第百五十四話 『信頼を、自信に変えて』
ここまで進んできて、今更過ぎるかもしれない。それでも、心のどこかで不安は膨らんでいた。タロスと戦った時、少し無茶を通り越した。知らず知らずに、自分への自信を失ってきて、それを補充するかのように、突っ走った。
誰かの為なんて、言い訳なのかも知れない。全ては自分の為、自分の我侭だ。どれほど自分の夢が途方も無いか、遠く、無理難題なのか、子供の頃から分かってたつもりだ。それでも、実際に旅に出て、上手くいった時もあって、失敗した時もあって、色々と痛感した。
無理なんじゃないか、追いつけないんじゃないか、成し遂げられないんじゃないか。最近はよく、寝る前に考え込んだ。水の自然体のおかげか、精霊達に心を垂れ流すこともなくなった。自分一人で、静かに考え、結局見ないフリを決め込んでいた。
目の前の問題に関わって、段々とそれが手に余る難題になっていっても、それを認められなくて。自分の成長と釣り合ってなくても、強がって走っていた。泣き言を漏らすと、精霊を裏切るような気がして、大口を叩いた分、情けなくなって、失敗を恐れて……とにかく無茶をした。そして、心配かけて、……悪循環もいいところだ。
(結局、俺は大馬鹿だ……言い訳も出てこない)
何回開き直って、何回繰り返すつもりなんだろう。自分はまだまだ馬鹿な子供だと、嫌になるほど思い知った。経験が足りない、とても小さい存在だ。偉そうな事ばかり言って、どれだけ迷惑をかけるつもりなんだろう。
もういい、もう分かった。自分がどんな馬鹿なのか、よく分かった。この馬鹿は治らない、死んでも治らない。幾ら死に掛けても、悪化するだけだ。もう諦めよう、この馬鹿をむしろ誇る事にしよう。自分の馬鹿は、伝説の勇者と同質の物だと、自分の目で確かめた。自分は弱いが、捨てられないのだ、押し通したいのだ、それを曲げられない、大馬鹿なんだ。
ルーンと違って、自分は弱い。自分一人じゃ、本当に何も出来ない。だから頼る、もう心配も迷惑もかけまくると決めた。信頼してるから、こっちも全てを預けよう。精霊達が真の意味で信頼を寄せてくれている自分を、ほんの少しでも心から信じてみよう。
ちっぽけな自分でも、何かを変えてこられたのは事実だから。
これからも大丈夫だと、信じて強がろう。
その気持ちは、ここで折られるほど、弱くないはずだ。
(みんな、助けてくれ)
(俺一人じゃ勝てない)
(おいおい、今の啖呵の後でそれかぁ……?)
(けど、負けたくない、死にたくない)
(それと、これ以上この街を傷つけられたくない)
(クロノってばいつにも増して無茶言うねぇ!?)
(頼む、どうすれば勝てるか教えてくれ)
(逃げる……選択……ないの?)
(……負けたくない!)
(ははは……すっごい事言ってるよ)
心の中の精霊達が、一斉に溜息をついた。それでも、精霊達がクロノを見捨てる事は絶対にない。心で繋がっている彼等には、クロノが寄せる100%の信頼に気がついている。それに応えるのが、精霊というものだ。
「なに笑ってんだ、クソガキ」
「キィ、食い千切れ」
殆ど強がりで、クロノは笑顔を浮かべていた。ルーンの真似だが、この状況じゃ滑稽にしか映らない。ノクスはそんなクロノに向かって、自身の身体から巨大な蟲を突撃させてきた。
「精霊技能・烈迅風!」
風の力で上空に飛び上がり、クロノは蟲の突進をなんとか避ける。今の自分に出来る事を頭の中で整理し、自分なりに突破口を探してみる。
(疾風だけじゃ避けきれない……心水だけじゃいなせない……)
(二つ合わせて、なんとか捌ける速さ……!)
(金剛と烈火……どっちも単体じゃ効果が出ないし、受け切れない……)
(二つ合わせても、殆どダメージを与えられなかった……)
風と水の防御重視、大地と炎の攻撃重視、どちらの二重接続も、殆ど通用しなかった。これでは水と炎で押し切るにも無理があるし、風と大地はそもそもまだ重ねられない。
(なんとか対抗出来そうなのは……烈迅風か巨山嶽……!)
第二段階の精霊技能なら、速さでも威力でも、対抗できる確信がある。クロノは空中を飛び回り、なんとか蟲の追撃を避け続けていた。その瞬間、右足に強い痛みが走った。
(…………っ!!)
(~~~っ! 焦れば焦るほど、『風歌の舞』が乱れる!)
このまま『風歌の舞』を乱し続ければ、烈迅風の速度で身体がボロボロになってしまう。水の感知と併用出来ず、風で感知する余裕も無い以上、クロノは純粋な速度で攻撃を避けなければならない。一瞬でも止まれば、蟲の攻撃は確実にクロノを捉えるだろう。
巨山嶽で接近戦を挑もうにも、ノクスの動きは蟲の援護で予測が出来ない。しかも蟲の一撃は巨山嶽でも散らし切れないほど強い。なにより、大地の力オンリーじゃ、あの蟲の速度に対応は絶対に出来ない。油断し、傷を負えば、毒がクロノを蝕んでしまう。
(八方塞って奴だな、さてどうしたもんか)
(あうぅ……風がクロノの身体を傷つけるのは心苦しいよぉ……)
(蟲を避けるのが精一杯で、あいつに近寄る事もできない……)
(……困っ、た……防戦、一方……)
(……くそ……やっぱり……無理か?)
(このままじゃ時間の問題だ、なにか……なんとかしないと……)
「無様だな」
「大口叩いといて、逃げるだけか」
「精霊も魔物……そんなゴミ頼りだから、お前もクソなんだっつの」
その言葉で、クロノの心が形を変えた。
「魔物みたいな蟲を体内に飼ってるお前に、魔物云々言われたくないね」
「キィは僕の家族、飼ってるんじゃない」
「魔物でもない、キィは僕の恩人だ」
「ゴミがキィに、偉そうな口叩くんじゃねぇえええええええっ!!」
ノクスが怒りの表情を浮かべると同時、蟲の速度が上がった。さらに蟲が巨大化、ギロチンのような顎がさらに凶悪な形に変わる。大きく牙を広げ、蟲はクロノに向かって突っ込んでくる。クロノはそれを、大きく地面を蹴って回避した。
「その蟲が大事なら、家族だって言うなら……!」
「一緒に戦う仲間なら、それを馬鹿にされる気持ちが……お前にだって少しは分かるんじゃないのか!?」
「俺にとって……精霊を馬鹿にされるのは、そういうことなんだよ!」
「なんだ? キィとお前の精霊が同じだと言いたいのか?」
「笑わせるな、役にも立たないゴミと、キィが同格なわけねぇだろ」
「ゴミを中に詰め込んでるお前は、ゴミ箱と同格だなぁ!」
尚も挑発を続けるノクス目掛け、クロノは一瞬で距離を詰め拳を叩き込む。その拳は、ノクスの首から飛び出した蟲の足で受け止められた。
「……訂正しろ、蟲野郎……!」
「悪いな、ゴミ同士仲良くやってんだよな」
「なら仲良く死ねよ」
背後から殺気を感じ、クロノは上空へ飛び上がる。襲いかかってきた蟲の攻撃をギリギリで掻い潜り、距離を取った。
「ブンブン飛び回りやがって、お前こそ虫みたいだなぁ? ゴキブリ野郎が」
「さっさと死ねよ、キィの餌になっちまえよ? 千切ってバラして殺してやるよ」
「役立たずの精霊諸共、世界のゴミとして処理してやるよ」
「討魔紅蓮の力の前じゃ、お前はゴミ以下だ」
「さっさと消えろっ!! 目触り過ぎて吐き気がするぜっ!!」
蟲がノクスの身体から襲い掛かってくるが、クロノは反応が遅れてしまった。既に、右足の痛みが無視出来ないほど強くなっている。烈迅風の速度も落ちてきた、このままじゃ負ける。
(…………これが駄目なんだよ)
(…………笑うんだよ、ローに何度も、何度も、練習させられたじゃんか……)
この土壇場で、クロノは笑顔を浮かべた。若干震えているし、頼りない笑顔だ。そもそも、子供の時からクロノは笑顔が下手だった。この状況で、自信満々に笑えというのは、流石に難易度が高すぎる。
それでも、憧れてしまったから。自分を救った男も、憧れた勇者も、笑顔だったから。その大切さは、分かってるから。1%でもいい、自信を笑顔に変えろ。心を強く持て、弱気になるな。その心に、信頼を宿せ。
「…………ティアラ、お前の目を、貸してくれ……!」
(…………っ!!)
(……え)
(!)
(なに……?)
自然と口から出たのは、幻の中で聞いた、ルーンの言葉だった。信じられないといった様子で、精霊達は固まった。ティアラに至っては、反射的に一筋の涙を流した。クロノの目が波紋を浮かび上がらせ、風と共に水を巻き上がらせた。
寸前まで迫ってきていた蟲の突進を、前髪が掠る距離でいなす。そのままノクスとの距離を0に縮め、クロノは蹴りを叩き込む。予想外の反撃に、ノクスは舌打ちをする。蹴りは蟲の足で止められたが、今の一撃は確実にノクスの予想を超えたのだ。
「足掻くなゴミが」
「……!」
蟲の足が何本も飛び出し、クロノの足を絡め取るようにロックした。背後からは蟲が方向を変え迫ってきている。このままじゃ逃げられない。
(後ろ来てるよぉっ!)
(クロノッ! 僕に交代しろっ!)
(…………アル、ちょいストップだ)
(……え!?)
フェルドがアルディを静止する、気がついているのだ、契約者の異常に。心が不気味なほど落ち着き、集中している。成長した心は、更なる繋がりを可能にした。
「精霊技能・二重…………烈迅風&心水……」
第二段階の精霊技能だけでは、対応が追いつかない。なら、第二段階を絡めた二重で攻めればいい。今まで出来なかった、今だって頭が割れそうに痛んでいる、心が悲鳴を上げるほど、無理やり留めている状態だ。だが、なんとか出来た。どれだけ苦しくても、今はどうでもいい。苦しさを忘れるほど、集中すれば言いだけの話だ。
(見える、次の動きも分かる……)
(どっちに曲がって、何回フェイント混ぜてくるか……分かる……!)
(追いつける、反撃は間に合う……)
(けど、どうする!? 弾ける威力の技は……今の俺には……)
あった。自分は、それを見てきている。確かに、目の前で見ている。
(出来るか!? 真似出来るか!?)
(うるせぇっ!! 出来るんだよ!!)
(自信を持てよ……! 強がりでもいいから、とにかくやってみろっ!!!)
たった一回、目の前で見ただけだ。どんな技か、半分も理解していない。見様見真似で、クロノは掌に水を集めた。水を回転させながら圧縮させ、少しずつ伸ばしていく。相手の動きの波紋を断つように、流れに逆らうように、その水を剣のように振るった。
(…………この技は、まだ教えてねぇだろうが)
(…………クロ、ノ…………暖かい…………心、暖かい……)
フェルドが歓喜の笑みを浮かべ、ティアラが心を躍らせる。クロノの一閃が、突っ込んできた蟲を思いっきり弾き飛ばした。
「…………キィ…………!」
「………………小波一閃」
ルーンの技は、相手の攻撃を切り裂き、向こう側の山に切り傷をつけるほどの威力があった。それに比べたら自分の真似した技なんて、1%の威力も真似出来ていないだろう。それでも、これが今の自分に出来る、最強の水属性の攻撃だ。
「だぁっ!」
一瞬呆けたノクスの隙を付き、クロノは自分の足を縛っていた蟲の部分を振りほどく。そのままノクスに殴りかかるが、蟲の足で固められた右腕で受け止められた。
「キィに……」
「貴様キィに、何をしたああああああああああああああああああああっ!!」
「……ッ!」
激昂したノクスが、右腕を大きく振り上げる。蟲の足が向きを整え、巨大な爪のように形を変えた。その攻撃をギリギリでいなした所で、背後の地面から蟲が飛び出してきた。その攻撃を、クロノは振り返りもせず、バク宙して回避する。蟲の背を軽く押し、空中に飛び上がる。
(おいクロノ! どういうことなんだよ!)
(説明は、後で!)
(今の、技……なんで、知ってる、の?)
(なんで、待ってた、言葉……分かった、の?)
(…………見たんだ)
(見てきたから、分かるんだ)
空中のクロノに、蟲が牙を広げて向かってくる。避けても避けても、方向を変えて追尾してきた。水の力で感知しても、烈迅風の速度が上手く上がらない。足の痛みで、『風歌の舞』が上手く支えられない。
(あぅあぅ……クロノ……)
(……俺はまだ、上手く踊れないなぁ……)
心配そうにしているエティルだったが、その様子は何かを期待しているような、待っているような感じだった。ルーンじゃないとか言っておきながら、さっきから真似事ばかりで少々情けなくもある。だが、その背に追いつく為なら、もう何でもやると決めた。少しでも近づけるのなら、もう遠慮もしないし、迷いもしない。
(ごめん、エティル)
(上手く出来ないんだ、エスコート頼めるかな)
(…………!!)
(……懐かしくて、忘れようって思ってて……)
(けどけど……ずっと、その言葉を、待ってた気がするよぉ……)
心の中で、エティルが涙を流した気がした。一瞬、エティルが手を差し出した気がして、虚空に見えたその手を、静かに取ってみた。突っ込んできた蟲が、牙をクロノに突きたてようと迫ってくる。その牙を閉じた時には、クロノは蟲の頭上にいた。
一瞬クロノを見失った蟲は、その動きをほんの数秒止めた。蟲の頭を蹴りつけ、クロノはノクスに突っ込んでいく。ノクスが迎撃しようと拳を振るってきたが、クロノの身体が流されたように体勢を崩す。ノクスの拳を受け流し、そのまま右膝をノクスの顔面に叩き込んだ。
(……ッ!)
(力は要らないから、風に身を任せて)
(今のクロノなら、風が導いてくれる)
(水が波紋を、伝えてくれる)
(……クロノ、別人、みたい……)
(リンク、してて……暖かい、の)
ノクスに膝を叩き込んだクロノは、そのままゆっくりと空中を縦回転しながら漂う。空中をクルクル漂っていたクロノの上から、蟲が突っ込んできた。クロノの身体は高速で横に回転し、ノクスの首筋を蹴り飛ばすと同時に離脱、蟲の攻撃をギリギリで避けた。すぐに蟲が方向を変え、クロノを追尾し突っ込んでくる。その動きと入れ違うように再び距離を詰め、クロノはノクスを背後から蹴り飛ばす。身体をくの字に折り曲げたノクスの腹部に、コンマ1秒も間を開けずクロノが蹴りを叩き込む。逆くの字に身体を折り曲げ、ノクスは肺の空気を吐き出した。
(キィの戻りより、こいつの動きの方が速いだと……っ!)
(明らかに加速した……! なんだ、なにしやがった……っ!)
(……かってぇ……! 皮膚のすぐ下に、鎧がある感じだ)
(これじゃ、普通に蹴っても効かない……)
(クロノ、今なら、出来る筈)
(やって、みる)
珍しく、ティアラが嬉しそうに心に寄り添ってきた。それと同時、新しい技を教えてくれた。身体を硬直させているノクスの腹部目掛け、クロノは右足を構える。足の先端に、水と風を混ぜ込むように集中させる。
「水龍の暴風槍っ!」
螺旋状に撃ち出された水の槍がノクスに触れた瞬間、スルリと槍がノクスに吸い込まれてしまう。数秒置いて、ノクスの体内で水が炸裂、身体の至る所から衝撃が回転しながら突き抜けた。
「…………ガァ…………ッ!」
水の波紋を体内に打ち込み、体内から外へ向かって風と共に再度打ち出させる貫通技だ。これなら蟲の装甲も貫けた筈、その証拠に、初めてノクスが苦痛に顔を歪めた。動きを止めたノクスに向かって、クロノが追撃を仕掛けようとした時、ノクスの身体に異常が起こった。
腕の表面が溶けるように歪み、蟲の甲殻と半分混ざってしまっている。ゴボゴボと異音を発し、ノクスの身体が人の形から遠ざかっていく。
「許さ……ねぇぞ……」
「よくも、僕を、キィを、こんなに……痛い……こんな……」
「テメェは、殺すだけじゃ……足りねぇよ…………」
「ギィィイイイイイイイイイイアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」
頭が割れそうになる奇音を発し、ノクスの身体から蟲の足が何本も飛び出した。蟲の頭がノクスに寄り添うように戻り、暴れるノクスを守るようにクロノを威嚇する。ノクスの全身と蟲の足が溶けるように混ざり合い、蟲の甲殻がノクスの表面を覆い尽くした。全身が黒光りし、背中からは蟲の足が翼のように、鎌のように多数生えてきている。蟲の頭部は若干小さくなったが、依然ノクスの身体から這い出るように存在している。もはや魔物以上に異形の姿と化したノクスに、クロノは後ずさりしてしまう。
「…………なんなんだ、お前は」
「最強の退治屋の……その中でも最強の一人……」
「魔物殺しの達人が…………魔物以上の化け物じゃねぇかっ!」
「お前が、知る必要……はねぇ……んだよ」
「僕達は、一心同体…………ずっと、ずっと、ずっとずっとずっとずっとずっと」
「ずっと二人で、生き延びてきたんだ…………」
「僕達以外は…………要らない」
「死ねよ、死ねよ、死ねよ、死んじまえええええええええええっ!!」
「溶解融合・怪蟲鎧っ!」
蟲の鎧を纏ったというより、蟲と融合し身体を防御したノクス。恐怖を感じ、クロノは足の先端に水と風を集中させた。
「……ッ! 水龍の暴風槍っ!」
先ほどと同じ様に、波紋を風と共に打ち込むクロノ。確実に当たった筈だが、衝撃が妙な弾け方をし、威力が殺された。
(なっ!?)
(ふぇえ!? なんでっ!?)
(……!? 体内が……液状……? 蛹、みたい、に……ドロドロ……!?)
(波紋が、体内で、塗り潰され、た……!)
攻撃を完封され、眼前まで接近を許してしまった。ノクスの腕が、蟲の足でトゲトゲに変化していく。
「ガアアアアアアアアアアアアアアッ!」
「……ッ!」
攻撃を見切り、瞬時に反撃の拳を振るうクロノ。顔面を捉えたが、先ほどまでと比較にならないほど、表面が硬い。動きを止めたクロノに、ノクスの拳と蟲の牙が襲いかかってきた。水の感知と風の速度で両方避けたが、腕の部分と蟲の身体部分から蟲の足が飛び出してきた。
「……ッ! あぶねっ!」
串刺しになりかけたが、体勢を崩しながらどうにか全ての足を避けきった。頭上から殺気を感じ、咄嗟に飛び退くと、上から蟲が牙を突き立ててきた。そのまま身体を振るい、ノクス自身をハンマーのように叩きつけてくる。それを避けて反撃しようとしたが、今度はノクスが蟲を振り回してきた。
(駄目だっ! 攻撃頻度がさっきまでと比較にならない!)
(なにより硬すぎる! 攻撃が通らないっ!)
(なら、どうすんだ?)
フェルドが問いかけてきた。答えるまでもない、こうなったら巨山嶽しかないのだ。烈迅風に心水を重ねたように、巨山嶽に烈火を重ねる。最大の攻撃力と防御力に炎の力をプラスして、相手の勢いを押し返すしかない。
(……君の心は、もう限界だ)
(それでも、やるんだね)
(……当然)
(負ける訳には、いかないから)
そう言って、クロノは必死で笑った。息も切れ、我ながら格好悪いと思うが、それでもここは譲れない。
(……聞きたい事が山ほどあるけど、今はその暇すらないね)
(いいよ、付き合うよ)
(その前にだ、言う事あんじゃねぇの? 契約者様よ?)
フェルドが試すように、どこか楽しそうに、聞いてきた。言うべきなのか、それが正しいのかは分からない。だが、炎の力はテンションが大事だ。精霊の心が喜ぶなら、クロノは喜んで言葉を紡ぐ。
「アルディ、背中は任せる」
「フェルド、限界まで……上げていくぞっ!!」
(……うん)
(君がそれを望むなら、僕は全力で応えよう)
(はははっ! ふははははははははははっ!!)
(何を見た? お前は何を見てきやがったっ!?)
(良いぞ! クロノ! 最高だよっ!!)
(その言葉は、俺達を昂ぶらせるっ!!)
いつの日か、この街で笑っていたあの勇者に追いつく為に。あの背中に、追いつく為に。少年はその手を伸ばす、勇気を示した。
「精霊技能・二重! 巨山嶽&烈火っ!!」
「来いよ蟲野郎、コンビネーションなら負けねぇぞっ!」
「抜かせぇっ!! ゴミクズがああああああああっ!」
ノクスが蟲の力を借りて、大きく飛び上がって襲い掛かってくる。恐怖は感じるが、心を支える精霊が、身体の震えを消してくれた。この暖かさの為にも、負ける訳には行かない。
自分に言い聞かせるように、心の中で大丈夫と呟いた。そのすぐ後に、大丈夫だと、4つの声が重なった。信頼を自信に変え、少年は心を滾らせる。
討魔の闇を、突き破れ。




