第百五十三話 『ルーンの背中』
「疾風発動! さぁエティル! 思いっきり踊ろうかっ!」
驚くほど静かに、風がルーンの周りを渦巻いている。疾風はクロノも使えるが、ルーンから感じる力は自分とは大違いだった。意識しないと気がつけないほど、静かで、微かで、それでいて優しい風だ。
(そよ風みたいだ…………なのに、乱れない……)
基本からして、自分とは全然違う。直感で感じていた、目を離しちゃ駄目だと。こんなチャンスはもう二度とないだろう、クロノは伝説の勇者の戦闘を、目に焼き付けようと必死だった。そう、必死に目を凝らしていた筈だった。それなのに、ルーンの姿はクロノの視界から消えてしまう。クロノだけじゃない、ルーンを見失ったのは、鳥人種達も同じだった。
「あれ、消え……!?」
「鬼さんこちら♪」
「あふんっ!?」
ルーンを見失った一体の鳥人種が、一瞬だが警戒を緩めてしまう。その隙に背後に回りこんだルーンが、鳥人種の装備していた鎧を剥ぎ取った。殆ど下着姿になった女の鳥人種は、顔を一気に真っ赤に染めた。
「ちょ、ば……なっ! なななっ!?」
「服着ないと痴女に間違われるよ?」
「どの口が言うか変態ーーーーっ!!」
怒りのままに剣を振るう鳥人種だが、その剣を振り上げた時には、ルーンの姿は落下を始めていた。見る側からは墜落しているようにしか映らないが、ルーンは両手を頭の後ろに回しながら、楽しそうに笑っていた。
「あははは、こっちこっち~!」
「ぎゃあっ!? ちょ、ティアラ? 耳キーンってしたよ!」
「いや、事故だって……鎧の下が下着だなんて思わなかったんだもん」
「ちょっとルーン! 街の上空でなにしてくれてんのよっ! この女の敵っ!!」
「ルーンッ! 私というものがありながらぁ!」
何やら内部から反撃を食らったらしいルーンが、風に流されるようにフワフワと落下方向を変えた。ルーンの仲間達は、そんな青年に野次を飛ばしだす。
「テイルー、ワザとじゃないんだけどー!」
「ワザとかどうかとか関係ないわよ、とりあえず一回死ね」
「ルルルルル、ルーン!? まさかの私を無視ですのっ!?」
「リーデは相変わらず可愛いなぁ」
「キャーーーーッ!! ルーン大好きですわぁっ!!」
「リーデちゃんって、馬鹿だよネ」
「ルーン殿っ! 流石にあんまりでござるよ!」
「ふぉろー? を忘れてはいかんでござるっ!」
「はーい! カムイー! お願いー!」
「へいへいっと、無駄な仕事増やすなよな」
ルーンの言葉に反応したカムイが、持っていた剣で軽く地面を突いた。地面に置いてあった荷物がそれに反応し、一枚のマントだけが上空に舞い上がる。そのマントが不自然な動きで、ルーンの手元に引き寄せられた。
「ナイスキャッチーっと」
「はい、これあげる」
「うわっぷ!?」
マントを手にしたルーンが、先ほど鎧を剥がされた鳥人種の剣を回避する。それと同時、マントを頭から被せてやった。
「あはははははっ! 超・雑!」
「完全に煽ってるね! もうルーン君ったらお茶目なんだからぁ!」
「笑い声が不快です」
「ピットちゃんったらお茶目なんだからぁ! あれ、目、笑ってなくない?」
「あ、これあかんやつだね? だね? って待て待て待てストップストッ!?」
「ベル先輩!?」
「ほっとけアグナイト、いつもの事だ」
天使が蜂の巣になるのが、彼らの日常らしい。上空を飛び回るルーンを観戦しながら、各々がマイペースに過ごしていた。何が凄いかと言えば、誰一人としてルーンを助けようとしないところだ。非情だとか、関心がない訳じゃない。大丈夫だと、確信しているようだった。
クロノでも、なんとなくその気持ちが分かった。目の前の光景が、その理由を見せ付けてくれていた。仲間達と会話しながら、ルーンは街の上空を飛び回っていた。それだけならまだ分かるが、ルーンは数百体の鳥人種の間を掻い潜りながら、「余所見」しながら空中を飛び回っていたのだ。
「ちょ、止まっ!」
「リジャイドー! アグナイト見なかったー?」
「A班っ! 挟み込め!」
「アグナイトなら合流したぞ、泣きながらだったが」
「あ、謝っておいてって言おうと思ったんだよね」
「我慢できずに突っ込んじゃったからさぁ」
「何もかも遅すぎです!」
「まず俺らに謝れよっ! そこの人間っ!!」
「カムイー! 前飲んだお酒あった? 美味しかった奴!」
「だから聞こう!? そして止まろうっ!?」
「あったあった、ちゃんと買っといた」
「ルーン! お酒は二十歳になってからですわ!」
「リーデと一緒に飲みたいなぁ……」
「飲みましょうっ! いますぐに!」
「言葉が薄いネ」
「もうやだこいつ……」
「隊長っ! 士気が落ちてます!」
「だろうねっ!!」
鳥人種にとって、空は独壇場の筈だ。それなのに、一体、また一体と……鳥人種達は失速してきていた。単純な速度では、ルーンと彼らに大した差はない。だがルーンの動きは、本物の風のように彼らの間をすり抜けていた。
「いよっし、そろそろいいかな」
「や、やっと止まりやがった……」
急停止した勢いのまま、ルーンは空中をクルクルと回転する。ようやく速度を緩めたルーンに、鳥人種達は安堵の溜息すら零していた。
「全隊員総数、120人……お勤めご苦労様です」
「……は?」
「一隊30人、全部で四隊も出てきたんだね」
「それぞれの隊のリーダーさんは、一番僕に近づいたね」
「2~3回危なかったよ、けど楽しかった」
「何を言ってんだお前……!?」
ルーンがニコニコと二本の指で弄っているのは、鳥人種の羽だ。それを見た瞬間、鳥人種達が固まった。一本や二本じゃない、ルーンの服には、いつの間にか数百本もの羽が刺さっていた。
「全員から、一本ずつ……拝借させて頂きました」
「最初の反省点を踏まえ、鎧を剥がさず抜き取りました」
「これは戦利品、僕と君達の勝負の証として貰っておくね」
「いつ、の間に…………」
「ちゃんと全員、羽の模様とか違うからね」
「勿論、どの羽が誰の羽かも覚えてるよ」
「ちゃんと、目を合わせたし」
ルーンの目が、薄く青いラインを引いていた。いつの間にかルーンは心水も発動し、鳥人種達の心を読んでいたのだ。
「今回の鬼ごっこは、僕の勝ち」
「ん♪ また遊ぼうね? クーランさん」
「なんで、俺の名前……」
「水紋・静寂華」
一瞬、時間が止まったような錯覚を受けた。ルーンが両の掌を合わせた瞬間、音が止んだのだ。数秒の間を開け、鳥人種達の身体が、まるで糸が切れたかのように脱力、落下を始めた。
(落ち……っ!)
クロノは咄嗟に前に出る、あのままでは、地面に激突してしまうからだ。今の自分じゃ受け止める事は出来ないが、それでも身体が勝手に動いた。
「手伝うかー?」
「あはは、ここで手伝わせたら、僕最低じゃないか」
「エティル、エスコートのお手伝い、宜しく!」
上空から凄まじい力を感じた刹那、クロノの横を一筋の風が突き抜けた。その時、確かにクロノは見た。自分の横を突き抜けた、笑顔のルーンを。クロノが振り向いた時には、風は止んでいた。そして、落下してた筈の鳥人種達は、全員地面や屋根の上に寝かされていた。
「格好付けやがって、完全に目を付けられたぞ」
「それはそれ、甘んじて受け入れるよ?」
「それに、その方が魔王が出てきそうじゃない?」
「私見ました! ルーンにお姫様抱っこされてた鳥が15人も!」
「ルーン! 浮気!? 浮気ですの!?」
「僕にはリーデだけだよー」
「ル~~~ンッ!」
いつの間にかカムイの隣に腰掛けているルーン。ニコニコと軽い調子で話していたが、飛びついてきたラミアの抱擁をジャンプで回避する。
「もう! 初心なんですからぁ……」
「あはははは」
「……? セシル? むくれてる?」
「……ふん」
「気にしてやるな、どうせ見えなかっただけだ」
「ほんっと、ルーンってデリカシーないわよねー!」
「セシルちゃんってば可哀想ー、ここは私が人肌で慰めてあげなきゃねー」
「あなたの肌は人肌なのですか?」
「あたしは機械とヤる趣味ないから、いつもみたいにそこのショタと遊んでなさい」
「今回何もしてないのに飛び火したぁっ!? ってか酷っ! ショタとか言うなし!」
「最近扱い酷いと思うなぁ! プンプンしちゃうよ僕っ!」
「天使は光の精霊と言ってもいい存在! 故に性別など超越しておるのです!」
「だ・か・ら♪ 男の子のイヤンなご期待にも、女の子の腐気味な期待にも~! 応えられちゃうのです!」
「天への召集に応じなさい、堕落天使」
「あっは~! 超・機械的対応! ありがとうございまぐはあああああああっ!」
「ガタガタガタ…………」
「アグナイト、慣れろ……これがあの二人のコミュニケーションなんだ」
「いやいやいや違うから! 僕Mと違うからっごふあああああ!」
「セ・シ・ルちゃん♪ お姉さんとイケナイ遊び、しよ?」
「キャアアアアアアアッ!?」
「セシル殿は本当に、耳の後ろが弱いでござるなぁ……」
両腕をマシンガンに変形させた機人種が、容赦なく天使を打ち抜いていく。尻尾を丸めて怯える狐族を、リジャイドが庇うように背に隠す。ハチャメチャな状況だが、クロノは小さなセシルの表情が、妙に心に残った。
恐らく、自分も同じ顔をしていると思ったからだ。圧倒的過ぎるルーンの力を目の当たりにして、絶望に近い感情を抱いたのだ。クロノには、ルーンがどうやって鳥人種を助けたのか、全く見えなかった。予想は出来る、風の力で加速し、全ての鳥人種を受け止めたのだろう。だが、分かっていても見えなかった、感じることさえ、出来なかった。
目指している物が、あまりにも大きすぎて、自分と違いすぎて……。その背中が、遠すぎて、寂しさすら、感じてしまう。悔しいのか、悲しいのか、自分でもよく分からない。そんな複雑な顔を、セシルはしていたのだ。
(…………セシルは、ずっと……見てきたんだ)
(あの、背中を……)
(……俺は、俺には……)
「小さな少女は、憧れ、長い時間を彼と共にした」
「!?」
「死に物狂いで、追いつこうと……それこそ必死にね」
いつの間にか世界が灰色に染まり、自分の背後にあの青年が立っていた。もういい加減、驚くのも疲れてしまう。
「……色々、突っ込むの辞めた」
「もういっそ開き直って受け入れるよ、それで? その先は?」
「あはは、その順応性の高さは母親譲りだね」
「おい待て、今なんて言った!?」
「君は今、セシルと自分を重ねたね」
「ルーンと自分を重ねて、子供らしく夢を描く事をしなかった」
「遠慮した? それとも、躊躇した?」
「……っ! 違い、すぎるよ」
「俺は、あんな風には笑えない」
「子供の頃、ローにも言われた……辛い時ほど笑えって」
「……それが出来るのは、強い奴だけだろ」
「弱いからこそ、怖いからこそ、笑うんだよ」
「それは、詭弁だと思う」
「セシルも、同じ事言ってた」
そう言って、懐かしそうに青年は笑った。
「同じ夢を描いて」
「同じ様に、馬鹿みたいに仲間を信じて」
「大好きで、大切な物を守るため……自分の身も省みず……馬鹿をやって……」
「本当に、生き写しだね」
「……っ! だからっ! 俺はルーンじゃないって!」
「あんな風になれないって! 何度言わせんだっ!」
「なれるさ」
「そりゃ同じじゃ困るけど、君はルーンを超えられる」
「…………俺は、あんな強くない」
「大事な物どころか、自分すらロクに守れてない」
「けど、あれもこれも望むんだろ?」
「捨てられない、離せない、まるで子供だ」
なんだこれは、説教のつもりか。意味の分からない空間で、何者なのかも分からない男に、何故こんな事を言われなきゃならないのだ。
「……! 現実見ろってか……そんなの、何度も見てきた」
「でも捨てられないんだよ、夢見ちゃったんだよ」
「その為なら、何でもするって決めたんだよ」
「たとえ、何やっても届かなくても……!」
「「夢は、捨てられない……! 大事な物全部……捨てられないっ!!!」」
(…………え?)
自分の言葉に重なって、ルーンの声が響き渡った。灰色だった世界が色を取り戻し、辺りが炎に包まれた。一瞬焼け死ぬかと思ったが、炎すら自分の身体をすり抜けた。また頭の中が混乱するが、背後からの衝撃音で、反射的にクロノは振り向いてしまう。
「紅蓮・活火山っ!」
「黒の風」
炎に包まれた街の中で、二人の影が激突している。一人は傷だらけのルーン、もう一人は、黒衣のマントに身を包んだ男だった。二人の技がぶつかり合い、街を焼く炎が吹き飛ばされる。二人が戦う街の中心だけが、穴が開いたように平地になっていた。
「望めば、その分零れ落ちる」
「何故、それが分からない」
「嫌だね、何かを諦めるなんて、絶対!」
「全てが思い通りになるとでも?」
「貴様の夢など、子供染みた幻想に過ぎんよ」
「子供の夢物語ってさ……大体がハッピーエンドだよね」
「幸せを願って何が悪い、全員、全て、何もかも、守りたいって思って、何が悪い」
「それが僕の夢だから、君達とも手を取り合うって……決めたから」
「夢を成そうと、努力して、何が悪い!」
「その手を取る者など、もうどこにもおらん」
「黒の牙」
男の手から生み出された、漆黒の鎌が、ルーンの両肩を切り裂いた。白い炎がその傷を塞ぎ、ルーンは男に向かって突っ込んでいく。
「夢を諦めるのが正しいって、自分を殺すのが大人なら」
「僕は一生、子供と罵られた方がいい」
「……貴様に魔核を託した者共が、哀れでならん」
「ただの、大馬鹿だな…………黒の槍」
「僕は、馬鹿タレが大好きなんでねっ!!」
漆黒の槍がルーンの肩を貫いたが、ルーンは構わず男のとの距離を詰めた。千切れそうな腕を振り回しながら、ルーンは男に頭突きを食らわせる。
(……なんで、そこまで……)
『君がそれを疑問に思うのかい?』
『ルーンは諦めが悪かった、どこまでもね』
『何があっても、夢を捨てなかった』
『捨てられなかった』
激痛で意識が飛びそうなはずなのに、ルーンは笑っていた。息を切らしながら、それでも、笑顔のままだった。その状態で、ルーンは男に飛び掛っていく。
『あまりに不器用で、真っ直ぐ進むしか出来なかった』
『頭が悪かったのかな、壁にぶつかっても、進むしか出来ない』
『しかも、何かを切り捨てることが出来ない……自分が辛くなっても、何かを捨てようとしないんだ』
『まぁ、馬鹿って奴だね』
まるで自分の事のようだ、セシルや精霊達が、生き写しと言うのもなんとなく理解できる。確かに似ている、思考回路は全く同種のものだった。
(なんで……)
ルーンが戦ってる男は、クロノから見ても化け物だった。今まで見た誰よりも、異質な力を纏っている。さっきまで圧倒的に映っていたルーンでさえ、ボロ雑巾のように捻じ伏せられていた。あの黒衣の男からすれば、クロノもルーンも大差ない、ゴミ同然にしか見えていないだろう。
圧倒的なまでの力の差、それが明確に現れている。それなのに、ルーンは笑っていた。千切れそうな腕で膝を殴りつけ、無理やり立ち上がる。
(……なんで、笑えるんだ……)
『君とルーンに、強さ以外の違いがあるとすれば……それは単純な話だよ』
『自分自身への、信頼と、自信…………君はちょっとそれが足りてないだけだ』
ルーンがふらついた瞬間、黒衣の男が一瞬で間合いを詰めて来た。ルーンの腹部を殴りつけ、まるでゴミのようにルーンを吹き飛ばす。
「黒の暴風」
吹き飛んだルーンに向かって、螺旋状に吹き荒れる黒い魔力が襲い掛かった。全てを砕き、飲み込む漆黒の渦が、ルーンに直撃する。直撃と同時に、漆黒の渦が中心から両断された。
「小波一閃」
「まだ、抗うのか」
「この身に宿す命1つ、心に宿す信頼4つ」
「託された物沢山、裏切るわけにはいかないからね」
「君は強いよ、けど、心じゃ負けない」
「負けらんない」
ルーンの足がぶれた瞬間、ルーンは男の背後を取っていた。ルーンの蹴りを受け止め、男はルーンに掌を翳す、それだけで、ルーンが血を吐いて吹き飛んだ。
『君は、ルーンに負けず劣らず、精霊を信じてる』
『けど、自分を信じる力が不足してる』
『それが馬鹿げていたとしても、自分を疑っちゃ駄目なんだ』
『自分を信じれない奴に、夢を語る資格はない』
『自分を疑ってる奴が、精霊からの力を上手く使えるはずはない』
『精霊の力は、心の力なんだからね』
吹き飛びながら、ルーンは地面を殴りつけた。地面が拳の形となり、男に向かって乱打の雨を叩き込む。闇が形を変え、岩の拳を吹き飛ばした。
『自分を信じる者は、不思議と他者を惹きつける』
『それが大きな力になると、僕達は教わったんだ。』
その言葉を聞いた瞬間、クロノの頭上を何かが通った。見上げると、見慣れた剣を背負ったセシルが、ボロボロの姿で空を飛んでいた。
「ルーーーーーーーーーーーーーーーーーンッ!!」
「……あの身体で、本当に、来ただと!?」
「あはは、僕は本当に幸せ者だよ」
「仲間に、恵まれた」
セシルが放り投げた大剣を、ルーンは片手で受け止める。その瞬間、ルーンの全身が白い炎に包み込まれた。傷が塞がり、千切れ落ちそうだった腕が再生する。
「ん、心配かけたね」
「もう少し、心配かけるよ」
笑顔のまま大剣を振るうルーン、明らかに、雰囲気が変わった。
「エティル、エスコート宜しくね」
「アルディオン、背中は任せるよ」
「ティアラ、君の目を貸してくれ」
「フェルド、限界まで上げていこうっ!」
「集え四精霊……応えろ! ヴァンダルギオンッ!」
「君達の信頼に、いつだって応えたいから……」
「だから、僕は進むんだ」
「さぁ『暗獄』……決着をつけようっ!」
「……人の身で八戒神器を扱えるとは、信じがたいな」
「いいだろう、貴様の存在その物を……闇の果てに消し去ってやる」
二つの影が姿を消し、凄まじい力でぶつかり合った。その衝撃が全てを吹き飛ばし、再び世界が灰色に変わった。
「さて……ルーンの馬鹿さ加減を堪能してくれた?」
「……うん」
「ほんと、途方もない馬鹿だって事は、分かった」
「君も負けず劣らずだろ?」
「…………なれるのかな」
「本当に、追いつけるのかな」
「少なくても、セシルは追い続けた」
「今の彼女は、自信の塊だろう?」
「……ま、突っつけば崩れるけどね」
「……自分を信じただけで、何かが変わるとは思えない」
「けど、それで、不甲斐無い自分を少しでも変えられるなら」
「俺は自分を、信じてみたい」
「それが、どれだけ滑稽でも……」
「君を信じている、精霊達を信じるって事は」
「自分を信じても良いって、自信に繋がるだろう?」
「やれるさ、君なら……絶対に」
「こんなとこで死んじゃ、駄目だからね」
「…………うん、死なない」
「なぁ、次はいつ会えるんだ?」
「君が望めば、また、いつか」
そう言って、青年はクロノの頭を撫でた。クロノはそれを、黙って受け入れた。何故だか、心が安らぐ感じがした。
「……僕は君の、味方だよ」
「さ、歪んでしまったあの子に見せてあげなよ」
「君達の、本当の力」
青年の姿が透けていく、それと同時にクロノを除いた全てが砕けていく。空間全てが消え去り、元の世界が色を取り戻していく。時間が動き出す、全てが元に戻り、何もかもが再開された。ノクスから飛び出した蟲が、クロノ目掛けて突っ込んでくる。止まっていた動きが解放され、クロノの命の危機が再来した。
「「「「クロノッ!!」」」」
精霊達の声が重なる、蟲との距離は1mもない、被弾するのに1秒も要らないだろう。だが、逆に言えば1秒もある、クロノが精霊とリンクするのは、0.1秒あれば余裕で済む。
(アルディ、応えて)
(へ!?)
過去最高速でリンクを繋いだクロノが、飛来した蟲を思いっきり殴りつけた。巨山嶽の力がフルに叩き込まれ、蟲の軌道が横に大きくぶれる。
(……っ! キィを弾いただと?)
(はぁ……なんか馬鹿馬鹿しいよ)
動揺するノクスに反して、クロノの心は随分と晴れていた。よく考えたら、分かる事だったのだ。相手がどれだけ強くても、どれだけの大物でも、得体が知れなくても、そんなのいつもの事じゃないか。苦戦だっていつもの事、ボロボロになるのだって、いつもの事だ。
そして、いつだって自分は、そんな困難を精霊達と乗り越えてきた。あっちが蟲とコンビを組んでるからなんだ、こっちは4体の精霊がいるんだ。頼もしさもこっちが上だ。
色々悩んで、落ち込んで、それでどうにかなるわけじゃない。それで心を凹ませれば、精霊とのリンクに支障が出るのは当然だ。ウダウダ悩むなんて、自分には向いてない。いっそ突き抜けて馬鹿になれ、無茶をしろ、精霊達に丸投げしてしまえ。
精霊達は、きっとなんとかしてくれる。クロノはそう、信じている。そして、そんな精霊達に応えたい。いや、応えられる。根拠なんて知らない、今まで応えてきた、だから大丈夫だ。我ながら意味が分からないが、それが今出来る最大限の、自分への信頼だ。
疑うな、自分は勝てる。負けるはずがない、蟲如きにへし折られる、柔な夢など、抱いていない。
「おいクレイジーインセクター、鬼ごっこは止めだ」
「そっちのコンビ芸は堪能したよ、お返しだ」
「四精霊の力と、吹っ切れた馬鹿の恐ろしさ……見せてやる!」
「あっそ、なら見せてみろや」
「仲良く、微塵切りにしてやるよ」
伝説の勇者から学んだ、自分を信じる大切さ。その気持ちが、クロノの精神に影響を与え始めた。心を強く持てば、精霊の力はそれを糧に強くなる。
見せ付けろ、反撃の時だ




