第百五十七話 『過去は、優しさで胸を裂く』
「うぅ……よかった……無事で……」
「あはは……ボロボロですけどね……」
橋を渡りきってすぐ、勇者達が集まってきた。みんなボロボロだと言うのに、自分の帰りを待っていてくれたのだ。リザは拙いながらも、光の魔法で勇者達の治療をしていたようだ。
「君が僕達を橋の手前まで運んでくれたって聞いてね」
「これで礼も無しじゃ、勇者以前に人として間違ってるだろう」
「…………? 俺が運んだ?」
「クロノ、話を合わせておけ」
(変幻の仕業だ、面倒だから黙っておけ)
セシルの囁きに、クロノは無言で頷いた。自分達をぶっ飛ばした存在に助けられたと知れば、勇者達は複雑な顔をするだろう。
「は、橋の手前までって事は……皆さん橋からどうやってここまで……?」
「俺が運んだ、意識を取り戻した奴は自分で渡ったけどな」
「つか、お前が任せるって言ったろ」
そう言いながら、ゴルトが背後から近寄ってきた。
「あーそうだったな……あははは……」
「……小僧、エルフの森での事は忘れねぇぞ」
「お前は、変な夢を訴えてた筈だ」
「……なんで俺達を助けた?」
ゴルトは気を使って、夢の部分を暈したのだろう。数十人の勇者の前でその夢を語れば、どんな顔をされるかは容易に想像出来る。だが、クロノにとってそれは慣れっこだ。一々それを気にしているようでは、その夢は成せない。
「あぁ、俺の夢は人と魔物の共存だ」
「だから、お前等を止めたかった」
「お前等にも、魔物にも……意味無く傷付いて欲しくなかった」
勇者達がざわつくが、クロノは真っ直ぐとゴルトを見て言い切った。
「……小僧、リーガルに会ったんだろ」
「あいつ、なにしてた?」
「? カリアでエルフに連れ回されてたけど……」
「前のあいつなら、王の命令なんか無視してさ、別の町に移動してたと思う」
「俺達は昔からそうだ、貫いてきた事なんてありゃしない」
「勇者の証で楽して……適当に生きてきた」
「この場に集まった勇者にも、そんな奴がいるんじゃねぇかな」
何人かの勇者が、顔を背けた気がした。
「エルフの森を襲った時、組んだ2人はさっさと逃げちまった」
「俺とリーガルは腐れ縁だったからな、今度も一緒に逃げるんだと思ってた」
「けどあいつは、王の命に従って……エルフ共と向き合った」
「昔からつるんでたから分かる、あいつは変わったよ」
「口じゃ色々言ってるが、お前みたいな目になった」
「なんかよ、置いてかれた感じでさ」
「焦って、躍起になって俺はこの作戦に参加したんだ」
「……リーガルは、止めたんだろ?」
「あぁ、結局……あいつが正しかったんだ」
「小僧、お前はなんで戦える?」
「どうして、真っ直ぐ立てるんだ?」
その理由は、今も昔も変わらずに、自分の中で光っていた。
「俺には夢があるから」
「最初は母さんが、それを信じてくれた」
「期待してくれる奴、信じてくれる奴、支えてくれる奴……沢山増えたから」
「俺はそれに応えたい…………だから、俺は戦える」
「勇者じゃなくても……前に進める」
「もう、自分を信じること……迷わない」
クロノの言葉を聞いたゴルトが、力無く笑い、顔を伏せた。
「お前は、強いな……」
「お前のほうがよっぽど、勇気があるよ……」
「カリアに戻れよ、リーガルが待ってる」
「他のみんなも、自分の故郷に帰るんだ」
「地位や名誉じゃない……みんな、守りたい物があって勇者になったんだろ?」
「勇者なら、本当に自分が誇れる道を……選んで欲しい」
「勇者は俺の、憧れだから……」
傷付いた勇者達は、その言葉に静かに頷いた。一人、また一人と頭を下げ、別々の方向へ歩き出していく。周りの声で自分を曲げ、目に見えない何かを追い求めていた勇者達は、もうどこにも居なかった。勇者を目指していた頃の、真っ直ぐな気持ち。それを少しでも思い出したなら、自分を見失う事はもう無いだろう。少なくても、迷いを抱いたまま、誰かの用意した道を歩む事は、絶対に無い筈だ。
「……ふぅ」
(偉そうな事、言ってるよな……)
(結果がどうあれ、お前はやりきった)
(弱いとこは、俺達にだけ晒してりゃいい)
(表向きには、胸張ってりゃいいんだよ)
心の中から飛んできた、頼りになる声。本当に、自分は恵まれていると思う。
「……俺も、カリアに戻るかね」
「リーガルと上手くやれよ」
「後、エルフ達ともな」
「……出来たらな」
ゴルトもカリアへ向かい、歩き出した。根拠は無いが、もう大丈夫だと思えた。
「あ、あの……」
「? リザさん?」
「私には、君の夢をどうこう言えないけど……」
「君の言葉に、私は救われた気がするんです」
「だから、ありがとうございます」
「……あはは……」
「私も、カリアに行こうと思います」
「カリアは、エルフ達と友好関係を結んだって……聞きました」
「ご迷惑になるかもしれませんが、私はエルフに魔法を教えてもらおうかと思います」
「傷付いた人を、もっとちゃんと治療できるように……なりたいんです」
「自分の未熟さを言い訳にするのは、もう終わりにします」
「なら、エルフ達の長に頼んでみるよ」
「快く、引き受けてくれると思う」
表情を明るくしたリザと共に、クロノはカリアを目指して歩き出す。その途中、クロノは一回だけ振り返った。虹色に輝く橋を、目に焼き付けるように。
カリア城への門を潜ろうとしたクロノに、ピュアが飛来した。完全に油断していたクロノは、呆気なく押し倒されてしまう。
「くろのー! おかえりー!!」
「ただ、いま…………」
案の定爪が食い込んでいるが、クロノは冷静に金剛で防御中である。ピュアの身体を軽々と持ち上げ、クロノはカリア城へ入って行った。
「クロノッ!」
「おぉ、よくぞ無事で……!」
ラティール王とタンネの出迎えに、クロノは笑顔を浮かべる。心配してくれていたのだろう、その気持ちがクロノは嬉しかった。
「あぁ……傷だらけじゃないか!」
「また無茶をしたんだろう!」
「そうですね……無茶しかしませんでした……あはは……」
「クロノ殿、傷をお見せください」
「ホッホッホ……この程度なら痕も残りませんわい」
タンネが杖をこちらに向けてくる。癒しの魔力が、クロノの傷を一気に治癒してくれた。隣で見ていたリザは小さく、『凄い……』と呟いている。肩を貫通していた傷も、あっという間に完治してしまった。
「わぁ……ありがとうございます!」
「しばらく安静にしていてくだされ……傷が開きますぞ」
流石エルフの長と言った所か、その魔法の腕は物凄い物があった。リザはさっきから何かを言いたそうだ。
「クロノ、勇者達は?」
「全員無事です、みんな故郷へ戻りましたよ」
「そうか…………良かった」
ラティール王は安堵したように、柔らかい笑みを浮かべた。そんな王に対し、リザは膝を折った。
「王! この度は……勝手な行動をお許しください!」
「勇者たる私達が……己を見失い……愚かな真似を致しました!」
「恥じる気持ちがあるなら十分さ、過ちは繰り返さない事が大事だ」
「……っ! 失礼を承知で……この場を借りて申し上げたいことがございますっ!」
「カリアは、エルフ達と友好関係を結んだと聞きましたっ!」
「私は、今回の件で自らの未熟さを痛感致しましたっ!」
「なので、魔に精通するエルフに……教えを請いたいと思いますっ!」
「どうか……自らを見つめ直すチャンスを……!」
「あ、いやね……そこまで思い詰めなくてもいいんだよ?」
「しかし……エルフに魔術をね……」
地面に埋まりそうなほど頭を下げているリザに、ラティール王は困惑してしまう。そして、リザの言葉にタンネが反応した。
「ホッホッホ、丁度良いではありませんか」
「王、先ほどの魔術学校の件……ワシは賛成しますぞ?」
「魔術学校?」
「クロノも勇者を目指してた時、何度か通っただろう?」
「魔法に長けたエルフ達が、そこに勤めたいって話があってね」
「魔素が多く、魔法の修行にうってつけな、エルフの森への課外演習も予定してるんだ」
「お互いの距離を縮める意味でも、有効だと思ってね」
正直、魔法が下手なクロノにとっては、あまり良い思い出のない学校である。だが、エルフが教えてくれるというのは、なんだか凄く共存っぽい。
「エルフに教えを請いたいなら、丁度良いだろうね」
「今から魔術学校へ向かうといい、詳しい話はそこで聞けるはずだよ」
「! ありがとうございますっ!」
「えっと……クロノ、君? また会おうねっ!」
「はい、また!」
急ぎ足でその場を後にするリザ、部屋を出る直前、笑顔で手を振ってきた。その笑顔で、クロノは少し安心した。もう、迷いは無さそうだ。
「クロノ、君も疲れているだろう?」
「部屋は用意させるから、ゆっくり休むといい」
「あ……はい、ありがとうございます」
「……なんか、エルフ達との距離も縮まってて……嬉しくなりますね」
「これも、クロノ殿のおかげですぞ?」
嬉しさでどうにかなりそうなクロノだが、ここで一つ思いついた。荷物から通信機を取り出し、ラティールとタンネに向き直る。
「王様、俺……今ちょっとした目標の為に旅をしてるんです」
「ん?」
「『天焔闘技大会』は、知ってますよね」
「20年に一度の大会じゃないか、それがどうしたんだい?」
「ラベネ・ラグナのお姫様と協力して、その大会の出場者を集めているんです」
「その、魔物の……」
「魔物?」
「はい、今年の大会は、姫様の案で『人魔混合』で行う事になりまして……」
「俺は大会までに、世界中から魔物の参加者を集めてるんです」
「それで……王様やタンネさんにも協力して欲しいなって」
「うん、いいよ」
「願ってもない申し出でございますなぁ」
あまりにも即答だった為、クロノの方が固まってしまった。
「……そんな簡単に、いいんですか?」
「我が国にも、相応の価値があると判断してだよ」
「一応僕だって王様なんだ、それなりの考えはあるさ」
「今のエルフは、外の世界に興味津々ですからのぉ」
「参加希望者は、多い筈ですぞ」
協力してくれるのは、非常にありがたい。クロノは通信機の電源を入れ、フローへ連絡を取った。
「で、具体的に僕達はどうすればいいのかな?」
「その辺の話は、主催者である姫様が説明してくれると思いま……」
『ガガガガガガガッ!! ガーッ!!』
「!?」
通信機から、重々しい金属音が鳴り響いた。何かが砕かれ、加工されているような轟音である。
「…………フ、フロー……?」
『あー! あー! こちらフローじゃっ!』
『すまんすまん、開発中でのぉ』
一体どう加工すれば、あのような凶悪な音が出るのだろうか。凡人のクロノには、一切想像がつかない。
「……参加者を見つけました……」
『いよっしゃぁ! でかしたぞっ!』
『そこはどこじゃ!? 種族は!? えぇい! 早く言え!』
相変わらず、この姫様は変わりないようだ。クロノは苦笑いを浮かべながら、フローに情報を伝える。
「場所はアノールドのカリア王国……種族はエルフです」
『むぅ? カリア……?』
『盤世界24ヶ国の一つのか?』
「えぇ、そのカリアで間違いないですよ」
「お初にお目にかかります、僕がカリアの王、ラティール・トラストです」
「エルフ族の長、タンネ=チャロと申します」
『ほぉ、人の王に種の長か』
『これは、話を付けやすそうじゃな』
『少々長話となるが、そちらは大丈夫かの?』
「えぇ、詳しくお伺いしましょう」
『うむ、詳しく話そうかの』
『あークロノ、長くなるからお主はどっか行ってて構わんぞ』
『居ても居なくても一緒じゃからなぁ』
「うわぁ酷ぇ……」
「あはは……部屋を用意させておくから、クロノは休んでていいよ?」
「くろのー! あそぶー!」
今の今までセシルの尻尾にじゃれていたピュアが、ここぞとばかりに乱入してきた。休める気が全くしないまま、クロノは客室へと向かうのだった。
数時間後、客室のベッドで寝そべるクロノの姿があった。さっきまでピュアと遊んでいたのだが、セシルが夜風にあたりに外へ出て行き、ピュアもそれについていったのだ。疲れ果てたクロノは、そのまま倒れこんでしまった訳である。
「あー眠い……」
「子供は元気だよねぇ」
「だからエティルも元気なのかい?」
「その理屈で言えば、ティアラはもうちょい明るいと思うんだがなぁ」
「Zzz……」
精霊達もリラックスしている、ティアラに至っては既に夢の中だ。このまま寝てしまおうかと思っていたクロノだったが、不意に部屋の扉が開かれた。
「やあ、まだ起きてたかい?」
「ラティール王? どうしたんですか?」
「話が終わってね、通信機を返しにきたよ」
メイドや兵に頼めば良いものを、この王は本当に律儀である。まぁ、何か考えがあるのだろうが。
「……本当は、どうしたんですか?」
「タイミングが無かったからね、今ならいいかと思ってさ」
「ピュアのお母さんの話、何かありそうだっただろう?」
今ならピュアは居ない、話すなら今しかない。ラティール王には、話しておかねばならないだろう。
「……ピュアのお母さんに、会いました」
「ピュアの母は……四天王です」
「……そう、か……」
「随分と、大物だね」
「名前は、シア=エウロス……とんでもなく強い鳥人種でした」
「……人を、強く憎んでた……」
「ピュアの名前に、強く反応してました」
「……殆ど話は聞けませんでしたけど、間違いないです」
「…………? ラティール王?」
ラティール王の様子が変だ、僅かに震えている。疑問に思ったクロノだったが、不意に両肩を掴まれた。
「? 王?」
「……クロノ、この話は、誰にも言わないでくれ」
「……頼む」
肩を掴む手が震えている、こんなラティール王は始めて見る。
「す、すいません……ピュアが四天王の子だったなんて……俺も思わなくて……」
「凄く危険なのは、分かってますけど……あの……」
「違うんだっ!!」
最初はピュアが四天王の子だと知って、危機感を抱いたのかと思ったが、そうじゃない。ラティール王はもっと、別の事を考えているようだ。その顔は、不安や恐怖じゃなく……大きな悲しみに染まっていた。
「……王?」
「クロノ……今は何も言わないでくれ」
「君には、いつか話す」
「…………クロノ、これを」
王が懐から取り出したのは、綺麗な髪飾りだった。クロノもよく知っている、それは王が肌身離さず持っていた髪飾りだ。小さい頃聞いたことがある、大事な人の形見と言っていた髪飾りだ。
「……これ?」
「次にシア=エウロスと出会う事があったら……それを見せてくれ」
「見せるだけでいい…………頼んだよ」
「……はい……」
勿論、聞きたいことは沢山あった。だが、今聞いてしまったら……王が泣いてしまいそうで。クロノは口を、開けなかった。王はそのまま、黙って部屋を出ていった。
クロノの部屋を後にしたラティール王は、自室の庭に佇んでいた。空を見上げ、目を閉じ、昔を思い出していた。10年以上前、この場所で出会い、この場所で間違えた。
『ラティール! 大好きだよっ!』
(………………ッ!!!)
ラティール王はその場に崩れ落ち、涙を流した。父を失い、大事な人を傷つけた、あの事件。終わってなんかいない、まだ続いているのだ。
(ピュアは……シアさんの娘……)
(なんで……なんて事だ……)
『種族とか、どうでもいいの』
『私は、ここが一番好き』
『あなたの隣が、大好き』
『あなたの事が、世界で一番大事だもの』
「うわああああああああああああああああああああああああああっ!!!」
目を閉じれば思い出す、あの笑顔。あの笑顔を奪ってしまったのは、自分だから。ラティール王は空に向かって叫んだ。自分の大切な物を、全てを失ったあの日を思い出しながら。
今日も、勇者達が血の海に沈んだ。理由は不明、何があったかも不明だ。たった一瞬、風が吹いたと思ったら、勇者達が血に染まり、吹き飛んだ。常人には分かる筈もない、四天王という存在の暴力的な八つ当たりが、今日もどこかで吹き荒れる。
(まだ、まだだ……)
四天王、シア=エウロス。彼女は止まらない、その翼を、足を、全身を返り血に染めながら、世界中を飛び回る。傷つけた人間個人に、恨みは無い。人間だから、嫌いなんだ。殺しは許されてないが、知ったことじゃない。無差別に傷つけ、それでも止まらなかった。
(まだ、まだ拭えない…………)
(忘れろ……消えろ…………消えろっ!)
勇者を木に叩きつけ、シアは自分の翼を見た。綺麗だと褒められた翼は、血で酷い有様だ。シアは空を見上げ、大声を上げた。それだけで周囲が風に包み込まれ、爆ぜるように吹き飛んでしまう。意思を持った災害のように飛び回るシアだったが、彼女の心が晴れることは無かった。
『僕は、シアさんに出会えて……本当に良かったよ』
(……………………消えて、よぉ…………)
泣きそうな顔で、全てを吹き飛ばす『絶風』。全てを拒み、憎み、彼女は四天王となった。絶望に染まった彼女と、一人の男の物語。
紐解く存在は、まだ弱すぎる。




