第百五十話 『運命の地』
地面に投げ飛ばされた衝撃で、ゴルトは意識を取り戻した。顔を上げると、魔核によって架けられた橋の輝きが視界を奪う。化け物に叩きのめされ、絶体絶命の危機だった筈なのだが、いつの間にかウェルミス大陸の入り口に戻されていた。
(なんで……なにがどうなって……)
「いたた……」
「うぅ……?」
周りを見渡すと、自分と同じ様に気絶していた勇者達が、次々と目を覚ましていた。
「何故私まで手を貸さねばならん」
「まぁまぁ、固い事言うなって」
「お、目を覚ましたな」
気絶している勇者達を背負いながら、エルフの森で戦った少年が歩いてきた。
「お前が、助けてくれたのか」
「ん? ん~?」
「あぁ、そうだ」
「早く逃げないと、あの四天王が追いかけてくるかもしれない」
「早く橋を渡って、アノールドに戻るんだ」
何故か所々棒読みだったが、少年は笑顔でそう言った。
「俺はまだやることがある」
「まだ気を失ってる人達は、任せるからな」
そう言って、少年は駆け出して行ってしまった。
「…………証も持たない小僧に、助けられたってか……」
「何やってんだろうな、俺は……」
ゴルトは空を見上げ、小さく呟く。ムキになってリーガルの言葉を振り切り、この作戦に参加したが、結局何も変えられなかった。勇者の名に縛られ、暴走していただけだった。結果、自分の情けなさを思い知った。証を持たない子供の方が、勇者らしいとは……笑い話にもならない。
「何が、違ったんだろうな……」
痛めた右腕を押さえながら、ゴルトは立ち上がる。せめて倒れている勇者を、全員アノールドへ避難させようと、ゴルトは行動を開始した。
「で? そこまでする必要はあったのか」
「たはは、きっとクロノ君はこっち優先したほうが喜ぶと思ってなぁ」
軽快な動きでウェルミス大陸を駆け抜けるセシルとクロノ。クロノが右手で顔を覆うと、その身体が一気に変化した。着ている服まで変化し、ディムラの変身が解除された。
「似てた似てた~? 完璧クロノ君やったろ?」
「変化する必要はあったのか……?」
「あのヘタレ勇者共、ワイの顔見ただけでまた気絶しそうやん」
確かにそうだが、当然のように他の生き物に移り変わるディムラに、セシルは恐怖すら感じた。顔は勿論声、仕草、全てが完璧に変化する。ディムラの能力は、最早変身の一言では済ませられないレベルだった。
(こいつ……厄介だな)
「クロノ君生きとるかなぁ~」
「勇者共を優先して、あの馬鹿タレが死んでいたら……元も子もないぞ」
「たはは、これで死んでたら、その程度だったって事や」
「大丈夫やて、クロノ君はおもろい子や」
「セシルちゃんやて、大丈夫って思ってるから……こっちについてきたんやろ?」
「あ、それとも見てるのが不安だったとか?」
「もう一度焼いてやろうか?」
「おぉ~怖……」
「まぁ、そう心配しなくても大丈夫やで?」
「ほんまクロノ君、おもろい子やわ」
「…………魔力が渦巻いとるわ…………たはは」
ディムラが遠くの空を見て、心底嬉しそうに笑った。セシルがその方向を見ると、遠くの空に魔力が集中していた。
(…………? あの魔力はなんだ?)
(複数の力が、ごちゃ混ぜになっている様な…………)
(……………………っ!? あの場所は……!)
魔力が集まっている場所に、セシルは心当たりがあった。動揺がセシルを支配し、セシルは速度を上げてその場所へ急いだ。
「…………分かりやすいなぁ……」
「さて、あの魔力は何を見せるのか……」
「いやぁ……ほんま退屈せんわぁ」
変わらぬ様子で、ディムラはただただ、笑っていた……。
岩を砕き、クロノに襲い掛かる何か。その何かをギリギリで回避しながら、クロノは息を切らせていた。ノクスの体内から飛び出す高速の何かに、クロノは完全に押されていた。
「逃げ回るだけか、ゴキブリでも反撃くらいすんぞ」
「うるさい!」
挑発に反応しつつも、クロノは空中を逃げ回るだけだ。疾風と心水に集中して、何とか避けられるレベルだ。正直、反撃すらままならない。
(つっても、逃げてるだけじゃいつか喰らうぞ)
(分かってるよ!)
(けどあの攻撃、こっちを追尾してくる!)
一直線に伸びてくるだけじゃない、一度避けても、こちらを追尾して曲がってくるのだ。何度掠ったか分からない、直撃を食らえば、タダでは済まない。毒の存在もある、このままではジリ貧だ。
(クロノ! ここは賭けだよぉ!)
(一気に烈迅風で、距離を詰めよう!)
(私の……力で……見切って……エティの、力、使って……)
(…………チャンス、作る……から)
第二段階の精霊技能じゃなければ、対抗すら出来ないのは明らかだった。消耗が気になるが、もはやそんな事を言っていられる余裕も無い。
(一気に突っ込んで、今の俺の最大火力を叩き込む……)
(活火山で、吹き飛ばすっ!)
(今のクロノじゃ、腕を壊す危険もあるけど……)
(一撃必殺を狙えるのは、今の所それしかねぇな)
(咆哮を撃てれば楽なんだが……嘆いても仕方ねぇ)
(今出来る事で、なんとかすんぞ)
覚悟は決まった、ノクスの攻撃を察知し、疾風と心水の力で何とか避けた。避けた瞬間に烈迅風を発動し、超スピードでノクス目掛け突っ込む。
「……!」
(烈迅風解除! 金剛&烈火!!)
ノクスが僅かに表情を変えたが、今更どうすることも出来ないだろう。一気に距離を詰め、クロノは左拳を構えた。炎と大地の力を圧縮した一撃を、ノクス目掛け叩き込む。
「活火山っ!!」
爆発音が響き渡り、衝撃が辺りに広がる。確実に当たった筈だが、クロノの拳には妙な手応えが残っていた。
(硬…………?)
「…………立てる牙も……その程度か」
「キィの甲殻は、それじゃ抜けねぇよ」
クロノの拳を受け止めていたのは、黒い甲殻だ。ノクスの身体から飛び出した百足のような化け物が、ノクスに巻き付くように、鎧の役目を果たしていた。
「…………蟲……!?」
「キィに拳を叩き込むとはな」
「ふざけてんじゃねぇぞ、身の程知らずがっ!!」
激昂したノクスが、止まっていたクロノを殴り飛ばした。金剛の上からでも、その異常に硬い拳はかなり効いた。
「がっ!?」
「…………なんだ、あれ……!」
ギチギチと足を動かす百足は、そのままノクスの体内に戻っていく。何事も無かったように近づいてくるノクスだったが、明らかに人外の技だ。
「魔物殺しのトップ、討魔紅蓮のお偉いさんが……化け物とはな……」
「虫人種か……? それとも……」
「僕はれっきとした人間だ、クソゴミ野郎が」
「じゃあなんだよ、今の蟲は」
「体内に化け物飼ってるってのか……!?」
言い終わる前に、ノクスが飛び掛ってきた。何とか拳を回避したが、凄まじい速度で蹴りが飛んでくる。
「うわっ!」
何とか受け止めたが、金剛と烈火を組み合わせた力でも、受け止めるのがやっとだった。異常に硬く、そして重い。
「キィは化け物じゃない」
「僕の、家族だ」
「……っ!?」
そう言うノクスの背中から、さっきの百足がゆっくりと這い出てきた。鉄でも両断しそうな巨大な牙を開きながら、クロノに狙いを定める。クロノの首を食い千切ろうと突っ込んでくる百足を、なんとか顔を逸らして回避した。
そのままの勢いで、百足は地面に顔を突っ込む。自分の身体でノクスの身体を引っ張り、振り子のようにノクスの身体を操った。その移動方でノクスは円を描き、クロノの背後から蹴りを放つ。
「無茶苦茶しやがる!」
「く、そっ!?」
両手を顔の前で交差させ、蹴りを受け止める体勢を取るクロノ。ノクスの蹴りが叩き込まれる瞬間、ノクスの足から百足の足が8本ほど飛び出してきた。その辺の鎌より切れ味の良さそうな足が、クロノを防御ごと切り裂いた。とんでもない力で蹴り飛ばされ、クロノは後方に吹っ飛んでしまう。
「ご、は……」
「罪を吐き出すしか能が無い、生ゴミ野郎が……キィを化け物扱いだ?」
「テメェの存在価値を考えてから、物を言えよ……」
「細切れにしてキィの餌にしてやる……喰いやすいよう……細切れだっ!!」
叫ぶノクスに応えるように、ノクスの腹部から百足が飛び出してきた。クロノは疾風と心水を纏い、再び回避モードに入る。
(クソ、もう頭の中混乱して訳が分からない……)
(あいつが何者だとか、どんな仕組みだとか……一旦置いておくんだ!)
(このままじゃ押し切られる!)
(しかしクロノの未熟な一撃とはいえ、活火山でビクともしねぇとはな)
(あの蟲、相当硬いぞ)
(多分、あいつの、硬さ……あの、蟲の、せい)
(皮膚の、下から……サポート、してる)
(うぅ~ん……速い、強い、硬い……ハイスペックだねぇ……)
強いだけじゃない、あの蟲のせいで、ノクスの動きが予測できない物になっているのだ。あの蟲を軸にした移動方は、人間のそれを凌駕している。どの距離にいても隙が無い、クロノは攻めの手段を失っていた。
(くそ……どうしたら……)
(……単純に逃げても、こいつは追ってくるだろうな)
(ウェルミスから出ても、こいつは構わず追ってくる)
(最悪、他の奴まで巻き込むだろう)
そんな事は百も承知だ、だからこそ、クロノは交戦を続けているのだから。
(だからってこのまま戦い続けても、いずれ押し切られるよ)
(……一旦落ち着く必要はあるか)
(……気は乗らねぇが……一度身を隠すぞ)
(それが出来れば、苦労はしねぇよ!)
ここは障害物の殆ど無い、草原のような場所だ。身を隠す場所など、存在しない。
(クロノ、このまま西へ走れ)
(身を隠すには、丁度いい場所がある)
(森かなんかか!?)
(いや、街だ)
(……滅んでるけどな)
フェルドの言葉に、精霊達が一気に反応した。
(フェルド……)
(仕方ないだろうが、俺だって気は進まねぇよ)
(…………あたし、もうあそこ見たくないよぉ)
(…………ん)
ここまで乗り気じゃない精霊達は、かなり珍しい。只事じゃなさそうで、クロノは少し躊躇した。
(ウェルミス大陸に、街なんてあったのか……?)
(五百年前に、滅んだけどな)
(俺達とルーンが別れた街……ルーンが創った……共存の一歩目の街だ)
(…………え?)
(俺達にとって、始まりと終わりの街………………リスクセント)
(世界で一番、人と魔の距離が近かった街だ)
魔力渦巻く、滅んだ街。
少年は導かれるように、その地へ向かう。
運命の出会いが、少年を誘おうとしていた。




