第百五十六話 『世界の鍵』
最後の最後に貫かれた右肩。貫かれた理由は油断と、巨山嶽が切れていたせいだ。紅蓮・活火山を撃った瞬間、精霊技能が撃った箇所から抜け出てしまったのだ。大きすぎる威力に引っ張られ、自分の身体に纏わせていた力全てが剥ぎ取られてしまった。
(…………今の俺じゃ、リスクが大きすぎるってわけだ……)
扱いきれない力は、簡単に自らの身を滅ぼす。クロノは貫かれた右肩を押さえながら、ゆっくりと息を吐いた。何度も死に掛けたが、ギリギリで命拾いをしたのだ。
「ディムラ、ありがとう」
「お前が助けてくれなかったら、死んでたよ」
「たはは、気にしなくてええよ」
「君を生かしておいた方が、面白そうやからね」
「君から、エフィクト君と同じ面白さを感じるわ」
お気楽な笑みを浮かべながら、ディムラは首を鳴らしていた。掴み所のない四天王だが、悪い奴じゃない事は確かだ。何とか立ち上がったクロノは、無言で立ち尽くすセシルに気がついた。セシルはノクスに切断された建物を見て、少し悲しそうな顔をしている。
「……あの酒場って……やっぱり……」
「……ルーンの好きなお酒、あってね……?」
「よく、みんなで集まったお店なんだよぉ……」
「色んな魔物と飲んでたのを、覚えてる」
「変わり果てたのを見ると、時間の経過を実感するね」
「……ごめん、俺のせいで……」
「クロノ、悪く、ない…………」
「誰も、悪く、ない……」
「振り返ってる暇は、ねぇからな」
「ここに残る記憶は、優しすぎる」
この街で何があったのか、どうして滅んだのか。それを聞くには、まだ早すぎるのだろう。この街の魔力が見せた光景を決して忘れないと、クロノは胸に誓うのだった。
「なんかシリアスなとこ悪いけどー」
「ヘルバウンドの群れが近づいとるから、そろそろ逃げたほうええで~」
いつの間にか背の高い建物の上に登っていたディムラが、危機感を感じさせない声でそんな事を叫ぶ。
「ヘルバウンド?」
「魔獣の一種だね、超凶暴な犬と思えばいいよ」
「とりあえず、襲われれば骨も残らないだろうね」
「懐かしいねぇ、ルーン以外に懐かなかったっけ」
「ベルの手が食い千切られたのは覚えてるな」
「そもそも、あれ、懐かせるのが……異常……」
昔話もいいが、現状クロノの身体はボロボロだ。そんなデンジャラスなわんこと戯れる余裕は無い。
「ちょ、早く逃げ……」
「逃げるんやったら、こっちや」
「ついといでっと……」
ディムラが建物の屋根から飛び降り、手招きしてくる。クロノはそれに従い、ディムラの後を追いかける。
「セシル! 行こう!」
「…………」
立ち尽くすセシルの表情は、泣くのを我慢している少女のようだった。何故か分からないが、そんな顔は見たくなかった。
「セシ…………」
「…………っ!」
呼んでも無駄と悟ったクロノは、セシルの耳の後ろを撫で上げた。
「キャアアアアアアアアアアアアッ!?」
「おぉ、本当に弱い」
「きさ、きき……貴様っ!? なになな何を……!!」
電気を流したように震え、顔を真っ赤にしたセシルがこちらを睨んでくる。尻尾で殴られるかと思ったが、肝心の尻尾は力無く垂れ下がっていた。どうやら、力が入ってないらしい。これ以上ないほど顔を真っ赤にしているセシルの手を取り、無理やり引っ張った。
「……行こう」
「まだ、ここは俺には早い」
「…………」
「そう、だな」
「また来るから」
「必ず、来るから」
そう言って、クロノは前を見た。逃げ帰るわけじゃない、ここはまだずっと先のステージだ。進み続ければ、またここを訪れる事になるだろう。その時は、また違った物を見れると確信していた。その時まで、少しだけお別れだ。
「クロノ君、また来るってそれほんと?」
「そりゃ……勿論」
「ふぅん……ならあっちの山みてみ」
「山の間に、尖がったなんか見えるやろ」
「あれが魔王城、我等が魔王様の引きこもっとる場所や」
ディムラが指差す先に、確かに何かがチラッと見えた。まだシルエットしか見えなかったが、自分の目指すべき物が、ほんの少しだけ顔を出した。
「遠いで?」
「距離とかの話やない、エフィクト君は壁の中に引きこもっとる」
「それでも、目指すんか?」
「言ったろ、俺の夢は人と魔物の共存だ」
「魔物の王様と話も付けずに、何が共存だっての」
「ふぅん……?」
「ええなぁ、ワイ……クロノ君の事気に入ったで」
心底楽しそうに、ディムラは笑っていた。
ディムラの案内のおかげで、クロノ達は無事に橋の元へ戻ってこれた。随分ボロボロになったが、これでもう帰るだけだ。
「あのクソ雑魚勇者達は、もう橋の向こう側や」
「勿論一人も死んでないで? 出来ればもう来させんといてや、詰まらんし」
「あ、あぁ」
「本当にありがとうな、凄い感謝してる」
「いやいや、ええよそんな」
「ワイの方こそありがとな、この先しばらく退屈しなくて済みそうや」
その言葉の意味が分からず、クロノは首を傾げた。そんなクロノに対し、ディムラは楽しそうに笑顔を浮かべる。
「四天王として、夢見る少年に助言や」
「クロノ君、魔核集めるだけじゃ……エフィクト君には届かんよ」
「え?」
「鍵や、鍵を集めるとええ」
そう言いつつ、ディムラは右手の甲から一本の鍵を抜き取った。鍵には『魔』の文字が刻まれている。
「これは四天王の鍵、刻まれた文字は今の四天王の種を表しとる」
「今の四天王の種は鳥人種のシアちゃん、獣人種の茜ちゃん、幻龍種のセシルちゃん、それと種族不明のワイ……」
「つまり鍵の文字は、『鳥』、『獣』、『龍』、『魔』の4つや」
「あ、ちなみにワイの『魔』は暫定やから♪ 種族分からんから、魔物の魔や」
「適当だなぁ……」
「こーゆうのは勢いが大事なんや」
「この鍵、ワイら四天王も何に使うか余裕で分からん」
「せやけど、今のエフィクト君が唯一……重要そうにワイらに託した鍵や」
「きっと秘密がある、エフィクト君に迫る為の……なんかがきっとある」
鍵をクルクルと回しながら、ディムラはニヤニヤと笑っていた。その何かに、期待するように。
「鍵の在り処やけど、ワイの知る限り結構難儀やで」
「まず『獣』の鍵やけど、今の茜ちゃんは鍵守るどころの騒ぎやない子狐や」
「側近の八尾が、信用に足る獣人種に預けたって話やけど……」
「あぁ、獣の鍵ならもう持ってるよ」
「持っとるんかいっ!?」
「なんやねんっ! クロノ君有能で困るわぁ!」
ロニアから託された鍵が、まさか茜と繋がっているとは思わなかった。今度ロニアに会った時、その辺の繋がりを聞いてみたい。
「まぁええわ……次は『鳥』の鍵……シアちゃんの鍵や」
「この前聞いてみたんやけど……ものごっつ怖い顔されたわ……」
「何でも、『この世で一番大切な存在』に預けたって話やで」
「それが誰なのか聞いてみたら、上半身蹴りで消し飛ばされたわ」
「今時の四天王は凶暴であかんね……」
(…………この世で一番、大切な…………?)
「んでセシルちゃんの『龍』の鍵やけど」
「セシルちゃんってば前の四天王、『氷装』の霧雨君を叩きのめして、『氷』の鍵を奪い取ったんや」
「その時点で『氷』の鍵が『龍』に上書きされたんやけど~」
「セシルちゃんってば、『こんなもん知るかぁっ!』って鍵を魔王城の部屋ん中にぶん投げちゃったやん?」
「その鍵、エフィクト君が信頼出来る龍族に勝手に預けてたから、行方知れずや♪」
「セシルーーーーーーーーーーーッ!!」
「なんだっ! 仕方ないだろうっ! あの時は色々あったのだっ!」
「セシルちゃんってば何で物に対して適当なのさぁっ!」
「攻略アイテムを捨てるとか何考えてるんだっ!」
「頭、痛い……」
「つか魔王から授かった重要物捨てんなよ……」
セシルのおかげで、鍵探しの難航が確定した。
「んで、ワイの鍵はこれや」
「誰にも預けとらんし、これの入手は簡単やで?」
「ワイは魔王城で、ず~っと待っとる」
「倒して奪ってみ? 君が来るのを楽しみにしとるで」
「…………!」
鍵を右手で弄ぶディムラが、楽しそうに笑っていた。まだまだ手は届きそうにないが、その時は必ずやってくる。クロノはディムラを真っ直ぐ見据え、静かに頷いた。
「たはは♪ 楽しみやねぇ」
「不気味な奴だ」
「うへぇ、セシルちゃんは手厳しいわぁ」
「そんな邪険にせんといてやぁ、正体不明ってだけやん~」
「自らの正体を不明と語る奴を、どう信用しろと言うのだ」
「…………確かにワイは、自分の種族も名前も、生まれも、な~んも知らん」
「けどな、割といるで? そーゆうの」
「例えばクロノ君、君どこで生まれたか覚えとる?」
「? いや、知らない」
「母さんと世界中旅してたし、どっかで生まれたんだろ」
「ほらな?」
「これは、ただの馬鹿タレだろう」
呆れた様子で、セシルは橋に向かって歩き出す。そんなセシルを、ディムラは楽しそうに眺めていた。
「セシルちゃ~ん? 最後に一個聞いてええかな~?」
「…………何だ」
「エフィクト君の本名、知っとる?」
「…………? 奴に本名はない」
「エフィクト、と言う名前自体……ルーンが名付けた物だ」
「たはは、正解や」
「つまり、知らずに一緒にいるんやな」
「……? 何が言いたい?」
「いいや、セシルちゃんも…………ほんまおもろいなぁって思ってね」
「また会える日を楽しみにしとるで、お二人さん」
無邪気に手を振るディムラに手を振り返し、クロノは橋を渡り始める。四天王に見送られ、クロノ達は魔族の大陸を後にするのだった。
「今回は、色々あったなぁ……」
「大会の出場者を探す旅の筈なのだが……また随分寄り道をしたな」
「それを言うなって……俺的には大きな経験だったんだからさ」
「……気になることも、沢山出来たし」
「……ふん」
「何を見たのか知らんが、精々身の丈にあった道を選べ」
「今回の件で、それも出来なくなったかも知れんがな」
討魔紅蓮に堂々と喧嘩を売ってしまった為、今後どうなるかは正直分からない。肩に穴は開き、左腕は焦げて酷い有様だ。だが、後悔はしていない。放っておく事は出来なかったし、誰一人犠牲は出さなかった。
「それだけで、十分だよ」
「やはり、貴様は馬鹿タレだ」
セシルが呆れたように笑った瞬間、朝日が背後からクロノ達を照らした。朝日の輝きと共に、橋を渡りきったクロノ達、彼等を勇者達が出迎えるのは、このすぐ後の話だ。
「あ~楽しかったで~」
「……なんや、やっぱだんまりかい」
何故か窓を蹴り破り、そこから魔王城の中に戻るディムラ。飛び降りた先は、魔王の間だ。
「いやぁおもろい子に会ったんや! あの子がここまで来る日が楽しみやねぇ」
「って……魔王城に攻め込まれるの楽しみにするって……四天王としてどうなん……?」
窓から差し込む光以外、一切光源のない室内。朝だというのに、非情に暗かった。そんな室内を、ディムラは我が物顔で歩いている。
「……少しくらい反応してやぁ……独り言みたいで寂しいやん」
「あ、そうそう……セシルちゃんも元気そうやったで?」
「セシルちゃんの鍵、誰に渡したん~?」
玉座に向かって、ディムラは笑顔で話しかけ続ける。そこに座る存在は、一切反応を示さなかった。
「……今日会った子な? クロノ君って言うんやけど」
「いつか、ここに来るって言ってたで?」
「君と話付けに来るって、言い切ってたで~♪」
ニコニコと笑うディムラの右半身が、黒い乱気流に消し飛ばされた。血飛沫すら吹き飛ばし、衝撃波がディムラの背後の壁を抉る。何事も無かったかのように、ディムラは吹き飛んだ右半身を作り直す。依然、笑顔のままで。
「……君が反応を示す瞬間、凄い好きやで」
「何を待ってるのか、興味が尽きないなぁ」
「あぁ! それと……セシルちゃんも知らないんやね? 君の本名」
「やっぱ、ルーン君と、奥さんくらいなん? それやったら知らんのも無理ないわな」
笑顔のまま語るディムラだったが、暗闇から強烈な殺気が発せられた。その殺気が、ディムラの動きを縛り上げる。笑顔は崩さなかったが、ディムラは冷や汗を流していた。
「おぉう……怖……」
「そんな怖い顔せんといてや……ワイは邪魔したいわけじゃないんや」
「ただ……君の待ってる物に興味があるだけやで?」
「なぁ? エフィクト・シェバルツ君?」
「……ディムラ、口が過ぎるぞ」
「久々やね、口開くの」
「二度は言わん、立場を弁えろ」
「たはは……♪ 魔王様の仰せのままに~」
この世界には、秘密がある。
答え合わせは、まだずっと先だ。




