第十七話 『シルフの住まう地』
夜が明け、クロノとセシルはエルフの森を旅立とうとしていた。レラとピリカ、族長と数名のエルフがクロノ達を見送りにきている。
「本当にお世話になったのですーっ! また会える日を楽しみにしていますねっ!!」
「旅の武運を祈る、またどこかで会おう!」
そう言う二人と握手を交わし、クロノも答える。
「うん、二人も気をつけてな!」
「セシル様もお気をつけて……」
族長がセシルに頭を下げる。
「様など止せ、煩わしい」
心底鬱陶しそうに、セシルが言う。
「セシル様、クロノ殿をお願いしますぞ」
族長はクロノの方を見ながら、そう伝える。その目には、少しの不安が感じられた。
「それは、アイツ次第だ」
「私は、ただの同行者なのでな」
「だが、興味が尽きるまでは……見ていてやるさ」
そう言い残すと、セシルは歩き出す。クロノは族長達に頭を下げると、それを追いかけるように駆け出す。
「またなーっ! 元気でなーっ!!」
そう叫びながらクロノは森に手を振る、エルフ達の姿が見えなくなるまで手を振り続けた。
「族長、結局あの竜人種の女は何者だったんですか?」
クロノ達の姿が見えなくなった後、一人のエルフが族長に問いかける。自分達の長が敬語を使っていたのだ、気にならない訳がない。
「そうじゃのぉ……」
族長は自分の顎鬚を弄りながら少し考え、
「大昔、とある勇者に連れ添った他族の内の一人じゃよ……」
「エルフ族最強の剣士、カムイと同じくな……」
「えっ?」
勇者に連れ添った……?
「その辺の昔話でも、するとするかのぉ……」
そう言いながら、族長達は森の中へ消えていった。
「へへっ……♪」
クロノは上機嫌で歩を進めていた。
エルフ達とは色々あったが、友好的な関係を築けた。ピリカとレラなら、旅に出てもうまくやれるだろう。
「なんだ貴様……、キモイな……」
そんな気分も、旅の同行者に一瞬で切り崩される。
「あのさぁ……旅に出て最初にあった他族と仲良くなれたんだぞ!?」
「もう少し余韻に浸らせておく良心とかないんですかねぇ!?」
「無い」
「と言うか、興味も無い」
これだよ、火吐く癖にクールすぎじゃないだろうか。関心無さげにセシルは自分の大剣を持ち直す。(ちなみに、エルフ族に取り上げられていたのを森から出る直前に返してもらっていた)
「つーかさ、旅の手助けはしないとか言っておいて、結局助けてくれたじゃん?」
「セシルって以外とツンデレなとこが……」
「別に助けてはいない、試したのだ」
からかってみようとしたのだが、両断される。
「それと、今のエルフ共の有り方に正直、少し腹が立った」
「だから少し言ってやっただけだ」
昔のエルフを知るセシルには、今のエルフがそう映ったのだろう。と、ここでクロノに疑問が蘇る。
「なぁ、何で五百年前のエルフを知ってたんだ?」
「……………………」
「だんまりかよ、少し位理由を教えてくれてもいいんじゃないか?」
「貴様にはまだ早い」
取り付く島も無いとはこのことだ、クロノは項垂れる。
「貴様、ルーン・リボルトを知っているか?」
そんなクロノに、セシルは唐突に語りかける。
「あのな、俺は勇者志望だったんだぞ、知ってるに決まってるだろ!」
ルーン・リボルト……勇者を目指す者どころか、世界中で彼の名を知らない者は居ないだろう。人類の歴史上、唯一魔王を打ち倒したと言われる、数百年前の伝説の勇者だ。
「ルーンの名前を知らなかったら、かなりの世間知らずだっての」
「ルーンは魔王を打ち倒した、か……」
クロノの言葉を聞いてセシルは少し顔を曇らせる。
「そうなって、いるのだな」
「? そうなっているって、どういうことだよ?」
「貴様が信じるか信じないかは勝手だが、その歴史には誤りがある」
セシルは顔を上げてそう言った。
「ルーンは貴様と同じ、大馬鹿な勇者だったのだ」
「まぁ貴様は勇者ではないが」
「あのさ、伝説の勇者様の侮辱は流石に怒るぞ?」
「貴様と同じように、他族との共存を訴えていた」
その言葉にクロノは耳を疑う。
「ルーンの馬鹿さ加減は凄まじくてな」
「当時の魔王と協定を結ぶまでに至ったのだ」
「魔物から見ても、伝説の勇者だったよ」
相変わらずセシルの言う事はぶっ飛んでいる。クロノの脳では理解が追いつかなかった。
「ちょ、ちょっと待てっ! だったら何でまだ魔物と人は対立してる!?」
「魔王と協定まで結んだんだろ!?」
セシルの話が本当なら、世界はクロノの理想の共存の世界のはずだ。
「……私が知りたい」
セシルは悔しそうに、そう呟く。
「私が知っているのは、協定を結んでしばらく後に、魔王が死んだこと」
「……そして、ルーンが姿を消した事だけだ
「嘗ての仲間に理由も告げず、奴は消えた」
そう語るセシルの声は、悔しさや悲しみの混じる声だった。
「お前はこの話を信じるか?」
普通は信じられる訳がない、だがセシルがそんな嘘をつく理由があるだろうか。何より、セシルは五百年前のエルフの真実を知っていた、本当の可能性はある。
「今の段階じゃ、信じたい話ってとこかな……」
「本当だったら俺は嬉しいな、伝説の勇者様が共存を訴えていたなんて……」
「そうか……」
そう言ってセシルは微笑んだ、たまに見せる優しい顔だ、セシルは黙っていると凄く美人だ。たまに見せるこういった顔に、クロノは目を奪われる。
「……って、だから何でお前はそんな事知ってるんだよ!?」
この話も本当なら、セシルは数百年前から生きている事になる。疑う訳ではないのだが、やはり辻褄が合わない。
「その質問の答えになるかは分からんが……」
「恐らく、この話が真実だと言う証明は、すぐにできる」
そう言って、歩き出し始める。
「ちょっ……それどういう意味だよ!」
「時が来れば分かる、それよりシルフと契約するのだろう?」
「えっ……お、おう!」
答えた瞬間、前方から心地よい風が、クロノの髪を撫でた。
「見えてきたぞ、シルフの住まう地だ」
丘の上から景色が一望出来る、かなり広い草原だ。一部に木が集まってる場所がある、あそこがピリカの言っていた場所だろうか。
「うわぁ、スゲェ広いなぁ……!」
「シルフは風の精霊、広大な地形や自然を好むのだ」
その真紅の長髪を風に靡かせながら、セシルが解説してくれる。
「貴様はここで、自分に力を貸してくれるシルフを見つけなければならないぞ」
「えっ、どんなシルフでも契約してくれるわけじゃないのか?」
クロノはギョッとして答える
「この馬鹿タレが……シルフにも意思がある」
「力を貸したくない奴と契約するわけあるまい」
確かにそうだ、少し単純に考えすぎていた。
「分かったらさっさとシルフを探して来い」
「セシルはどうするんだ?」
「私はやることがあるのでな。気にせず行って来い」
少し悩んだが、行動しないと始まらない。クロノは草原へと駆け出して行った。
「……と言われてもなぁ、そう簡単に見つかるわけが……」
そう呟きながら、辺りを見回していると、
「ふにゃああああっ!?」
強風と共に、何か小さな物体が後頭部に直撃する。
「痛っ!?」
咄嗟に振り返ると、空中に小さな子が浮いていた。
「って、シルフ!」
「あれ~? 人間さん?」
空中で逆さになりながら、シルフはクロノに気が付く。
そんな様子を、丘の上から見ていたセシルは一人思う。
(シルフに出会うこと自体は、この場所ではそう難しくはないはずだ)
(だが、クロノは人間……しかも力を求める理由も変わっている……)
とすれば、恐らく……。
「えっと……シルフ? だよな?」
「そだよ?」
案外簡単に出会えた、これなら簡単に契約できそうだ。
「あのさ、俺と契約して欲しいんだ」
「え? 人間さんとなんてやだよーだ」
そう言って、飛んでいってしまった。
「マジか……」
「人間ってだけで断られたぞ……?」
なにやら雲行きが怪しくなるのをクロノは感じていた。
「やはりそうなるか……」
一部始終を見ていたセシルは呟く。
人間に力を貸すシルフでさえ貴重、しかも他族との共存の為に力を欲する人間だ。そんな『変人』に力を貸す酔狂なシルフは、滅多にいないだろう。
(やはり、奴を探すしかないか……)
そう言って神経を集中させ、辺りの気配を探る。見知った気配だが、この広大な草原で気配を探すのは、骨が折れる。
(変人に力を貸すようなシルフは、奴しか思い浮かばん……)
「んん……?」
クロノ達から離れた木の上で、シルフの少女が怪訝な声を上げる。
「この感じって…………セシルちゃんだよね?」
頭からピョコンと飛び出るアホ毛をピコピコさせ、気配を感じた方向を見つめる。嘗て、伝説の勇者と共に世界を巡ったシルフが、数百年ぶりに胸を高鳴らせる。
「アッハァ……何だか楽しい事の予感~!」
とんでもない大物と出会うことになるのを、クロノはまだ知らない。