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偽勇者は世界を統一したいのです!  作者: 冥界
第二十三章 『妖精を救え! お使い特急・メガストローク!』
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第百六十五話 『森を蝕む者』

「またか……これで何人目だ?」


「両手じゃ足りないくらい、かな」



 隣のアルディが首を振りながら、溜息を零す。そうして、地面に墜落していた妖精種フェアリーを拾い上げた。白目を向いて意識を失っているが、命に別状はないようだ。周囲を包み込む花粉は、やはり無差別に効果を発しているらしい。



「これさ、俺達が来なかったらどうなってたんだ?」

「放置……?」



『な訳ないでしょう、大切な仲間なのよ?』



 妙に曇った声が、隣から聞こえてきた。振り向くと、木の幹から蔓が伸びてきていた。どうやら蔓の先に咲いている花から、声が響いたらしい




「もしかしなくても、ルルーナさんかな?」




『そうよ、こうやって植物を遠距離から操って、救助活動してるわけ』

『何度も植物で意思疎通を試みてるんだけど、ネーラは反応を示してくれないのよ』

『直接会いに行こうとしても、ご覧の有様』

『花粉の影響かしらね……普段ならなんて事ない植物操作も、なんか凄く体力使うし……』

『正直花粉の中に突っ込んでいく君が、ヒーローに見えちゃうくらい困ってるわ』




「あはは……それじゃこの子達を頼んでいいかな」




『ん、気をつけてね』




 伸びてきた木の蔓に、妖精達を託すクロノ。風で花粉を吹き飛ばしながら、森の奥を目指して歩を進めていく。すぐ隣では、セシルも同じ様に風の防壁を纏っていた。



「セシルは何でも出来るなぁ」



「専門ではないがな」

「言っておくが、貴様が風の操作をミスしても……助けたりはしないぞ」



「セシルは厳しいなぁ……」



「ん…………変な……気分…………」



「あ、おい馬鹿吸うな!」



 ティアラが花粉を吸ってしまったらしい、睡魔に負けて落っこちてしまうが、彼女が寝ているのはいつもの様な気がしないでもない。



「クロノ、もう少し防壁を広げられないのかい?」



「当然、限界ギリギリだ」

「烈迅風で風を操ってるが、正直移動しながら防壁を貼るなんて魔法使いみたいな事……何とか出来てる現状が既に奇跡だ」

「集中しないと、すぐに爆ぜる」



「これだもん、エティルちゃんとのリンクもグニャグニャしております」



「頼りねぇ契約者だな、おい……」

「ティアラを見る限り、この花粉は精霊にも効果ありか……」



「仕方ないね、僕達は一度身を隠そう」

「って事でクロノ、一度引っ込むよ」

「寂しくて、泣いたりしないでね?」



「……極めて心外だ、俺の事を何だと思ってやがる」



「手のかかる、弟君みたいな?」

「早く頼りになる、格好いいクロノが見たいな~♪」



 精霊の枠組みから飛び抜けた彼女達四体を引っ張るには、クロノはまだまだ役不足だ。それでも、いつかは……、そう願うくらいは、許して欲しい。



「俺の友達は、大物ばっかだよ……」



「貴様が小物スタートなだけでは?」



「その小物を初対面でぶっ殺そうとした四天王様は、どこのどいつだっての」



「だから意識を断とうとしただけだと、何度も言っただろう」

「ルーン共と一緒に居たせいで、人の耐久力を誤認する事があるのだ」



「ルーンと同じノリで叩かれたら、俺は余裕でスプラッターですよ」

「本当……初対面があんなだったセシルと旅してるの、今でも不思議な感じするよ」



「……貴様は、あの時から少し変わったぞ」



「へ?」



「お喋りは終わりだ、見えてきた」



 セシルが前を指差す、開けた場所に、妙な色の泉が見えた。



「なんだこれ、ピンク色だ」



(ありゃりゃ、魔素に汚染されてるねぇ)



(マナブルの異常熟成も、この花粉の汚染効果だったのかな?)



(見てるだけで酔いそうだな、こりゃ)



(んー…………すやすや…………)



 泉の水に触れてみようとしたクロノだったが、セシルがクロノの腕を掴み、それを制してきた。無言で首を振るセシルを見て、クロノは左手を引っ込める、



「このレベルの汚染水なら、触れるだけで人間の貴様はやばい」

「魔素を取り込みすぎれば、人は死ぬ」

「人の体は、魔素を魔力に変換する機能がないからな」



 魔素は、空気中を漂う魔力の元のような物だ。微量なら何てことないが、高濃度の魔素は人にとって毒以外の何でもない。魔物は魔素を魔力に変換出来るが、人間にはその能力はない。排出出来る限界値を越えれば、人の体は汚染され、死に至る。



「魔法の扱いが下手な貴様なら、尚の事やばい」




「そこまで、この辺りは魔素が濃いのか……」




「尋常じゃないほど、この花粉は魔素を含んでいるな」

「森に踏み込んだ者は、軽度の魔素汚染で意識を失ったのだろう」

「恐らく、覚める事のない夢でも見ているのだろうな」

「森の外側で花粉を吸って、その症状だ」

「この場で花粉を吸えば、二度と目を覚ませなくなるぞ」




「……魔素の汚染……意識を失った人達は、大丈夫なのかな」




「エルフにでも処置を頼め、体内の魔素を抜き取ってくれるだろう」

「処置自体は、軽度なら可能のはずだ」



 毎回思うが、エルフには助けられてばかりである。クロノは安堵しつつも、この花粉を生み出している者を探し始めた。



「泉のすぐ近くって、言ってたよな?」



(クロノ、あっちに妖精が落ちてるよぉ?)



 エティルが示した方向に、確かに一体の妖精が倒れていた。そして、その妖精の先に、風に揺られる魔物の花が、咲いていた。



「…………君が、ネーラ?」



「…………???」



 周囲の花粉を風で吹き飛ばすと、その花精種アルラウネの表情がハッキリと見えた。まだ幼い少女は、クロノの言葉に首を傾げた。その動作で、花弁から大量の花粉が飛び散った。



(クロノ、防壁を絶対に消すな)

(あれはやばい、まともに吸えば死ぬぞ)

(エルフでも酔い潰れるほどの、高密度な魔素だ)



 隣に立つセシルも、口元を手で覆っていた。目の前の花精種アルラウネの周りは、酷い有様だった。草も花も、魔素に汚染され枯れ果てている。ネーラを残し、他の生き物は死滅していた。



(これ…………全部この花粉で…………?)



「……! …………!!」



 呆然とするクロノに、ネーラは短い両手を伸ばしてきていた。その顔は、どこか必死だ。



「……? 何? なんだ?」



「……!」



 小さな体を必死に伸ばし、その手を振るわせるネーラ。クロノは反射的に、その手に手を伸ばしてしまう。



「馬鹿っ! 防壁を消すな!」



 その手に触れる為、クロノは無意識で防壁を緩めてしまった。小さな手に触れた瞬間、ネーラの顔が輝いた。



「…………!!」



「……笑った……?」



 歓喜の表情を浮かべたネーラは、大量の花粉を周囲に散布した。防壁を緩めたクロノは、近距離でそれを食らってしまう。




「………………っ!」




「馬鹿がっ! 助けないと言ったぞっ! 言っただろうっ!?」

「あぁ! 馬鹿タレがっ!」




 体の力が抜け、クロノは崩れ落ちそうになる。セシルは尻尾でクロノを支え、地面に落ちていた妖精を拾い上げる。そのまま踵を返し、森の中心地帯を後にした。




 残されたネーラは、手を弱々しく伸ばしながら、悲しそうな顔をしていた。
































 ルルーナ達が待っていた場所まで、セシルは一気に引き返していた。崩れ落ちたクロノを地面に投げ出すと、その右腕が魔素に汚染されていた。



「ちょっ! あの子の花粉を至近距離で吸ったの!?」



「あぁっ! とんだ馬鹿タレだっ!」



「うっわぁ……これやばいよ……っ!?」



 緊張が周囲を支配するが、今のクロノにそんな事関係ない。感覚を失った右腕で、クロノは地面を殴りつけた。



「一つ……! 教えろっ!」



「!?」



 声を張り上げ、この森に住む魔物に問う。ずっと、気になっていた事を。



「あの子は、凄い力を秘めてるんだろ……!?」

「生まれた時から、ずっとあぁなんだろっ!?」

「森は、蝕まれてる……」

「俺はよく分からないけど、放置すれば……この森は滅ぶんだろっ!?」



 森の中心地帯は、完全に崩壊の道を進んでいた。花粉は濃度を増し、今も広がり続けている。このままでは、森の全域を飲み込むだろう。現に同族ですら、森の外側に避難している始末だ。




「え、えぇ……」




「なら! 聞かせてくれっ! 正直に……答えてくれ……!」

「お前等は……なんであの子を……放置した……!?」

「単純な話……! あの子を刈れば! こんな事にはならなかったんじゃないかっ!?」




 その言葉に、この場に居た全ての者の顔色が変わった。周囲の植物がクロノを縛りつけ、妖精達も怒りを顕にした。



「なんて事を言うのよっ!? 生まれたばかりの……あんな子供を……」

「殺せって言うのっ!?」




「森とあの子を、天秤にかけたら……どっちが大事なんだよっ!」




「どっちも大事よ! 森も! 同胞も! 捨てられるわけないじゃないっ!」




「その半端な気持ちが! あんた達を追い詰めてるんだろっ!?」

「それでも! どっちも捨てられないのかよっ!」




「当たり前じゃないっ! 仲間なのよっ!?」

「見捨てられるわけ、ないじゃないっ!」

「だって、だって…………っ!!」













「あの子は一人で、泣いてるのよっ!?」




「あの子は一人で、泣いてるもんな」













 泣き叫ぶルルーナに合わせるように、クロノは笑顔で言った。捨てられない、どっちも捨てない、なんて馬鹿なんだろう。まるで、自分のようだ。自分だけじゃどうにも出来ないのに、それでも見捨てられないのだ。仲間思いで、優しくて、放っておけない。人も魔物も関係ない、この気持ちだけは、無駄にさせたくない。



「泥臭くて……馬鹿らしくて……」

「なんだよ…………人間臭いなぁ……」

「そんな事言われたらさ……あんな顔、見せられたらさぁ…………」

「何が何でも、助けたくなるだろ?」



 クロノの汚染された右腕が、白い蒸気を発しだした。セシルはそれを見て、目を疑った。クロノの腕を蝕んでいた魔素が、空気中に四散している。魔素が、体外に排出されていた。



(馬鹿な……有り得ない……)

(人間に、あんな事……出来る筈が無い……)

(ルーンですら、人間の身体の機能は、限界として残っていた……!)

(…………どうやって……)



 通常では考えられない現象だが、クロノ自身それに気がついていない。汚染から回復したクロノは、涙を流すルルーナに向き直った。



「最初から、ルルーナさん達はあの子を殺す選択を、口にしなかった」

「それが最善で、確実で、貴女達にでも取れた策のはずなのに」

「誰一人、それを口にしなかった」

「みんな、優しいんだ」




「……あ……」




「あの子を救いたい?」

「この森を、救いたい?」



 ルルーナは無言で頷いた、妖精達も、それに続いた。この森に住む魔物達は、本当に優しい。争いを好まず、仲間想いだ。それが凄く嬉しくて、守りたくなってしまう。助けたくなって、しまうのだ。



「……俺、この森のみんなが好きになったよ」

「安心して、誰も泣かせない」

「助ける、約束する」



 その笑顔が、ルーンに重なった。セシルにはそう見えた。旅立ちの前に泣いていた少年は、少しだけ変わった。まだまだ頼りないのは間違いないが、その笑顔には、ほんの少し、ほんの少しだけ……自信が宿っていた。



「必ず助けるから、信じて待っててくれっ!」

「手当たり次第、方法を探してくる!」

「セシル! 行くぞっ!」



 森の外を目指し駆け出すクロノ、その姿にハッとし、セシルも後を追いかけた。



「…………まぁ、安心して待っていろ」

「まだまだ格好つかんが、あの馬鹿タレが助けると言ったのだ」

「貴様等が拒んでも、あの馬鹿タレはなんとかするだろうさ」




「…………っ!」




 驚いたような表情で、ルルーナは涙を流す。そんなルルーナの肩からフェルルが飛び立った。




「? なんだ貴様?」




「あのお兄さんについてくっ!」

「あのお兄さん、気持ちのいい人だから!」

「だから、信じてついていくっ!」




「…………ま、好きにしろ」

「森の事情を知る者がいた方が、スムーズだろうしな」




 少年は、その行動で魔を、人を惹きつける。積み重ねた行動が何を起こすのか、今はまだ分からない。先の事はどうでもいい、今は目の前の問題だ。助けたい衝動は最早止まらない、決めたのだ。この森を、必ず救って見せると。

























 走り続ける少年の中で、フェルドは考えていた。先ほど、クロノは魔素を体外に弾き出した。あれは、恐らくクロノの意思じゃない。そもそも、クロノは何が起きたのか、何をしたのか、半分も理解していないだろう。痛みや苦しみが消えた理由すら、よく分かっていないはずだ。



(……フェルド、疑ってるのかい?)



(まさか、寝言は寝て言え)

(つっても、有り得ない事に違いはねぇ)



 フェルドの言葉に、ティアラが片目を開けて反応を示した。



(…………あの時、クロノの『中』で…………何かが、動いた)



(中?)



(…………すぐ、消えた)

(…………ずっと、奥、深く…………)



(……ネーレウスと戦った時、クロノは自分の血を利用しただろ)

(あの戦闘で、クロノの身体に異常は見られなかった)

(けどな、都合よく血が入り込まなかったと、本気で思うか?)



(……どーゆうことぉ?)



(討魔紅蓮の蟲野郎に、毒を食らった時もだ)

(あの程度の光魔法で、完治すると思うか?)



 毒が体内に残っている様子は、見受けられなかった。それでも、基本的な浄化魔法で、完全に毒を消し去れるだろうか。



(我等が契約者は、ルーンとはまた違った方向で、不可思議だ)

(…………退屈しねぇな、おい)



 フェルドの言葉で、アルディは黒狼との戦いを思い出していた。あの夜、自分の契約者は奇跡を起こした。限界を越え、有り得ない事をやってのけた。



(クロノすら、知らねぇのかもな)

(自分が、何者なのか)



 ディムラも、そんな事を言っていた。契約者を疑うなど、精霊にとっては有り得ない事だ。だが、クロノには何かがある……精霊達は、それを感じ始めていた。



 『それ』は、今はまだクロノにしか見えないのだろう。いや、クロノすら、『それ』がなんなのか、分からないのだ。だが、確実に近づいてきている。『それ』が、少年に影響を与える時は……。



 全てを捨て、少年が感情のまま何かを望んだ時、『それ』は少年を包み込むだろう。その時は、ゆっくりと近づいてきている。




 大切な存在との再会を果たした時、全ての歯車が狂い始めるのだ。





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