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偽勇者は世界を統一したいのです!  作者: 冥界
第二十二章 『海姫様の婿探し』
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第百六十話 『不浄なる正義感』

 一人目は、結構早く見つかった。姫という単語に飛びついた、軽そうな男だった。



「顔が気に入りませんわ」



「そんな馬鹿な」



 下半身を海に沈めたまま、ネーレウスはたったの一言で切り捨てた。凹んだ男と共に、クロノは再びカリアへ走る。二人目を死に物狂いで探し、ネーレウスの元へ案内した。




「あら? 今回は格好いいですわね♪」




 表情を明るくしたネーレウスを見て、連れて来た男も顔を輝かせた。内心ガッツポーズを決めたクロノだったが、ネーレウスが一本の触手を海から引き上げた瞬間、男の顔が青ざめた。男は即座に切り返すと、叫び声を上げて逃げ去ってしまった。



「…………良い度胸ですわ」



「俺は悪くないでしょうにっ!」



 パシパシと触手で叩かれるクロノ。抵抗したいが、涙目のネーレウスに罪悪感を感じ、されるがままになっていた。三人目を探しに行く前に、クロノは発想を変えてみることにした。



「ネーレウスさんの事を教えてくれ」

「趣味とか、好きな事! そういう特徴が分かれば、合う人を見つけられそうなんだ」



「そうですわね、様を付けない無礼な男とか絞め殺したくなりますわ」



「怖いです」



「理想のタイプは背の高い、ダンディな男性ですわぁ……」

「私を抱きしめて、甘い言葉を囁くんですの……」



 何やら妄想を始めたネーレウスだが、彼女を抱きしめるのは色々と難易度が高いように思える。上半身と共にクネクネしている触手が、大体の原因だ。



「好きな食べ物とかは?」



「貝ですわね、全般好きですわ」



(海の物も容赦なく食べるのな)

「なら嫌いな食べ物とか……」



「イカ、タコ」



 声のトーンが、2ランクほど下がった気がする。



「好きな生き物とか……」



「人間ですわ♪」



「嫌いな生き物……」



「イカ、タコ」



 目付きが一瞬で変わるのが、とても怖い。



「趣味とかは……」



「人間になる夢を抱きながら、淡い期待と共に触手を引き千切る事ですわ」



「もっとマイルドな趣味ねぇのかよっ!」



「うるさいですわねっ! 可能性を信じるくらい良いでしょうっ!」



 勿論それは自由だが、引き千切られた触手が浜辺に山積みになってきている。生物なまものの不法廃棄は辞めて頂きたい。



「もぉ……どうすんだよあれ……」



 あれを見ただけで、引く者も存在するだろう。何本かはピクピクと動いているし、普通に怖い。



「昼食にどうですか? 栄養価は保障しますわよ」

「まぁ持ち主の目の前で足を焼いて食べるなど、変態のやる事ですけどね」



 それ以前に、食用可能という事実を受け入れられない。



「はぁ……三人目探してくるんで……また足引っこ抜かないでくださいよ……?」



 ゲンナリしながら、クロノは再びカリアを目指す。そんなクロノを見て、ネーレウスは顔を伏せた。



「なんで、逃げませんの?」



「逃げたらカリアに魔法ぶち込むって言ったの、ネーレウス様でしょう」



「……嫌がる素振りくらい、普通はするものですわ」



「嫌がって欲しいの?」



「……調子が狂いますの」

「君は、私の下半身を気味悪がらないから……」



「……これは俺の持論だけどさ」

「他と違うって、そんなにマイナスなのかな」

「ネーレウス様は、人間を見て気持ち悪いって思わないだろ?」

「他と違うって、気味悪い以外にも、憧れとか、興味とか、色々な感情を抱く物じゃないかな」

「だから、受け入れるとか以前に……普通に接する事はそんなに変かな?」




「……申し訳ないですけど……私は君みたいな童顔は好みじゃありませんの」




「? 何の話だよ?」

「まぁ、よく分からないけどさ」

「見た目で判断するような奴が、共存の世界とか言えないだろ?」



 そう言いつつ、クロノは笑顔を浮かべて走り出した。クロノの言葉で、ネーレウスはほんのちょっと希望を持てた。




「……あの子みたいに、私を受け入れてくれる運命の人……きっと居る筈ですわ……」

「うん……諦めるものですか……!」




 その後、日の暮れるまでクロノは頑張った。最終的に七人目まで見つけたが、どいつもこいつもネーレウスの下半身を見た瞬間逃げ出す始末だ。剣を抜いたりしないだけ、まだマシなのだろうが……嫌悪感を感じさせる表情は、剣よりも深く、ネーレウスを傷つけていた。



















「……やっぱり、こんな下半身じゃ愛されるなんて無理なんでしょうか」



「世界は広いし、そういうのが好きな人だって居ると思うけど……」



 あまり無責任な事は言えないが、落ち込むネーレウスを何とか元気つけようと、クロノは頭を働かせていた。いい加減目の前で足を千切られるのは、勘弁してもらいたいのだ。



「……どれだけ望んでも、手の届かない物は存在するんですわね」

「何を捨ててもいい、そんな覚悟さえ…………塵に等しいですわ」

「はぁ……物語の中の秘薬とか……空想にすら縋りたい気分です」




「……どれだけ、望んでも……か」



 その気持ちは痛いほど分かる。頑張りや年月を否定され、望み続けた物が掌から零れ落ちる。クロノは、その経験がある。



「まぁ、立場が逆なら……私だって勘弁して欲しいですけどね」

「温もりはおろか、ヌルッとしてて冷たい……この気色の悪い触手……」

「こんな蠢く不快を、愛してくれだなんて…………」

「好きで、生やしてるんじゃないですわ……」




「あのさ、嫌いなのは分かるんだけど……」

「その……自分自身が否定してる物を……受け入れてもらうって……難しいと思うんだ」

「だから、なにって話なんだけどさ……」




「……口だけならなんとでも言えますわ」

「こんな気持ちの悪い物の話っ! もうどうでもいいんですのっ!」

「それより、明日も協力してもらいますわよっ!」



 触手が腕に巻きついてくる、クロノは溜息をつきながら、コクコクと頷いた。明日また来ると約束し、クロノはネーレウスの元を後にするのだった。



















 カリアへの帰り道、掌の上で炎を操りながら、クロノは真剣に考えていた。ネーレウスの求めている者を、どうやって見つければいいのだろう。



「このままじゃ駄目な気がする……」



「既に、手遅れじゃねぇの?」



 クロノの操る炎を吹き消し、フェルドがクロノの隣に並ぶ。



「あれだけのヘタレに姿を晒したんだ、退治屋に報告されてっかもしれないぜ」



「俺が言うのもなんだけど、アノールドの退治屋は動くのが遅いからなぁ」

「危険視はあんまりしてないけど……流石に危ないかな」



「場所だけでも、変えておいた方が良いと思うよ」

「人間と敵対する、その事実だけでも……彼女にとっては深刻だ」



「受け入れて欲しいのに、拒絶される」

「それって、すっごく悲しい事なんだよぉ」



「言葉は……なにより……心に、響く」

「心って、脆い、から……」



 思った以上に、複雑な状況なのかもしれない。クロノは考えを巡らせ続けるが、不意にフェルドが首に腕を回してきた。



「もっと単純だろ?」



「へっ?」



「夫とか、恋とか愛されたいとか……どうでもいいじゃねぇか」

「心が悲鳴を上げた時、一番必要なのはなんだよ?」

「お前は、分かってるだろうが」



「……そりゃ、傍に居てくれる……仲間かな」



「……理解者……」



「ははっ、クロノらしいね」



「明日は、ネーレウスちゃんともう少し話してみようよぉ」

「きっと、求めてる物は……もっとずっと単純なんだから!」



「何事にも、近道はねぇよ」

「まず、溝を埋めろ」

「大体、夫なんてすぐ見つかるわけねぇだろ……ガキが」



「……頼りになるな」



「もっと頼っていいよ、僕等は君の助けになる為にいるんだ」



「実際、持ちつ持たれつなんだけどねぇ♪」



「……だらーん……」



 ティアラがだらしなく持たれかかってくる。そんな精霊を背中に背負い、クロノは笑顔を浮かべた。明日は、何かが上手くいく気がした。いや、上手くいかせてみせる。












 だが、自分は少し楽観的過ぎた。今まで上手くいっていたから、慢心してしまったのか。忘れていた、世間にとって、魔物がどういう存在なのか。カリアが魔物に友好的になっていたから、油断していた。この世界は、簡単にその牙を剥くのだ。



 背後から響いたのは、巨大な爆発音。振り返ったクロノが見たのは、闇を切り裂く爆炎が空に舞い上がる光景だ。あの辺りは、ネーレウスが居る浜辺の筈だ。




「……なんで……」




 アノールドの退治屋にしては、動きが早すぎる。それに、あの規模の魔法は少々強力すぎやしないか。クロノは胸騒ぎを抑えきれず、堪らず走り出していた。




























 クロノは知る由もないが、先日の勇者騒ぎには続きがあった。討魔紅蓮に煽られ、自分達のあり方に疑問を持った勇者達が暴走し、ウェルミスに乗り込んだ例の一件。クロノの頑張りで、犠牲者は一人も出なかった。参加した勇者達は考えを改め、馬鹿な真似はしないと約束してくれた。



 だが集まった勇者達は、まだ居たのだ。討魔紅蓮に煽られ、作戦に参加しようと集い、踏ん切りがつかず、右往左往して結局乗り遅れた者達が、数名存在していたのだ。



 臆病であり、決断も出来ぬ情けなき勇者達は、自己嫌悪に陥っていた。そんな彼等の耳に、浜辺で魔物を目撃したと情報が入った。情報は捻じ曲がり、様々な形で町を巡る。大人しい魔物だの、敵意が無かっただの、弱々しい女の魔物だの……都合の良い部分ばかりが、勇者達の耳に届いた。



 失った自信に、どれほどの価値があるだろう。そんな詰まらない物の為、勇者達は立ち上がった。誰の為でもない、自分達の小さな名誉の為、理不尽とも取れる暴力を振るう事を決めた。勿論、罪の意識の欠片も持っていない。相手は魔物、相手の考えなど知ったことじゃない。倒せば、名が上がる。皆が認めてくれる。大人しい魔物なら、危険も無いかもしれない。そんな汚い感情で、勇者達は震える足で立ち上がった。大量の爆薬を海に流し、火の魔法で海を爆破したのだ。



 夜の闇を照らす、大炎上の灼熱地獄。その中で、ネーレウスは何事も無かったかのように浜に上がってきた。焼け爛れた皮膚が剥がれ落ちると、そこには再生し終わった綺麗な肌が見えていた。燃え尽き、吹き飛んだ筈の触手も、既に全て再生済みだ。一切のダメージを感じさせないネーレウスの姿に、勇者達は腰を抜かして怯えていた。



 その表情も、彼らの所業も、ネーレウスの心を砕くのに、十分すぎた。何でここまでされなきゃいけないのだ。ここまで否定される事を、自分はしたのか。存在自体、罪だというのか。愛されるなど、夢物語なのか。




「…………誰も、私を愛してくれないのなら」

「受け入れてすら、くれないというのなら……」

「…………いっそ、殺してくださいな」




「ひ、ひぃあああああああああっ!?」




 殺してくれ。その願いすら、目の前の人間は拒絶した。逃げようとする勇者の姿を見て、ネーレウスの中で何かが壊れた。無意識の内に触手を持ち上げ、目の前の人間に振り下ろす。砕けた心では、暴走する感情を抑えられなかった。岩ですら容易に粉砕する、強靭な鞭のような一撃。その一撃を弾いたのは、自分と唯一、普通に接してくれた少年だった。





「ネーレウスさんっ! 駄目だっ!」





 その声すら、耳に届かない。魔核固体のネーレウスは、自らの力を暴走させ、感情のままに魔力を放出した。背後で燃える海から、巨大な水の槍が空に打ち上げられた。



 闇を照らす、燃ゆる海を背に……多数の触手を蠢かせ、ネーレウスは悲しみの涙を流した。月を仰ぎ、叫び声を上げたネーレウスは、力の限りに暴れ狂う。



 そんなネーレウスを見て、クロノは後悔した。自分のせいで、こうなった。自分の浅はかで、楽観的な行動が、この結果を生んだのだ。あの涙は、自分が流させた。だからこそ、放っておけるわけが無い。彼女が純粋に、受け入れられたがっていた事は……十分伝わってきていた。こんな結果で終わらせていい筈がない、そんなの、絶対に嫌だ。



「ネーレウスさん、そこから先は……絶対に踏み込んじゃいけないっ!」

「貴女を受け入れる人は、絶対に居るからっ!」

「……俺が受け入れるからっ! だから、止まってくれっ!!!」



 返事の代わりに、触手が襲い掛かってきた。言葉は届いていない。それなら、届けるまでだ。こんな結末は納得できない。それなら、変えてみせる。



 今までだって、そうして来たから。



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