用出来る様にだね……)
(今まさに未来の可能性が奪われそうだよっ!!)
現在進行形で、袋叩き真っ最中である。
「ごふぁっ!? ……たっ!?」
「この……いい加減に……!」
「加工!」
「加工!!」
「何に?」
「………………何に?」
「とりあえず叩け!」
「叩け叩け!」
「とりゃー!」
「たりゃー!」
「うりゃー?」
「…………っ!」
流石に、切れそうだ。
「おーい、随分無様だな?」
上空から、セシルの声が聞こえてきた。相変わらず傍観が好きな奴だ。
「……私は、貴様が殴られる絵を見たいんじゃないんだが?」
「あまりがっかりさせるな、クロノ」
こっちだって、そんな姿見せたくない。色々手段は考えてきたが、これじゃ会話も出来やしない。よし決めた、とりあえずぶっ飛ばそう。
(……ハッ……いいじゃねぇの)
(付き合うぜ、契約者)
瞳が灼熱の線を描き、クロノは群がる土人種を吹き飛ばした。感情がそのまま身体から噴出したように、クロノは熱を纏う。
「テメェら、いい加減にしろぉっ!!!」
烈火を発動し、クロノは体を高速で回転させる。しがみ付いていた土人種を纏めて吹き飛ばし、そのまま後方に飛び退いた。
「熱い!」
「暑い?」
「熱い!」
「勝手に熱された!」
「次は叩け!」
「叩いて加工し……」
「俺は鉱石じゃねぇからっ!」
「アルディ! 烈火に金剛を!」
(んじゃ、行くよフェルド)
(俺ベースな、よし行くぜぇっ!)
体勢を低くし、クロノは出来る限りの大地の力を左手に集中する。炎の力で全ての能力をブーストさせ、思考より早く反射で答えを導き出す。クロノは左手を地面に突き刺し、渾身の力を噴射する。
「活火山・裂火っ!!」
拳から発した膨大な力が、クロノを中心に地面に大きなヒビを入れた。土人種達はその衝撃で、空中に跳ね上がってしまう。その隙に、クロノは大地を駆け抜け、土人種達の道具を全て弾き飛ばした。
「はっや!?」
「早い!」
「速い?」
「道具が!」
「素材が逃げた!」
「逃がすな! 叩け!」
「あれ? 殴って帰すんじゃ?」
「いいから叩け!」
身軽な動きで着地し、何体かの土人種が素手で襲い掛かってきた。身長はクロノの腰辺りと、子供のような体型だが、その力は人間の大人を軽く凌駕している。大地の力を抜きにしても、身体能力の高さは相当な物だ。
だが、こちらも今は人間の身体能力を軽く上回っている。炎の力で強化されたクロノは、土人種の攻撃に尋常じゃない速度で反応し、弾き飛ばす。大地の力も纏っているのだ、例え複数相手でも、今のクロノに一撃入れるのは容易い事じゃない。
「この素材、強い!」
「その言葉に疑問感じないか?」
「素材が強いと! 良い物出来る!」
「ほぉ……じゃあ俺で何作る気だ?」
「………………………………」
「あれ?」
「あえて言おう、この馬鹿野郎っ!!」
凄く手加減しながら、クロノは目の前の土人種にアッパーカットを決めた。空を舞う同胞を眺め、他の土人種達も我に返ったようだ。
「そうだ! 殴るんだった!」
「その前に話を聞けよっ!」
「!?」
「!?」
「!?」
「あ、そうだった! みてぇな顔やめろっ!」
土人種に限った話ではないが、魔物とのコンタクトは体力勝負である。
「よし人間! 帰れ!」
「会話の意味分かる?」
「? 会話しに来たのか?」
「あぁ、まぁ急に訪ねてきたら驚くよな……ごめん」
「実は相談があって……」
「断る! 帰れ!」
「ごめん、もう少し歩み寄らせて……」
「帰れ!」
「帰れ!」
「帰れ!」
「かえめ!」
「噛んだ」
「噛んだね」
「帰れ!」
「か」
「え」
「れ!」
「……心が折れそうだ」
(もう少し頑張ってぇ……!)
言葉は通じてる筈なのに、会話が成立してくれない。金槌でボコボコにされるわ、リレーで帰れコールされるわ、ジリジリと心が負けそうになっていた。
「あの、警戒するのも分かるしさ……」
「いきなりで失礼かもだけど……とりあえず話だけでも聞いて欲しいんだ……」
「そんな暇はない!」
「暇だけどね」
「暇だね」
「けど駄目だよね」
「駄目だね」
「うぐぐ…………」
「何故なら! 戦争が始まるのだ!」
「だ!」
「だー!」
「戦争?」
「そうさ! 山を見ろよ人間!」
「山が来るぞ!」
「ぞー?」
「ぞー!」
どこか能天気な空気を発しながら、土人種が自分達の山を指差した。一体何事かと、クロノが山を見上げると、その山の背後から何本かの指が見えた。
「………………………………指?」
「……ほぉ、巨人種か」
隣に降りてきたセシルが、珍しそうに口にしていた。そうこうしている内に、山の向こう側から巨人種が現れ、こちらに向かってきている。
「……っ! でけぇっ!」
20メートル近い巨体が、クロノと土人種達に接近した。見上げてもその表情は確認できない。巨人種の大きさは個体差があるが、目の前の固体はかなりでかい方だと思う。
(そだな、割とでけぇな)
「反応薄くないか!?」
(クロノ……が……大げさ、な……だけ……)
「やいやい! この巨人野郎っ!」
「俺らの山を我が物顔で踏み付けやがってっ!」
「足音うるさいんだよっ! このバーカ!」
「バーカ!」
「坑道崩れるんだよ! 採掘出来ないじゃない!」
「責任取れ!」
「取れ!」
「……………………ぁ……………………!」
「聞こえない!」
「聞こえない!!」
「気にする物か! やっちまえ!」
何かを喋っているような気がするが、土人種達は知った事ではない様子で巨人種に襲い掛かった。とは言っても、体格差が大きすぎる。巨人種の足の指をポコポコ殴っているが、あれは効果なしだろう。現に巨人種は土人種達を完全に無視し、何かを伝えようと必死になっている。
「? 何言ってるんだろう?」
頭の位置が高すぎて、正直よく聞き取れない。クロノは疾風を纏い、宙を蹴りつけ巨人種に近づいてみた。
「なぁ? 何喋ってるんだ?」
「うぁ……にんげん?」
「敵じゃないよ、何もしない」
「なぁ、土人種達に何か言ってたけどさ、聞こえてないぞ?」
「少し頭下げた方がいいんじゃないかな」
「あ……なるほど……」
割と素直な巨人種は、膝を折り曲げ、土人種達に顔を近づける。その状態で話そうとしたらしいが、言葉の前に口から吐き出した息で土人種達が吹き飛んだ。
「ぐわー!」
「ぐはー!」
「くそぉ! なんて圧倒的な力!」
「力?」
「覚えとけよこんにゃろう! いつか酷いからな!」
「毎日毎日きやがって! 喧嘩なら買うぞ!」
「買って返品するぞ!」
「バーカ!」
「あ……ちがう……まって……オデは……!」
「やばいぞ逃げろー!」
「喰われるぞー!?」
「ひゃー!」
土人種達は蜘蛛の子を散らしたように、山の中に退避してしまった。なんというか、何らかの速度が圧倒的に噛み合っていない。
「また……にげられた…………」
「……? 一応聞きたいんだけどさ」
「何しに来たんだ? お前は」
「……交渉…………めずらしい石、やるから……酒くれって」
「……けど、会話ができない」
「こまった、もう何日もこんなかんじだ」
「すげぇや、巨人種の方が知的で会話が成立するぞ」
「というか、酒?」
(土人種の作る酒は美味いんだぜ)
(俺の中じゃ、蛇人種酒と互角だな!)
前者はともかく、後者は嫌な予感がした。知らない方が身の為な、魔物界のグルメ事情を垣間見た。
「つまり、すれ違いが起こってると……」
「オデ、別に敵じゃない」
「酒もらったら、帰るつもりだ」
「ふむ……」
そんな顔をされると、放っておけないのがクロノという少年だ。
「おっし、ついでだしな……」
「巨人さん! 俺に任せろっ!」
「んあ?」
「お前等の蟠り、なんとかしてやるよ!」
出会ったばかりの、種族も違う者。そんな存在でも、クロノは放っておけないんだ。
(また簡単に請け負う……)
(考えなしだよぉ)
(土人種が巨人種を誤解してる……そのせいで話を聞いてもらえない)
(なら、このすれ違いを何とかする事は重要だろう?)
(本心……は……?)
(勿論、何とかしてやりたいからだ)
(よし、それでこそ俺達の大馬鹿契約者だ! はははっ!)
種族なんか関係ない、理由なんて、助けたいからの一つだけ。そんな大馬鹿な少年は、種族を越えて多くの者を惹き付ける。この旅で、少年は多くの繋がりを持つことになるだろう。それが何を招く事になるのか、まだ誰にも分からない。
正しい? 間違い? 知ったことか、救ってから考えろ。
少年と強く心を繋げ、ピンチを吹き飛ばしたフェルド。そんなフェルドを見て、ティアラは顔を曇らせた。
(……足りない、の、かな……)
焦ってるわけじゃない。だが、自分の心の音は明確に大きくなっている。過去と今を重ね、クロノを彼と重ね、その気持ちは大きくなってきていた。何度も指摘され、いい加減腹も立っているが、やはりティアラはまだお子様だ。素直になれない。自分の一番の欠点だと、ティアラは溜息をついていた。
甘える事さえ、上手く出来ない。心の距離を近づけようとしても、緊張してしまう。ティアラは正直、困っていた。尚、フェルドにはバレバレなのを、ティアラはまだ気づいていない。
クロノはこの旅の途中、多くの繋がりを得る。それと同時、今の繋がりにも変化が起きるだろう。より深く、広く、少年は成長していくのだ。




