表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
偽勇者は世界を統一したいのです!  作者: 冥界
第二十一章 『幻想揺らめく、魔族の大陸』
178/875

Episode:暦 ① 『人と狐』

 今日も晴天、洗濯物がすぐに乾きそうな気持ちのいい空だ。暦は思う、明日も明後日も……ずっと晴れだったら、と。



「だから集中力の問題と……何度も言っているでしょうがっ!!」



「出来ないのーーーーっ!! もうやだああああっ!」



(きっと……この地獄は終わらないんだろうなぁ…………)



 いっそ台風でも来れば、この修行も中止になるのだろうか。恐らく、雷が降り注いでも中止にならないだろう。クロノ達と別れてから、暦はずっと茜の修行に付き合わされていた。九曜のスパルタと茜の逃走術に振り回され、板挟み状態の毎日が続いている。



「いいですか茜様、人間化の基本は魔力コントロールです」

「魔力で仮の姿を作り、それを纏うイメージをですね?」



「巫女様遊ぼー♪」



「聞いてください」



「むぎゅああ」



 九曜の尾が茜を優しく押し潰す、もう何度も見た光景だ。もう何度このループを繰り返したか分からない。



「はぁ……狐の巫女、貴女からも何か言ってください」

「巫女として、茜様を導きなさい」




「そんな事言われても……」




 何を言えばいいのか分からない上、暦は現在両手に黒と白の球を持ち、魔力を練る修行中だ。陰陽術の修行の一種であり、右と左で別方向に魔力を集中させているのだ。暦も一応勇者であり、特に魔力の扱いは平均より上手いと思っている。だが、九曜に持たされた白黒の珠が魔力を吸い取ってくる為、気を抜くと一瞬で魔力が乱れ、地獄の苦しみを味わう羽目になる。



「なんですか? 言う事など何も無いと?」

「茜様の事など、どうでもいいと?」




「……巫女様ー?」




「あ、いや、そうじゃなく……ひぎっ!?」



 集中力の乱れは、魔力の乱れ。白い方の珠に魔力を吸い取られ、暦は右半身から力を抜いてしまう。力のバランスが崩れ、黒い方の珠が吸った魔力を吐き出した。左方向から魔力の圧を食らい、暦は吹っ飛んでしまう。



「ぎゃあああああああっ!?」




「巫女様ーーーーっ!?」




「はぁ…………」



 生傷耐えぬ修行は、まだまだ始まったばかりである。九曜の溜息も、これで何度目か分からない。木に衝突した暦は、自分に迫る九曜を見て、何かを諦めた。




 茜の隣に正座させられ、今日も恒例のお説教である。




「茜様の態度は、今に始まった事じゃありません」

「ですからそれは置いておきますが、何なんですか巫女? 貴女の使えなさは」



「茜は許されたよー♪」



「許してませんからね」



「むぅ~」



「すいません……」

「けど普通の勇者の私が、九曜さん以上に強くなるなんてそんな……」



 暦は特別な人間でもなければ、飛び抜けた何かがある訳でもない。至って普通の、女装男である。そんな暦が、四天王の側近である八尾を超える力を得るなんて、不可能と言ってもいいかもしれない。



「弱音? 死にたいんですか?」



「すいません…………!」



「茜様を支えると言ったからには、貴女に逃げ道は存在しません」

「巫女、貴女は私『以上』に強くならねばならない」

「来るべき茜様の覚醒を、押さえ込めるほどにね」



 何度もそれは聞かされた、茜が九尾に覚醒し、暴走した時、それを抑えるのが自分の役目だ。その時に茜に殺される事こそ、過去の繰り返しであり、絶対に避けなければいけない未来だ。本当なら茜と距離を置くのが一番安全なのだろうが、その選択はもう捨てたんだ。



 暦は正座を放棄し、蝶を追いかけている茜を見る。無邪気に駆け回る彼女が、どれほどの力を身に宿しているのか、想像も出来ない。今は自分に懐いてくれているが、力が目覚めた時、自分の声が届くのかさえ……分からないのだ。



「…………私に、出来るんでしょうか……」




「……巫女、なにを……」




「うわあああああああんっ!」




「!?」



 急に茜の泣き声が響いた。九曜と暦が同時に振り返ると、茜が転んで泣いていた。蝶を追いかけるのに夢中になり、社の残骸に躓いたのだ。



「茜さ……」



「茜っ!」



 反射的に、暦は駆け出していた。泣いている茜に駆け寄り、抱きしめてやる。それを見た九曜が、一瞬驚いたような顔をし、すぐに笑顔を浮かべた。



「……茜様のお体が最優先です、少し休憩にしましょう」



「あ、はい……」



「巫女様ー! うぇえええん……」



 泣いている茜を抱き抱えながら、暦は九曜の隣へ走り寄っていく。ボロボロの社の石畳に腰をかけ、ようやくの休憩だ。




















 泣き疲れた茜が、暦の膝で寝息を立て始めた。暦が持参した弁当を摘みながら、九曜は溜息を零す。



「まったく……今日もまともに修行が進みませんね」



「あ、あはははは……」



 冷や汗を流す暦だが、茜は呑気に夢の中だ。修行自体を放棄してる茜はともかく、暦は必死に修行で精神をすり減らしている。それなのに、成果は思わしくないのだ。



(才能、ないのかなぁ……)



「…………巫女、一つ聞かせてください」



「はい?」



 静かに落ち込んでいた暦に、珍しく九曜から話しかけてきた。



「貴女は、一日の大半をここで過ごしています」

「毎日毎日……逃げ出したいとは思わないんですか?」

「修行を強制している私が言うのもなんですが、貴女は少し従順すぎる」




「…………村に居ても、家に居ても、私の居場所はないですから」

「家族も、村の人も……私に押し付けたイメージが大事なんです」

「性別を偽らせ、厄介事を押し付ける……私の存在価値はそれだけ」

「みんなが大事なのは『狐の巫女』であって、私じゃない」



 物心ついた頃から、自分は道具のような存在だった。村の仕来りとは言うが、村の者の大半が面倒くさい行事程度にしか思ってない。自分はそんな面倒事を押し付けられる、都合のいい道具だ。



「例え一日中ここに居ても、家の人は心配なんてしません」

「それが貴女の仕事だろ、って言うだけです」

「当然、この社に九曜さんや茜が居る事なんて知らない人が、です」

「村の人にとって、私は一人で社を守る……変人にしか映らないでしょうね」

「村に居ると息が詰まる……ここに居たほうが、気楽です」




「……人にも色々あるんですね」

「あの村も変わりましたよ、朧様の時代は……もっと信仰が深かったと記憶してますが」




「あの、失礼でなければ……私も聞きたい事があるんですけど……」




 おずおずと暦が切り出してくる、これも珍しい事だ。




「……なんですか?」




「九曜さんは、茜とどんな関係なんですか?」

「前の四天王……朧さん? と繋がりが?」




「私は、朧様に救われたんですよ」

「私は昔、力の限界を突き付けられ……荒れていましてね」

「狂っていた時を、朧様に救って頂いたんです」

「それから、私は朧様に忠誠を誓った」



「茜様はね、朧様と……私の師の娘なんですよ」

「朧様と師に、私は茜様の未来を託された」

「300年以上、茜様を見守ってきた」

「恩獣達から託された……何に変えても守らなくてはならない存在……それが茜様です」



 そう語る九曜からは、揺ぎ無い信念を感じた。強い意志が、その目に宿っていた。




「……私なんかが、茜と一緒にいて……いいのかな……」




 零れた弱音に反応して、九曜の尻尾が暦の額を弾いた。



「あ痛っ!?」




「貴女の意思など、どうでもいいんです」

「茜様が、それを望んでいる」

「というか……貴女もそれを望んでいるでしょうに……」



 どうでもいいと思っているのなら、泣いている茜に駆け寄ったりはしないだろう。



「……最初に茜と出会った時、彼女が魔物だって分かった時……」

「この子も、私が巫女だから……傍に居るんだろうなって思ったんです」

「でも、この子は言ったんです…………『巫女が好きなんじゃなくて、暦が大好きなんだよ』って」

「巫女としての私じゃなくて、ちゃんと私を見てくれてて……」

「嬉しくて……」



 そして、茜の境遇を聞き、放って置けなくなった。自分と同じ様に、運命に縛られる茜を、助けたいと願った。



「茜が血の力に飲まれても……声を届けてあげたい」

「茜は、茜だから…………この子の心を、力に押し潰させたり、したくない……」




「……そうですか」

「……朧様も、それを願っています」

「……私も、ね」




「……九曜さん……私、頑張りますから」

「茜を泣かせたり、しないから」




「今更宣言しなくても、分かってますよ」

「あの少年と出会ってから、私は巫女と茜様の絆を信じると決めましたしね」



 そう言って、九曜は優しい笑みを浮かべた。いつも厳しいが、九曜は本当は優しいんだと、確信できる笑顔だった。



「まだまだ頼りにならないけど、頑張るから……」

「九曜さんも、これから宜しくお願いします」




「……はいはい」




 そう言いつつ、暦は九曜と握手を交わす。自然と暦も笑顔になっていた。少し、打ち解けた気さえする。いや、きっと……それは間違いじゃないんだろう。




















「よし! 茜! 修行頑張ろう!」



「!? 巫女様が九曜になったーっ!」



「どういう意味ですか」



 急にやる気になった暦に対し、茜は絶望したような表情になる。そんな茜と目線を合わせ、暦は笑った。



「茜! 私はずっと茜と一緒にいたい!」

「これからを守る為に、私は強くなるから……」

「一緒に、強くなろう!」




「ふえ?」




「茜を守る為に……沢山の人が願った、茜の未来の為に」

「狐の巫女としてじゃなく、私自身の意思で、強くなるから」

「だから、頑張ろうね!」



 自分を救ってくれた、小さな狐の為に。自分に出来る事を、精一杯を、彼女に捧げよう。そう決意した暦を見て、九曜は安心したような笑みを浮かべた。



「巫女様ー! なんか嬉しい!」



「えへへ、茜? お願いがあるんだけどさ」

「巫女様じゃなくて、暦って呼んで欲しいんだ」

「あ、勿論! 九曜さんもね!」



「……考えておきます、私の中では……貴女は変態女装男がしっくりきてるので」



「酷いっ!?」



 ショックを受けた暦の手を、茜が小さな手で握ってきた。ニコニコとしている茜は、二本の尻尾をこれ以上ないほど左右に振っている。



「暦ー♪ 暦ー♪」



「! …………あははっ」



 笑い合う人と狐、その絆は……きっとどんな絶望も照らしてくれる。どんな未来が待っていても、越えて行ってくれる。二人を見守る九曜は、そう思っていた。




「あ、一応忠告しておきますが……」

「手を出したら、殺しますからね? 暦さん?」




「出すかーっ!!」




「?」




 今日も、いい天気だ。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ