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偽勇者は世界を統一したいのです!  作者: 冥界
第二十一章 『幻想揺らめく、魔族の大陸』
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第百五十三話 『ルーンの背中』

「疾風発動! さぁエティル! 思いっきり踊ろうかっ!」



 驚くほど静かに、風がルーンの周りを渦巻いている。疾風はクロノも使えるが、ルーンから感じる力は自分とは大違いだった。意識しないと気がつけないほど、静かで、微かで、それでいて優しい風だ。




(そよ風みたいだ…………なのに、乱れない……)




 基本からして、自分とは全然違う。直感で感じていた、目を離しちゃ駄目だと。こんなチャンスはもう二度とないだろう、クロノは伝説の勇者の戦闘を、目に焼き付けようと必死だった。そう、必死に目を凝らしていた筈だった。それなのに、ルーンの姿はクロノの視界から消えてしまう。クロノだけじゃない、ルーンを見失ったのは、鳥人種ハーピー達も同じだった。




「あれ、消え……!?」




「鬼さんこちら♪」




「あふんっ!?」




 ルーンを見失った一体の鳥人種ハーピーが、一瞬だが警戒を緩めてしまう。その隙に背後に回りこんだルーンが、鳥人種ハーピーの装備していた鎧を剥ぎ取った。殆ど下着姿になった女の鳥人種ハーピーは、顔を一気に真っ赤に染めた。



「ちょ、ば……なっ! なななっ!?」



「服着ないと痴女に間違われるよ?」



「どの口が言うか変態ーーーーっ!!」



 怒りのままに剣を振るう鳥人種ハーピーだが、その剣を振り上げた時には、ルーンの姿は落下を始めていた。見る側からは墜落しているようにしか映らないが、ルーンは両手を頭の後ろに回しながら、楽しそうに笑っていた。



「あははは、こっちこっち~!」

「ぎゃあっ!? ちょ、ティアラ? 耳キーンってしたよ!」

「いや、事故だって……鎧の下が下着だなんて思わなかったんだもん」




「ちょっとルーン! 街の上空でなにしてくれてんのよっ! この女の敵っ!!」




「ルーンッ! 私というものがありながらぁ!」



 何やら内部から反撃を食らったらしいルーンが、風に流されるようにフワフワと落下方向を変えた。ルーンの仲間達は、そんな青年に野次を飛ばしだす。



「テイルー、ワザとじゃないんだけどー!」



「ワザとかどうかとか関係ないわよ、とりあえず一回死ね」



「ルルルルル、ルーン!? まさかの私を無視ですのっ!?」



「リーデは相変わらず可愛いなぁ」



「キャーーーーッ!! ルーン大好きですわぁっ!!」



「リーデちゃんって、馬鹿だよネ」



「ルーン殿っ! 流石にあんまりでござるよ!」

「ふぉろー? を忘れてはいかんでござるっ!」



「はーい! カムイー! お願いー!」



「へいへいっと、無駄な仕事増やすなよな」



 ルーンの言葉に反応したカムイが、持っていた剣で軽く地面を突いた。地面に置いてあった荷物がそれに反応し、一枚のマントだけが上空に舞い上がる。そのマントが不自然な動きで、ルーンの手元に引き寄せられた。



「ナイスキャッチーっと」

「はい、これあげる」




「うわっぷ!?」




 マントを手にしたルーンが、先ほど鎧を剥がされた鳥人種ハーピーの剣を回避する。それと同時、マントを頭から被せてやった。



「あはははははっ! 超・雑!」

「完全に煽ってるね! もうルーン君ったらお茶目なんだからぁ!」



「笑い声が不快です」



「ピットちゃんったらお茶目なんだからぁ! あれ、目、笑ってなくない?」

「あ、これあかんやつだね? だね? って待て待て待てストップストッ!?」



「ベル先輩!?」



「ほっとけアグナイト、いつもの事だ」



 天使が蜂の巣になるのが、彼らの日常らしい。上空を飛び回るルーンを観戦しながら、各々がマイペースに過ごしていた。何が凄いかと言えば、誰一人としてルーンを助けようとしないところだ。非情だとか、関心がない訳じゃない。大丈夫だと、確信しているようだった。



 クロノでも、なんとなくその気持ちが分かった。目の前の光景が、その理由を見せ付けてくれていた。仲間達と会話しながら、ルーンは街の上空を飛び回っていた。それだけならまだ分かるが、ルーンは数百体の鳥人種ハーピーの間を掻い潜りながら、「余所見」しながら空中を飛び回っていたのだ。



「ちょ、止まっ!」



「リジャイドー! アグナイト見なかったー?」



「A班っ! 挟み込め!」



「アグナイトなら合流したぞ、泣きながらだったが」



「あ、謝っておいてって言おうと思ったんだよね」

「我慢できずに突っ込んじゃったからさぁ」



「何もかも遅すぎです!」



「まず俺らに謝れよっ! そこの人間っ!!」



「カムイー! 前飲んだお酒あった? 美味しかった奴!」



「だから聞こう!? そして止まろうっ!?」



「あったあった、ちゃんと買っといた」



「ルーン! お酒は二十歳になってからですわ!」



「リーデと一緒に飲みたいなぁ……」



「飲みましょうっ! いますぐに!」



「言葉が薄いネ」



「もうやだこいつ……」



「隊長っ! 士気が落ちてます!」



「だろうねっ!!」



 鳥人種ハーピーにとって、空は独壇場の筈だ。それなのに、一体、また一体と……鳥人種ハーピー達は失速してきていた。単純な速度では、ルーンと彼らに大した差はない。だがルーンの動きは、本物の風のように彼らの間をすり抜けていた。



「いよっし、そろそろいいかな」



「や、やっと止まりやがった……」



 急停止した勢いのまま、ルーンは空中をクルクルと回転する。ようやく速度を緩めたルーンに、鳥人種ハーピー達は安堵の溜息すら零していた。



「全隊員総数、120人……お勤めご苦労様です」




「……は?」




「一隊30人、全部で四隊も出てきたんだね」

「それぞれの隊のリーダーさんは、一番僕に近づいたね」

「2~3回危なかったよ、けど楽しかった」




「何を言ってんだお前……!?」




 ルーンがニコニコと二本の指で弄っているのは、鳥人種ハーピーの羽だ。それを見た瞬間、鳥人種ハーピー達が固まった。一本や二本じゃない、ルーンの服には、いつの間にか数百本もの羽が刺さっていた。



「全員から、一本ずつ……拝借させて頂きました」

「最初の反省点を踏まえ、鎧を剥がさず抜き取りました」

「これは戦利品、僕と君達の勝負の証として貰っておくね」




「いつ、の間に…………」




「ちゃんと全員、羽の模様とか違うからね」

「勿論、どの羽が誰の羽かも覚えてるよ」

「ちゃんと、目を合わせたし」



 ルーンの目が、薄く青いラインを引いていた。いつの間にかルーンは心水も発動し、鳥人種ハーピー達の心を読んでいたのだ。



「今回の鬼ごっこは、僕の勝ち」

「ん♪ また遊ぼうね? クーランさん」




「なんで、俺の名前……」





水紋すいもん静寂華せいじゃっか




 一瞬、時間が止まったような錯覚を受けた。ルーンが両の掌を合わせた瞬間、音が止んだのだ。数秒の間を開け、鳥人種ハーピー達の身体が、まるで糸が切れたかのように脱力、落下を始めた。




(落ち……っ!) 




 クロノは咄嗟に前に出る、あのままでは、地面に激突してしまうからだ。今の自分じゃ受け止める事は出来ないが、それでも身体が勝手に動いた。





「手伝うかー?」





「あはは、ここで手伝わせたら、僕最低じゃないか」

「エティル、エスコートのお手伝い、宜しく!」





 上空から凄まじい力を感じた刹那、クロノの横を一筋の風が突き抜けた。その時、確かにクロノは見た。自分の横を突き抜けた、笑顔のルーンを。クロノが振り向いた時には、風は止んでいた。そして、落下してた筈の鳥人種ハーピー達は、全員地面や屋根の上に寝かされていた。



「格好付けやがって、完全に目を付けられたぞ」



「それはそれ、甘んじて受け入れるよ?」

「それに、その方が魔王が出てきそうじゃない?」



「私見ました! ルーンにお姫様抱っこされてた鳥が15人も!」

「ルーン! 浮気!? 浮気ですの!?」



「僕にはリーデだけだよー」



「ル~~~ンッ!」



 いつの間にかカムイの隣に腰掛けているルーン。ニコニコと軽い調子で話していたが、飛びついてきたラミアの抱擁をジャンプで回避する。



「もう! 初心なんですからぁ……」



「あはははは」

「……? セシル? むくれてる?」



「……ふん」



「気にしてやるな、どうせ見えなかっただけだ」



「ほんっと、ルーンってデリカシーないわよねー!」

「セシルちゃんってば可哀想ー、ここは私が人肌で慰めてあげなきゃねー」



「あなたの肌は人肌なのですか?」



「あたしは機械とヤる趣味ないから、いつもみたいにそこのショタと遊んでなさい」



「今回何もしてないのに飛び火したぁっ!? ってか酷っ! ショタとか言うなし!」

「最近扱い酷いと思うなぁ! プンプンしちゃうよ僕っ!」

天使エンジェルは光の精霊と言ってもいい存在! 故に性別など超越しておるのです!」

「だ・か・ら♪ 男の子のイヤンなご期待にも、女の子の腐気味な期待にも~! 応えられちゃうのです!」



「天への召集に応じなさい、堕落天使」



「あっは~! 超・機械的対応! ありがとうございまぐはあああああああっ!」



「ガタガタガタ…………」



「アグナイト、慣れろ……これがあの二人のコミュニケーションなんだ」



「いやいやいや違うから! 僕Mと違うからっごふあああああ!」



「セ・シ・ルちゃん♪ お姉さんとイケナイ遊び、しよ?」



「キャアアアアアアアッ!?」



「セシル殿は本当に、耳の後ろが弱いでござるなぁ……」



 両腕をマシンガンに変形させた機人種マシナリーが、容赦なく天使エンジェルを打ち抜いていく。尻尾を丸めて怯える狐族を、リジャイドが庇うように背に隠す。ハチャメチャな状況だが、クロノは小さなセシルの表情が、妙に心に残った。



 恐らく、自分も同じ顔をしていると思ったからだ。圧倒的過ぎるルーンの力を目の当たりにして、絶望に近い感情を抱いたのだ。クロノには、ルーンがどうやって鳥人種ハーピーを助けたのか、全く見えなかった。予想は出来る、風の力で加速し、全ての鳥人種ハーピーを受け止めたのだろう。だが、分かっていても見えなかった、感じることさえ、出来なかった。



 目指している物が、あまりにも大きすぎて、自分と違いすぎて……。その背中が、遠すぎて、寂しさすら、感じてしまう。悔しいのか、悲しいのか、自分でもよく分からない。そんな複雑な顔を、セシルはしていたのだ。



(…………セシルは、ずっと……見てきたんだ)

(あの、背中を……)

(……俺は、俺には……)




「小さな少女は、憧れ、長い時間を彼と共にした」




「!?」




「死に物狂いで、追いつこうと……それこそ必死にね」




 いつの間にか世界が灰色に染まり、自分の背後にあの青年が立っていた。もういい加減、驚くのも疲れてしまう。



「……色々、突っ込むの辞めた」

「もういっそ開き直って受け入れるよ、それで? その先は?」




「あはは、その順応性の高さは母親譲りだね」




「おい待て、今なんて言った!?」




「君は今、セシルと自分を重ねたね」

「ルーンと自分を重ねて、子供らしく夢を描く事をしなかった」

「遠慮した? それとも、躊躇した?」




「……っ! 違い、すぎるよ」

「俺は、あんな風には笑えない」

「子供の頃、ローにも言われた……辛い時ほど笑えって」

「……それが出来るのは、強い奴だけだろ」




「弱いからこそ、怖いからこそ、笑うんだよ」




「それは、詭弁だと思う」




「セシルも、同じ事言ってた」



 そう言って、懐かしそうに青年は笑った。



「同じ夢を描いて」

「同じ様に、馬鹿みたいに仲間を信じて」

「大好きで、大切な物を守るため……自分の身も省みず……馬鹿をやって……」

「本当に、生き写しだね」




「……っ! だからっ! 俺はルーンじゃないって!」

「あんな風になれないって! 何度言わせんだっ!」




「なれるさ」

「そりゃ同じじゃ困るけど、君はルーンを超えられる」




「…………俺は、あんな強くない」

「大事な物どころか、自分すらロクに守れてない」




「けど、あれもこれも望むんだろ?」

「捨てられない、離せない、まるで子供だ」



 なんだこれは、説教のつもりか。意味の分からない空間で、何者なのかも分からない男に、何故こんな事を言われなきゃならないのだ。



「……! 現実見ろってか……そんなの、何度も見てきた」

「でも捨てられないんだよ、夢見ちゃったんだよ」

「その為なら、何でもするって決めたんだよ」

「たとえ、何やっても届かなくても……!」






「「夢は、捨てられない……! 大事な物全部……捨てられないっ!!!」」


(…………え?)






 自分の言葉に重なって、ルーンの声が響き渡った。灰色だった世界が色を取り戻し、辺りが炎に包まれた。一瞬焼け死ぬかと思ったが、炎すら自分の身体をすり抜けた。また頭の中が混乱するが、背後からの衝撃音で、反射的にクロノは振り向いてしまう。




「紅蓮・活火山かっかざんっ!」




「黒の風」




 炎に包まれた街の中で、二人の影が激突している。一人は傷だらけのルーン、もう一人は、黒衣のマントに身を包んだ男だった。二人の技がぶつかり合い、街を焼く炎が吹き飛ばされる。二人が戦う街の中心だけが、穴が開いたように平地になっていた。



「望めば、その分零れ落ちる」

「何故、それが分からない」



「嫌だね、何かを諦めるなんて、絶対!」



「全てが思い通りになるとでも?」

「貴様の夢など、子供染みた幻想に過ぎんよ」



「子供の夢物語ってさ……大体がハッピーエンドだよね」

「幸せを願って何が悪い、全員、全て、何もかも、守りたいって思って、何が悪い」

「それが僕の夢だから、君達とも手を取り合うって……決めたから」

「夢を成そうと、努力して、何が悪い!」



「その手を取る者など、もうどこにもおらん」

「黒の牙」



 男の手から生み出された、漆黒の鎌が、ルーンの両肩を切り裂いた。白い炎がその傷を塞ぎ、ルーンは男に向かって突っ込んでいく。



「夢を諦めるのが正しいって、自分を殺すのが大人なら」

「僕は一生、子供と罵られた方がいい」




「……貴様に魔核を託した者共が、哀れでならん」

「ただの、大馬鹿だな…………黒の槍」




「僕は、馬鹿タレが大好きなんでねっ!!」




 漆黒の槍がルーンの肩を貫いたが、ルーンは構わず男のとの距離を詰めた。千切れそうな腕を振り回しながら、ルーンは男に頭突きを食らわせる。




(……なんで、そこまで……)




『君がそれを疑問に思うのかい?』

『ルーンは諦めが悪かった、どこまでもね』

『何があっても、夢を捨てなかった』

『捨てられなかった』




 激痛で意識が飛びそうなはずなのに、ルーンは笑っていた。息を切らしながら、それでも、笑顔のままだった。その状態で、ルーンは男に飛び掛っていく。



『あまりに不器用で、真っ直ぐ進むしか出来なかった』

『頭が悪かったのかな、壁にぶつかっても、進むしか出来ない』

『しかも、何かを切り捨てることが出来ない……自分が辛くなっても、何かを捨てようとしないんだ』

『まぁ、馬鹿って奴だね』



 まるで自分の事のようだ、セシルや精霊達が、生き写しと言うのもなんとなく理解できる。確かに似ている、思考回路は全く同種のものだった。




(なんで……)




 ルーンが戦ってる男は、クロノから見ても化け物だった。今まで見た誰よりも、異質な力を纏っている。さっきまで圧倒的に映っていたルーンでさえ、ボロ雑巾のように捻じ伏せられていた。あの黒衣の男からすれば、クロノもルーンも大差ない、ゴミ同然にしか見えていないだろう。



 圧倒的なまでの力の差、それが明確に現れている。それなのに、ルーンは笑っていた。千切れそうな腕で膝を殴りつけ、無理やり立ち上がる。




(……なんで、笑えるんだ……)




『君とルーンに、強さ以外の違いがあるとすれば……それは単純な話だよ』

『自分自身への、信頼と、自信…………君はちょっとそれが足りてないだけだ』




 ルーンがふらついた瞬間、黒衣の男が一瞬で間合いを詰めて来た。ルーンの腹部を殴りつけ、まるでゴミのようにルーンを吹き飛ばす。




「黒の暴風」




 吹き飛んだルーンに向かって、螺旋状に吹き荒れる黒い魔力が襲い掛かった。全てを砕き、飲み込む漆黒の渦が、ルーンに直撃する。直撃と同時に、漆黒の渦が中心から両断された。




小波一閃さざなみいっせん




「まだ、抗うのか」




「この身に宿す命1つ、心に宿す信頼4つ」

「託された物沢山、裏切るわけにはいかないからね」

「君は強いよ、けど、心じゃ負けない」

「負けらんない」




 ルーンの足がぶれた瞬間、ルーンは男の背後を取っていた。ルーンの蹴りを受け止め、男はルーンに掌を翳す、それだけで、ルーンが血を吐いて吹き飛んだ。



『君は、ルーンに負けず劣らず、精霊を信じてる』

『けど、自分を信じる力が不足してる』

『それが馬鹿げていたとしても、自分を疑っちゃ駄目なんだ』

『自分を信じれない奴に、夢を語る資格はない』

『自分を疑ってる奴が、精霊からの力を上手く使えるはずはない』

『精霊の力は、心の力なんだからね』



 吹き飛びながら、ルーンは地面を殴りつけた。地面が拳の形となり、男に向かって乱打の雨を叩き込む。闇が形を変え、岩の拳を吹き飛ばした。



『自分を信じる者は、不思議と他者を惹きつける』

『それが大きな力になると、僕達は教わったんだ。』



 その言葉を聞いた瞬間、クロノの頭上を何かが通った。見上げると、見慣れた剣を背負ったセシルが、ボロボロの姿で空を飛んでいた。




「ルーーーーーーーーーーーーーーーーーンッ!!」





「……あの身体で、本当に、来ただと!?」





「あはは、僕は本当に幸せ者だよ」

「仲間に、恵まれた」




 セシルが放り投げた大剣を、ルーンは片手で受け止める。その瞬間、ルーンの全身が白い炎に包み込まれた。傷が塞がり、千切れ落ちそうだった腕が再生する。



「ん、心配かけたね」

「もう少し、心配かけるよ」



 笑顔のまま大剣を振るうルーン、明らかに、雰囲気が変わった。



「エティル、エスコート宜しくね」

「アルディオン、背中は任せるよ」

「ティアラ、君の目を貸してくれ」

「フェルド、限界まで上げていこうっ!」

「集え四精霊……応えろ! ヴァンダルギオンッ!」



「君達の信頼に、いつだって応えたいから……」

「だから、僕は進むんだ」

「さぁ『暗獄』……決着をつけようっ!」






「……人の身で八戒神器はっかいじんぎを扱えるとは、信じがたいな」

「いいだろう、貴様の存在その物を……闇の果てに消し去ってやる」




 二つの影が姿を消し、凄まじい力でぶつかり合った。その衝撃が全てを吹き飛ばし、再び世界が灰色に変わった。



「さて……ルーンの馬鹿さ加減を堪能してくれた?」



「……うん」

「ほんと、途方もない馬鹿だって事は、分かった」



「君も負けず劣らずだろ?」



「…………なれるのかな」

「本当に、追いつけるのかな」



「少なくても、セシルは追い続けた」

「今の彼女は、自信の塊だろう?」

「……ま、突っつけば崩れるけどね」



「……自分を信じただけで、何かが変わるとは思えない」

「けど、それで、不甲斐無い自分を少しでも変えられるなら」

「俺は自分を、信じてみたい」

「それが、どれだけ滑稽でも……」



「君を信じている、精霊達を信じるって事は」

「自分を信じても良いって、自信に繋がるだろう?」

「やれるさ、君なら……絶対に」

「こんなとこで死んじゃ、駄目だからね」



「…………うん、死なない」

「なぁ、次はいつ会えるんだ?」




「君が望めば、また、いつか」




 そう言って、青年はクロノの頭を撫でた。クロノはそれを、黙って受け入れた。何故だか、心が安らぐ感じがした。



「……僕は君の、味方だよ」

「さ、歪んでしまったあの子に見せてあげなよ」

「君達の、本当の力」



 青年の姿が透けていく、それと同時にクロノを除いた全てが砕けていく。空間全てが消え去り、元の世界が色を取り戻していく。時間が動き出す、全てが元に戻り、何もかもが再開された。ノクスから飛び出した蟲が、クロノ目掛けて突っ込んでくる。止まっていた動きが解放され、クロノの命の危機が再来した。







「「「「クロノッ!!」」」」







 精霊達の声が重なる、蟲との距離は1mもない、被弾するのに1秒も要らないだろう。だが、逆に言えば1秒もある、クロノが精霊とリンクするのは、0.1秒あれば余裕で済む。



(アルディ、応えて)



(へ!?)



 過去最高速でリンクを繋いだクロノが、飛来した蟲を思いっきり殴りつけた。巨山嶽きょざんがくの力がフルに叩き込まれ、蟲の軌道が横に大きくぶれる。




(……っ! キィを弾いただと?)




(はぁ……なんか馬鹿馬鹿しいよ)




 動揺するノクスに反して、クロノの心は随分と晴れていた。よく考えたら、分かる事だったのだ。相手がどれだけ強くても、どれだけの大物でも、得体が知れなくても、そんなのいつもの事じゃないか。苦戦だっていつもの事、ボロボロになるのだって、いつもの事だ。



 そして、いつだって自分は、そんな困難を精霊達と乗り越えてきた。あっちが蟲とコンビを組んでるからなんだ、こっちは4体の精霊がいるんだ。頼もしさもこっちが上だ。



 色々悩んで、落ち込んで、それでどうにかなるわけじゃない。それで心を凹ませれば、精霊とのリンクに支障が出るのは当然だ。ウダウダ悩むなんて、自分には向いてない。いっそ突き抜けて馬鹿になれ、無茶をしろ、精霊達に丸投げしてしまえ。



 精霊達は、きっとなんとかしてくれる。クロノはそう、信じている。そして、そんな精霊達に応えたい。いや、応えられる。根拠なんて知らない、今まで応えてきた、だから大丈夫だ。我ながら意味が分からないが、それが今出来る最大限の、自分への信頼だ。





 疑うな、自分は勝てる。負けるはずがない、蟲如きにへし折られる、柔な夢など、抱いていない。




「おいクレイジーインセクター、鬼ごっこは止めだ」

「そっちのコンビ芸は堪能したよ、お返しだ」

「四精霊の力と、吹っ切れた馬鹿の恐ろしさ……見せてやる!」




「あっそ、なら見せてみろや」

「仲良く、微塵切りにしてやるよ」


 


 伝説の勇者から学んだ、自分を信じる大切さ。その気持ちが、クロノの精神に影響を与え始めた。心を強く持てば、精霊の力はそれを糧に強くなる。



 見せ付けろ、反撃の時だ



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