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偽勇者は世界を統一したいのです!  作者: 冥界
第二十一章 『幻想揺らめく、魔族の大陸』
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第百五十五話 『VSアビシャル・ノクス』

 蟲の鎧を纏ったノクスは、全てが異常だった。身体の中で何かが蠢き続け、動き出しの波紋が幾つも重なって見える。攻撃の予知が無効化され、水の自然体との相性は最悪だった。防御力も上がり、風で切り裂く事も出来なくなっていた。だが、自分にはまだ手がある。四精霊を従えている利点を、フルに使って食い付いた。




「キィイイイイイイイッ! 食い千切れっ!」




「ぬっ! がああっ!」




 風と水の自然体を解除した為、蟲の速度に全くついていけない。牙を大きく開いて突っ込んできた蟲の突進をまともに食らったクロノだが、閉じられかけた牙を両腕で何とか支えた。




(……食い千切れない、だと……?)




「……っ! 蟲のくせに……なんつー馬鹿力……!」




 この牙で傷を付けられると、毒でゲームオーバーだ。生きている心地がしないが、巨山嶽きょざんがくの維持に全力を注ぐ。心を燃やし、少しずつ力で牙を押し返していく。



「足掻くな、抵抗するな、さっさと死んじまえっ!」

「お前が邪魔したせいで、勇者達を殺し損ねたんだ」

「邪魔なんだよ、不要なんだよ」

「正義を気取る馬鹿が、目障りなんだよ…………!」

「さっさとみんな、消えちまえええええええええええっ!」





「~~~~っ!?」





 ノクスの声に共鳴するように、蟲の力が上がっていく。何とか押し返していた牙が、再びクロノの両腕を押し戻してきた。



「ロクな奴等じゃないって、思ってた、けど……」

「世間一般では、退治屋は一般人の為に、魔物退治を請け負う奴等の事だろ……」

「仮にも最強の退治屋が……魔物だけじゃなく人間まで標的にするのか」

「やりすぎだろ……なに考えてやがる……!」




「討魔紅蓮は最大規模の退治屋だ、宿す思考も色々なんだよ」

「そりゃ市民の為、打倒魔物を心掛けてる甘ちゃんもいるのは認めるさ」

「けどな、長くやってる奴等は気づいてんだよ」

「世の害は、魔物だけじゃないってさぁ」

「世を正すには、魔物を殺すだけじゃ足りない」

「言葉じゃ力不足、行動も届かない」

「なら、力で皆殺すのが手っ取り早い」

「僕は、人も魔物も必要ない奴を殺せればなんでもいい」

「都合がいいから、討魔紅蓮に身を置いてるだけだよ」




「なるほどな、全く共感出来ねぇな!」

「けど確信した、お前等とは分かり合えない」

「いつかは、ぶつかり合う事になるってな」




「いつかなんてねぇよ、ここで死ね」




「俺の夢は、人と魔物の共存だ」

「その夢の為にも、お前等には負けられない」

「それに、邪魔な奴を殺すってやり方が、気に入らないっ!」



 クロノの言葉に、ノクスは表情を変えた。蟲の身体が持ち上がり、クロノの身体が牙に咥えられたまま、上空へ持ち上げられる。



「お前には分からないだろうなぁ」

「力もなにもない奴が、どんな目に会うのかさぁ」

「結局、この世の中は力のない奴は死ぬように出来てんだよ」

「綺麗事並べてさ、理想論ばっかり並べてさ……お前等人間が僕達に何をした?」

「同じ人間の僕にも、種の違うキィにも……何をしてきた……?」

「共存…………? ふざけんなよ……」

「お前みたいな奴が、一番死ぬべきなんだよおおっ!!」



 勢いをつけ、クロノの身体が地面に叩きつけられた。そのまま蟲が身体を捻り、回転しながらクロノに襲い掛かる。




理解の(アウト)外のゾーン殺戮者グレイブ!」




 ドリルの様に突っ込んでくる蟲に対し、クロノは左拳を握り締めて立ち上がる。例え避けたとしても、蟲は地面に潜り、死角から襲いかかってくる。突っ込んでくる方向が分かっている今が、攻撃を防ぐ最初で最後のチャンスなのだ。




活火山かっかざんっ!」




 両者の攻撃が真正面からぶつかり合い、甲高い音が鳴り響く。蟲の頭が、空中に跳ね上がった。ギリギリだったが、クロノの方が打ち勝ったのだ。



巨山嶽きょざんがくに烈火を合わせて、ギリギリか……)

(しかも弾いただけ、ダメージなんて通ってない……!)



(あの蟲の甲殻と融合してるのなら、活火山で奴にダメージは通らないね)

(この戦いに勝つには、あの鎧を突き破る一撃が必要だ)



(うぅ~……本来だったらそれは、あたしとティアラちゃんの十八番なのにぃ……)



(防御、無視の、技……無効化、された…………屈辱……)



(…………クロノ、何か考えあるのか?)



 フェルドが聞いてきたが、それを聞きたいのは本来こちらの方だ。試すように聞いてきたフェルドの真意を考え、クロノは自分が見てきた物を思い出した。



(…………紅蓮・活火山……)



(……それもまだ、教えてないよなぁ?)

(……ルーンにでも、会ってきたか?)



(ふぇえ!? ルーン!?)



(……見せてもらったんだ、この街に)

(この街に漂う、魔力が…………見せてくれた)



(そんな事、有り得るのかい……?)



(けど、実際…………クロノ、変わった……)

(…………懐か、しい……言葉……聞けた……)



(そうかそうか、あの馬鹿を見てきたのか)

(スゲェだろ、あいつは)



 嬉しそうに言うフェルドに、思わず笑ってしまった。他の精霊達の兄貴分のようで、出会った時からずっと頼りにしていたフェルドの、初めて見せた子供のような笑顔に、少し微笑ましさを感じてしまう。それほど、ルーンを信頼しているのだろう。



(うん、凄かった)

(今まで何度も比べられたり、重ねられたり、似てるって言われてさ)

(その度、少し嫌だった)

(絶対に、追いつけないって……心のどこかで思ってたから)



(けど、俺の夢はルーンの背中の先にある)

(もう迷わない、俺はルーンを超えていく)

(彼に憧れるのを、分不相応だなんて、思ったりしないよ)




(撃てるのか? 当てられるのか?)




(多分撃てる、けど当たらないと思う)

(まず届かない、蟲を掻い潜れない)

(当てる方法を教えてくれ)




(はははっ! 面白いじゃねぇか)

(いいぜ、俺達にはそれが出来る)



(ガツンと一発! 決めちゃおうっ!)



(蟲の、駆除…………それくらい、容易い……)



(君はただ、自信を持って戦ってくれ)

(僕等はそれに、応えてみせる)



 どんな絶望的な状況でも、ルーンが笑えた理由が一つ分かった。頼りになる仲間が、こんな近くで支えてくれているんだ。この状況でなら、たとえ自分でも笑える。そうだ、自信を持って、笑えるんだ。




「なに笑ってやがる、ゴミ野郎が」




「見えたからさ、勝利への道が」




 青いラインを目で引きながら、クロノはノクス目掛けて走り出す。すぐに蟲が突っ込んでくるが、流石にここまでノクスから離れていれば、狂った波紋も感じることが出来た。大雑把でも来る方向が分かっていれば、大した脅威にはならない。そして、今回は一回でも弾ければ勝ちだ。



 突っ込んでくる蟲を、クロノは心水で感知、巨山嶽きょざんがくの力を宿した裏拳で、蟲の顔面を弾き飛ばした。虫の動きが止まった瞬間、クロノは巨山嶽きょざんがくを烈迅風と入れ替える。蟲が体勢を整える前に、ノクスとの距離を一瞬で0にする。



「食らえっ!」




「舐めんな、馬鹿が」



 ノクスの腹部から、蟲の足が数十本飛び出してくる。心水を烈火に切り替えたクロノは、烈迅風の速度と、烈火で強化された反射神経だけで反応した。蟲の足を全て弾き飛ばし、クロノはノクスの顔を上に殴り飛ばす。ダメージは殆どないが、ノクスの視界の外に出られた。



 ノクスが視点を戻すと、既にクロノの姿は無い。クロノは高速でノクスの背後に回った、この位置は、蟲から見ても死角だ。烈迅風を巨山嶽きょざんがくに切り替え、左手に大地と炎を集中させる。左腕が黒く染まり、赤いヒビが浮かび上がってきた。活火山の時点で、腕が焦げ付くほど反動があったのだ。これを撃って、どうなるかは予測がつかない。最悪腕が吹っ飛ぶかもしれない、正直少し怖かった。




(けど、これが駄目なら…………もう手はないっ!)

「宣戦布告代わりだ…………! 食らえ、討魔紅蓮っ!!」





「……チィ……!」





 ノクスが振り向こうとするが、既にこちらは拳を振り出している。蟲がノクスを守ろうと突っ込んで来ているが、もう間に合わない。




「紅蓮・活火山っ!!」




 腕が光り輝き、爆発を一点集中させたような一撃がノクスの身体を吹き飛ばした。凄まじい勢いで吹っ飛んだノクスに引っ張られ、蟲も同じ方向へ飛んでいった。クロノの左腕は黒い煙を噴出し、プスプスと焦げ付いている。割と酷い火傷を負ったが、腕が消し飛ぶような惨事には至らなかったようだ。



「おかしいなぁ……ルーンはこんな事になってなかったのに……」



「下手なだけだ、活火山も上手く撃てない癖に、無茶するからだ馬鹿」



「…………あはは……」



「クロノ、まだ油断しちゃ駄目だ」



 アルディの言葉で、クロノは腕を押さえながらも顔を上げる。流石にこの威力だ、気絶くらいしていて欲しい。そんなクロノの右肩を、蟲の尻尾が貫いた。





「…………っ!? がぁっ!?」





 そのまま、クロノは背後にあった建物に打ち付けられる。正面に巻き上がる煙の中から、腹部がグチャグチャになったノクスが歩いてきた。




「…………殺す」

「クソガキが……殺す……殺してやる…………」

「ぶっ殺してやるっ!!」




「ギィアアアアアアアアアアアアッ!」




 ノクスの背中から飛び出してきた蟲が、牙を開いて突っ込んできた。避けようと身体を動かすクロノだが、肩が建物に打ち付けられ、身動きが取れない。




(やばいっ!)




「ギィイイイイイイイイイイッ!」




 顔を上げると、蟲の牙が眼前に迫っていた。万事休すかと思ったが、閉じかけた牙が目の前でぶれた。




「ちょい失礼ー♪」




 割り込んできたディムラが、軽快な動きで蟲を蹴り飛ばしたのだ。



「ディムラッ!?」



「……四天王……!」



「お楽しみのとこ悪いんやけど、ワイも混ぜてもらうでー」

「クロノ君は殺させない、四天王の名にかけてな」



 ディムラの言葉に顔を歪めたノクスが、ポンポンと蟲の身体を叩く。それに反応したのか、蟲が尻尾を引き戻した。壁に打ち付けられていたクロノの身体が、支えを失いズルズルと崩れ落ちる。




「魔物が、四天王が…………人間を庇うのか」




「そこに疑問持つ? その蟲と共闘しとる君が?」




 睨み合う両者に気圧され、クロノは身動きが出来なくなっていた。そんなクロノの背後、建物の屋根にセシルが舞い降りた。人間化を解き、龍の翼と尻尾を顕にしている。



「強がっとるけど、割と辛そうやな」

「化け物二体相手に、戦闘続行する?」




「………………」

「はは………………」

「あははは、いいよ…………もういいや」



 乾いた笑みを浮かべ、ノクスはゆっくりと前に出た。その目は、狂気以外の何も宿していない。



「本気で、殺してやるよ」

「四天王? 関係ないんだよ……」

「どいつもこいつも……邪魔ばっかりしやがって…………」

「消してやる…………キィ…………あれを使……」






『そこまでです』






 聞き覚えのない声が響いた瞬間、ノクスの背後に黒い穴が出現した。その穴の中から二人の人間が姿を現す。




「……っ! テメェら……なんで……」




「君が通信魔法に反応しないからでしょう」

「君の我侭を許し、身体が万全でもないのに勝手をさせましたが……もう駄目です」

「四天王と馬鹿な勇者共を戦わせる当初の作戦は破綻、これ以上の無茶は許しません」




「うるせぇっ! ここまでやられて引けるかっ!」




 声を荒げるノクスに、穴の前でボーっとしていた女性がツカツカと近寄っていく。そして、ノクスの頭を思いっきり殴りつけた。




「ガッ!?」




「……面倒かけんな、クズ蟲」

「……殺すぞ」




「んだと……テメェ……ッ!!」




「……討魔の、面汚し」

「……作戦失敗、しまいにゃボロボロ…………だから身体治してからって言ったのに」

「……これ以上、手間取らせんな」




「四天王クラスとの交戦は、まだ許可できません」

「君もキィも、一度休息が必要です」

「分離したくはないでしょう、ここは引きなさい」



 丁寧な言葉遣いの男が、ノクスの首筋に杖を当てる。魔力が吹き荒れ、ノクスの意識がそれだけで失われた。杖を持ち直し、男がノクスの身体を抱え上げる。気絶したノクスの身体を、蟲が心配そうに突っついていた。



「この地に踏み込んでおきながら、勝手とは思いますが」

「どうか、ここは見逃してもらいたい」

「こちらとしても、戦闘は避けたいのでね」




「たはは、どの口が抜かすんや」

「まぁええで? ワイはクロノ君が無事ならなんでもええし」

「ワイ個人としては、いつでも相手になるでー」




「……いつか、滅ぼす」

「……首洗って、待ってろ」



 目付きの悪い女性が指を鳴らすと、その背後の空間が歪み、黒い穴が出現した。ノクスを抱えた男が、その穴の中へ入っていく。



「『討魔紅蓮』……八柱が八、サイレス・フィアー」

「また、お会いしましょう」



「……『討魔紅蓮』……八柱が二、琴葉ことは りん

「……次は、消す」



 突如として現れた二人は、ノクスを連れて穴の中へと消えてしまった。死闘は、唐突に終わりを迎えた。残されたのは、沈黙だけだ。



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