第百六十六話 『練成アイテム』
「まずは、どうするんだい?」
「カリアに戻って、タンネさんに助力を頼む!」
「最低でも、意識を失った人は……それで助かる筈だから!」
タンネさんやエルフ達は、きっと力を貸してくれる。魔物に抵抗はあるだろうが、被害者達にはラティール王から話を付けて貰えばいい。
「被害者達は、それでなんとかなる筈だ」
「後は、問題になってるあの子をどうするか……」
「その方法は、正直俺には考え付かない」
「けど! 何百年も生きてるタンネさんなら……きっと心当たりがあるはずだ!」
「……随分頼りないな、結局他人頼りか」
「あの爺さんが何も思いつかなかったら、どうする?」
「世界中回ってでも! 方法を見つけ出す!」
「大会の準備もあるのにぃ……クロノってば計画性皆無だよぉ」
「俺は馬鹿だからな! 放っておけないの!」
「……私、達も……大概…………馬鹿…………」
「そんな、契約者…………放って、おけない……」
「ははっ! 頼りにして、っとぉっ!?」
森の中を駆け抜けるクロノだったが、後頭部に何かが叩きつけられた。
「いったあああああいっ!」
「ぶん投げることないじゃんかぁっ!」
「貴様が勝手に、私の頭に乗るからだ」
「妖精を頭に乗せるなど、爆弾を抱えるような物だろう」
「もっとも、私に悪戯をすれば、二度と飛べなくなるだろうがな」
「ガクガクブルブル…………」
「そんなつもりじゃないのにぃ……」
「? 君は……エティルに回された妖精だな」
「あ! 親切なお兄さんだ!」
「助けてお兄さん! あの子怖いよ!」
勿論助けるつもりだが、現在この妖精は森とは無関係の脅威に晒されているようだ。クロノはセシルを制しつつ、妖精を手の平に乗せてやる。
「改めまして、妖精種のフェルルです」
「ルルーナさんとは友達、一応この森の妖精達のまとめ役なの」
「お近づきの印に、これあげる♪」
差し出されたどんぐりが、エティルの風で握り潰された。やはりカラフルな液体が詰まってたらしく、中身が地面に零れ落ちていく。
「反省してないのかなぁ?」
「契約者に何かしたら、本気で怒るよぉ?」
「わーん! だめだめぇ!」
「エティル、ストップストップ」
「ちぇ……お人好しなんだから」
「わはぁ、お兄さん好きー」
手の平の上で安堵の声を漏らすフェルル、妖精が悪戯好きなのは周知の事実なので、別に怒るつもりはない。
「前にここに来た時、慣れたからな…………」
「お兄さん……顔怖い……」
(きっと、全ての悪戯を集中的に食らったんだろうな)
(そりゃ魔法耐性0なら、標的にされるわ)
降りかかる悪戯全てを、ノーガードで食らい続けたクロノ。妖精の笑い声なのか、ローの笑い声なのか、考える事すら止めた忌まわしき記憶が、蘇ろうとしていた。そんな暗黒クロノの思考を止めたのは、隣に並んだセシルだ。
「よくもまぁ、悪戯してる余裕があるものだ」
「現状、最も危険な立ち位置にいるのは……貴様等妖精だろうに」
「……なに?」
「…………そだね」
「ルルーナさん達植物系の魔物は、花粉に一応は耐性あるからね」
「耐え切れる限界はあるだろうけど、すぐには惨事にならないと思う」
「けど、フェルル達は、花粉に耐性なんてないから……」
「このまま花粉が広がれば、森が死ぬ前に…………フェルル達妖精種が全滅だね」
「魔素の保有限界は、とっくに限界」
「魔素侵食の症状は、かなり進んでる」
「…………仲間達は、もう森の中心付近じゃ飛ぶ事も出来ないよ」
「…………時間、もう無い感じか?」
「…………一刻の猶予も、ないかも」
「最近になって、あのチビ花の花粉はかなり濃くなった」
「このペースだと、1・2ヶ月で妖精のみんなは限界かなぁ」
「けど、あの子を見捨てたくないんだろ?」
「仲間だもん」
「仲間を見捨てるなんて、やだやだやだ!」
「ずっと昔に、フェルル達は植物の魔物と友達になったんだ」
「自分達が危険になったら、バイバイさよならまた来世!」
「そんな軽い気持ちで、手を取り合ったんじゃないもん!」
「…………いいな、この森の仲間達は」
「本当に、仲がいいんだな」
「……それにね、フェルルは知ってるの」
「あのチビ花は、まだ喋れないし……なに考えてるかわっかんないけど」
「いっつも、寂しそう」
「生まれてからずっと、一人ぼっちだもん…………当たり前だよ」
「名前だって、ルルーナさんが名付けただけ」
「あの子自身、自分の名前を伝えてもらってない」
「……放っておけないよ……」
「花粉の向こう側、微かに見えたんだ…………あの子が泣いてるの」
「あの涙を見ちゃったら、見捨てるとか、羽が千切れても言えないよ」
「一緒に笑ってあげたいんだ、それがどんなに馬鹿だって言われても」
「あの子は、望んでこんな事やってるんじゃない……分かってるから」
「…………だから…………」
「あぁ、一緒に笑わせてやるっ!」
全く、この森の魔物達は最悪だ。どうして、こっちの心をこうも動かすのだろうか。彼女達の願いは、どんな呪いよりも強力で、どんな魔法よりクロノを縛り付けて離さない。もう、頼まれたって止まらない。助けたい思いは、既に最大値を突き抜けていた。クロノはカリアに向けて、全速力で駆け抜けた。クロノ本人は気がついていないが、その速度はどんどん上がっている。意識しないところで、自然体を操り、クロノは自分の選んだ道を突き進んでいた。
そんな契約者を見て、精霊達は笑顔になる。セシルも、満足そうに頷いていた。繰り返すが、クロノは気がついていない。それほどまでに、少年は前しか見えていないのだ。
カリア城の内部、とある一室……。ラティール王がタンネの為に用意した、一際広い客室だ。タンネは部屋の中で、穏やかな昼下がりの一時を楽しんでいた。
「ホッホッホ……この歳になって……人の城で紅茶を嗜む事になるとはのぉ……」
「うぅむ……いい香りじゃて…………これほどの紅茶は数百年ぶりじゃなぁ……」
「あの頃とは、茶も、茶菓子も……変わったのぉ……」
「この歳でここまで充実感を味わえるとは……やはり未知とは甘美な物よ…………」
モチモチと大福を食べているタンネ。彼は今、非常に充実していた。自ら未知に囲まれ、若きエルフ達も各々が人から未知を吸収していた。勇気を出して一歩踏み出したエルフ達を、カリアの者達は受け入れてくれたのだ。
「いやはや、長生きはするものじゃなぁ」
「ルーン殿の目指した夢は……まだ散っていなかった……」
「こんな穏やかな毎日が、続けばええのぉ…………」
ゆっくりと紅茶を口元へ運ぶタンネ。暖かい風が窓から入り込んでいたが、不意にその窓から突風が舞い込んだ。
「タンネさあああああああああああああああんっ!!」
「!? クロノ殿!? ってどわあああああああああああああああああああっ!」
窓から猛スピードで突っ込んできたクロノが、タンネのお茶会セットを吹き飛ばした。
「人の街だー! だめだめだめ! 悪戯衝動がぁ!」
「だからクロノの頭の上は! エティルちゃんの場所なんだってば!」
「あぅあああー! エティルお姉ちゃん離してー!」
「もう、急いでるからって烈迅風で空を翔るなんて……無茶苦茶するなぁ」
「で、バランス崩して着地失敗と」
「我等が契約者様は、〆がなってねぇんだ」
「…………また、部屋……ぐちゃぐちゃ……」
「いたたたた…………タンネさん! 聞きたい事があるんで、す……が……」
穏やかな時間も、ラティール王から譲ってもらったお茶会セットも、物の見事に崩壊していた。ゆらりと立ち上がったタンネの頭の上には、ティーカップが逆さまに乗っかっている。自慢の髭は、紅茶色に染まっていた。
「……………………………………………………えーっと」
「うむ、何か?」
「すいませんでしたあああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!」
窓から発する、魔法の光。上空からそれを眺めていたセシルは、呆れた表情で首を振っていた。これはクロノの自業自得、考えなしに勢いで突っ込んだ手前、言い訳も出来なかった。
「…………で、話を戻しましょうかの」
「ずいまぜんでした……」
魔法で強化された杖の一撃で、クロノの頭にはタンコブが出来ていた。部屋の中では、クロノと精霊達が正座中だ。ちなみにティアラはクロノの中に逃げ込んだ。
「フェルルは関係ないのにぃ……」
「ティアラちゃんずるいよぉ……」
(……………………正座、や…………)
「リンク中に余所見したエティルも、僕は悪いと思うな」
「とんだトバッチリだぜ、馬鹿契約者」
「すいませんでした…………」
「とりあえず、弾丸宜しく突っ込んできた件は置いておきましょうな」
「何かお困りのご様子、ワシで力になれる事なんですかの?」
「えっと、頼みたい事と、聞きたい事が…………」
「フェルル、説明を頼めるかな」
「うんうん、任せて!」
「おやおや、妖精種とは懐かしい」
「断っておきますが、ワシに悪戯は通用しませんぞ、小さなお嬢ちゃんや」
「警戒されまくりで、だめだめだめー……」
「えっとねエルフのお爺ちゃん、実は…………」
フェルルとクロノが、タンネに事情を説明する。一通り話し終えた頃には、タンネは難しい顔をしていた。
「ふぅむ……事情は分かりました」
「まず、魔素侵食で意識を失った人間達は、なんとかなるでしょうな」
「王に協力してもらい、何人かのエルフを向かわせましょうぞ」
「ありがとうございます!」
「しかし……そこまで強力な花精種ともなると……一筋縄ではいきませんな」
「自らが力をコントロール出来ていない点が、大きな問題ですぞ」
「それに意思疎通も難しい状況と精神年齢……何重にも手を出しにくい状態ですなぁ」
「話の通りであれば、例えエルフでも森の奥地は危険でしょうな」
「エルフさん達でもだめだめー! あっという間に夢の世界!」
「花粉を浄化しても、その花精種自体をなんとかしないと無意味ですのぉ」
「滅する選択肢は論外でしょうが、その他の策と言われますと…………うぅむ…………」
「…………駄目、でしょうか……」
タンネでも手詰まりとなると、クロノには当てが無くなる。そうなれば、本当に世界中を巡るしかない。
(見つかるか……? いや、そもそも時間が無い……!)
(どうすれば……)
「長生きは、するものですのぉ」
「…………へ?」
「あの時は、何の役にも立てなかったワシが…………いやはや……」
「生まれ変わりと感じてしまう少年の、手助けが出来るとは…………」
「ホッホッホ…………この老いぼれの溜め込んだ知識にも、価値があるとはのぉ」
「! なにか、あるんですか!?」
「ワシは、この大陸の外に出た事がありませんのでな」
「聞いた話の域は出ません……申し訳ないですがの」
「しかし、聞けばその花精種…………周囲の自然物まで、汚染しているらしいではないですか」
水も、空気も、土も、周りの植物も、全てが花粉の魔素で汚染されていた。確かにこの眼で見た為、間違いない。
「それならば、生半可な手段は通用せんでしょう」
「ここは、魔道具…………いや、練成アイテムに頼るのがよいかと」
「練成アイテム……」
世界で唯一、アゾットと呼ばれる国でのみ作られている。特殊アイテムの事だ。主に武器としての用途で作られる魔道具とは、その本質が違う。練成アイテムは、基本的に使い捨ての、魔法のような効果を生むアイテムだ。結界を張ったり、使用者の力をドーピングしたり、様々な効果がある。
「自然界で発生する、様々な特殊素材」
「それらを専門知識と技術で混ぜ合わせ、練成される未知なるアイテム…………」
「素材その物が希少な為、相当な値がするでしょうが…………思いつく限り、それしかないかと」
「この手が最も、その花精種を傷つける可能性が低いと思いますぞ」
「行ってみる価値は、十分にありそうだ!」
「アゾットまでの足はある! 早速行ってみよう!」
「タンネさん! ありがとうございま…………」
頭を下げようとした瞬間、部屋の扉が触手でぶち破られた。
「!?」
「話は聞かせて頂きましたわっ!!」
ネーレウスが現れたっ!
「えーーんっ! クロノ様ぁ! エルフ達に揉みくちゃにされましたわぁああっ!」
「何時間も解放されませんでしたぁ! もう疲れましたわぁ!!」
「あ、あー……ご苦労様です……」
「おぉ、多脚亜人種ですな、珍しい」
「いやああああああああ! もう質問は勘弁してくださいいいいいいいいい」
「もう私から聞き出せる物は、何もないですわああああああああ」
「質問恐怖症になってる……」
(効果は抜群だったね)
(やっぱ、アル怖ぇわ)
泣きついてくるネーレウスに、クロノは顔を赤く染める。巻きついてくる触手を振り払いたいが、若干可哀想に思えて実行できない。
「質問怖い、質問怖い…………」
「えっと、ネーレウスさんは何をしに……」
「…………ハッ! そうですわ!」
「話は聞かせて頂きましたわっ!」
それは、もう聞いた。
「アゾットの名を聞いて、居ても立っても居られずに…………!?」
「アゾットがどうしたんですか?」
クロノの問いに、ネーレウスは答えない。クロノの頭の上でエティルに抱き抱えられている、フェルルを見て固まっていた。
「クロノ様! 『また』浮気ですのっ!!!?」
「凄い、その一言だけで突っ込みどころ多すぎて反応できないよ」
「馬鹿! クロノ様の馬鹿ー!!」
「このイカさん、放っておいても悪戯心が満たされていいね!」
「誰がイカだこのチビ!! 蜘蛛の巣に投げ込みますわよ!」
「あー! チビって言った! 妖精は小さいのが当然なんですー!」
「暴走勘違いちゃんは、エッチな幻想に落っことすぞー!」
「上等ですわ! クロノ様は渡しませんわっ!」
凄まじい体格さだと言うのに、この同レベルに思えてならない論争はなんだろうか。
「どんなにライバルが多くても! 私は負けませんわ!」
「クロノ様のお言葉通り! この多くの触手を駆使し! 絶対にクロノ様を離しませんわ!」
「いいから話を進めなよ、エルフ呼ぶよ?」
「すいません、勘弁してください…………」
アルディの一言で、ネーレウスがその場に崩れ落ちた。どんどん、ネーレウスが不憫に思えてくる。
「あうぅ……アゾットには……凄く腕の良い錬金術師が居るんです……」
「人の姿に憧れていた私は、多くの薬やアイテムの情報を集めましたわ……」
「そして行き着くのが、決まって錬金術の国・アゾットでしたの」
「アゾットは内陸にありますから、結局一度も行く事は叶いませんでしたけど……」
「船を襲い、人を締め上げて…………多くの情報を吐かせましたわ」
「ワシの認識が狂っていなければ、普通に脅しや脅迫では?」
一般的にも魔物的にも、どの方向から見ても脅迫である。
「どの人間も、必ず同じ者の名前を口にしましたわ!」
「表の顔は、凄腕ポーション醸造士!」
「裏の顔は、超優秀な錬金術師!」
「ポーション専門店・『メディカルクラフト』を営む……ミルナイ・アルケミスト!!」
「私もいつか、彼女に人間になれる薬を作ってもらおうと、夢見ていましたわ……」
「その人なら……もしかするともしかするかも……!」
「えぇ! クロノ様の目的を達成出来るはずですわ!」
「やったー! これでフェルルも! 森も! ルルーナさんやネーラも助かるー!」
「ま た 女 の 名 前 で す わ !」
ネーレウスの触手が、クロノを縛り上げた。
「なんでですのっ!? なんでクロノ様の行く先々は女ばかりですの!?」
「何か引き寄せる魔法でも使ってますのっ!?」
「あだだだだだっ!」
「もう行かせませんわ! 行かせちゃ駄目なイベントですわこれっ!」
「あ、ネーレウスさん…………情報ありがとうな」
「凄く、助かるよ」
「ずるい! ずるいですわああああああああああ!」
一瞬で触手がヘニャヘニャになり、ネーレウスは真っ赤になって崩れ落ちた。
「えっと……なんかごめんな……?」
「…………いいですわよぉ……もぉ……」
「クロノ様の事ですわ、放っておけないし……助けたいのでしょう?」
「…………私の好きになったクロノ様は、そういうお方ですもの…………」
ストレートな好意に、クロノは顔を真っ赤にしてしまう。だが、照れている暇はないのだ。
「フェルル、タンネさんと一緒に……ここでサポートを頼めるか?」
「被害者の治療と、ここで出来る最低限の処置を頼みたいんだ」
「エルフのお爺ちゃん次第だけど、どう?」
「ワシとエルフも、知恵を振り絞り、森の延命処置を講じましょう」
「小さなお嬢ちゃん、君の知恵も貸しておくれ」
「みんな友達! なんとかなる気がしてきたよぉ!」
「ネーレウスさん、タンネさんを手伝ってくれないかな」
「……………………呼び捨てにしてくれたら、いいですけど…………」
モジモジしているネーレウスだが、流石に気恥ずかしい。
(呼んであげれば?)
(アルディ? どんな風の吹き回しだよ)
(少しやりすぎたし、そっちのほうが『面白いし』)
(…………やっぱ、アル…………怖い……)
理由に泣きそうになるが、ネーレウスには負担をかけているのも事実である。クロノは息を吸い込み、少し照れながらもその言葉を口にした。
「……ネーレウス、お願い」
「任せてくださいっ!!!」
この拭い去れぬ罪悪感は、一体なんだろうか……。
「話は終わりか、さっさとしろ」
「いい雰囲気を邪魔しないで頂けますっ!?」
「あーあー、やかましいわ」
「クロノ、船を出すのだな?」
「先に行ってる、早く来るのだぞ」
窓の外から、セシルが逆さまに顔を出した。その言葉で、クロノも覚悟を決めた。
「この際、遠慮はいらないよな……」
「全速力でぶっ飛ばして! 一気に片付けるっ!」
あれの速さは、身を持って知っている。もう、ウダウダしている時間は無いのだ。
「目的地は、ウィルダネス大陸! アゾット!」
「森を救う為! 練成アイテムを手に入れるっ!」
「凄く嫌だけどっ!! メガストロークッ! 起動っ!」
魔動キーを取り出したクロノは、キーの電源を恐る恐る入れた。遠くで恐ろしい起動音が鳴ったのは、気のせいじゃない。クロノは冷や汗を流しながら、部屋の窓から外へ飛び出すのだった。
3種のアイテムを求める、長い航路が幕を開ける。




