第百六十七話 『難航の素材集め』
メガストロークを停めてある浜辺まで飛んできたクロノは、エンジン音を唸らせる船に魔動キーを差し込んだ。乗り込み口が開き、移動の準備が完了する。
「えーとアゾット、アゾット……」
登録されている幾つかの項目から、アゾットの名を探し入力するクロノ。これで自動で目的地まで走ってくれるのだ。
「アゾットって、内陸の方なんだよねぇ?」
「少しは砂漠を歩く事になりそうだね」
「一番近い浜辺にでも止まるだろうし、後は根気だな」
「あの頃の俺とは違う、一瞬で突き抜けてやるぜ……!」
「……………………フラグ」
「そりゃあ頼もしいな、高速移動の反動に怯えてガックガクな奴の台詞とは思えねぇ」
「うるさいよ……」
また船内でスーパーボールのように跳ね回るのは勘弁である、クロノは安全ベルトを念入りに装着する。
「移動時間は、どれくらいだ?」
「えっと、……6時間」
「夕方には到着か、中々快適だな」
「まぁ私は自分で飛んだほうが早いが」
「普通の船だと3日の距離なんですが……」
「クロノだって烈迅風で飛べば、一日くらいで行けると思うよぉ」
「今のクロノなら、途中で力尽きて海へ真っ逆さまだけどね」
「ぐぬぬ……」
「まぁいいさ、俺にはフローがくれたこの船があるんだ」
「何だかんだ言っても、この船には大助かりしてるんだ」
「さぁ! 発進だ!」
「……退避……」
「んじゃ、一旦消えるからな」
「薄情者共があああああっ!」
一瞬で姿を消した精霊達に、クロノは涙目で訴えかける。そんなクロノと物理法則を無視して、メガストロークは音を置き去りにした。もはやお馴染みの海上ドリフトにより、クロノの体は右へ左へガクンガクンしていた。
「ぐふぁっ! が、ちょ、ま……がっはっ!」
「……新手の拷問か?」
「あ、安全ベルトのせいで、衝撃が散らせな…………ぐはあああっ!?」
腰を固定されている為、そこを支点にクロノの体は揺さぶられている。メガストロークは高速回転したと思うと、巨大な岩をぶち壊し、丸ノコのように水上を突き進む。
「おぉ、船とは思えぬアクションだな」
「死ぬ死ぬ死ぬっ!」
「ちなみに安全ベルトは、腕や足も固定しないと意味が無いらしいぞ」
船内に落ちてたマニュアルを読みつつ、セシルはこの拷問空間で平然と立っていた。
「いや、遅すぎる、からっ!」
「ごふぁっ!?」
「お、船が跳ねたようだ」
岩礁地帯に突入したらしく、時に跳ね、時に回転し、岩を無視して突き進んでいく。どうやらこの船は、中の生物に対する安全性も完全に無視しているようだ。
「ど、どこから突っ込めば…………」
「とりあえず! セシル! 頼むからベルトを外してくれ!」
「世話のやける……」
セシルが尻尾を操り、クロノの腰を固定しているベルトを外す。ベルトが外れた瞬間、クロノの体が右方向に吹っ飛んだ。隣の椅子の手すりに頭をぶつけ、クロノの意識は闇に飲まれてしまう。意識を失い、人形のように船内を飛び回るクロノを、セシルは溜息混じりで受け止めた。
「船に殺されかけてどうする、馬鹿タレが……」
(へぇ、何だかんだ言いつつも……受け止めるんだね)
「鬱陶しかっただけだ」
(クロノの意識がある内に、受け止めて欲しかったなぁ)
(素直じゃないんだからぁ)
「離していいか?」
(駄目だ、契約者が酷い事になる)
(…………ねぇ、この……画面……)
ティアラがクロノの中から、ある一点を指差した。メガストロークを操作できる運転席、そこに備え付けられている画面には、世界地図のような物が表示されていた。
「赤い線の様な物が、移動ルートか」
「ふむ、どう見てもウィルダネス大陸の砂漠地帯を突っ切っているな」
(なるほど、この船は陸上も走れるのか)
(クロノの受難は、まだ続きそうだね)
セシルの尻尾に支えられているクロノ、彼はこの後6時間……ひたすらに揺られ続けるのだった。
5時間56分後、当然の様に砂の海を突き進んだメガストロークは、その役目を終え沈黙していた。空はすっかり暗くなっているが、それ以上にクロノの状態が落ち込んでいた。
「俺、あと何回耐えられるのかな……」
「気をしっかり持ってっ!」
「アザ……出来てる……」
フローには悪いが、この移動はダメージが大きすぎる。何度も使えば、本気で死ねると確信出来た。
「情けないな……貴様は……」
「セシルは何で普通にしてられんだよ……」
「大地の震動で自身の体を縛り付けるのだ、慣れれば貴様にも出来る」
「というか、出来ねば死ぬぞ」
「うへぇ……」
早急に、その技術を会得する必要があった。クロノはボロボロの身体を奮い立たせ、強く決意するのだった。
「まぁ、それは一先ず置いておこう」
「アゾットには、何とか辿り着けたしな」
クロノ達は、アゾットのすぐ近くにいた。メガストロークは砂漠のど真ん中で停止してるが、他人には動かせないので放置しても大丈夫だ。
「まだ19時くらいだろうし、急いで情報を集めよう」
「確か、『メディカルクラフト』って店だったよな」
クロノは急ぎ足でアゾットに突入、目的の店の情報を集め始めた。道行く人に聞いたところ、その場所はすぐに判明した。何人かに話を聞いたが、店の評判はとても良かった。
「良い人が経営してるみたいで、良かったねぇ」
「まぁ、魔物を助けたいって言って……協力してくれるかは微妙だけどな……」
「まぁ、それでも怖そうな人じゃなくて助かったよ」
「錬金……術……格好、いい……」
「どんな奴かねぇ、凄腕の薬剤+錬金術士ってのは」
「あ、あの店だな!」
「どんな人って……そりゃメガネとかかけててさ、凄く頭良さそうな人じゃないかな」
「へへっ、俺も錬金術とか見るの初めてだから、結構楽しみだ!」
子供のようにはしゃぎながら、クロノは目的の店のドアを叩く。中から声がしたので、クロノはドアを開いて中へと入っていった。
「いらっしゃいませ~、メディカルクラフトへようこそ~」
「こんな夜遅くに~、何用でございます~?」
何やら眠気を誘う陽気な声で、黒いローブに身を包んだ女性が出迎えてくれた。メガネどころか、顔が全く見えない。第一印象は怪しい女性だ。
(これは…………!)
「何だ貴様、黒魔術士か何かか?」
「その格好で薬屋? 毒薬でも作っているのか?」
「セシルーーーッ!! 口を慎めっ!」
「毒薬をお求めですか~? 取り扱ってますよ~?」
「あるのぉっ!?」
「バレなきゃ問題ないです~、バレたら問題です~?」
店の選択を誤った気しかしない、クロノは今すぐUターンしたい気持ちで一杯である。
「お客様は~、何をお求めですか~?」
その格好で首を傾げられても、不気味なだけである。ローブで全身は隠されているし、顔の部分は闇しかない。
「えっと……練成アイテムを……」
「お客様~通ですね~」
「私がただのポーション売りじゃないと、見抜くとは~!」
その姿で胸を張られても、正直怖い。
「でも残念です~、材料不足で在庫が0です~」
「用途に関わらず~、練成アイテムはありません~……」
「材料を仕入れてくれる人と~、連絡が取れないのです~」
「うぐぐ……そう上手くはいかないか……」
「それ以前に~、お客様はどんなアイテムをお求めです~?」
「用途によっては、そもそも作れないアイテムの可能性もありますよ~」
その用途を話せば、大抵の人間が白い目で見てくる事を、クロノは知っている。だが、ここを有耶無耶にするわけには行かない。ここを曲げたら、自分は何の為に頑張っているのか、分からなくなってしまう。
「……魔物を、助けたいんです」
「少し長い話に、なるんですけど……」
クロノの話を、ローブの女性は黙って聞いていた。一通り話し終えた辺りで、ローブの女性はフラフラとクロノの方へ歩いてきた。
「な、なんですか……?」
「…………この匂い…………」
「ふむ……」
クロノに顔を近づけ、何かを確認した女性は、クロノの横を通り過ぎた。そしてそのまま、店の鍵を閉めてしまう。
「!?」
「ふふふふふふふ~~…………」
怪しい雰囲気で振り返った女性は、もうどう見ても悪の幹部的な佇まいだ。咄嗟に身構えたクロノだったが、女性はおもむろにローブを脱ぎ捨てた。ローブの中からは、黒いロングヘアを靡かせた綺麗な女性が現れた。その耳は、人の物じゃない。
「……!?」
「ふむ、やはりハーフエルフか」
「ハーフエルフ!?」
「人間の匂いに混じり、魔物の匂いがしていた」
「……随分と薄かったが、どうせ魔法で隠していたのだろう」
「そんなに簡単に見破られると~、個人的には困ります~」
「魔物とバレて困るのなら、何故姿を自ら晒す?」
「そちらの少年から~、魔物の匂いが沢山しました~」
「この前ここを訪ねてきた~、エルフの二人組の匂いもしました~」
「エルフの二人組……レラとピリカ?」
「名乗りはしませんでしたけど~、そう呼び合ってましたね~」
「記憶力には自信があるので~、間違いないです~」
「お知り合いです~?」
「はい、友達です」
クロノの言葉に、ハーフエルフの女性は嬉しそうに笑った。
「君は~、本当に魔物を敵視しないのですね~」
「人と魔物の共存が、俺の夢ですから」
「なら~、同じ夢を抱く私が~、君を手伝わない訳にはいきませんね~」
「私はミルナイ・アルケミスト……人とエルフの愛の象徴です~」
「俺はクロノ・シェバルツです」
「力を貸して頂けるなら、嬉しいです!」
「私~、人間好きですから~」
「けどけど~、お話を聞いた限り~、その森を救うのは大変です~」
大変なのは本当なのだろうが、穏やかな口調過ぎて緊張感の欠片もない。
「……ミルナイさんでも駄目なら、本当に打つ手が……」
俯きかけたクロノの頭を、ミルナイがポンポンと撫でてきた。
「大丈夫です~、私に考えがありますから~」
「ただ、材料がないのはどうしようもありません~」
「君が材料を集めてきてくれれば~、きっと森を救えます~」
「!」
「何でも集めてきますっ! 世界中駆け回っても! 絶対!」
「頼もしいです~」
「ではでは~、必要な素材と~、用途を説明しますね~」
「その花精種の為にも~、この方法が一番です~…………多分」
最後に何か小さく聞こえた気がするが、クロノは気にしないことにした。ミルナイの指が魔力を纏い、空中に図が描かれる。
「話を聞いた限り~、森の汚染はかなり進んでいます~」
「アイテム一つで~、ポンと解決は~、無理です~」
「なので~、3つの練成アイテムが必要です~」
「3つの、練成アイテム……」
「一つ目は~、『静寂の土』ですね~」
「花精種さんの周りの土に使用し、彼女を特殊結界で包みます~」
「ついでに~、花精種さんの成長も促進させます~」
「二つ目は~、『浄化の聖水』です~」
「結界内に振り撒き~、結界内の魔素を浄化します~」
「ついでに~、花精種さんの成長も促進させます~」
「最後に三つ目です~、『継続の守り』を使います~」
「花精種さんに装備して~、『静寂の土』と『浄化の聖水』の効果を永久持続させます~」
「ついでに~、可愛い髪飾りとしてのオプション効果も付けます~」
「後は~、森の魔素をエルフ達で浄化してしまえば~、一先ず安心です~」
「その花精種さんが力をコントロール出来るまで~、これで大丈夫のはずです~」
「力をコントロール出来るようになったら~、『継続の守り』を外せばOKです~」
「土と水の練成アイテムなので~、森や植物系の魔物に影響はないです~」
「むしろ成長環境を整えます~、職人技です~」
「ミルナイさん! 凄い!」
「お客様の絶望を~、希望に塗り替えるのが~、私のお仕事ですよ~?」
「ただ材料がないのです~」
クロノには解読不能な、独特のセンスがある図を空中展開するミルナイ。そんな彼女の笑顔が、少し難しい顔になった。
「材料集め、大変ですよ~?」
「大丈夫です! なんとかします!」
「教えてください、何を集めればいいんですか!?」
「んー、『静寂の土』には、栄養たっぷりの土を媒介に使います~」
「ウィルダネス大陸の土人種さんから~、得られると思います~」
「それと~、強力な魔力を含んだ液体が必要です~」
「これの候補は幾つかありますが~、コリエンテのオークさんに話を聞くといいです~」
「彼等は農業に秀でています~、助言を参考になんとかしてください~」
「『浄化の聖水』には~、綺麗な水を使います~」
「コリエンテの粘液大河で~、なんとか入手してください~」
「多分ベッタベタになると思いますし~、水体種の猛攻にあいますが~、なんとかしてください~」
「それと~、煌きの粉と言う素材を使います~」
「これ、入手場所不明です~」
「妖精種の羽から取れる粉に似てるのですが~、ちょっと違くて~」
「コリエンテで得られたらしいので~、なんとかしてください~」
「最後に『継続の守り』ですが~、これ私には作れません~」
「パーツは練成出来ますが~、最終的な組み立ては魔道具関係に秀でた人に頼んでください~」
「それと~、材料に神々の涙という最上級レアな素材を使います~」
「正直どこで手に入るか全く分かりません~、なんとかしてください~」
「以上です~」
ニコニコしているミルナイだが、クロノの顔は真っ青である。
「何とかできるのか? 馬鹿タレ」
「……なんとか、するさ…………」
「とりあえず、メモを取ろう……」
さぁ、世界中を巡れ、少年よ。




