Episode:魁人&紫苑 ④ 『主君の為に!』
ウィルダネスを出て数日……魁人と紫苑は、現在コリエンテ大陸のとある山道を進んでいた。目的地はラベネ・ラグナ、『天焔闘技大会』の件で話をする為、魁人はフローラル・エクショナー姫を訪ねるつもりだ。
山頂付近に到着した魁人達だったが、妙に辺り一帯が荒れているのが気になった。崖の一部は崩落して崩れてしまっている。まるで何かが荒れ狂い、爆ぜたような破壊の跡が残っていた。
「微かに魔力も残ってるが……何事だこれは……」
「クロノ達もここを通ったのか?」
「どうでしょう……クロノ様の事ですし、巻き込まれたりしてないか心配ですね」
しっかりここを通ったし、しっかり巻き込まれている。クロノがこの場で過去の恩人と出会い、殺されかけた事など、魁人達が知るわけも無い。
「この山を越えれば、ラベネはもうすぐだ」
「紫苑、疲れたら言ってくれよ?」
「は、はひ……」
(主君は優しいなぁ……)
(今回こそ……主君のお役に立たなきゃ……!)
意気込む紫苑だったが、意気込みすぎて踏み出した右足が地面にヒビを入れた。軽く地面が陥没し、紫苑は躓いてしまう。
「きゃあっ!?」
「お、っと」
体勢を崩した紫苑を、魁人が咄嗟に支えた。当然だが、二人の距離は0に等しい。
(~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っ!?!?!?)
「大丈夫か?」
「全然大丈夫です! あ、ありありが……ありがとうござ……!? いやその前にすいませんすいま……はな、離れますねっ!!」
顔を真っ赤にした紫苑が、凄まじい速度で後方にスライドする。そのまま岩壁に突っ込み、巨大な岩が崩落を始めた。
「………………へ?」
「ちょ……」
今日の天気は晴れのち岩、落下してきた岩の雨が直撃し、紫苑は一瞬で埋まってしまった。魁人は青ざめ、頭を抱えてしまう。流石鬼の血を引くだけあり、紫苑は自力で這い出てきた。傷も殆ど無いが、着ている着物や髪が土だらけだ。
「あぅ……またやっちゃいました……」
「環境破壊は……今日で14回目だな」
ここまでの道中、紫苑が動揺すると何かが確実に粉砕されていた。地図や水筒といった私物は勿論握り潰され、地面や木などの自然物も容易に粉々だ。魁人は今日だけで3回、木が空を飛ぶのを見ている。
(バックステップで後方の岩を砕くか……紫苑の行動を阻める自然物は皆無だなぁ……)
今まで多くの魔物を見てきた魁人でも、これほどぶっ飛んだ力を持つ鬼は見た事が無い。これが酒呑童子の血の力なのだろうか、鬼の血は半分しか流れていない筈だが、それでもその力は目を見張る。
(……鬼の血が半分だからこそ、コントロール出来てないって考え方も出来る、か?)
(流石に、制御不能で放っておくのは不味いよな……)
(ああああああああああああ主君が黙ってしまいましたあああああ!? 絶対に怒ってますーーーっ!!)
(何で私はこうなんですかっ! いっそ今の岩で頭割れちゃえば良かったんですっ!!)
(っ!? 今までの経験上……こうやって取り乱すと…………)
魁人の考えを他所に、紫苑は勝手に頭を抱えて半暴走中だ。ギリギリで暴走を抑え、冷静さを取り戻そうとするが、彼女の血は冷静かどうかなど関係なく暴れだす。時既に遅く、力んだ影響で紫苑の足元にヒビが入っていた。ビシビシと嫌な音が、紫苑の涙腺まで崩壊させようとしていた。
(あぁ…………主君との信頼関係にまでヒビが入りますね……これは…………)
何かを諦めたような、悟ったような顔で、紫苑は一筋の涙を流した。そんな紫苑の額に、魁人は札を貼り付ける。その瞬間、紫苑の体が若干硬直した。
「ん、くぅ……っ!?」
「俺の力で、お前の力を少し縛った」
「紫苑、もう少し自分で力をコントロールするのは無理か?」
「……すいません……力をコントロールするには……どうしても鬼の血を意識しなくちゃ駄目で……」
「人間の血が、薄れる感じがして……怖いんです……」
魔物と人の遺伝子は、魔物のほうが強いとされている。魁人も詳しくないが、人と魔物が交われば、まず確実に魔物の子が生まれるのだ。人の子が産まれる可能性は0であり、人の血が混ざった混血種は、伝説種扱いされる。紫苑は酒呑童子の血を、奇跡的に人の血と混血させているのだ。もしかしたら、力が破裂寸前の、非常に危うい存在なのかも知れない。
「……もし、人の血が薄れたら…………紫苑はどうなるんだ?」
「それは、分かりません」
「けど、私が私じゃなくなる…………そんな気がします」
「力をセーブしないで、全力で戦ったりすると……頭の中で、何かが囁くんです」
「壊せって……全部壊せって……」
「鬼の血は……私を変えてしまいそうで…………やっぱり好きになれないんです……」
そう語る紫苑は、どこか悲しそうだった。
「変ですよね、好きになれないのに……どうしても切り離せないんですよ」
「私は、両親の事は好きでしたから……」
「鬼の血を否定したら、母を否定する事になっちゃいますから……」
「結局、人と鬼の間で…………フラフラです……」
矛盾した感情で、紫苑はずっと揺れ続けていたのだろう。そんな紫苑を助けると、魁人は決めている。命をかけてでも、彼女の笑顔を守ると、誓った。
「紫苑の好きにしろ」
「え?」
「フラフラ中途半端でもいい、危うい状態でも、俺が支える」
「鬼の血に飲まれても、紫苑は紫苑だって確信してる」
「暴走しても、俺が止めてやる」
「人だろうが、鬼だろうが、紫苑は紫苑だ」
「だから、自分で自分を否定する事だけは、やめてくれよ?」
そう言って、魁人は紫苑の頭を撫でてやる。角には触れないように、そっと優しくだ。
「主君……」
「全く……せっかく可愛いのに土塗れじゃないか……」
魁人はそのまま、紫苑の髪についた土を払い落としてやる。勢い余って、小指が紫苑の角に触れてしまった。
「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っ!!!!?!?」
「あ、ごめん……」
電撃に撃たれたように、紫苑の身体が飛び跳ねる。動きを縛っていた札が粉々に吹き飛び、紫苑は息を荒くした。今まで共に居て分かったのだが、紫苑は角を触られると大変な事になるらしい。一言で言えば、敏感なのだ。
「しゅ、しゅく……主君……! お気持ちは大変嬉しいですし私としても吝かではないといいますかなんというかあれなわけですけどまだそれは早いといいますか私自身何を言っているのか分からないのですがとにかく角は大変危険なわけでこれ以上はそのあれがあれであれになるわけでとにかく主君の言葉はとても嬉しいのですがそこからこれは飛躍しすぎているといいますか段取りや順序と言う物がありまして私もまだ伝えたい事がありましてだからそのはにゃにゃにゃにゃっ!?」
「とりあえず落ち着こう」
「はぅああああああああああああああああっ!?」
顔が真っ赤を通り越して大変な事になっている紫苑、このままではまた何かが壊れると魁人は確信していた。だから、心を鬼にして、魁人は紫苑の角を思いっきり握り締めた。あまりにも敏感すぎるのか、紫苑は身体を硬直させ、そのまま気絶してしまった。結局、魁人は気絶した紫苑を背負い、山を越える羽目になった。
ラベネ・ラグナの門の前で、紫苑はこれ以上ないほど落ち込んでいた。役に立とうと決めていたのに、岩の下敷きになるわ、一人で勝手に落ち込むわ、励ましてくれたというのに、暴走し気絶するわ、しまいにゃ目的地まで背負われるわ……。
(役立たず……すぎです…………)
オマケに先ほど、魁人の首を捻じ切りそうになってしまった。背負われている状態で目を覚ました紫苑がパニックになり、魁人の首を絞めてしまったのだ。魁人が退魔の力で防御しなければ、魁人はデュラハンと化していただろう。
「あいたたた……退魔の上からでも痛みを感じたのは久々だ」
「やっぱり、紫苑は強いな」
悪気もないし、嫌味でもない。魁人は心から感心していたのだが、紫苑の落ち込みは加速する。
「主君……やっぱり私は駄目なんです……」
「このままじゃいつか主君まで傷つけて……きゃんっ!?」
魁人のチョップが、落ち込んでいた紫苑に叩き込まれた。
「舐めるな、俺は魔物相手じゃ死にたくても死ねないんだよ」
「お前の力でも、俺は壊れない」
「だから、安心して隣にいろ」
そう言って、魁人は紫苑の手を握り、ラベネ・ラグナへと入っていった。紫苑の顔は再び、真っ赤に染まる。
「しゅ、主君っ!?」
「あの、その……危ないです……」
「力、入っちゃったら…………その、潰れちゃう……」
「握ってみろよ」
「えぅ……」
「俺は、壊れないからさ」
笑顔で振り返った魁人、その笑顔で紫苑の緊張が溶けた。ギュッと手に力を込めてみたが、魁人は同じ様に握り返してきただけだ。
「………………!」
「え、えへへ……えへへ……」
太陽のような笑顔で、紫苑は魁人の手を握り締める。その笑顔は、魁人にとっては何よりも価値がある。
(…………少し痛いが……我慢我慢……)
退魔の力を強く手に纏わせれば、触れている紫苑の手が滅んでしまう。紫苑に影響が出ない範囲で、魁人は自分の手を保護していた。針の穴を通すような、精密な魔力コントロールの成せる業である。少しでもミスをすれば、自分の手は潰れたトマトのようになるだろう。だが、紫苑の笑顔の為なら、手の一つや二つ……溶岩にだって突っ込んでやる覚悟だ。
「お熱いのぉ……街中でラブコメかの?」
いきなり声をかけられ、魁人と紫苑は同時に顔を真っ赤にした。
「あ、貴女は!?」
「お主が魁人じゃな? マークセージの王から話は聞いておる」
「鬼を連れた勇者……間違いないじゃろう?」
魁人の首からぶら下がっている、古びたペンダント。刻まれている数字は、『1265-35』。魁人は現在20歳、この証は……魁人が13歳の頃に刻んだ勇者の数字だ。
「証はともかく……紫苑を鬼と見破るなんて……」
認識を薄める術式は、念の為に町へ入る前、かけ直した筈だ。それなのに、たった一目で見抜かれてしまっていた。
「そこの女は、歩き方が人のそれでは無い」
「パッと見分からんが、魔物特有の要素が混ざっておる」
「人じゃ無いのは、妾ほどの洞察力があれば火を見るより明らかじゃ」
「…………なるほど、貴女がフローラル姫ですか」
「噂に違わぬ、才をお持ちのようだ」
「まぁ超絶天才だからの、今は忙しいからサインはせんぞ」
「ここは人が多くで『邪魔』だからの、こっちにこい」
本当に姫様なのだろうか、言動が思っていたのと違いすぎる。だがマークセージの王を思い出し、魁人は深く考えるのを放棄した。魁人達はフローの後に続き、工場のような場所へ辿り着いた。
「大会用の開発を行っている場所じゃ、今は妾以外いないから落ち着くじゃろう」
「…………開発を一人でやってるんですか?」
「1000人援軍を呼んでも、妾より遅いからの」
「物資調達や、他のフォローはさせるが……開発は妾一人でやっておる」
この姫は本当に人間なのだろうか、会話の合間に工具を10本以上操り、途中まで完成していた機械がみるみる出来上がっていく。ジャグリングのように工具が舞っているが、時に工具が矢の様に機械に突き刺さり、また離れる。魔法の類じゃない、姫が高速で腕を動かし、完全な手作業で操っているのだ。ロクに見もしないで、片手間にそれをやってのける姿は、人外の域に達していた。
「話は大体聞いておる、大会成功にはお主の力も不可欠じゃろう」
「大会の主催国、その代表として……協力感謝するぞ」
不意に話を振られ、魁人は我に返る。自分はここに、協力をしに来たんだった。
「俺もクロノと同じ様に、魔物との共存を信じてます」
「大会が成功すれば、大きな一歩を踏み出せるでしょうね」
「街中で鬼とイチャイチャするくらいだしの、期待してるぞ」
「はぅあっ!?」
紫苑の顔が、面白いほど簡単に赤くなった。
「……まぁ、出来る限りは協力します」
(主君!? 否定しないんですか!?)
(あわ、あわわわ……)
「お主の力は聞いておる、お主が創った……退治屋成らざる退治屋の話もな」
「今大会は、魔物達を人の領域へ招く物になる」
「魔物達から言えば、地雷原に突っ込むような物……警戒されるのは確実じゃ」
「人から見ても、大量の爆弾を運び込むような物じゃ」
「必要以上に警戒すれば、互いにギクシャク」
「警戒が足りなければ、それはそれでトラブルを呼ぶじゃろう」
「……でしょうね」
「お主には、大会中の警備を任せたい」
「魔に精通したお主は適任……その力も役に立つじゃろう」
「殺すのではなく、縛る為に使え」
「……まさか、俺一人に任せるわけでもないでしょう?」
「……退治屋に任せる、というのは…………世間からみて安心できるから」
「それなら、名の知れた退治屋に声をかけるのが当然……ですよね」
「姫様、元退治屋として意見があるのですが……」
「『討魔紅蓮』は呼ばんぞ」
「……!?」
言おうとした事を、先読みされてしまった。
「奴等に任せれば、大会後に魔物殲滅とかおっぱじめそうじゃ」
「色々手を回したが、流石に出場禁止とは言えんかった」
「じゃが、大会のルールは破らせん……その点は心配するな」
「……というと?」
「大会の警備は、妾の信用している退治屋達に任せる」
「主に、『流魔水渦』の奴等じゃな」
「討魔紅蓮のボスと八柱に対しては、大会の出場は遠慮してもらっておる」
「口で上手い事誘導してな、警備の警備を担当してもらっておるよ」
「客席からの見張り担当じゃ、随分簡単に引き受けたからの……奴等も何か企んでいるのは確かじゃが……」
「…………妾の懐で何かを企むなど、笑止千万じゃ! 超絶天才の名にかけて、何もさせん」
「討魔紅蓮の下っ端達は、何人か出場するようじゃが……」
「ま、大会での殺しは当然ご法度……不必要な追撃もストップを入れることになっておる」
「その辺は、安心せよ」
「結構な、お手並みで」
「流石世界に名を馳せる……超絶天才ですね」
「もっと褒めろ褒めろ、ふははは」
「あーそれと、そこの鬼娘」
「へう?」
「お主は大会に出ろ、面白そうじゃ」
紫苑に指名がかかった、正直予想もしていなかったので、魁人達は固まってしまう。
「えぇええええええええっ!?」
「無理です! 大きな大会で、戦う為に出場するなんて!」
(下手すりゃ死人出しちゃいますよーっ!?)
「お主強いじゃろ? 盛り上げる為に出ろ」
「だから無理ですって! 私出来ませんっ!」
「…………そうか、出来ぬか」
工具を放り投げ、開発を進めながらも、フローラル姫は溜息をついた。何故だか知らないが、魁人は背筋に冷たい物を感じた。
「男はな、自分の大切な物が褒められると……喜ぶ生き物じゃ」
「へ?」
「お主、その男の使い魔じゃな?」
「お主が大会で活躍すれば、その男も鼻が高いじゃろうて」
「大会成功に一役買えば、褒美もあり得るかもしれんなぁ」
姫の企みが、魁人に伝わってきた。ここで話を合わせなければ、どんな目に合うか恐ろしくて考えたくも無い。
「ご、褒美…………?」
「主君……? 私が大会で活躍すれば……嬉しいんですか?」
(…………さて、どう答えるか…………)
(…………仕方ない……)
「……まぁ、悪い気はしない」
「人と魔の共存、その大きな一歩と成り得る大会じゃ」
「その大会成功に奮闘した使い魔に、悪い感情を持つはずがあるまい」
「必死に頑張る姿に、男は弱いものよ……なぁ?」
「はぁ、そうですね……」
「紫苑は戦闘中.格好良いですし…………」
「大会でも魅えるかと……」
少し罪悪感を感じるが、正直戦っている紫苑を見たい気持ちも、少しあった。
「健気に頑張る使い魔に、褒美だって取らせるじゃろ?」
「…………そうですね、俺の出来る事なら、なんでもしてやりたいですね」
「出ます」
「私出ます、やります、やらせてください」
(面白いほどチョロいのぉ……)
嘗て無いほど、紫苑の目に炎が灯っていた。そんな紫苑の隣で、魁人が乾いた笑みを浮かべている。
「まぁ、なんじゃ」
「期待しているぞ、『俗世の真理』」
「この力全てをかけ、ご期待に応えます」
「主君の為に……頑張りますっ!」
大会までの残り日数、魁人は姫との打ち合わせを行うことになった。紫苑は力のコントロールの為、かなり本格的に修行をするつもりだ。紫苑はまだ知る由も無いだろう、大変な選択をしてしまった事に。
デフェール大陸・雅の村……村の子供達と遊んでいるのは、獣人種の子供達だ。村の人達もその光景に慣れ、村は平和そのものだった。
「にゃああ……のどかだにゃぁ……」
猫の姿ではなく、猫人種本来の姿のまま、モミジは屋根の上でゴロゴロしていた。暖かな日差しを満喫していたモミジの視界に、一体の鬼が入り込んだ。
「……紫苑……もうすぐ会えます……」
「もうすぐ……もうすぐ……!」
「毎日毎日……飽きもせずよくやるにゃぁ……」
華響はクロノと別れてから、毎日毎日身体を鍛えていた。クロノの為に大会を盛り上げようと、自らの力を必死に高めていた。何より、大会当日は紫苑と再会出来るのだ。見っとも無い姿は見せられない、鬼気迫る勢いで、華響は大鉈を振るっていた。
思わぬ再会になることを、まだ華響は知らない。




