第十六話 『人とエルフの第一歩』
「ふぃ~……何とか終わったのですーっ!」
全てのエルフの解毒が終わったのか、ピリカがこちらに駆け寄ってくる。
「えと、クロノ様、色々お世話になりましたっ!」
「それと、セシル様も……」
深々と頭を下げるピリカに、クロノは戸惑う。
「私は何もしておらんぞ」
「お、俺だってその、結局何もできなくて……」
「いえ、お二人の言葉があったから、わたしはわかったんです」
笑顔でそう言うピリカの表情に、もう迷いはないようだった。
「ピリカ=ケトゥシよ、話がある」
その背後から、エルフの族長が声をかけてきた。
「族長……!」
振り返りながら呟くピリカの声には不安が感じられた。一連の騒ぎはピリカが外に出たいと願い、リーガルに騙された事が原因だ。族長として、見逃すわけにはいかないのだろう。
「大体の事情は分かっとるつもりじゃ」
「お主が引き起こした事でもあるが、お主が毒を払ったのも事実じゃからのう……」
そう言いながら、顎鬚を弄りながら考える。
「今後一切、森の外へ出ることを禁ずる」
「お主の罪はそれで不問としようぞ」
それはピリカに取って、一番重い処罰と言えた。
「……ッ! 族長っ!!」
ピリカは待ってくださいと訴えるが、族長が耳を貸す様子は無い。
「外に憧れ、他族と関わった故に起こった事じゃ」
「もう、変な考えは起こさぬようにな」
そう言い、背を向ける族長にセシルが口を開こうとする。
「ちょっと待てよ、じじい」
それより早く、クロノが口を開いていた、その場にいる全員の視線がクロノに集まる。
「人の子よ、お主も騙され、利用されたらしいのぅ」
「それにお主はエルフの為、奴らと戦ってもくれた」
「その点を考慮し、お主らへの罰はなかったこととしよう」
「だから、もう我らに関わらないでくれぬか……」
そう言ってクロノの方を向く、その言葉は交流への拒絶とも取れた。
「絶対に嫌だ、断固断る」
即答する、当然だ。
「こっちの話もロクに聞かないで、理解もしようとしないで突っぱねられて、納得なんてできないです」
交流以前に会話も出来やしない、いい加減限界だった、少しやばいかなとも思うが、この際言ってやる。
「セシルから聞きました、五百年前のエルフがどんな種族だったか」
「それなのに、どうして今のエルフはそんなに知ることを怖がるのですか」
「どうして頑なに、理解する事を恐れるのですか」
必死に言葉を繋ぐ、ここで切られれば後はない。
「知れば後悔し、理解すれば裏切られる」
「五百年前から我らはそう学習した、交流など不要と判断した」
「それだけじゃ」
クロノを見据え、族長は言い放つ。
「他族との交流は、我らにリスクにしかならん」
「我らは種として、最も利口な有り方を選んだに過ぎんよ」
「それを臆病と捉えられても、構わぬ」
「貴様らは信じて裏切られた、だから諦めたと言うのか」
セシルが口を開いた。
「五百年前、お前らは『彼』の言葉を信じて賭けた」
「それが失敗し、絶望し、諦めたのか」
セシルの言葉に、族長は反応した。
「竜の子よ、お主が何故、その話を知っておるかはわからぬが……」
「事実、あの者は失敗した」
空を見上げ、過去を思い出すかのように目を閉じる。
「あの者ですら失敗した夢じゃ……、残された我らに何が出来るというのじゃ」
「何が出来るか、と言うのなら」
「本当にアイツを信じていたと言うのならば、もう一度賭けてみる気はないか?」
そう言ってクロノを見る。
「クロノよ、貴様の夢は何だ」
セシルの意図は、やはり分からない、だが、言うべき答えは分かった。
「俺の夢は、多種族共存だ」
「人も魔物も関係ない、手を取り合って共存する世界を成す事」
真っ直ぐと、偽らずに答える。
「それが、俺の夢だ」
族長の目を見て、自身の夢を語る、その言葉に族長は目を見開いた。
「まさか…………、その言葉は……」
信じられぬ、と族長はクロノの顔を見る、そして、顔を伏せた。
「意思は、残っておると言うのか……あの男の意思は……今も……」
そう言って、その場に崩れ落ちる。
途中から話を聞いていた周囲のエルフ達の中にも、クロノの言葉に驚きを隠せない者達がいた。
「『彼』と違い、コイツは弱い」
「あまりにも弱く、頼りない」
『彼』が誰かは知らないが、酷い言われ様である。
「だが、コイツは『彼』と同じくらいの大馬鹿だ」
「どうだエルフの族長よ、もう一度賭けてみる気はないだろうか」
周りのエルフ達が、ザワザワと騒ぎ出す。
その言葉に族長は、俯きながら答える。
「遅すぎたやも、知れん……」
「……今のエルフに、こやつを信じられる者がおるだろうか……」
「我らエルフはすでに諦め、あの者を裏切った……」
「今更、それが許されるとは思えぬ……」
消え入りそうな声、その言葉を遮ったのはレラだった。
「族長、恐れながら申しますが……俺はこの男の言葉を信じたいと思います」
「この男の言葉を信じたいと、不思議とそう思えたのです」
クロノの肩に手を置き、僅かに笑みを浮かべて言った。
「わたしも信じます! 信じていますっ!!」
「クロノ様の言う共存の世界、そのお手伝いをしたいとも思います!」
ピリカも必死に自分の意志を伝える。
「エルフの族長よ、確かに貴様らは諦めたのかもしれないな」
だが、と一旦黙り、
「まだエルフの誇りは、残っているようだぞ?」
そう言って、セシルはピリカを見る、ピリカはその視線に気がつき、セシルの言葉を思い出していた。
クロノが戦闘中だったあの時、セシルはピリカのたった一つの過ちを伝えていた。それは森を出るのに、誰かに手を借りようとしたこと、自分で檻を破ろうとしなかった事。
(自由は自分で掴み取れ、臆病者……耳が痛い限りです……)
(けど、その通りなのですよ……!)
決意を固め、ピリカは族長に向き合う。
「族長、わたしはやっぱり外に出たいです」
「知らないことを知りたいから、どうしても気になるから」
「だから、何と言われても外に出ます」
「一人でも、絶対出ますっ!」
「傷付いても、理解されなくても、それでもわたしは外へ出ますっ!!」
それだけは譲れないと、そんなピリカの言葉にレラが続いた。
「その時は俺も一緒に行く、俺も外を知りたい」
「族長、俺も森の外を見てみたいです」
本心からの言葉を、族長に告げた。
「レー君……」
「約束したしな、一人じゃ行かせないって」
その言葉を聞き、族長は未だ俯いたまま答える。
「人の子よ……お主の夢……信じても良いのか……」
「もう一度、我らは信じても良いのか……」
若い者の中に確かに残る先祖の有り方、それを見て族長は昔を思い出していた。昔、同じように共存を訴えたあの『大馬鹿な勇者』を思い出していた。
その言葉にクロノは一瞬考え、族長に歩み寄る。
難しい話は分からないし、偉そうな事を言える立場でもない、だから深く考えるのはやめて、クロノは正直に言った。
「俺は凄い奴じゃないですけど、自分の夢を途中で諦めるつもりはないです」
「だから信じてほしいし、手を貸して欲しいとも思います」
そう言って手を差し出す、それはクロノの中では特別な動作だった。
子供の頃、泣きじゃくっていた自分を救ってくれた男が、自分にしてくれたように、信じることを恐れ、進むことをやめた種族に、手を差し出した。
「だから、これをエルフと人の交流の第一歩にして欲しいと、思います」
族長は顔を上げ、クロノを見る、その姿は自分がまだ若い頃、一度だけ見たあの男の姿に重なって見えた。
「……もう一度、踏み出してみるかのぉ…………」
そう言って族長はクロノの手を取った、そのまま立ち上がり、クロノの目を見て言う。
「ワシらは一度諦めた、だがお主や若いエルフには、あの頃の意志がまだ残っておるようじゃ」
「もう一度、それに賭けてみたくなったよ……」
そう言って、周囲のエルフに視線を移す。
「ワシはそう思うのじゃが、異論のある者はおるかの?」
周囲のエルフは少し考えたが、結局異議の有る者は出なかった。
族長や歳を取ったエルフ達は隠していた先祖の有り方を、若いエルフに伝える事にしたようだ。それで外に興味を持った若いエルフを止めることも、もうしないと言っていた。
「それが元々の我ら、エルフ族じゃからのう……」
族長はそう言って、年配のエルフが子供や若いエルフに昔話を語る様子を眺めていた。
「あぁ、そうだな
その隣で、セシルが頷く。
族長はそんなセシルを横目に、一つの疑問を投げかける。
「竜の子よ、お主は何者じゃ?」
その言葉にセシルは少し悩んだが、何かを思いついたように空を見上げる。
「私の名はセシル・レディッシュ 今はこれ以上は答えられない」
その名に、族長は耳を疑う。
「なっ……!? そんな、まさか……っ!」
有り得ない、とでも言いたそうな目にセシルは少し笑い、
「紛れも無く本人だ、貴様が今思ったセシル・レディッシュ本人だ」
「……貴方様は、何故……?」
「さぁな、その答えを探している」
空を見上げたまま、セシルは答える。
「私がここにいるのは、『彼』のせいだ」
「何故そんなことをしたのか、私にはまだ分からん」
セシルはクロノの方に目を移す。
「クロノは『彼』と似ていると、思わないか?」
族長は遠くでエルフ達と話している、クロノに視線をやる。
「似ていますな……、不思議と信じてみたくなるところなどが、特に」
「私がここにいる意味も、『彼』の意図も分からないが……」
「私はクロノに賭けてみたくなった……『彼』の夢を、私は確かに覚えている」
「だから、信じたいんだ……彼の夢は、まだ続いていると
「覚えている私達が未来へ繋げば、彼の夢はきっと消えることはないと、そう思うのだ」
その言葉を聞きながら、族長はクロノを見ていた、あの男に比べるとあまりに弱く、頼りない。だが、あの男にどこか似ている少年を見て、族長は笑う。
「ワシは一度諦めた……、だがもう一度信じてみるとしよう……」
「弱者だからこそ、見えることもあるじゃろうて……」
勇者ですらない『ただの大馬鹿』に賭けてみるなど、自分も大概馬鹿かも知れんと族長は笑った。
「クロノ様ーーーーーーっ!!! ありがとうございます!! 本っ当に感謝感激飴霰! 棚から感謝の土石流です!!」
ピリカは大はしゃぎで飛び回っていた、族長から森の外へ出る正式な許しを貰ったのだ。よく分からない言葉を乱用しながら、とにかく嬉しいのだろう……凄まじいテンションだ。
「あ、あはは……よかったな……」
そんなピリカに現在進行形で若干引き気味のクロノに、レラは飲み物を渡す。
「ほら、ああなると止めても無駄だしな……ほっとくのが一番だ」
「あぁ、ありがとう」
飲み物を手渡し、そのままクロノの横に腰を下ろすレラ。
「まぁ、俺からも礼を言うよ クロノの言葉が無ければ、俺達は森から出れなかっただろう」
「最初は森に火を放ったお前等を、どうやって殺してやろうかと考えてたんだけどな」
「そんなお前に、まさか感謝することになるとは、世の中分からない物だな」
そう言って笑うレラだが、クロノにとっては笑い話になってない。
「俺達は近い内に、森の外へ旅に出るだろう」
「思うままに、知りたいことを知りに行くよ」
「そっか、旅の無事を祈るよ」
そう言ってクロノは握手を求め、レラはそれに応じる。
「クロノ様は次はどこを目指すのですーーっ!?」
ピリカがハイテンションのままレラに飛び掛りつつ、クロノに聞いてくる。
「ガファッ!?」
まともに体当たりを喰らい、レラはピリカの下敷きになった。
「えーっと……、実はまだ決まってないって感じかなぁ……」
エルフ達が泊まっていけと言ってくれたので、今夜はその好意に甘え泊めて貰う事にしていた。しかし、旅の行く先の予定はまだ決めてはいなかった。
「そーなのですかーっ? クロノ様は他族との交流を深める旅を続けるのですよねー?」
「それならば……」
「えぇい! どけええええっ!!」
何か言いかけるが、下敷きになっていたレラがピリカをぶん投げる。『ひゃわああああっ』と声を上げながらピリカが飛んでいった。
「だったらシルフの住処を目指してはいかがでしょおおおおっ!!」
吹っ飛びながらもピリカが叫ぶ、シルフ……?
その言葉にレラも反応する。
「ふむ、クロノは魔法の扱いは?」
「残念ながら、才能無いってさ……」
クロノの魔法適正は最低ランク、身に有する魔力が低かったのが原因だ。元々人間で高い魔力を持つのが稀なのだが、クロノの魔力は人並み以下だった。
「なるほどな、ならシルフと契約するのは有りだと思うぞ」
「シルフって、風の精霊だよな?」
世界には4属性を司る精霊が存在する。
風の精霊・シルフ
大地の精霊・ノーム
水の精霊・ウンディーネ
炎の精霊・サラマンダー
彼らと契約し精霊の力を行使する者のことを精霊使いと呼び、勇者にも多く見られた。
精霊は自身が力を貸すに足る誓いを示す者と契約し、その力を貸すとされている。種族関係なく契約は出来るが、他族と比べ力の弱い人間がその力を求める例が最も多い。
それは魔力を持つ者の行き着く固有技能と対を成すと呼べる戦術、精霊技能と呼ばれるモノだ。
「旅を続ける途中、他族と戦闘になる事も考えられる」
「対抗する力を持っておいたほうが、いいと思うぞ?」
確かに、今のクロノが他族と戦闘になって勝てる見込みは0に近いだろう。出来れば戦闘そのものをしたくないのだが、一切の争い事を起こさずというのは無理がある。
「精霊との契約か、何か、何かさ……」
「スゲェ勇者っぽくないか……!?」
何やら、とてもそそる物がある響きだった。目がキラキラとしてしまう、
「勇者っぽいかどうかは知らんが、契約はしといたほうがいいと思うな……」
「この森から東に行けば、丁度シルフ達が住む高原があるしな」
地図を開いて詳しい場所を訪ねると、ここから東、カリア街の北東辺りにその高原は広がってるらしい。
「その辺りには小さな森もあってですねーっ!?」
復帰したピリカが再びレラに飛び掛るが、今回は回避される頭から地面にダイブしたが、すぐに飛び起きる。
「その小さな森に生える木に、すっごく丈夫で柔軟な蔓が絡まってるんですよーっ!」
「わたし達の弓にも、その蔓を使ってるのですっ!!」
「子供の頃、レー君その蔓に絡まって大変な事になったりも……」
「わあああああああああああっ!?」
レラが顔を真っ赤にして飛び掛るが、ヒラリと避けられた。
「その話は今関係ねぇだろっ!? 大体ガキの頃の話をいつまでもっ!!」
「だってレー君、さっきから構ってくれないんだもんー」
「小さい頃は、夜眠れないよぅピリカお姉ちゃんって可愛かったのになぁ~……」
「うわああああああああああああああああっ!!!!?」
目の前で二人のエルフが飛び回っている中、クロノの頭は精霊の事でいっぱいだった。確かに夢を語るには、それ相応の力が伴っていなければいけないだろう。
(次の目標は、シルフと契約する事だ……やってやるっ!)
クロノは強く心に決める。
冒険らしくなってきた事に、胸が高鳴るのを押さえられなかった。
エルフ編はこれでラストとなります。
次回からはシルフ編! お楽しみに~!