第十八話 『鬼ごっこ』
太陽が真上に移動する頃、クロノは草原のど真ん中で大の字に寝転がっていた。そんなクロノに、セシルは近づいていく。
「どうだ、契約はできそうか」
クロノは声に気がつくと起き上がり、ガックリと肩を落とす。
「心が折れそうです……」
あの後も多くのシルフ達に契約を求めたが、その5割が『人間と契約は勘弁』、と去っていった。中には『顔が趣味じゃない』、だの『銀髪は範囲外』、など訳の分からない理由で断られる始末だ。
だがクロノが落ち込む一番の理由は……。
「力を求める理由を答えたらさ、笑われて『論外でーす♪』だってさ」
共存の為に強くなりたいのが『論外』……ストレートすぎて流石に傷つく……。
「まぁそうなるとは思っていたがな」
「うぅ……『ガキに興味は無いの』とかなんなんだよっ!!」
そんなどうでも良い理由で断られ続け、クロノのメンタルは限界だった。頭を抱えるクロノを見つめ、セシルは少し不安になる。
(こんな調子で、本当に大丈夫なのだろうか……)
これから会いに行く奴の性格を考えると先が思いやられたが、行動しないと始まらないのも事実だ。
「クロノ、ついてこい」
「え? どこ行くんだ?」
頭を上げ、立ち上がる。
「知り合いのシルフに会いに行く」
それだけ言うと背を向け、さっさと歩き始めた。
「お前と契約するようなシルフは、恐らくアイツしかいないだろう」
しばらく歩き続けていると、セシルが口を開いた。
「あのさ? だったら何で最初にそのシルフに会いに行かなかったんだ?」
「どこにいるのか探していた」
なるほど、尤もな理由だ。だが一つ納得いかない。
「けど探してる間、俺がシルフに契約頼み込みまくる必要はなかったんじゃないか?」
「断られるって分かってたんだろ?」
「ただの戯れだ」
「…………」
ただの戯れで自分のメンタルはズタズタにされたのか、クロノは再び肩を落とす。
「はぁ……そのシルフは本当に俺と契約してくれるのかぁ……?」
「貴様次第だが、ある意味アイツと契約できるのは、お前だけかも知れん」
「え、それってどういう……」
その瞬間、前方から強風が襲い掛かった。危うくクロノは尻餅をつきかける。
「うおっ!?」
右腕で顔を庇い、前方を確認する。クロノの視界に、一体のシルフが入った。
「ふふっ……」
不適な笑みを浮かべながら、空中に漂うシルフの少女。
黄緑色の髪からは、ピョコンと一本のアホ毛が飛び出ていた。
いかにも妖精です、と言ったような服が風でフワフワしている。
30cmほどの大きさからは考えられないほどの、威圧感を放っていた。
(なんだ、このシルフ……)
目の前のシルフは今まで出会ったシルフとは違う、そう直感で感じ取る。思わず身構えるクロノには見向きもせず、シルフはセシルを見つめていた。
「やっぱり……」
そのシルフが口を開く、クロノは警戒度を上げ、
「うわあああああああいっ! やっぱりセシルちゃんだああああっ!!」
瞬間、疾風の速さでセシルに飛び込む。周囲を覆っていた緊張感が一瞬で吹き飛び、クロノは前のめりに倒れこむ。
「本物だぁ! 本物のセシルちゃんだああぁっ!!」
涙目になりながらセシルに抱きつくシルフ、そんなシルフの頭をセシルは優しく撫でていた。
「久しいな、変わりないか」
「変わってないよぉ! 前と変わらず風の精霊シルフちゃんだよぉ!」
「うええぇんっ! みんなとはアレから会ってないし、カムイ君は音沙汰不明だしっ!」
「昔の仲間は全然会いに来てくれないまま、何百年経ったと思ってるのさぁ!」
「寂しかったよぉ! 孤独だったよぉ! セシルちゃあああんっ!」
泣きじゃくるシルフを、セシルはただただ受け止めていた。
「ぐすっ……それで、セシルちゃんは何でここに?」
まだ涙を浮かべているが、少しは落ち着いたのかシルフは口を開く。
「セシルちゃんが生きてるのは嬉しいけど、やっぱり変だよね?」
「あぁ、彼の仕業だ」
「……そっか」
一瞬、とても切なそうな顔をしたシルフがこちらを見る。
「人間さんだよね? セシルちゃんの彼氏?」
「焼くぞ」
「ひぃん! 冗談だよぉ!」
手をバタバタさせながら飛び回るシルフ、その表情はとても楽しそうだ。
「えっと、俺はクロノ、セシルと一緒に旅をしてるんだ」
「セシルちゃんと二人旅? へぇ~勇気あるねぇ」
それはどういう意味か、少し気になったが置いておく。
「それで、君と契約がしたいんだけど……」
「え、あたしと?」
そう言って、セシルの方を見る。セシルはただ、頷いた。
シルフは少し考え、クロノの目の前まで飛んできた。
「クロノ君が力を求めるのは、どうして?」
「夢の為だ」
当然、即答する。
「人と魔物、種族関係なく手を取り合う共存の世界を成すのが、俺の夢なんだ」
「その為に強くなりたい」
(即答したのはいいけど、また断られたらどうしよう……)
つい先ほど多くのシルフ達に『論外』と言われたからか、クロノは内心不安でいっぱいだ。
そんなクロノの考えとは違い、シルフは少し驚いたような顔をしていた。しばらくクロノの目の前で固まっていたが、懐かしそうな笑みを浮かべ、
「そっか、君はルーンと同じなんだね……」
そう、言った。
(え、ルーンって……)
予想外の名前に、クロノの頭は一瞬凍りつく。
「クロノ、紹介がまだだったな」
そんなクロノに、セシルが思い出したかのように口を開いた。
「彼女の名はエティル、嘗てはルーン・リボルトと共に戦ったシルフだ」
「で、伝説の勇者と……!?」
セシルの話では数百年前、自分と同じように共存を訴え、後一歩のところまで行った男だ。その男と共に戦った精霊、それが目の前にいるのが信じられなかった。
何よりその精霊とセシルが知り合いなら、セシルの話が信憑性を帯びてくる。
「セシルちゃんは、行動を始めたってこと?」
クロノがあれこれ思考を巡らせている間に、エティルはセシルに問いかける。
「あぁ、私はその男に賭ける」
「だから、お前等の答えを聞きたい」
その言葉に嘘は無い、それが伝わったのかエティルはクロノに向き合った。
「クロノ君の話は分かったよぉ、でもそれだけじゃ契約はできないの」
「え?」
「あたし達精霊が契約を結ぶには、契約者を見定めないとダメなんだよぉ」
だから、と笑い。
「あたしにクロノ君の、力を見せて欲しいな♪」
クロノは嫌な汗が出るのを感じた、戦闘になれば勝ち目なんて無い。
「えと、どうやって……かな」
「えへへ……それはねぇ……」
クロノの周りをクルクル飛び回るエティル、そして顔の前で止まると人差し指を突きつけてくる。
「鬼ごっこっ!!」
……そう言い放った。
「……はい?」
「だから、鬼ごっこだってば」
一瞬耳を疑ったが、どうやら間違い無いらしい。
「ルールは簡単、逃げ回るあたしにクロノ君がタッチできればクリアだよ」
「制限時間も無いし、どんな手を使ってもオッケー!」
「諦めない限り何分でも、何時間でも、何日でも付き合うよ!」
なるほど、戦って勝つとかよりよっぽど現実的だ。
「ただし、チャンスは一度だけ!」
「一度諦めて勝負を投げたら、あたしとの契約は諦めてね?」
「……諦めなきゃ、何日かかってもいいんだな?」
「うん、いいよ?」
それを聞いてクロノは笑う、そしてエティルに向き直った。
「諦めは悪いほうなんだよね、俺」
「アハッ! それじゃあ始めるよぉ?」
クルクル飛び回るのを止め、クロノの前に停止する。そしてワクワクしたような表情で……。
「楽しませてね♪ スタート!」
スタートの合図と同時に、クロノは目の前のエティルに駆け出す。
(先手必勝、速攻で決める!)
全速力で突っ込みながら、エティルに向かって手を伸ばす。
少し距離を置き、観戦モードに入ったセシルはそんなクロノを見て呟く。
「単純なゲームだが、相手は風の精霊」
「風を捕まえるなど、容易い事ではないぞ……クロノ」
「ッ!?」
目の前のエティルが一瞬で消え、クロノは辺りを見渡す。伸ばした手が触れる瞬間、一瞬で見失ったのだ。
(速い……っ!)
そんなクロノの背後から、エティルは笑い声を上げる。
「アハハハハッ! 遅いよぉ!」
「そんなんじゃあたしは捕まえられないゾ♪」
片目を瞑り、挑発的な笑みを浮かべるエティルに、クロノはゆっくりと振り返る。
「絶対とっ捕まえてやる……!」
(セシルちゃんが賭けた人間の子……)
(確かめてみないとねっ! さぁ、君の力を見せてよっ!)
契約をかけた真剣勝負が、幕を開けた。