第百五十二話 『連れ添った欠片達』
正直、まだクロノの頭は混乱している。さっきまで廃墟だった街は蘇り、様々な種族がワイワイと街を賑わせている。月の明かりだけが頼りの闇夜だった筈なのだが、太陽が真上に上っていた。ギリギリ見覚えのある者達も、微妙に雰囲気が違うのだ。特に、いつもクールで少し偉そうな態度の龍人が、目の前で弄られまくっていた。
「どうなってんだ、これ……」
クロノが自分の掌を見ると、若干だが透けていた。道行く者に触れても、自分の身体はそれをすり抜ける。まるで、夢の中のような感じがした。あの青年と出会うと、毎度毎度理解が追いつかない体験をしている気がする。ノクスや精霊達がどうなったかも気になるが、今の自分は流されるまま現状を受け入れるしかないと、何故だか直感で分かった。
(……本当にここが、五百年前だって言うなら……)
(…………ルーンに、会えるかも知れない……)
(ほんとはそんな暇ないんだろうけど……この際だ……一目くらい見てみたいな……)
自分の現状把握能力じゃ、考えても無駄だろう。警戒心の欠片も湧かないのは、恐らくこの状況を作り出しているのが、あの青年だからだ。不思議と、あの青年を疑う気持ちは、全く出てこないのだ。
(……さっきから魔物とぶつかってもすり抜けちゃうし、どうも俺見えてないっぽいな)
(……もう少し、近づいてみよう)
見えてないのなら、広場で騒ぎ続けているルーンの仲間達に近づいても、恐らく平気な筈だ。見慣れた精霊達も居るのだが、妙に緊張して、クロノは距離を縮めていく。
「いや、ね……僕ちゃん愛されてるなぁって…………正直すまんかった…………」
さっきから数名に袋叩きにされていたのは、背中の白い翼から見て、天使だろう。何故かは知らないが、ナース服を着ている。真っ白なショートヘアで、正直女の子なのか男の子なのか分からない。仲間達にボコボコにされ、地面に墜落してしまっている。
「そもそも、この無能天使に財布を持たせたのが失敗です」
「行動を起す前から、私達の負けだった訳ですね」
「まぁまぁ~♪ これもいつものお約束って奴だし~ってあいたたたたたっ!!?」
無表情のまま溜息を零しているのは、四肢が機械でできた女の子だ。所々機械の部分が確認できるので、恐らくは機人種だろう。ボコボコになっているにも関わらず、変わらぬ笑顔で復活した天使の頭に、両サイドから拳を押し付けている。
「俺達も学習しねぇよな、ベルに好き勝手やらせるとこうなるってよ」
「けどあれだな……退屈しねぇよな」
「ふむ……これはあれか? 脳がこういったイベントを無意識で求めてるってことか……?」
「思考パターンが機械な私が言うのもなんですが、カムイさんの脳みそはイカレてますね」
広場の中心、噴水の枠に腰掛けているのは、エルフの青年だ。普通のエルフより濃い緑色の長髪を、首の後ろで纏めている。その名はレラ達が話していた、エルフ族の英雄の名前だ。右手に持っている刀から、クロノでも分かるほどの力を感じた。
「むぅ……ルーン殿はきっと待ちくたびれてござる……」
「また嵐の予感が……」
「雪花ー、不安なのか楽しみなのかどっちだってんだよー?」
「暴れるなら俺も乗るからなー」
カムイの隣に腰掛けたのは、さっきまで鬼の形相で大太刀を天使に叩き込んでいた大男だ。その額の角から鬼人種だと分かるが、体格が違いすぎる。通常の鬼人種ではない、その上位種の鬼神種だ。温厚そうな雰囲気と、優々と大太刀を肩に乗せるギャップが凄い。
「私的にはー、手遅れな気がするナー」
「これで何度目だっケー?」
「今回で3度目でござるなぁ……24個目だった筈故……」
鬼の足元に這いよってきたのは、下半身が液状に溶けている水体種だ。あそこまで流暢に話せると言う事は、相当な知能と力を持った上位の水体種なのだろう。身体を変幻自在に操りながら、溜息交じりで噴水の水を拝借している。
「あぁっ! 何という悲劇っ! こんな堕落天使のおふざけで……ルーンは私達とバラバラにっ!」
「あああっ! 今頃ルーンは寂しくて泣いていますわっ!」
「無いと思うナー」
「私も……ルーンと離れた時間の分だけ……この身体が悲鳴を上げていますわ……!」
「まだ一時間やそこらなんだけどナー」
「あぁ……ルーン……会いたい……会いたい会いたい会いたいですわーっ!!」
「心が色欲に染まってるヨ……」
その長い尾を振り回し、一人で暴走しているのは蛇人種の女性だ。ルーンへの想いと共に、凄まじい魔力が溢れまくっている。その魔力は、クリプスに近い物を感じさせた。恐らく、真蛇人種に近いのだろう。
「真に同情すべきなのは、ルーンの見張り役になったアグナイトだろうな」
「そろそろ抑え切れん頃合だろうし……油揚げでも買ってやろう」
「だから私が変わりますと言ったじゃないですか! ジャンケンの必要など無かったはずですわ!!」
「それだとルーンが哀れだわ」
(まぁ、それでも罰ゲームには変わらないか……)
青い鱗に包まれた四肢に、青い尻尾、大きな翼……。身に纏う強者のオーラに、どこか高貴な雰囲気。大人びた印象を与える青年が、呆れた様子で蛇人種の女性を落ち着かせる。それと同時に、その尻尾でセシルの相手をしてやっていた。
「リジャイドお前ー! 尻尾でとか舐めてるのか!」
「なんでお前はルーンが居ないと、真っ先に俺に突っかかるかねぇ」
「このっ! ちゃんと相手しろ! このぉ!」
「俺の尻尾も捌けないお前を、誰が真面目に相手するってんだか」
「元四天王だからってお高く止まってんじゃないぞっ!」
「私は! 龍王種のお前が嫌いなんだっ!」
「素直に龍の俺か、人のルーンの方が話しやすいって言えば……まだ可愛いのになぁ……」
「~~っ! 黙れ青トカゲっ!」
態度の割りにクロノより背の低いセシルだが、今目の前でパタパタ駆け回ってるセシルは、さらに小さかった。完全に相手にされていない上、剣の扱いが物凄く雑だ。逆にリジャイドと呼ばれていた龍王種の尻尾捌きは、今のセシルの尻尾捌きによく似ていた。
「あん……本当に可愛いなぁ……」
「ひゃっ!?」
「セシルちゃん~強くなりたいなら……やっぱりあたしが教えてあげるわよぉ……?」
「さ、さわ……触るな変態悪魔ー!!」
セシルを背後から抱きしめたのは、妖艶な印象を与える悪魔だった。人を惑わし、生命力を奪うと言われる淫魔族と思われる女性は、怪しい手つきでセシルの身体を弄っていく。
「うふふ……♪ このまま服も……って痛っ!」
「ちょっとカムイ…………何すんのよ」
「可愛い新入り虐めてんじゃねぇよ、ロリ好きの変態レズ淫魔」
「あら? 喧嘩売ってる?」
「冥府に叩き落してあげましょうか?」
「そりゃいいな、冥府がどんな場所か興味ある」
「まぁ、テメェじゃ役不足だろうがな」
一気に殺気が噴出し、周囲の空気が荒れ狂う。カムイの持っていた刀と、淫魔族が虚空から取り出した杖が、有り得ない力を発していた。ちなみにセシルは涙目になり、リジャイドの背に隠れていた。
(なんだ……あの弱々しいセシルは……)
(つか…………なんだあの力…………!?)
別人のようなセシルに笑いが堪えられないクロノだったが、冷静に見ると目の前の力は異常だと気が付いた。今まで自分が感じた力で最も強いのは、四天王達の力だ。だが、カムイ達が武器に纏わせている力は、それすら凌駕している。
「同じ八戒神器の使い手同士……楽しませろよ?」
「まぁ……淫魔風情が使いこなせてるかは別としてさ……」
「これだから男は嫌いなのよ、粗暴でさ」
「あんたの大好きな未知で、逝かせてあげるよ」
互いに力を高め続け、武器を振るおうと手を掛ける。その瞬間、二人の間に大太刀が振り下ろされた。
「ここは街中……それ以上やるなら喧嘩両成敗でござる」
「…………その武器は、詰まらぬ諍いで振るっていい物ではござらんよ」
「…………は~い」
「わーったよ……怖ぇっつの……」
「ルーン殿が居ないと、統率が乱れるでござるなぁ……」
「私的には、ルーンが居るともっと乱れると思うナー」
「言えてるかもー! けど僕ちゃんはそれが楽しいかな!」
「まだ生命活動が続いてましたか」
「あれぇ~? まだこの流れ続いてたのかー、こりゃ失敗…………ピットちゃんここ街中! 街中だからぐはー!」
容赦なく火を吹いた銃器が、天使を蜂の巣にしてしまう。特に気にする事もなく、魔物達はワイワイと話し合っていた。
「けどそろそろ本気で不味いですね、このままでは買出しすら出来ぬポンコツと思われてしまいます」
「ルーンに限って、そりゃねぇだろうさ」
「それより、ルーンのお守りしてるアグナイトが心配だ」
「そうね……ルーンが盗られちゃうわっ!」
「私的には、そろそろリーデちゃんの頭の中が心配かナー」
「のんびりだべってる場合じゃねぇか……」
「フェルド、ルーンの様子どうよ」
カムイがフェルドの方に顔を向ける。フェルドが心の中に集中すると、ゲンナリとした表情を浮かべた。
「我が契約者は、我慢の出来ない奴らしいな」
「まぁ……周知の、事……」
「もぉ……また大勢に迷惑かかるなぁ……」
「あはははっ! そろそろだとは思ってたよぉ!」
のんびりとしていた精霊達が、何かを諦めたようにイソイソと立ち上がる。それと同時に、建物の屋根を足場にして、小柄な狐族が飛び込んできた。
「よぉアグナイト、ご苦労さん」
「ご苦労さん、じゃないですよもぉ!!」
「何をくつろいでいらっしゃるのですかっ! 遅いと思ったらこれですよ!」
「ルーンさん飛んでっちゃったじゃないですかっ! どうするんですかぁ!」
「どうしようもないねぇ」
「あぁん! ルーンったら私に会いにっ!?」
「ってことはさー、そろそろお約束かなー?」
「あうあう……やっぱり僕じゃ力不足でしたぁ……」
4本の尻尾を丸めて、狐族の少年は涙目になっていた。そんな少年の頭を、リジャイドは尻尾でポンポンと撫でてやる。
「まぁ落ち込むな、誰でも結果は一緒だったろうよ」
「後で油揚げやるから、泣くなって」
「あのですね、僕は餌付けで喜ぶような狐じゃないんですよ……」
とかなんとか言っているが、4本の尻尾はパタパタと嬉しそうに振られている。
「アグナイト君ってば、尻尾は正直で可愛いなーもう!」
「あなたは存在がウザくて死んで欲しいですね、堕落天使」
「やだなぁピットちゃんってばぁ、愛情の裏返しが暴力的過ぎるよ?」
「あ、ごめん調子乗りましただから銃口をこっち向けないでくださぎゃあああああ!」
「ん? お、いつもの警報だな」
カムイが空を見上げると、街の至る所から警報が鳴り響いた。クロノはその音に釣られ、空を仰ぎ見る。すぐに武装した鳥人種達が集まり、空に防衛線を張った。その防衛線を一瞬で突き抜け、何かが街の上空に急停止する。
「みんな遅いぞーーーーーっ!」
街の上空から笑顔で叫んだのは、人間の青年だった。随分と布を余らせる結び方をした鉢巻をしながら、当然のように空を駆けている。余った布部分が風に揺られ、パタパタと靡いていた。
「おいこら人間っ! 何当然のように進入してくれてんだ!」
「え、空だよここ?」
「空ですよ!? 空も進入禁止エリアですよ!?」
「ついこの前に注意したよね? 100歩譲って大陸には居て良いけど、街への侵入駄目って言ったよね!?」
「つかなんで飛んでるの!? 当たり前みたいに飛ぶのやめてくんない!?」
「カムイー! みんなー! 買い物にどんだけかかるのさー!」
「聞けやテメェッ!!」
武装した鳥人種の一人が、空中を漂う青年に切りかかる。青年は上半身を逸らし、その一撃を回避した。
「聞いてよー、僕の仲間達さ、もう一時間も買い物してんだよぉ?」
「僕だけ仲間外れって酷いと思わないかなー?」
「魔物の街に堂々と侵入してるテメェがまず酷いけどぉ!?」
「つか俺の話をまず聞こう!?」
「まぁまぁ……仲良くしようよ」
「なんか喉渇いたね、何か飲もうか」
「あ! 丁度良いね、あそこに酒場があるよ!」
「もうお前死ねよっ!!」
振り回される剣をスルスルと掻い潜りながら、青年はニコニコと笑っていた。その顔は、以前にティアラが化けた顔によく似ている。間違いない、あの男がルーン・リボルトだ。
「なんで何度も何度も! 人間がこの大陸に来るんだよっ!」
「んー……? いつかは分かり合えると思ってるし、そのいつかの為の視察かな」
「本当は魔王と話したいんだけど……中々会えなくてねぇ」
「とりあえずまた魔核が8個貯まったから、勿体無いし来ちゃった♪」
「魔核はウェルミス旅行権じゃねぇんだよおおおおおおおおおおおおおおお!」
「なんなの!? 8つ貯まったらまた来れるね♪ って記念スタンプじゃねぇんだぞっ!?」
「ぶらりウェルミス一人旅なの!? 大迷惑だから帰れ馬鹿野郎!」
「やだなぁ、一人じゃないよ?」
「やかましいわ!!」
「あ~もう……会話にならん! 今回ばっかりは見逃さないぞ!」
「全隊! かかれっ!」
我慢の限界を迎えた鳥人種が、待機していた兵に指示を出す。数百体の鳥人種達が、一斉にルーンに襲いかかった。
「おぉう……血の気が多いね……」
「んー……こっちにその気はないんだけどなぁ……」
「ん……まぁ、けど……」
少し考え込んだルーンは、へへッと悪戯を思いついた子供のように笑った。鳥人種達の剣を避けつつ、ルーンは回転しながら後方へ飛び退く。
「集え! 四精霊!」
ルーンの呼び声に反応した精霊達が、一瞬で契約者の心に集結した。
「ご飯の前に、少し運動しよっか!」
「ん? 付き合わされるこいつらに同情するって?」
「あはははっ! まぁまぁ……喧嘩するほど仲がいいって言うじゃん?」
「喧嘩して、仲良くなろうよ!」
風の力を纏ったルーンが、鳥人種の集団に向き直る。その表情は、常に笑っていた。その堂々とした、自信ある表情に、クロノは惹かれてた。クロノは知る事になる、その笑顔の意味を。
魔物達に好かれた、伝説の勇者の有り方を。




